美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐

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第四章

変化のきざし

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 店を出ると彼は私を浜辺に誘った。二人で月夜の下を歩いた。

 さっきの彼の独立を促す言葉に私は即答できなかった。正直まだ早い。考えさせてほしいと頼んだ。

 彼はいつでも相談してと言ったきり、その話をやめた。

 手を繋いで彼と砂浜を歩いた。静かだ。波の音しかしない。

「そういえば、花火の日のクルーザーの件は決まりましたか?」

「ああ、決まったよ。もうすぐ告知される。きっと予約がいっぱいになって相当売れるだろうな」

「そうですね。ホテルだけじゃなくて、新しい楽しみ方ができるし、今年の花火大会は盛り上がりますね」

 彼が足を止めて私の手を引いた。彼の腕の中に入った。

「花火大会は数日あるが、一日君と海に出よう。その日は誰にもクルーザーを出させない」

「蓮さん」

「二人っきりにする。海を独り占めして、君を……」

 そういって、彼は私に深く口づけた。

「ん、ん……」

 彼は身体をピッタリ寄せて、私をぎゅっと抱き寄せた。波の音の中で彼と抱き合っている。

 上にはきらめく夜空。世界でふたりっきりになったみたいだった。

 キスが止められず、何度も角度を変えて深くキスをする。彼の手が後ろから腰に回り首筋へキスが移った。

「……ああ、さくら……」

「……蓮さ……」

 彼はそっと私を腕の中から離した。そしておしまいというように、おでこにキスをひとつ落とした。

「今日はもう遅い。僕も明日早く父を迎えに出ないといけないから今日は名残惜しいが帰るよ。君も帰ると叔母さんに言ってあるんだろ」

「ええ」

 私の声色と顔色を見て、彼はピンと来たようだった。

「もしかして、付き合ってることまだ言ってない?」

「……ごめんなさい」

「謝ることないよ。僕から叔母さんに言うよ」

「いいの、自分で言うから」

「そう?」

「ええ」

 彼には心を読まれてしまう。笑顔で見つめた。

 * * * 

「さくら」

 叔母さんが夕飯を食べながら私に話しかけてきた。真剣な目だ。

「なあに」

 私は身構えた。何か重要な話だと分かったからだ。

「実はあの人が手術を受けることに同意してくれたの」

「本当に?良かったね、叔母さん」

 叔父さんは手術を受けても長生きできないなら受けたくないとかたくなだったが、店の話をしてから前向きになってくれた。

「ええ。さくらのお陰よ。でもね、そうすると体力が落ちるし、術後はしばらく私も病院へ……」

 私はうなずいた。叔母さんの言いたいことはわかった。

「わかったわ。叔母さんの代わりの人を入れるから安心して」

「悪いわね、さくら」

「ううん、大丈夫よ。それより、叔父さんのことに集中してあげて。私も休みの日には顔を出すようにするから」

「そうね、ありがとう」

 * * *

 翌週から名取フラワーズの人気フラワーアーティストである林芹那さんが叔母さんの代わりに入ることとなった。

 彼女は何人かいる名取フラワーズの広告塔のひとりだった。もともとこの街の出身で、ノースエリアに住んでいたそうだ。今は父親の仕事の関係で別なセレブの沢山住んでいる地域にいる。

 この街の出身であることや、店を一人でもやっていける人という条件ならば、私とは違う意味で有名な彼女が役に立つだろうと社長は言った。

 彼女ほどの人が誰かの下で働くなど考えられなかったし、彼女を使わなければいけない立場になってしまうのは正直つらかった。だが、ひとりで店を回せる人という条件にはこれ以上ない人選だった。

「気にしないでください。私はあくまでこの店の一店員ですから」

 彼女はテレビに出ることもある人だったが、気さくに私に接してくれた。そして、彼女のネームバリューのお陰でお客様が格段に増えた。それもノースエリアの人達だ。セレブリティに人気の彼女の背景は有名だったのだ。

「そういえば、社長から聞いたんですけど、神崎造船の副社長が少し店長のご実家の店に出資して、ここと合併させたそうですね」

「そうなの。出資していただいた分をお返ししないといけないんだけど、そのままになってしまって……」

「どうしてですか?かなりの利益があるんですよね。売り上げ一位ですもの、ここ」

「……そうですね、そのうちなんとかしないとね」

「私にも神崎さんのこと紹介してくださいね、店長」

「もちろんよ。お忙しい方なのだけど、いつか近いうちに芹那さんのことは紹介します」

 彼女はじっと私を見ていたが、お客様が来てそちらの応対を始めた。

 * * * 

『父が戻ってきたから、君とのことを話したんだ』

 夜の電話で彼にそう言われた。

 彼はあれからお父様が戻って来てからも忙しくて会う時間が取れない。結局、あの食事以降まともに会えていないのだ。私も叔母さんがいなくなり、店をあけづらくなった。アレンジ教室もあり、芹那さんが慣れるまではと考えているからだ。

「お父様はなんて?」

「驚いていたよ。一度君に会いたいと言っていた。反対はされなかったから安心していいよ」

「私もいい加減、電話じゃなくて蓮さんに会いたいです」

「っ!……さくら、わかった今すぐ行く」

「もう今じゃなくて、何言ってんです、今何時か知ってます?」

「何時かなんて関係ない。そうだな、時間なんて関係ない。何時だろうと会えばよかったんだ」

「だめですよ、私はもう着替えてベッドにいます。それどころか電話が来るまで寝てました」

 今は23時半だ。最近の彼は電話の時間も遅い。お父様との仕事や会食もあり、夜も会えない。接待がたまっているらしい。休日はなくなったようだった。

「さくら。店、新しい人が入ったと聞いたぞ。名取が最高の人選だから安心しろとメールしてきたぞ」

「あ、そうなんです。そのうちご紹介します」

「そうか、よかったな」

「そうですね」

「さくら、来週末の花火大会の日の約束大丈夫か?」

 7月の今年最初の花火大会の日。クルーザーはその翌日から貸し出しになっている。最初の日は試運転のため貸出しないと説明したらしい。その試運転とは彼の貸し切り作戦のことだ。

「ええ、大丈夫です」

「今度は花火が上がるのを見るからな。最初に見るのはオーナーとその恋人だけだ」

「……蓮さん」

「可愛くしてこいよ。今度はスカートがいいな」

 何言ってんの、蓮さんったら。恥ずかしくて言葉がみつからない。

「さくら、赤くなって下向いただろ」

「……!」

「さーくら?」

「もう、蓮さんのバカ!」

 ふざけて話してその夜は電話を切った。

 
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