美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐

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第二章

喧嘩

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 私は店を閉めてから支店のアイデアをまとめだした。

 先日、神崎さんに頼まれてお作りしたのはバスケットアレンジ。白い花かごに最近人気のグリーンや実のついたものを多用し、花は花言葉を使ったものだけにした。清楚さをイメージにして作った。華やかさは捨てたデザインだったと思う。却ってそれが良かったのではないかと今は思う。

 成功した女優さんは華やかな色合いのビビッドな花束をもらうことも多いだろう。逆のほうがきっと目を引くだろうと思ったのだ。神崎さんがいう落ち着いた関係を望んでいるという気持ちも込めてみた。甘い雰囲気を排除したのだ。

 セレブの方々にはその時々で求められるものが違う。ただ、ホテルのご用命はホテル内のフローリストが多いのでホテル用の装飾花はうちではほとんど手掛けていない。

 ビジネス街でたまに頼まれると、オフィスで使う観葉植物や、受付に飾る優しいフェミニンなブーケアレンジを出すこともある。

 今回の文化祭典でのアレンジ教室は新しい住宅街を購入された若いご家族向けに特化するつもりだ。玄関に飾れるようなポットブーケなどがいいかもしれないと思った。初心者の方にはあまり凝ったアレンジのブーケは敷居が高く、作りづらい。

 シンプルなつくりで、目を引く色の花やグリーンの種類をこちらで多めに準備しておけば、好きな材料を選びながら楽しめる。きっとお客様によって千差万別の取り合わせが出来て、ご満足いただけるのではないかと思った。

 最初は花遊びだと思い、花と緑を好きになってもらうこと、そして心の癒しになるのが一番だ。

 ノートにイメージを書き、花をいくつか書きつけた。色鉛筆でそれぞれに必要な色を、横に丸く塗っておく。材料のパターンと必要数を考えなくてはならない。

 パソコンのほうへ名取さんからメールが来ていた。

『先日の話通り、アレンジ教室を開催することで担当者と話を進めている。予算と大体の形は添付の通りだ。それと、神崎から話のあった支店の件だが、あいつが勝手にビジネスエリアの一等地に手を回して土地を抑えてしまった。お前のプランニングを確認してから店を出すか考えようと思っていたのに、そうもいかなくなった』

 びっくりした。どういうこと?名取さんへ返信のメールを送ったらすぐに着信があった。

「はい、清水です」

「ああ、メール読んだ?」

「ええ……。驚きました。どういうことですか?」

「どうも、こうもない!あいつ、思い付きで急に花屋をやるとか、お前に触発されたのかもしれないが、何を考えているのか腹が読めん」

「……あの……」

「あいつは仕事が生きがいだ。今までどんな美人から言い寄られても袖にしてきた。いくら仕事一筋でも会社はまだ父親がいてあいつの好き勝手はできない。退屈しのぎにお前を使って花屋で遊ぶ気なんだろ。俺を巻き込んでふざけた奴だ」

 名取さん、言い方が……。

 すると、下から叔母の声がした。

「さくらー、神崎様からお電話よー、店に電話がかかってきたの。すぐ、降りてきなさい!」

「まさか、蓮か?一体、なんなんだよ!」

 名取さんが叔母の声を聞いてぶつぶつと言っている。

「名取さん、あとでかけなおします」

「あ、おい……」

 私は電話を切ると、下に降りて店の電話に出た。そうだ、私の個人連絡先を神崎さんには教えていなかった。

「やあ、久しぶり!」

 なんなの?嬉しそうな第一声。わけわからない人。

「やあ、じゃないです。店の場所を抑えたって本当です?」

「なんだ、驚かせてやろうと思ったのに知っているのか?名取の奴、これからは先に名取へ話さないほうがいいな」

「何を言っているんです?名取フラワーズの支店ですよ。勝手はダメですよ。必ず名取さんに聞いてからです。会社組織の常識です」

「何をそんなに怒ってんだよ。せっかくいい所見つけたのに。場所も見ないで騒ぐなよ」

「そういう問題じゃ……」

「今出てこれる?君の店の駐車場にいる。場所を見に行かないか」

 驚いてブラインドを少し指で引っ張り覗くと白い有名なエンブレムの高級車が停まっている。びっくりした。急いで伯母に告げると外へ出た。春先だがまだ少し夜は寒い。コートを取りに行きたかったが、車ならいいかと両手で身体を囲いながら歩いた。

 彼は急いで車から出て、私の背中に自分の背広をかけてくれた。

「寒いんだろ」

 びっくりした。本当によく見てる。

「……すみません」

 彼は私を助手席に導いた。驚いた。ここでは、副社長くらいの人は運転手付きの人がほとんどだからだ。

「どうぞ」

「失礼します」

 彼の香水のかおりがする。

「素敵な車ですね。さすが副社長。でもご自身で運転なさるんですか?」

 運転席に乗ってきた彼はこちらをちらりと見て、ため息をついた。

「今日は特別だよ。危ないと騒ぐうるさい椎名を巻いてきたんだ。急がないと……」

「え?普段全然運転していないんでしょ?大丈夫ですか?運転代わりますよ」

 むっとした彼は私にかみついた。

「なんだよ、君までそんなこと言うのか。せっかくだからふたりっきりのほうがいいと思って運転してきたのに。女の子に運転なんてさせるもんか」

 びっくりして彼の顔を見た。なんだか、怒ってる?渡すものかとハンドルに覆いかぶさってる。ふふふ。

「なんだよ」

「いいえ。なんか、女の子扱いされるの久しぶりすぎて、忘れてました」

 彼はエンジンをかけた手を止めて、驚いたように私を見た。

「そうなのか?」

「はい」

「まあ、僕も女の子を助手席に乗せるなんて初めてだよ」

「……ええ?!」

 彼はふっと不思議そうに笑った。

「どうしてかな……まあ、いい場所だったからすぐに君に見せて自慢したかったし……」

「神崎さん、それにしても場所を押さえるのは行き過ぎでは?」

 彼はエンジンをかけ、車を発進させて答えた。

「店の場所を勝手に押さえたのは、他にも競合先があると地主から聞いていたからだよ。迷っている間に取られたら元も子もない。僕の資産はそういうときのためにある。仮押さえできる程度の金はあるからね。後悔したくないんだ」

 美しい横顔を見ながらため息をついた。この人は普通じゃない。なんというか、名取さんも社長だがここまでワンマンじゃない。

「わかりました……それでどの辺なんですか?」

「君達が言っていたセレブと庶民感覚の話。気持ちはわかるが、ビジネスとして成功させるにはこの街にある企業を少しでも客に取り込む必要がある。企業は定期的にオフィスの花を変えたり、お客様相手に花を都合するからだ」

「企業……ですか?」

「ああ。名取のネームバリューを使って最初は企業相手にできるだけ客を取る。うちはね、ツインタワービルに本社があるから大抵大手のフラワーチェーンと受付の花などをリース契約しているのは知っているんだ。だからここを含め、ビジネスエリアにある企業をターゲットにする」

「……」

 彼が言うことはわかる。なるほど。思いもつかなかった。

「……ついたよ」

 驚いた。ここはBCストリートの角地。しかも今は三階までカフェになっているビルだ。いつも繁盛している。

「リングカフェ?ここですか?」

「そう。今、このカフェは三階まで使っているが、経費の問題で二階から三階だけにして、一階を売りに出すことを検討しているんだ」

 びっくりして彼を見た。

「どうしてそれをご存じなんですか?」

「うーん。まあ、色々情報が僕のところは来るんでね。ここのコーヒー豆、海外産の希少豆があるんだが、特別ルートでうちが運んでいるんだ」

「え?!」

「オーナーが不動産屋を通さず、自分の知り合いで一階を貸してもいい人を探しているんだ。この角地、両側がここビジネスエリアの中心地だ。会社に訪問する人はここで待ち合わせやお茶をしたり、この店の菓子を手土産に持っていく人もいる」

 なるほど。ここで商売をすればお花を買っていく人がかなり出るだろう。オフィス向けのアレンジはきっと売れる。観葉植物だけでなく、プレゼント用の花束も需要があるだろう。

 そして、ビジネス街の有力企業が両側に連なる。うまくいけば、定期的にオフィスの花を変えるなどのリース業もできる。

 神崎さんは花屋について詳しくないはずだが、ビジネスマンとしての視点が鋭いからこそ、ここを選ばれた。間違ってはいないし、すぐに手付をするあたり、本当にすごいと思う。でも……。

「おっしゃる通りですね。でも、ここの月々の賃料かなりするんじゃないですか?」

「ま、そうだな。安いとは口が裂けても言えない」

「それを、名取さんの了承もなく、勝手に押さえたんですか?前金を入れて……」

「なんだ。文句あるのか?金のことなら……」

「ええ、文句大ありです。この店はあくまでも名取フラワーズのものですよ。名取でお金が払えなければそこまでですし、名取さんへ事前に聞くのは当然です」

「あいつなら大丈夫だ。ビジネスの基本は押さえているから了承するだろ?花屋が一番大事なのは立地だ」

「立地もそうです。でも月々の賃料を払うのは神崎さんでなくてうちですよね。しかもお客様がつくかどうかもまだわからない。実家も今ぎりぎりです。移転費用など考えれば最初数月は確実に赤字になります」

「だから、最初の移転にかかる費用はうちが持つよ」

「移転費用はうちの預金をはたいて何とかします。最初商品をそろえるのに本社のお金を使うことになります。でも店の色を出すには自前である程度揃えないと無理なんです。その余裕が私にはない。それを実は神崎さんにお願いするつもりでした」

「じゃあ、いいだろ?」

「売れなかったら?家賃払えませんよ」

「名取が払うよ」

「会社の支店継続は、毎月の売り上げ基準が決まっています。地代の高いこの街でどれだけ名取さんが考えているのかまだ聞いてません。もっと話し合ってからきめないと……」

「君は……文句しかないのか?」

 怒ってる。でも、言わないとオーナー気分の彼には伝わらない。名取さんも絶対頭にくるはずだ。

「すみません。願ってもない場所でここは素晴らしいです。でも……」

「わかったよ、名取が了承しないならすぐに解約しよう」

「そんな……待ってください、とにかく私からも名取さんに……」

「名取は絶対的な君の基準なんだな。よくわかったよ。でも僕は……君のなんだ?」

「……え?」

「いや……いい。戻ろう」

 彼は私を店で落とすと、あっという間に帰っていった。走り去る車を見ながら反省した。

 わざわざ忙しいのに時間を割いて場所を押さえ、あまつさえ自分から私を連れて行って場所を確認させてくれた。私は自分で場所を探すこともせず、それをしてくれた人に文句を言うなんて最低だった。

 後悔しても遅い。これできっと彼の資金援助は打ち切られるだろうと思った。

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