繰り返されるさよならの先に ――三十分間の追走曲(カノン)――

香澄 翔

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26.壊れた機械のように

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 再び時間は巻き戻った。

 半分、俺の心はもう壊れかけていた。それでも時間を戻した事で俺の頭は穂花ほのかを救うための方法を考え始めている。それだけが俺の心を何とか引き留めていた。

 今までと同じ方法を何か試してみるべきだろうか。穂花をもっと抱きしめて離さないでいるべきだっただろうか。それとも玄関にもでないでって、言うべきだっただろうか。

 きっとまだやれる事はあるはずだ。あるはずだ。試してみるんだ。試して。
 そうだ。どんな手段でも穂花を救うんだ。穂花を救うんだ。穂花を。

 そう思う気持ちとはうらはらに体が動かない。心が止まっていた。
 穂花を救いたい。だけどうまくいかない。何をしてもうまくいかない。

 だからその場から動けなかった。

『たかし、たかし。しっかりして。ほのかを救えるのはたかしだけなんだよ』

 フェルの言葉に意識を取り戻す。
 崩れようとしていた心を何とか引き留めて、口の中のつばを飲み込む。

 気力を振り絞って、穂花を救うんだ。そうだ。俺は。俺は。
 何をしたらいいのかもわからずに、それでも俺はもういちど穂花に電話をかけていた。

『はい。もしもし。たかくんどうし』
「穂花、もう家を出たか?」

 穂花がでるなり俺は確認する。

『う、ううん。まだ家。もう少ししたら家をでるけど』
「わかった。いいか。いまから俺がいく。お願いだから家から出ないでくれ。絶対に家の中にいて欲しいんだ」

 もういちどさっきと同じやりとりをする。
 だけどここでもう一言つけたしておく。

「玄関からも外にでないで欲しいんだ。俺が迎えにいってエスコートするから、穂花は家の中で待っていて欲しい」
『え、でももうそろそろ時間だから』
「すぐにいくから。もういま向かっているからすぐにつくから。だから一生のお願いだ。絶対に家の中にいてほしいんだ。玄関の中にいて欲しいんだ」

 ほとんど有無を言わさないような声で、俺は穂花を止める。

『どうしたの、たかくん。なんか変だよ』
「お願いだ。もう他の事はきかなくてもいい。だからこれだけは絶対にきいてほしいんだ」

 俺はスマホで話をしながらも、穂花の家に向かってかけだしていた。

『う、うん。わかった……たかくんがそこまでいうなら外にはでないよ』
「絶対だぞ。たのむ。玄関からも外にでないでてくれよ」

 ここまでいっておけばさすがに穂花も外には出ないだろう。

 すぐに穂花の家へと向かう。がくがくとひざが震えていた。それでも俺は走り続けた。

 穂花の家にたどり着いた時、こんどは穂花も外には出ていなかった。
 ほっと一息ついて、それから少し呼吸を落ち着かせる。

 間違えた選択をすれば、また穂花が死ぬ。それが何よりも怖かった。俺が時間を巻き戻す事で、穂花には何度も何度も何度も苦しい想いをさせているんだ。それが俺の心をさいなんでいた。

 でも俺がやるしかない。俺が救うしかない。俺にしか穂花は救えない。穂花を救えるのは俺しかいないんだ。俺がやるしかない。
 だから何とか気力を振り絞る。

 インターホンをならすべきかは少し迷っていた。このまま何もしないでいれば、もしかしたら穂花は出てこないかもしれない。

 だけどそろそろ駅に向かわなくてはいけない時間にもなる。だからあまり待たせては逆効果になるかもしれない。とにかく家から出てきた穂花を外に出さないように引き留める。それしかないと思い直す。

 インターホンを鳴らす。
 だけどインターホンからは返事がなかった。代わりに穂花が玄関の扉を開いていた。

「たかくん、待ってたよ。うん、じゃあ駅にいこう。もうほんとに時間ないんだ」

 穂花の家から駅までは近い。近いだけに駅に向かう時はいつもぎりぎりの時間で家を出る事が多い。それゆえに確かに駅に向かうのだとしたら時間はない事は確かだった。

 だけど俺はここで穂花を引き留めなければならない。
 だから俺は穂花をその場で抱きしめる。

「え、えええ!? た、たかくん、どうしたの」

 穂花は突然の俺の行動に驚いているようだった。
 だけどその手をふりほどこうとはしなかった。俺が抱きしめるのに身を任せたままで、その場でじっとたたずんでいた。

「穂花、どこにもいかないでくれ。俺は穂花と一緒にいたいんだ。穂花を離したくないんだ。穂花を失いたくない。だからオーディションに行かせる訳にはいかないんだ」

 玄関先で穂花を強く抱きしめて、絶対に離さない。
 このまま穂花を引き留めるしかない。穂花の家は路面に接しているタイプだから、少しでも外にでればあの車にひかれてしまう。それを防ぐためにはもうこれ以上、外に出させないしかない。

 もしもあの車がつっこんできたとしても、玄関先ならドアもあるし、そもそも俺の方が先にひかれる。車がきたなら穂花を家の奥へと押し込んでもいい。とにかくここで穂花を救うんだ。

 そう思って強く抱きしめていた。もう絶対に離さないつもりでいた。
 今度こそ離さない。何があっても、絶対に。

「た、たかくん。こんなところで恥ずかしいよ。家族に見られちゃうよ」
「構うもんか。俺は絶対に離さない。絶対にだ。穂花をどこにもいかせない」
「たかくん……痛いよ。もう少し緩めて」

 穂花がそう告げるけれど、俺は力を緩めたりはしない。絶対に緩めない。そう思っていた。だけど、その瞬間だった。
 穂花の家の猫が玄関から飛び出していく。

「ルナ!!」

 穂花が叫ぶ。同時にあの車がこちらに近づいてくるのが見えた。

 絶対に離さない。抱きしめる手の力をむしろ強める。なのに。
 穂花は俺をはじき飛ばしていた。俺よりも力が弱いはずの穂花が、なぜか俺が抱きしめる力よりも強い力で引きはがして、手の中から抜け出していた。

 俺の方が穂花よりも力が強いはずなのに。穂花はそんなに力は強くないはずなのに。
 なぜかその時は俺よりもずっと強い力で俺の手の中から逃れた。

 そしてひかれそうになった猫を救おうとして。
 穂花は事故にあった。

 俺は力を緩めていないはずなのに。強く抱きしめていたはずなのに。絶対に離さないと決して緩めたりしていないのに。
 穂花を家の外には出さなかったはずなのに。

 繰り返しても。繰り返しても、何度繰り返しても。
 何をしても救えない。

 なぜだ。なぜなんだ。
 あんなに強く抱きしめていたのに。前のように力を緩めたりもしていないのに。穂花の力は、俺の力を軽く凌駕して抜け出していた。

 猫の危機にいつもよりも強い力を出してしまったのだろうか。それともそう運命が決まっているからだろうか。

 穂花は目の前で激しい音をたててはじき飛ばされていた。
 俺はぺたんとすわりこんで、その場から動けなかった。

 穂花の家族や近くの住民が何が起きたのかと家の中から外に集まってくる。
 だけど俺はその全てに気がつかずに、ただうつろな目を虚空に浮かべていた。

 もう俺の心はほとんど壊れかけていた。何をしていいのかわからなかった。
 ただ俺は無意識のまま、まるで壊れた機械のように同じ台詞を告げる。

「三十分戻して……」

 だけどもう時間を戻して何をすればいいのか。見当もつかなかった。
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