君がたとえあいつの秘書でも離さない

花里 美佐

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side 匠 Ⅲ

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 温泉を出て、彼女を駅に送ると、俺は急いで実家へ戻った。

 「匠様。旦那様がお待ちです」
 
 秘書室長の柿崎がそう言うと、父の書斎へ案内された。

 「お父さん、遅くなりすみません」
 
 「……女将にも申し訳ないことをしたな、予約が入っていたから食事も準備していたろうに」
 
 「そうですね。お父さんにあの部屋を譲って頂いたとは知りませんでした。ありがとうございました」
 
 「彼女も喜んだか?」
 
 「はい」

 父は、自分のデスクの前から離れ、ソファに座ると正面から見据えてきた。
 
 「……匠。すでに記事は止められない。恐らく大分前から計画されていたようだ。私の方で手を回したが拒否された」
 
 「そうですか」

 「お前の記事だけで済めばよいが。恐らく会社を巻き込むことになるだろう」
 
 「お父さん。何かあれば解任してください。その覚悟は出来ています」

 「彼女が自殺未遂をしたのはもう十年以上前の話だ。しかも、彼女は現在石井専務の妻だろう。彼女が記事のでどころの可能性もあるが、自分の過去をあからさまにするのはかなり辛いはず。石井がやったことかはまだわからん。彼女を守るなら、記事を止めるはずだしな」
 
 「……」

 「問題はあることないこと書かれることだ。イメージが悪くなると、入札した仕事にも支障が出るかも知れない。お前が先頭に立って計画している事業だしな」
 
 「明日はどうしましょう。出社すると迷惑になります」

 「ただ、取引先からの連絡も増えるはず。きっとことの次第をお前に直に確認するだろう。雲隠れすれば逆に記事を認めたと思われる可能性がある」
 
 「わかりました。明日は出社して対応します」

 「マスコミ関係は今手を回している。正直どこまでできるかわからん。お前が記者会見を開かねばならないような事態になれば最後だな。俺も出来る限りのことはするから、お前も明日に備えておけ。それと、石井の秘書の彼女だが……」
 
 「わかっています。連絡は絶ちました」

 「まあ、馬鹿じゃないだろうからそのうち気づくだろう。自分が原因かも知れないとなれば身を退くかもしれないしな。彼女を守るためでもある。徹底的に連絡は絶っておけ」
 
 「彼女を追い詰めたくない。何かあれば守ってやってください」

 「……自分のことや会社を守ることの方がどう考えても優先だな。堂本の社員や家族を巻き込むことになれば俺も手段を選べない。覚悟はしておけ」
 
 「わかりました」

 翌日からマスコミに追いかけられ、しばらくはホテル暮らしになった。
 心配する直也がホテルに来たが、とりあえず皐月さん経由で遙のことを頼んだ。

 俺のことはいずれ直也もわかるだろうが、一旦副社長を解任してもらい、会社を辞めて英国に渡る覚悟でいる。
 祖父母があちらの田舎で暮らしているのだ。

 そこまでするのには理由がある。

 翌日、一部の取引先が離脱して、取引のある銀行から関係を清算したいと連絡があった。
 石井コーポレーションのメインバンク原田取締役の父親が頭取の銀行が裏に付いていると父の調査でわかった。

 直也は原田取締役と学生時代からの知り合いで、皐月さんは原田取締役の秘書だ。
 複雑な関係になってしまった。
 直也が間に入り探ってくれたけれども、すでに動き出していてどうにもならなかった。
 
 ただ、弘君が後ろにいるということだけはわかった。
 遙の立場を思うと胸が張り裂けそうだった。

 
 温泉後、記事が出た俺は彼女と連絡を絶った。
 秘書や関係者にも彼女との連絡を絶つよう命令した。

 彼女は賢いから理由は分かるはず。
 信じるしかない。
 
 マスコミに追いかけられていることもあるし、自殺未遂の女性は石井コーポレーション専務の妻だ。
 彼女と関係していると知られれば、余計火に油をそそぐことになる。

 連絡を絶つのは彼女を守るためでもあった。

 記事が出て二週間経った。
 
 「副社長、清水物流の社長からお電話です」

 「……!繋いでくれ」

 「匠君。久しぶりだね。今回は娘の件で迷惑をかけてすまない。こんなことになるとは知らなくてな。弘君の仕業らしい。私も親族だが、許しがたい。君には当時色々迷惑をかけた。まさか……またこんなことになるとは」

 「清水社長。ご無沙汰しております。それより、さくらさんは大丈夫ですか」

 「君と結婚させてやれたなら、こんなことにはならなかっただろうな。君も大変なのにまず最初にさくらのことを心配してくれる。とりあえず大丈夫だ。軟禁されているらしいが……弘君もひどいことをする。標的が僕なら他の人を巻き込まず、ビジネスで勝負すればいいのに」

 「結局、隆君も弘君もその程度ということだな。私も見誤ったよ。娘を溺愛する隆君に預ければ大丈夫だと思ったのが間違いだった。石井社長も弘君の言いなりとは情けない。事と次第によっては離婚させて、うちもグループを離脱する」

 「隆君や弘君の僕に対する対抗意識が底にあります。僕にも責任があるんでしょう。ご迷惑おかけしてすみません。本来なら、こちらからお助けできるようにすべきところですが、僕も自分を切って、堂本を救うしかないと思っています」

 「お父上とは連絡がとれるかな?君経由なら出来るかと思って連絡したんだ。実は娘は君のために取材を受けて、君の潔白を証明したいと言ってきている」

 「それは、危険です。止めて下さい。彼女にマスコミが食いついてしまう」

 「私もそう言ったんだ。で、実は娘から思いがけないことを聞いた。弘君の秘書と付き合っているというのは本当か?」

 「そうです。そして、弘君も彼女に気がある。すべての原因はそこにあると思っています」

 「弘君……仕事は出来るが、モラルがないな。女関係をビジネスに巻き込むなんて。話にならん」

 「彼女とは記事が出てから、連絡を絶って距離を置いています。彼女のためでもあるので」

 「実は娘が彼女に連絡して、退社するよう勧めたようだ。弘君の仕業と知って秘書を続けるのは板挟みでつらかろう。もし、退社するならうちで雇うつもりだ。どうだろう?」

 「本当ですか?」

 「ああ。娘も心配して、提案したそうだ。まだ、彼女の返事はもらっていないがね」

 「そうですか。わかりました。とにかく、彼女の判断に任せます。仕事を辞めていずれ僕の所に来てもらってもいいのですが。父の考えもわからないので」

 「そうだな。石井と違うところは、君のお父上は非常に冷静で揺るがないところだよ。今回のこともきっと乗り切られるだろう。私も考えがあるので、お父上と橋渡ししてくれないか」

 「わかりました。秘書経由ですぐに父に連絡しておきます。さくらさんのお話は、必ず止めて下さい。このことはこちらでなんとかするので心配無用です。そして、気持ちは嬉しかったとお礼をお伝え下さい」

 「ありがとう。秘書の彼女の件は任せてくれ。娘のようなことにならないよう私も出来る限りのことはするつもりだ。君も大変だろうが、無理するなよ」

 「ありがとうございます」

 電話を切ると、遙に連絡したくてしょうがなかった。
 
 そして心配で食事が喉を通らなくなった。
 
 周りは、自分のことかと思っていたようだが。
 
 自分のことはどうとでもなる。
 一時期姿を消し、会社からも姿を消せばいいのだ。
 
 それより、遙。
 どんなに苦しんでいるだろう。

 記事が出て一ヶ月。

 記事のことは、全て本当のことではないと、広報から回答させた。
 だが、自殺未遂した女性がいることは本当だ。

 いきさつはどうあれ、ゴシップとして良い印象を与えないことは確かだった。
 過去のことだが、こういう世界ではその言い訳はなかなか通じない。
 
 そして、しばらく俺自身は仕事を自粛すると伝えた。
 手をつけていた事業は全て部下と柿崎に任せた。

 父は、それより銀行関係のことで手一杯だ。
 
 俺のことは役員会で副社長を一旦解任することで落ち着きそうだと話していた。

 マスコミにはまだ追いかけ回されている。
 自分で記者会見を開かないので、それは想定内。

 清水社長と父は連絡を取ったようだが、その後のことはわからない。

 そして、二ヶ月経った。
 長かった。

 マスコミは落ち着いてきたので、マンションに戻った。
 一週間程度様子を見たが、張られている様子もなく、落ち着いたようだ。
 
 耐えきれなくなった俺は、父にどんな処分でも受け入れる覚悟を伝え、彼女を自分のものにすると言った。
 翌日、近々彼女に連絡をするつもりであることを夕食時両親に伝えた。
 
 父は何も言わなかったが、俺はそれを了承と軽く考えていた。
 母は喜んで、父と見に行くつもりだったオペラのチケットを譲ってくれた。

 一度、父の好きな粕漬けの店で彼女に偶然遭遇して、出会いが良かったらしく、すぐにピアノの話をしたいと言って休みに彼女をマンションに呼び出すよう命令された。

 休日にマンションへ遙に来てもらい、母はピアノを弾いてみせた。するとすぐにふたりで連弾したりしてはしゃいでいた。
 帰る頃には恐ろしいほど仲良くなり、俺は一日放って置かれた。

 彼女の会社のこと、俺との付き合い、全部父を問い詰めて聞いたらしい。
 全面的に彼女の味方をしろと父を脅迫したと言っていた。

 父には交際のことは話してあったが、母を手なずけられたのは予想外だったらしく、お手上げだとその時は言っていたのに……。
 まさか、今日の昼間、父が彼女を呼びだして会っていたとは知らなかった。

 
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