君がたとえあいつの秘書でも離さない

花里 美佐

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side 弘

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 弘は、ベッドのうえで寝乱れた彼女を眺めると、水を飲むためにおりた。

 「清花。その後、匠さんの様子はどうだ?」
 
 「そうね、入札のための準備が進んでいますし、他の案件もあり忙しいみたい」

 「例のモノは手に入りそうか?」
 
 「方法は考えてあるのよ。だけど柿崎秘書室長が邪魔なの」

 「あいつか。腹心だな。親子で堂本に仕えているんだろ。お前、落とせないのか?」
 
 「……ひどいわ、弘さん。私だって好みがあるわ。それにあの人は落としたとしても、無駄よ。プライベートよりも仕事のほうが大切そうだもの。ねえ、そんなことより貴方の側にいるあの秘書、匠さんのマンションに入っていくのを昨日見たわよ。間違いなく付き合ってる」

 そんなこと言われなくても分かってる。キスマークまでつけて俺に見せようとしたんだ。
 匠さんは俺と戦う気満々だ。
 
 「彼女が匠さんと付き合っていると父親の社長が知れば、大変よ。おそらく、大反対されるわ。社長にこの間告げ口したの。期待してね」
 
 「そうか。で、君は親の力で彼の婚約者に昇格できそうなのか?」

 彼女は俺のそばに来ると、身体を擦り付けてきた。
 
 「そうね。最初はその予定だったけど、貴方の方がいいかもしれない。私、貴方のこと好きになってしまいそうよ」

 気持ち悪い。何を言っているんだ?
 腕を放すと、彼女に水を渡した。

 「お前と俺が実は知り合いだったとは匠さんも知らないだろう。しかもお前が高校時代襲われかけたのを俺が助けたなんて。お前の親父は自分の秘書がお前を襲ったなんて知られたら大変だからな。極秘にしてるだろ」
 
 「……そうね。これは貴方と私の秘密よ。でも、助けてくれたから貴方と関係を持ったわけじゃない。私、あの頃から貴方が好きだったもの」
 
 「そうか?でも堂本コーポレーションの次期社長夫人の席と石井コーポレーションの専務辺りの俺とでは比べられないだろ?」
 
 「嫌ね。私がそんなこと気にするように見えたの?」
 
 「少なくとも、お前の親父は気にするさ。匠さんもいい男だからな。お前も悪い気はしないくせに」
 
 「……そうね。確かに。仕事だけでなく普段も貴公子然として魅力的な人よ」

 そうだろうな。
 兄貴の溺愛していた幼馴染みが高校時代、匠さんに告白してからフラれて自殺未遂をした。
 それ以降、兄貴は匠さんを敵視するようになった。
 
 ただ、匠さんは部活が一緒だったが、その頃から経営手腕は飛び抜けていた。

 兄はどちらかというとその場限りの外交が得意。
 長期の緻密な戦略は立てられず、経営者には俺の方が向いているのはわかっていた。
 
 そのことに、うちの父よりも先に匠さんが気づいた。
 恐らく、堂本コーポレーションの社長の耳にも入っているはずだ。

 父は兄に似た人物。つまり、そういうこと。
 現社長同士では恐らく堂本コーポレーションには勝てない。
 
 だが、俺がもしトップに立てたなら?勝負はわからない。
 兄は匠さんをやり込められるなら自分が退いて俺を頭に据えてもいいと思っているようだ。
 
 それには、どうしても目に見える成果が必要だ。
 父がそれを認めれば将来が変わる可能性もある。
 
 今回の公開入札はそのとっかかりにはいい案件だ。

 うちの営業のほうの人材も悪くない。
 
 古川さんの元カレの営業センスは抜群だ。
 出世も間違いない。
 
 そのまま、彼女と付き合っていれば役員辺りにまで出世して結婚ということも考えられた。
 だが、彼女を渡すつもりはなかった。
 
 付き合っていると分かったときから、彼に話しかけて常に牽制し、いつも俺と一緒にいるとほのめかし、不安を煽った。
 案の定、彼は俺の策略通り、浮気して別れた。
 
 まさか、その浮気相手も俺の策略とは想像もしていないだろうが……。

 古川さんが俺の秘書になったときから、彼女の聡明さと美しさ、出過ぎないところに惹かれていった。
 
 公私混同しないと言って安心させて、大切にしてきた。
 
 どんなに大切にされても、好意は含まれないと彼女は俺の言葉から安心しきっていた。

 彼女が元カレと別れたときに、丁度役員になった俺は、彼女へ告白して勝負に出る予定だった。

 
 ところが、だ。

 蓮見専務と付き合いだした川口さんの親友である古川さんが、蓮見専務の親友である匠さんを紹介されているかも知れないと警戒した矢先、説明会で遭遇し、彼女の不自然な言動がそれを裏付けた。
 
 また、匠さんも彼女を目で追い、姿を探した。

 何故だ。何故、皆邪魔ばかりする。
 
 しかも、今回は仕事上のライバル会社。
 相手はあの、匠さん。
 
 俺は切れそうだった。

 普段なら、もう少し穏便にやるのだが、どこか回線が切れてしまった。
 清花と待ち合わせたカフェで古川さんが匠さんを見つめているのを目の当たりにした。
 
 待ち合わせだったのだろう。匠さんを見る目が恋する女の目だった。
 俺は我慢できず、彼女に話しかけ、あろうことか脅迫めいたことまで口にしてしまった。

 それから、彼女は俺を警戒しだした。
 公私混同はしないから見逃して欲しいと言われた。

 許せるはずもない。アップにしたうなじには、匠さんのキスマークが散っている。
 また、煽られた俺は、彼女を抱きしめてしまった。そして告白した。

 彼女の驚きは想定内。
 そして、俺の秘書である以上、敵対会社のトップと付き合うのは許されないと釘を刺した。

 彼女は悩んでいるだろう。
 仕事はいつも通りキチンとこなしている。
 
 俺も素振りは出さない。
 公私混同はしないと彼女に誓っているからな。

 やりたくはないが、清花を使って、堂本コーポレーションを蹴落とすしかない。
 普通のやり方ではまだ、匠さんには勝てない。
 
 それは分かっている。
 
 もう数年経てば勝負できるだろう。だが、彼女を渡すことは出来ない。
 無理でも今やらねばならないのだ。

 シャワールームへ消えた清花の使い方に気をつけねばならないとウイスキーグラスを片手に戦略を練り直した。

 

 清花と逢った三日後には、彼女と連絡を絶ち、切ることに決めていた。
 おそらく、清花の役割を匠さんに気づかれた。

 昨日の清花の電話では、入札関連の書類は専属秘書の柿崎以外触れなくなったと言っていた。
 危機管理のためと説明があり、自分以外の秘書も同様だというが、そんなわけがない。
 
 ウチの会社でさえ、だんだんと入札の締め切りが近くなり、猫の手を借りたいほど忙しくなってきている。
 自分の秘書に手伝いをさせられない事態など、考えられない。
 
 古川さんにも手伝わせているが、彼女はおそらくウチの内容は絶対にあちらへ漏らさない。

 だが、今回の入札で勝つのは難しいだろう。
 
 負けるとわかっているほどの差はない。
 こちらの営業一課も悪くない。
 
 ただ、今までの実績やノウハウがあちらにはある。
 そういう、積み重ねの部分はどうしても差が出る。

 作戦を変えるまでだ。

 
 原田取締役の父親はうちのメインバンクの頭取だ。

 「原田君、君の彼女が欲しがっていたあの限定モデルのバッグ、手に入りそうだけど、いる?」
 
 「え?本当ですか?いつ頃手に入ります?」

 「そうだな。あっち(英国)にいる友人が見つけてくれた。購入してもらって、こっちに送ってもらうからそうだな、友人も忙しいの二週間くらいは見て欲しい」

 「ありがとうございます。彼女の誕生日に間に合います。最高のタイミングだ」

 「もし、手に入ったときの条件覚えてる?あのバーで話していたとき、君かなり酔っていたけど」

 「覚えてますよ、もちろん。僕は今回の彼女の誕生日プロポーズする気だったんでね」

 「知ってるよ。だから頑張ったんじゃないか……」

 「条件のためでしょ?ま、いいや。どうせ古川さんのためでしょ結局。その条件もそれに使うんだから」

 「女のためだけじゃない。会社のためだよ。石井が上位に立つためだ。原田君、君の将来にも繋がるよ」

 「そうかもしれませんね。わかりました。ではバッグは必ず来るんですね?」

 「ああ」

 「わかりました。僕も父に相談してみます。それとなく話してはありますので、大丈夫でしょう。ウチの銀行にとっても勝負です。巻き込むんだからキチンと頼みますよ、弘さん」

 「わかっている。私も君とお父上の話を社長にあげて相談しておくからくれぐれも慎重に頼む」
 

 一週間後。原田くんから、お父上の説得が出来たので準備に入るよう連絡があった。

 その日は実家へ戻り、父親である社長に事の次第を報告する。

 「……大丈夫なのか?それで原田君の父親とはいえ、あの銀行の頭取ひとりでそんなことできるのか?」

 根回しはすんでる。堂本にやられてしまった中小企業や地方の商店街。そういったところが頼りにしている地方銀行。信用金庫。皆、堂本のところに仕事を持って行かれた。

 「いくつかの地方銀行と信用金庫がまとめてウチのメインバンクの傘下に入ります。もちろん、メインバンクは原田頭取のところです」

 「そうか。入札後に金が周りにくくなるかもな。一部地域で」

 「うまくいくかはわかりませんが、小さなアリでも集まれば大きなゾウの足を一本折るくらいはできるでしょう」

 「なるほどな。で、副社長の匠君をスキャンダルに巻き込むのか?」

 「ええ。高校時代の話とか。さくらには兄さんから確認してあります。嫌がってましたけどね。でも今となってはさくらは幼馴染みとはいえ兄の嫁です。石井コーポレーションのためならなんでもやるでしょう」

 「まあ、さくらさんが高校時代に匠君から振られてあんなことになった話は隆に嫌というほど聞いている。小さい頃からさくらさんひとすじだったしな」

 匠さんを一時的にでも失脚させられれば、石井コーポレーションの将来には大きな利益がある。
 
 匠さんの手腕はかなり有名になりつつある。
 俺がこの業界で足場を作る間、静かにしていてもらえれば何よりだ。
 ついでに、彼女も頂くとするか。

 
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