ケットシーと小鳥の唄

伊織愁

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 キメラが封印されている場所は丁度、山の中腹辺り、五合目と六合目の間だ。

 五合目には農場や民家があり、六合目にも小さな集落が複数ある。 七合目は市場がある街があり、五号目から七合目は人通りがかなり多い。

 「此処で暴れられたら、不味いなっ」

 キウェテルは封印場所の入り口を見ると呟いた。 背後では楽しそうなヴィヴィエンの声が聞こえる。

 「ねぇねぇ、キウェテル。 神殿みたいな入り口なのね」
 「……」

 入り口は洞窟を暫く行った先にあり、細かい彫刻が施された柱が二本と、豪奢な両扉が取り付けられていた。

 ヴィヴィエンはアラナと画策し、お茶会の日を変更したのだと言った。

 ちゃっかりドレスから馬術用の服に着替えている。 細っそりとした長い手足が顕になっている。

 まぁ、ドレスで来られるよりマシだけどっ。 いつも間に用意していたんだっ。

 ヴィヴィエンの主張はこうだ。
 
 「アラナ様にキウェテルの驚く顔が見たいって言ったら快く引き受けてくれて、後日のお茶会で今日のキウェテルの様子を話すのが、アラナ様への報酬ですって」
 「アラナの奴っ……」
 「だって、キウェテルがいけないのよっ! キメラは私にも関係あるのに、内緒にするからっ」
 
 溜め息を漏らすと、キウェテルは諦めた。

 「分かりましまた。 しかし、危ないた思ったら問答無用で迷宮の外へ出しますからね」
 「ええ、分かったわ」

 大きく頷いたヴィヴィエンを確認してした後、再び、迷宮の扉に向き合った。

 洞窟も隠された様にあったから、分からなかったんだな。

 洞窟前は草が生い茂り、先に調査に来ていた兵士が道を作っていてくれた。

 息を吐き出したキウェテルは、オッドアイの瞳に力を入れる。

 しかし、扉を押したがピクリとも動かなかった。

 「開かない?」

 後ろにいるウェイロへ声をかける。

 「ウェイロ、扉を開ける方法は書いてなかったか?」
 「はい、今、調べますっ」

 先人が記録に残した資料を捲る音が鳴り、少しして探していた項目を見つけた様だ。 明るいウェイロの声がする。

 「あ、ありましたっ! 扉に描いてある魔法陣に魔力を注いで下さい」
 「ん、分かった」
 
 言われた通りに魔力を注ぐ。 扉が光を放った後、重い軋む音を鳴らし、豪奢な扉が開いた。

 中へ入ると、柱に取り付けられた松明が灯された。

 ずっと奥の方まで続いている。 皆が息を呑んだ。

 ヴィヴィエンを振り返る。 眼差してキウェテルが何を言いたいのか分かった様だ。 ヴィヴィエンは顔を横に振って拒否した。

 「なら、私から離れない様に」
 「ええ、分かったわ」
 
 ヴィヴィエンが大きく頷いた。

 先頭に兵士二人が歩き、キウェテルとヴィヴィエンが続く。 後ろではウェイロが進む道の指示している。 最後尾に数人の兵士が着いて来てくる足音が聞こえる。

 人工的に造られたのか、溜まっていた魔力が作り出したのか、数千年も朽ちずにあるのは不思議な感覚だった。

 誰も言葉を発さず、地面の敷かれた石畳を打つ音だけが響いていた。

 暫く歩くと、前の方で複数の羽ばたきの音が聞こえて来た。

 皆が一斉に武器を構える。 キウェテルは後ろにヴィヴィエンを庇った。

 「ヴィヴィ、じっとしていて」
 
 直ぐ後ろでヴィヴィエンが息を呑む気配を感じる。

 「来ますっ!」

 前の兵士が叫ぶと無数の蝙蝠が飛んで来た。 魔法師が前へ出ると広範囲の魔法を放つ為、魔力を練り込む。

 「炎は駄目だ。 風刃で切り刻め、取り残しは後ろに任せろっ!」
 「はいっ!」

 キウェテルも前へ出て、風刃のは魔法を放つ。

 暫し、蝙蝠の鳴き声と魔法が放たれる音が洞窟内で鳴り響き、血の匂いが充満した。

 最後の蝙蝠を風刃で切り刻み、剣を振って血を弾き飛ばす。

 剣を鞘に収める音も、洞窟内では大きく響く。

 「ヴィヴィ、大丈夫ですか?」
 「ええ、怪我はないわ。 今のは……」
 「蝙蝠ですよ、人の血を吸うタイプだったので、討伐しました」

 ヴィヴィエンは大丈夫な様で、キウェテルはホッと安堵した。

 「ウェイロ、怪我人は出たか?」
 「いえ、大丈夫です。 この蝙蝠に噛まれたら大変な事になりますからね」
 「ああ、問題がなければ先に進むぞ」

 兵士たちが声を上げると、一行は再び、通路を進んだ。

 先程の蝙蝠の後は、弱い魔物が多数出たが、難なく討伐した。

 キメラがラスボスだが、再び、封印をするか、討伐するか悩み所だな。

 魔物の襲撃が続き、すっかり大人しくなったヴィヴィエンも、何かを考え込んでいる様だった。

 歩き続ける事、数十分。 突き当たりに当たった。 何もない白い壁が目の前にあるだけだった。

 「ウェイロ、次は何と書いてある?」
 「はいっ、えぇ、次は呪文を唱える様です」
 「分かった。 呪文を教えてくれ」

 返事をしたウェイロから、古代語の呪文が紡がれた。 同じ様にキウェテルも古代語の呪文を唱える。

 しかし、目の前の白い壁には何も起こらなかった。

 「どういう事だ? その記録は合っているのか? 他に何か書いていないか?」
 「はい、何も書いてありませんっ」

 思わぬ所で足止めをされた。

 呪文を言い間違えたか? いや、正しく発音したはずだっ。

 サラリと流れる白鷲を表す白銀の髪、キウェテルの隣に立ったヴィヴィエンが大きく息を吸った。

 ヴィヴィエンの口から、古代語の呪文が唄を歌う様に紡がれた。

 一斉に皆がヴィヴィエンに見惚れた。

 古代語の呪文が呪文に聞こえない。

 一曲の唄に聞こえた。 ヴィヴィエンの唄が終わると、ピクリとも動かなかった白い壁が大きな音を鳴らして左右に開いた。

 未だに口をぽかんと開けて呆けている兵士たち。 ウェイロが呆れた声を出す。

 「…….これは、姫様が居なければ、此処で引き返さなければならなかったでしょうね」
 「ああ、ヴィヴィが来た意味が合ったな。 俺ではあの唄は唄えないっ」
 「誰にも無理ですよっ」

 左右に開いた白い壁をヴィヴィエンは興味深そうに観察している。
 
 「キウェテル、こちらに来て。 此処に魔法陣が描いてあるわ」
 
 ヴィヴィエンに呼ばれ、キウェテルも白い壁に近づく。 音声を感知する為の魔法陣なのか、音に反応する様だ。

 「ふむ、音声認識なら、別に唄でもなくていいのにっ、何故、唄なんだっ」
 「もしかしたら、あれじゃない? キメラの母親も私と同じ能力を持っていたんでしょ?」
 「そうか、成程な」
 
 突然、山が揺れ、地響きを慣らす。

 激しい揺れに、堪らず地面に膝を付いた。 悲鳴を上げてヴィヴィエンが腕にしがみついて耐えている。

 「大丈夫だっ……ヴィヴィの唄に刺激されたかっ」
 「ええ、そうかも知れませんっ。 キウェテル様、急ぎましょう」
 「ああ」
 
 一同は揺れが治ったか確かめてから歩き出した。

 ◇

 迷宮の奥にあるキメラが封印されている封印の間、中央に置かれた棺がヴィヴィエンの唄に反応して、振動する。

 棺が振動すると、封印の間も揺れ、山が大きく揺れる。

 石で造られた棺にヒビが入り、蓋が砕け散った。 棺の中には小さな子供が横たわっていた。

 ◇

 迷宮の奥、キメラの封印場所まで歩き続け、数時間は経っているだろう。 

 道中は、やはり弱い魔物しか出て来ない。 強い魔物が出て来るかも知れないと思っていた兵士たちは気が緩んだのか、浮き足だっている。

 このまま弱い魔物しか出て来なくて、ラスボスにキメラだと、油断してやられるかもしれないなっ。

 キウェテルは兵士たち様子に、士気を上げる為、注意を促す。

 「お前たち! 気を引き締めろっ! ラスボスのキメラは手強い相手だ。 緩んだ顔をしていたら死ぬぞっ」
 「「「「「は、はいっ!」」」」」

 気を緩めていた兵士たちは、バツの悪そうな表情で返事を返して来た。

 山は大きく、中心部は徒歩では遠かった。 定期的に出て来る弱い魔物を討伐し、単調な工程に嫌気が差して来ていた。

 隣を歩くヴィヴィエンに視線を送ると、死にそうなるくらい疲れた様子を見せている。 全く外へ出た事がないヴィヴィエンにとっては苦行だろう。

 察しの良いウェイロが迷宮の地図を確認し、近くに水場がある事に気づいた。

 「キウェテル様、もう直ぐ行けば水場があります。 そこで休憩しましょう。 姫様もそこまで頑張って下さいっ」

 ヴィヴィエンが情けない声で返事を返した。

 「そうだな、兵士たちと疲れているだろうから、休憩しよう」

 休憩と聞いて兵士たちが嬉しそう声を出した。

 辿り着いた水場には、通路の左側が大きく開けていて、地下水が湧き出ている様だ。 ベンチとテーブルが置かれてあり、休憩ばとして作られていた。
 
 各々、ベンチへ腰掛け、用意していた水や干し肉を口する。

 隣に座ったヴィヴィエンに、ふと疑問が湧いた。

 「ヴィヴィは、どうして呪文が唄だと分かったんですか?」

 キョトンした表情を浮かべたヴィヴィエンは、暫し考えた後、にっこりと笑った。

 「何となく……かしら? キウェテルが呪文を唱えた途端、フッと頭に浮かんだの。 こんな事、初めてだわ」
 「そう……」

 小一時間の休憩を終え、再び、一行は先へ進んだ。

 先に見えるのは、柱に灯された松明の炎、左右に松明に挟まれ、先は暗闇だ。

 真っ直ぐに続く道、キメラに会うために、当時のケットシーと唄姫は、何を考え、思い、歩いたのかと脳裏に浮かぶ。

 漸く辿り着いた先で、再び、細工がされた扉が現れた。

 「此処が最後だな」
 「はい、キウェテル様。 この先にキメラが封印されている棺があります」

 最後の扉を開ける為、キウェテルの口から古代語の呪文が紡がれた。

 ◇

 ヴィヴィエンを取り戻す為、出発した王子たちは、山猫の麓にある街の門に辿り着いた。

 ヴィヴィエンの結界がある為、邪な考えを持っている者は弾かれている。

 門兵たちは直ぐにスカイラたちの騎士団に気づいた。 空から鷲王の騎士団が翼を羽ばたかせる音が落ちて来る。

 「おいっ、鷲族だっ。 また、王子たちが来たぞっ」
 「またか、しかし、王女様の結界があるか、阻まれるだろうっ」

 しかし、スカイラたち騎士団は、結界に阻まれる事なく、通り抜けて行った。

 難なく結界を通り抜けて行く鷲族たちを見て、兵士たちは驚き、ボカンとした表情で空を眺めた。

 鷲族の騎士団たちの前を飛ぶ三人の王子。 灰色の翼を羽ばたかせグレーの髪が靡き、エメラルドの瞳に意地悪な色を滲ませたアビデミの口元が弧を描く。

 「ふふっ、山猫たちが下で騒いでいるね」
 「幻術はちゃんと効いているようだな」

 白銀の髪が靡き、眼下で右往左往している兵士を見て紫の瞳を細めるノーマン。

 「お前たち、雑兵など放っておけ。 真っ直ぐに封印場所まで行くぞ」

 黒い鷲の翼は流れる様に輝いている。

 スカイラの王族オーラは、とても神々しい。 近く立太子するスカイラは、次期国王としての自覚が芽生えている様だ。

 暫くして、キメラが封印されている洞窟へ辿り着くと、魔力を流して迷宮の扉を開けた。

 ◇ 

 扉を開けたキウェテルたちは中へ入った。 中へ入ると、中央に棺が置かれていた。

 棺を見たキウェテルたちは息を呑んだ。

 「棺の蓋が開いているっ」

 全員が封印の間を見回し、キメラが何処かに潜んでいるか警戒した。

 しかし、キメラらしい姿はなく、開けられた棺から巨大な魔力が放たれていた。

 ……っ、なんて強い魔力なんだっ!

 獣人の本能が刺激され、臨戦大勢に入る。 しかし、容易には棺に近づけない。

 キウェテルの隣で動く気配を感じ、咄嗟にヴィヴィエンの腕を掴んだ。

 「ヴィヴィっ、危ないから近づいてはいけないっ」
 「でも、呼んでいる様な気がするの」

 ヴィヴィエンに何処にそんな強い力が合ったのか、キウェテルの腕を振り切り、棺へ近づいた。 後を追うキウェテル。

 棺を覗くと、まだあどけない少年が横たわっていた。

 「子供っ……」

 ハッとし様に、遠くからウェイロの声が聞こえて来る。

 「キウェテル様っ! キメラは七歳で封印されたと記録にありましたっ」
 「……っ」

 討伐するか、再び封印をするか悩んでいたのにっ、これではっ……。

 どうするか考えあぐねていると、何処か遠くでヴィヴィエンの唄声が聞こえて来た。 ヴィヴィエンを見ると、声を発しているどころか、顔を思いっきり横に振っている。

 ヴィヴィエンの唄が聞こえて来る中、棺の中の少年が僅かに動いた。

 少年の魔力が揺らぎ、皆が一斉に武器を構えた。 反射でヴィヴィエンを庇った。

 「ヴィヴィ、後ろにっ」

 唄は止まず、封印の間の扉の外から聞こえて来た。

 「これはどういう事だ?」
 「この唄声……」
 「ヴィヴィ?」
 
 直ぐ外で聞こえて来る唄に、ヴィヴィエンは違和感を覚えた様だ。

 「私の声じゃないわっ」
 「……なら誰の唄声ですか? 私にはヴィヴィの声にしか聞こえませんけど」
 「分からないわ。 私の声に似ているけど、私じゃないわ」

 封印の間が開けられると、鷲族の三人の王子と騎士団が入って来た。

 「間に合ったかっ」
 「お兄様っ?! どうして此処へっ?!」
 「ヴィヴィこそ、どうしてこんな危険な所にいるっ?!」
 
 スカイラが叫ぶと、封印の間に声が響いた。

 また、面倒な人たちが来たなっ。

 ヴィヴィエンとスカイラの間に身体を入れ、ヴィヴィエンを背中で隠す。

 「お義兄様たちこそ、どうして此処へ? 何故、この場所を知っておられるんですか?」
 「猫に兄と呼ばられる筋合いはないよ」

 アビデミがいつの間にかヴィヴィエンに近づき、キウェテルから引き離す。

 「アビデミ兄様っ、離して下さいっ!」
 「ヴィヴィっ!」

 スッと冷たい切先がキウェテルの顎先に突き付けられる。 第二王子、ノーマンだ。

 「「「「「「「キウェテル様っ!」」」」」」」

 兵士たちが一斉に王子たちに武器を向ける。 直ぐにキウェテルが兵士たちに命じる。

 「動くなっ、武器を下せ。 王族と争うなっ!」
 「しかしっ!」
 「キウェテル様っ」
 「いいから言う通りにしろっ」

 ウェイロは言葉に詰まったが、兵士たちに武器を下すように指示した。

 兵士たちも渋々だが、従った。

 「キウェテルっ」

 ヴィヴィエンの悲痛の声が封印の間でこだまする。 突き付けられた切先に怯む事なく、キウェテルはノーマンと向き合った。

 「嫌な奴だな、お前。 俺が剣を構えると、皆が震え上がるんだが」
 「そうなんですか? では、うちの兵士は優秀ですね。 皆が貴方に武器を向けましたから」
 「お前っ!」
 「ノーマン、今はそいつの相手は後にしろっ。 先にキメラを片付けるぞ」

 スカイラが棺へ近づき、中を確かめる。

 「子供だとっ」

 スカイラたちも知らなかったのか、棺の中で少年が横たわっているのを見ると、動きを止めた。

 「……これがキメラなのか?」
 「その様です」

 キウェテルを見ると、スカイラは覚悟を決めた様に、横たわる少年に水晶を掲げた。

 水晶からヴィヴィエンの唄声に似た唄が奏でられ、少年に吸い込まれる様だった。

 「この水晶は、鷲王に代々引き継がれる代物だ。 キメラが目覚める時、キメラにこの唄を捧げると消滅すると伝えられている」
 「……なっ」
 「スカイラ兄様っ!」

 水晶から奏でられる唄が鳴り止むと、少年から放たれる強力な魔力が急速に静まっていった。

 消滅すると思っていた少年からは、強力な魔力を感じなくなっていた。

 寧ろ、普通より少し強い魔力を感じるだけだ。 全く驚異を感じないな。

 獣人の本能も刺激されない。 スカイラたちは呆気に取られ、言葉を発する事を忘れている。

 もしかしてこれは……アレか、唄姫に一杯食わされたのかっ。

 唄姫が残した王城にある記録、王子たちが騙された可能性に、身体を震わせて戦慄いている。

 棺から物音がして、目線だけを移動させると、起き上がったキメラと目が合った。

 「お父さまっ」

 キメラはキウェテルを父と呼び、剣を突き付けられた様子を見て、表情を曇らせた。

 「えっ」

 封印の間に居た誰もが、キメラの言葉に困惑した。 キメラは次にヴィヴィエンに視線を移し、大きく瞳を見開いた。

 「お母さまっ」
 「えっ」

 アビデミに肩を掴まれているヴィヴィエンを見て、キメラは両親の危機を感じ、魔力を爆発させた。

 不味いっ!

 まだ固まって動かないノーマンの剣を蹴り飛ばすと、キウェテルのオッドアイが獣目に変わる。

 『皆、動くな』

 声に魔力が込められ、キウェテルの魔法が放たれる。

 ケットシーの能力だ。 人を操れる能力故に、此処ぞという時にしか使わない上に、人命が脅かされる理由以外、使用を禁止されている。

 全員が動きを止め、声も発せなくなった。 大人しくなった事を確認した後、キウェテルは自身の兵士とウェイロ、ヴィヴィエンを解放した。

 「キウェテルっ!」

 ヴィヴィエンは直ぐに抱きついて来た。
 
 「ヴィヴィ、大丈夫ですか?」
 「私は大丈夫よ、それより、兄様たちがごめんなさいっ」
 「私は大丈夫ですよ。 ウェイロ、逃げる準備をしてくれ」
 「はい、直ちに」

 キウェテルは棺の中で固まっているキメラに近づく。 キメラの瞳が少しだけ怯えた様に揺れた。

 「もう、怖い事はない。 今から魔法を解く。 魔力を抑えるんだ、いいな?」

 キメラの瞳が明るく輝いた。

 キメラを解放すると、彼は涙目でキウェテルに抱きついて来た。

 「お父さまっ、ごめんなさい! 力をつかったらダメって言われてたのにっ」
 
 力強く抱きつくキメラに、キウェテルは優しく抱きしめ返した。

 「気にするな。 私たちを助けたかったんだろ?」
 「うん、でもじょうずにできなかったっ」
 「いいんだよ、これから覚えればいいんだから」
 「うん、お父さま。 ぼく、かんばるっ」
 「キウェテルっ」

 ヴィヴィエンやウェイロ、兵士たちがキウェテルの言葉で一瞬で固まった。

 キメラを抱き上げると、キウェテルは固まったままのスカイラたちに視線を向けた。

 『殿下方、騎士団の方々、申し訳ありませんが、私たちが屋敷へ安全に戻るまで、こちらで待機してて下さい。 数時間後には動けますから、屋敷へ来るなり、王城へ帰るなりして下さい』

 王子たちは固まったまま、怒りを露わにした。 瞳に怒りの色が滲んでいた。

 ◇

 屋敷へ戻ったキウェテルたちは、キメラを連れ帰った。

 先ぶれを受け、執事と使用人が玄関ホールで待っていた。

 屋敷を見たキメラは、瞳をかがやかせた。 しかし、執事や使用人がいる事に、キメラは怯えた表情を見せる。

 ギュッと肩を掴まれて、キウェテルの胸が鷲掴みにされる。

 「大丈夫だ、皆、優しい人だから」
 
 小さく頷くキメラをメイドへ預けようとしたが、全力で嫌がった。

 「キウェテル、良ければ私が彼の入浴を手伝ってもいいかしら?」
 「……大丈夫ですか?」
 「何、その目は?」
 「いや、王女様に子供の世話が出来るのかとっ……」
 「出来ますっ!」

 ムッと唇を尖らせたヴィヴィエンがキメラを奪う様にして浴室へ連れて行った。

 ヴィヴィエンの後を使用人が追いかけて行く。

 「セバスチャン、彼の部屋は準備出来ているか?」
 「はい、取り敢えず、客間を用意させて頂きましました」
 
 頷くと、皆で執務室へ向かう。

 椅子へ腰掛けると、キウェテルから深い溜め息が吐き出された。

 「……何故、俺とヴィヴィを両親だと思っているんだ?」
 「単純に考えれば、お二人が似ているんじゃないですか?」
 
 キウェテルの眉間が深く寄った。

 「似ている?」
 「ええ、キメラ少年のご両親にです」
 「……あぁ、そうかっ」

 キウェテルとヴィヴィエンの遠い先祖で、もう血は大分と薄くなってはいるが、確かに血縁である。

 「大昔過ぎて、もう既に他人みたいだが、あの子を追い出す事は出来ない」 
 「ですね」

 セバスチャンも深く頷いている。

 驚異では無くなったキメラ少年は、オッドアイだった。 綺麗な青と紫、サファイアを思わせる色だった。

 「あの子が次の時代のケットシーだ。 直ぐに諸々の手続きを」
 「きっと当時のケットシー、族長も封印する事しか出来なかったんでしょうね」

 キウェテルはキメラが寝かされていた棺を思い出していた。

 あの棺は、キメラの魔力を吸収する物だったんじゃないか? 長い年月を掛けて、あの子の魔力を削ぎ取ったんだ。 そして、目覚めの兆候が現れたら、唄姫の唄が込められた唄で目覚める様にしたんではないか? 王子たちショックだろうなっ。

 無害になったキメラを討伐する事はないだろう。 もしもの時はキウェテルが全力で止める。

 ウェイロが大きな声で叫んだ。

 「ああぁっ!」
 「何だっ、いきなり、大きな声を出すなっ」
 「キウェテル様っ! 直ぐに姫様と偽印の儀式を行なって下さいっ!」
 「それは、もう少し落ち着いた後でもっ」
 「駄目ですっ! もう直ぐ、殿下方が動ける様になったら、屋敷へ突撃して来ますっ。 姫様を連れて行かれない様に先手を打ちましょう」
 「あぁ、そうかっ、殿下の事があったなっ。 しかし、役人が居ないと儀式は出来ないぞ」
 「それなら大丈夫です。 セバスチャンがいますからっ」
 
 にっこりと笑うセバスチャンを見て納得する。 セバスチャンは元役人で色々な儀式を担当していた。 父親に気に入られ、屋敷にやって来たのだ。

 息を吐いたキウェテルは、ウェイロの意見に従った。

 執務室の扉がノックされ、返事をする前にヴィヴィエンが入って来た。

 「入浴は終わりましたか?」
 「ええ、あの子は浴槽で遊んだからか、目覚めたばかりだからか、疲れて寝てしまったわ」
 「そうか。 なら今の内に、約束を果たしましょうか」
 「約束?」
 「ええ、迷宮から戻ったら、偽印の儀式をしましょうと言っていたでしょう?」

 照れくさいのか、ヴィヴィエンは金色の瞳を泳がせ、頬を染めた。

 「今、直ぐに?」
 「はい、ぐずぐずしていたら、殿下方が屋敷に乗り込んで来ますからね」

 ヴィヴィエンも兄たちを思い出したのか、嫌な表情を浮かべた。

 「儀式はセバスチャンにしてもらいます。 元はあらゆる儀式に携わっていましたから。 結婚式は落ち着いたらしましょう」
 「ええ」
 
 「では、お二人とも祭壇へ向かいましょう」
 
 セバスチャンに促され、キウェテルたちは敷地にある祭壇へ向かった。

 祭壇へ向かう廊下で、侍女と出会し、キメラが着ていた服に、手紙が入っていた事が報告された。

 受け取ったキウェテルは、胸元のポケットに手紙を入れた。

 ◇

 祭壇に立つセバスチャンの前で向かい合って立ち、お互いに掌を傷つける。

 「お互いの手を合わせて下さい」

 傷を付けた掌同士を合わせた。 通常は合わせるだけで良かったが、キウェテルは指を絡めて握りしめた。

 お互いに微笑み合う。

 儀式に参加した皆の頬が緩む。 セバスチャンの口から古代語の呪文が紡がれる。

 何もない空中から、光の粒が降り注ぐ。

 絡めたら手が熱くなり、少しだけ痛みが生じた。 見える場所に偽印が刻まれたので、自身の左指とヴィヴィエンの左指に偽印が刻まれていく様子が見えた。

 お互いが、左指を唖然として見つめる。

 ポロリとヴィヴィエンの金色の瞳から涙が溢れた。

 「ヴィヴィっ」
 「ごめんなさい、違うのっ。 ずっと、キウェテルの番だったら良かったって思ってたから、凄く嬉しいのっ」
 「ヴィヴィ、私もずっと番だったら良かったと思っていたから、私も嬉しいですつ」

 二人の視線が絡み合うと、唇を重ねる。

 同時に、祭壇の間の扉が乱暴に開け放たれた。 乱入して来た犯人は勿論、王子たち。

 既に儀式を終えた後なので、王子たちがガックリと肩を落としたのは言うまでもない。

 キウェテルの中に、ヴィヴィエンを感じる。 以心伝心、ヴィヴィエンも同じタイミングで自身の中にキウェテルを感じた様だ。

 ◇

 キメラの服に入っていた手紙の内容は、やはり、長い年月を掛けてキメラの魔力を削ぐ為に、特殊な棺に彼を眠らせる事にしたと書いてあった。

 目覚める時に備えて、唄姫が自身の唄を封じた水晶を残しておく事、子供の名前が綴られていた。

 目覚めたキメラが、山猫族に大事にされる事は分かっていただろう。 ケットシーになれるオッドアイをキメラは持っていたからだ。 しかし、棺の他に金銀財宝が沢山、残されていた。

 鷲王たちは、当時の唄姫に踊らされた事に憤りを感じていたが、無害になったキメラの討伐など出来ない。

 偽印を刻んだキウェテルとヴィヴィエンは早々に心が繋がってしまった。

 二人を引き離せば、番を求める二人が暴走するだろう。 鷲王たちは泣く泣く二人を認めるしかなかった。

 そして、本日はキウェテルとヴィヴィエンの結婚式だ。

 「ヴィヴィ、とても綺麗です」
 「ありがとう、キウェテルも素敵よ」
 「ありがとうございます。 さぁ、ヴィエル。 君も母様に挨拶して」
 「はい、お父さま。 お父さま、お母さま、おめでとうございます。 とてもきれいです」
 「ありがとう、ヴィエルも素敵よ」
 「ありがとう、ヴィエル」

 得意気に笑うヴィエルは、ヴィヴィエンに小さなブーケを渡した。

 キウェテルの手作りのブーケと、ヴィエルの小さなブーケを持ち、三人で並んで祭壇まで歩く。
 
 司祭の祝詞が紡がれると、三人を祝福する様に光の粒が降り注いだ。
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