繰り返されるさよならの先に ――三十分間の追走曲(カノン)――

香澄 翔

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8.交わしていない約束

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 時間は刻々と流れ、気がつくと文化祭も翌日へと迫っていた。
 準備は何とか無事全て終わり、明日の劇の開幕を待つだけである。

 芝居に多少の不安はあるものの、まぁ言ってもそれほど台詞の数も多くない。メインはドロシー役の穂花ほのかだし、適当に喋っていれば済むのでそこはそれほど心配はしていない。
 しかしそんな事よりもずっと気にかかる事があった。

『いよいよ明日文化祭だね』

 フェルの声が響く。
 いまは俺の机の縁に腰掛けて、素足をぱたぱたと動かしていた。すべやかな素足がみずみずしい。これでサイズが人間サイズであれば、どぎまぎしたかもしれない。
 残念ながらさすがにフェルのサイズでは、せいぜい人形か何かにしか思えないので、特にそういった感情は思い浮かばない。

「そうだな。初めての文化祭、とても楽しみだ」

 言いながらも俺はどこか暗たんとした気持ちを隠せずにいる。
 実際に文化祭は楽しみだし、胸が弾む感じもしているけれど、それとは違う部分で自分の無力さに打ちひしがれていた。

『で、穂花と一緒に文化祭まわる約束はできたのかな』

 フェルの質問に答える事は出来ない。
 というか、ほとんどフェルは俺と一緒にいるのだから、答えは知っているくせして意地悪な奴だ。

「誘えてませんが、何か?」

 半ば逆ギレぎみのに答えると、フェルはわざとらしくため息を漏らす。

『意気地なし』

 フェルの言葉に俺は胸が締め付けられる。
 わかってる。わかっているんだよ、誰よりも俺が。一緒にいる時にはあれだけ軽口を叩いているくせに、いざこう二人で何かしようってなると、とたんに言葉が出なくなるんだ。

『へたれ。へたれね。へたれキングの称号を上げるわ』
「くっ。全く嬉しくねぇけど、言い返せない」
『どーしてほのかの事になると、急にからっきしになるかな。たかしは』

 フェルは机の上から飛び上がると、俺の頭の上にとまる。それから頭の上で寝転んで、俺の前髪を引っ張っていた。額がすーすーしますけど、やめていただけますか。内心思うものの、言葉には出せない。

「それが惚れた弱みってものなのさ」

 とりあえず格好つけて答えてみる。でも実際には全く格好良くはないのはわかっている。実際むしろかっこわるい。
 頭の上でフェルが足をぱたぱたと動かしているのがわかる。ときどきぺしぺしと当たって少し痛い。

『もうこーなったら当日までになんとか誘うしかないね。なんか文化祭の言い伝えとかあるんでしょ。文化祭の後夜祭のキャンプファイヤーの時に一緒に過ごした二人は必ず結ばれるとかなんとか』
「まぁ、うん。そういうのがあるらしいな」

 確かにうちの学校にはそういうジンクスだかなんだかがある。そもそも後夜祭で二人で過ごすような相手は、もともとからそういう関係にある事の方が多いとは思うのだが、文化祭の後だけに急速に良い雰囲気になるなんて事もあるだろう。

 穂花は可愛い。正直いって可愛い。

 幼なじみでずっと一緒にいたから、たまにわからなくなる事もあるけれど、でもやっぱり相当に可愛いと思う。
 学校の連中でひそかに穂花を狙っている奴らもいるだろう。そいつらに先を越されてしまう可能性も大いにある。

 それでいいのか? いや、良くない。

 俺は決意を胸をして明日、なんとか穂花と約束を取り付けようと心に決める。
 穂花は自分達の舞台の事で頭がいっぱいではあったし、なんだかんだで一緒にいる事も多かったけれど、その間に接した相手とは誰とも約束はしていないはずだ。

「よし、明日声をかける。絶対だ。絶対」

 心の中で誓ったことではあったが、思わず声に出してしまっていた。するとすかさずフェルが俺の額を後ろかかとで蹴り飛ばす。

『いま誘いなさいよ。へたれ』

 同時に放たれたフェルのつっこみは俺の心に強く突き刺さる。

「い、いやだって。この時間だしなぁ。もう寝てるかもしれないし」
『いつまでも引き延ばして結局明日も誘えないパターンね。これは。ほのかが他の人とデートして結ばれちゃってもいいの』

 突きつけられたフェルの言葉に俺の心の中に妄想が広がっていく。
 穂花が名前も知らないイケメンに告白されて返事をして、そのまま遠ざかっていく姿が俺の脳裏を横切っていた。
 そのままイケメンが穂花とキスをして――
 それでよいのか? いや、良くない。良い訳ない。
 自分の妄想に息が詰まる。

「うおぉぉぉぉっ!? 三十分、三十分戻してくれぇぇぇぇぇ」
『はいはい。三十分前ならまだ起きてるかもね。まったくたかしは世話が焼けるんだから。じゃあ、いくよ。時間よ戻れリターン

 フェルの言葉に伴い、めまいにも似た感覚が俺を襲う。
 くらくらと脳が揺れる感覚と共に、俺の意識は時間をさかのぼる。
 だけどすぐにそのめまいは晴れて、あたりがはっきりと見て取れるようになる。
 ちょうど風呂に入ろうとしていたところだったようで、今は脱衣所の中だ。

「そんなタイミングだったか。ふぅ。じゃあ風呂に入ってゆっくりするか」
『ゆっくりしたら意味ないでしょ。さっさとライム送りなさい』

 思わず漏らしたつぶやきにフェルの容赦ない突っ込みが入る。
 へたれるのは許してくれないらしい。まぁ確かにフェルも力を使うには多少は影響があるらしいし、そう何度も戻されるのも嫌だろう。
 仕方無く部屋に戻って携帯をあさる。なんて送るか迷うところだが、ここは素直に明日の予定を確認してみよう。

「『あした、誰かと文化祭回る約束してる?』 と」

 入力だけして、少しだけ手が震える。
 これ送ってしまったらなんて返事が返ってくるだろう。
 学校一のイケメン君とデートする予定だよ、なんて返ってきたらどうしたらいいんだ。

「うおぁぁぁぁぁぁ。その時は死ぬしかねぇぇぇぇぇ」

 自分の妄想に無駄にダメージを受ける。心が焼き裂かれるようだ。

『さっさと送りなさい。えいっ』

 送信ボタンの上に置いた指にフェルが着地する。
 同時にメッセージがすぐに送信されていた。うぉぉぉ。おくっちまったよ。どうしたらいいんだ。
 思わず取り乱していたが、しかし大きく慌てる暇もなく、すぐに携帯が音をたてる。返事が戻ってきたようだ。
 スマホの表示に穂花のメッセージが表示されていた。少し怖い気持ちになりながらも確認する。
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