美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐

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第六章

約束

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 叔父が一時的に退院していたとき、挨拶に家へ行った。

 ふたりには包み隠さず本当のことを話した。今までのこと、彼との関係、これを機に退職し都内へ引っ越すこと。

 いずれ店を、このブラッサムフラワーの名前を譲ってほしいと頼んだ。店を最終的には出すつもりだからだ。

 叔母は涙を浮かべて答えた。

「あなたがそんなに痩せて、病院であの日躓くぐらい悩んでいたなんて、全く気付かず自分たちのことばかりで本当にごめんなさい」

「叔母さん大丈夫だから、あの日は心配かけてごめんなさい。私が支えてあげるはずだったのにね。また支えてもらっちゃった」

 叔父は痩せたが目だけは前よりしっかり光り輝いていた。

「さくら受賞おめでとう。そして、これからは自分の力を信じて思うようにやりなさい。今回の受賞がお前を新しい道に連れて行ってくれるだろう。店の権利は完全にお前に譲るよ」

「ありがとう叔父さん」

「さくら。最初、彼が資金援助を申し出てくれたときから、お前に興味があったんだろう。かの有名な玲瓏皇子もお前におちたんだな」

「……あなたったら」

 叔母さんが驚いたように叔父さんを見た。

「素直で一生懸命。それがお前のいいところだ。花を扱うものが邪心を抱いたらだめだ。その林大臣の娘さんが何を考えているかわからないが、お前を利用しようとしたり、名取さんも巻き込んだ段階でいずれ報いが来る」

「……叔父さん」

「彼を信じなさい。恐らく、お前を守るため全力を尽くすだろう。彼に独立すること話してないのか?」

「このあと、行ってきます」

「……さくら、私たちはあなたたちがお付き合いしているんだろうと思ってた。独り暮らしを始めたのも、そういうことかと思っていたの」

「さくら、身分とか考える必要はない。最初に話しただろ、おそらく神崎社長夫妻はお前とのこと反対なさらないと思う」

「ええ、お父様は反対されてないと聞いています」

「やはりな。今これからお前はさらに名を上げる。身分差なんてなくなるだろう」

「……」

 叔父さんは笑っていた。本当に優しい。叔父さんの期待にこたえたい。

「今ある店だってお前の力であそこまで来たんだ。美味しいところをもらって経営できると思っている林さんは浅はかだ。そんなものでない。店には人柄が現れる。お前の色がなくなり、いずれ彼女の本性が知れるとき、はっきりするだろう」

「叔父さん」

「店は誠実でないと客がつかないよ。嘘はいずればれるんだ。お前が抜ければ彼女のそれが客によくわかる」

「そうね、あなたの言う通りだわ」

「さくら。できれば早いうちにここへ戻っておいで。うちの店のお客様はお前がいなくなったらどれほど困るか。頼むよ」

「そうよ、その通り。あなた、いいこと言うわね。手術してよかったわ」

 二人の息の合った掛け合いを見て私は噴き出した。でもその通りだ。いずれ戻りますとお客様には言ってきた。

「ええ、もちろんよ。そのつもりだから、待っていてね」

 * * * 

 椎名さんにお願いして蓮さんに内緒で時間を空けてもらい、本社に伺った。

「さくら、どうしたんだ」

 スーツを着てあいさつに来た私へ驚いた表情を見せた。

「蓮さん。いえ、副社長。今までお世話になりました。明日から林店長で店を続けます。今までうちに支援してくださったお金は振り込ませていただきました。少しですが色を付けています。お受け取りください」

「……さくら、お前」

「私は明日から都内でフラワーアーティストとして独り立ちして生活します。今日はご挨拶に参りました」

 彼は机を回ってきて私の腕を引っ張ると壁に押し付けた。

「……ん……ん……」

 キスが襲ってきた。

 私は彼の胸を押した。

「……ここは、オフィスです。誰がくるとも……」

「さくら」

 聞いたことのないような低い声がした。目の前ですごい目をした彼が私を見ている。目を反らしたら顔を固定された。

「あの日言ったはずだ。僕を信じろと。噂だろうと、縁談だろうとすべて片付ける。あと少しだ。待ってろ」

 私の顔を覆う彼の手を上から覆った。そして、私の顔から彼の手を降ろさせた。

「信じてる。あなたのお陰でここまできた。そして恋人にしてもらって生まれて初めて幸せで眠れない日もあった」

「……じゃあ、どうして出ていく。側にいろ」

「私のわがままです。私の力であなたの隣に立ちたい。ここへ戻ってくるから待っていて」

 彼は私を胸にしまいぎゅっと抱いた。頭を私の肩に入れた。

「嫌だ。何故だ。会いたいときに会えなくなる」

「今だって会えてないでしょ、忙しくて……」

「そうじゃない、わかってるだろ、側にいたいんだよ」

「好き。あなたが大好きよ。それはどこにいても変わらない。恋人でいさせてくれる?」

 彼は私の顎をつかんで深いキスをした。糸がひいた。親指で彼が唇をなぞった。

「君が僕に内緒で、椎名まで巻き込んで全部処理したんだから本気なんだろ。わかったよ。少しの間だけ離れるのを許す。一年以上は絶対許さん」

「蓮さん……」

「きっかり期限は一年だ。来年の今日だぞ」

「なにそれ……ねえ、どうして……」

「うるさい、我慢して一年も待つんだぞ。それ以上は無理だ。それまでに僕も君を迎える準備を整えておく。逃げようとしても無駄だ。その時こそもう僕の中から逃がさない」

「蓮さん」

 私は彼の首に手を回した。耳元で答えた。

「わかった。とりあえず一年でいったん戻る。約束する」

「……さくら……」

 ドンドン!

 扉をこれみよがしにたたく大きな音がした。

「蓮様。お時間です。清水さん申し訳ございません」

「椎名、お前許さん!覚悟しろよ」

「椎名さん、本当にありがとうございました。蓮さん、椎名さんは私の為にやってくださったの。怒らないで。約束よ」

 椎名さんは私を見てにっこり笑った。

「清水様。残していくお店のことですが、見張っています。何かあれば逐一ご連絡します。新しいバイトはうちの手のものです」

 びっくりした。バイトは芹那さんの知り合いじゃないの?

「バイトは確か芹那さんの知り合いって……」

「シャンパンフラワーの花をあの日君に買った時、店長から少し事情を聞いた。君の叔父さんにあそこの店長は恩があって、君のことも心配していた。林の性格をよく知っているから、君が店を取られるんじゃないかとね」

 そう、相良さんは叔父さんに恩があると昔から言っていた。私のことも可愛がってくださっている。

 椎名さんが続けた。

「相良さんのところのお弟子さんを芹那さんに紹介してもらいました。新しいアルバイトは彼女スパイです。本当は清水さんを助けるためだったんですけどね」

 びっくりした。蓮さんが続けた。

「林に店を任せるとさくらが心配で……君に知られず本当は裏から助けたかったんだ。まさか出ていくとは思わなかったけどな」

 意地悪な目でこちらを見る蓮さん。本当にこの人は……いつも私のことを気にかけてくれている。

「ありがとう。本当に大好きよ、蓮さん」

 椎名さんの前でふたりに満面の笑顔を向けた。目の前でそろってなぜか真っ赤になっている。

 その日、一年の約束で私ここを出た。

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