『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』

伊織愁

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23話

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 国境へ辿り着いたリジィたちは、カルタシア王国へ入国する為に関所で手続きをしていた。

 偽の身分証明書はスヴァットが用意してくれていた。皆、スヴァットの商会に所属する人族の従業員だ。リジィがアーヴィング家の娘だと知られると、入国した瞬間にカルタシア王国の騎士団に捕らえられる。

 無事に国境を抜けて真っ直ぐに街道を進み、リジィたちが乗せた馬車は元アーヴィング領、今はマッケイ領と名を変えたリジィの故郷へ向かった。

 「すみません、何から何まで用意してもらって……。私、カルタシア王国に着いてからの事、全く考えてなかったですっ」
 「大丈夫ですよ、番様。これも団長が憂いなくシェラン国で任務を全うして頂く為に必要な事ですから」

 にっこりと笑い、向かいの座席に座るダレンの言葉には、存分に色んな意味が含まれている様だ。

 「リジィちゃん、気にしなくていいよ。 俺は好きでやってるから。まぁ、俺に番が出来て、困った事が起こった時の為に、ラトに恩を押し売りしてるんだけどねぇ」
 「お前に『リジィちゃん』と呼ぶ事を許した覚えはない。恩も返さんっ!」
 「マジかよっ、酷いぞ、ラトっ」

 全く酷いとは思って無さそうなバトと、無慈悲なラトのじゃれ合いが始まった。

 今考えると本当に後先考えず、自身の突き動かされる感情だけで、動いていた事に気づかされ、落ち込んで肩を落とす。 

 リジィは『この世の終わり』の様な表情を浮かべていた。

 馬車道は舗装されていない様で道が悪いのか、馬車の揺れが大きくなり、隣で座るラトの方へ身体が傾く。

 「あ、すみ、いや、ありがとうございます。 座席が揺れてっ」
 「ああ、大丈夫だ。ちゃんと掴まっていろ。 あまりしゃべると舌を噛むぞ」
 
 ダレンの方から呆れたような溜息が吐き出された瞬間、また大きく馬車が揺れた。 

 馬車が大きく揺れるので、バトから『うおっ』とか、バトに伸し掛かられたダレンが嫌そうな声を上げている。

 「ちょっとっ、重いですよっ!馬車道の舗装も出来てないみたいですね」
 「ちゃんと税金使って整備してんのかっ?!」
 「もうそろそろマッケイ領に入っていると思うんだがなっ」

 支えてくれるラトの手の大きさを感じて、リジィの胸が大きく跳ねる。

 「リジィ、周囲の景色を見て何か思い出す事はあるか?」
 
 ラトの言葉で、リジィは全く窓の外を見ていない事に気づいた。故郷から近い場所に来ているというのに、何の感慨もわいてこない。ラトに言われて窓の外に視線を向ける。山や森林、畑などが見えるのかと思いきや、リジィの視界に入ったのは騎馬で並走している盗賊らしき者の姿だった。

 リジィから言葉にならない悲鳴が上がり、馬車の中で響き渡った。

 いつの間にか大勢の騎馬に囲まれ、騎乗している男の手には猟銃や剣など、物騒な武器が握られている。猟師なのかと思ったが、違うだろうなと、内心で呟いた。 

 リジィたちはついていない様だ。

 (盗賊? 山間だから山賊かなっ?!)

 「ラトっ!」
 「囲まれてるみたいだなっ」

 バトが窓の外を覗き、いつもより真剣な顔つきで報告をする。ラトとダレンも、カーテンを開けて外を確認した。

 「大体、30人前後ですか」
 「それくらいなら大丈夫だな」
 「ええ、心配いりません」

 ダレンがにっこりと笑った後、馬車を囲んでいた騎馬に騎乗していた山賊たちの叫び声が山間に轟いた。山賊の悲鳴や怒号がこだまし、剣戟の音も聞こえて来る。

 山賊たちの騎馬の他に、複数の蹄の足音が聞こえて来た。大勢の人が山賊と戦っている様だ。

 「ダレンは馬車にいろ。リジィを頼む。 バト、様子を見に行くぞ」
 「了解!」
 「承知しました。番様、大丈夫ですよ。 直ぐに片付きます」

 馬車は山賊との戦いが始まった為、止まらざるおえなくなった。扉が開け放たれると、大勢の山賊と見覚えのある騎士団の団員たちが戦っていた。騎士団の圧勝の様で、次々と山賊は捕らえられていく。

 騎士団の中に女性の騎士もいる。知っている女騎士を見つけ、リジィは思わず叫んだ。

 「シアーラっ!」
 
 リジィの声を聞いたシアーラは、相変わらず無表情だが、戦っているにも関わらず、リジィに手を振って来た。シアーラの後ろで大きな剣が振り下ろされる。

 「シアーラっ、後ろっ! 危ないっっ」

 金属音と何か硬いガラスの様な物が物理的にぶつかった様な音が鳴らされる。

 シアーラの腕に大剣が当たっているが、シアーラの腕は切れていない。大剣を振り下ろした山賊の顔が驚愕の表情を浮かべて身体を震わせている。シアーラの瞳に魔力が宿り、赤い獣目に変わっていた。

 シアーラの腕の中は騎士服で見えないから分からないが、鱗が浮き出て攻撃を防いでいる事が分かった。前にシアーラから聞いた事がある。

 シアーラの能力は人体強化。全身にへびの鱗が現れ、防御してくれる。

 「流石、防御特化ですね。 シアーラには大抵の刃や銃なども効きません」

 ダレンが言っている側から、シアーラに猟銃が撃たれた。しかし、銃弾はシアーラの身体を貫かず、跳ね返した。 

 跳ね返された銃弾は、猟銃を撃った山賊に向かい、足を貫いた。

 山賊が悲痛の叫びを上げ、苦悶の表情で地面に倒れる。他の山賊たちも騎士団に歯が立たなくて、無残に草地に倒れていく。 少々、リジィには刺激の強い光景だった。

 青くなっているリジィに気づいたダレンは直ぐに扉を閉め、窓のカーテンを全て閉めた。

 「番様、今、見た事は忘れて下さい」
 「……はい」

 獣人は身体能力に優れていて、魔法も使える。人族が何十人と束になって攻撃をしても、一人の獣人も倒せないと言う。

 人族と獣人の間には力の差が明確にあり、獣人の前では人族など、赤子を捻る様な物だ。それ故に、人族は昔から獣人を忌避している。

 リジィの脳裏には、先程の光景が焼き付いて、暫くは消えそうにない。リジィは小刻みに震える己の身体を抱きしめた。

 リジィが今まで見て来たものは、ラトの風魔法で吹き飛ばされていく悪漢たちだ。

 騎士団たちが戦っている姿を初めて見た。 ブリティニアでの事件の時は、リジィは逃げ出していたので背後で起こっている事は見えていない。山賊たちはあっという間に騎士団に捕らえられた。

 何事もなかった様にラトとバトは馬車に乗り込んで来る。シアーラたちは馬車の護衛の為、騎馬で並走する様だ。 

 無事なシアーラを見てホッと胸を撫で下ろす。

 (さっきの様子では、怪我なんてしてないよねっ)

 マッケイ領には無事に着き、関所の門番に山賊の事を報告し、山賊の処理は彼らに任せる。いよいよマッケイ領に入り、リジィの気持ちも緊張で高鳴っていく。

 「確か、アヴリルは屋敷には入れなかったって言っていました。私は鍵を持っていないので、どうやって入りましょう?」
 「窓ガラスを蹴り割って入ろうぜ」

 バトが何とも物騒なというか、盗賊みたいな事を言った。

 「番様のご実家ですよ。それは看過できませんね」
 「へいへい」

 バトの反抗的な視線に、ダレンの圧がぶつかりあい、火花を散らしている。

 「まぁ、行ってみれば分かるだろう」
 
 ラトは何かを予想しているのか、気にしていない様だった。窓の外を眺め、自身の父親の事を考える。リジィの脳裏に再び、屋敷で父親がリジィに話しかけて来る記憶が流れて来る。

 相変わらずノイズは掛かっているし、何を言っているのか聞き取れない。 

 ふと気づく、父親の言葉が何を言っているのか分からない事に。聞き取れないではなく、何を言っているのか分からないのだ。

 (そうか、言葉が分からないんだわ。 カルタシアの言葉を使っていたのも三歳までだし、物心がつく前に両親から離れた訳だし。三歳からはシェラン国の言葉だから、カルタシアの言葉を忘れたんだわっ)

 リジィが思考している間に領主館へ着いた。今は誰も近づかない様で、庭も荒れ放題だった。

 新しい領主館は街中にあり、新たに建てた領主館に代官を置き、マッケイは王都の貴族街で暮らしているらしい。たまに来てはどうにかして鍵を開けようとしている様だが、成功した事はないらしい。

 「リジィ、こちらに立ってみてくれ」
 「はい」

 シアーラたちは作戦の為、道中で別行動に移っていていない。庭にはリジィとラト、バトとダレンしかいなかった。 

 御者を務めてくれた団員は門前で見張りをしてくれている。

 扉の前へ来ると取っ手を握った。 何故開錠できたのか分からない。鍵が開く金属音を鳴らし、玄関の扉の鍵が開いた。

 後ろでバトとダレンが感心した様な声を上げる。ラトは『やっぱりな』と呟いた。 リジィは起こった現象が信じられなくて、口を開けたまま固まった。

 「やっぱりってどういう事ですか?」
 「説明は後だ。中へ入ろう。きっと色々と思い出すだろう」
 「……はい」

 ラトの言っている事に理解が出来ないまま、リジィは言われるまま屋敷に足を踏み入れた。後からラトたちが続いて入って来る。

 屋敷に一歩、足を踏み入れた瞬間、リジィの脳内で色々な記憶が蘇り、両親が優しい声でリジィの名を呼ぶ声が聞こえる。

  『リジィ』と呼ぶ両親の優しい顔も脳裏に過ぎる。

 そして、ずっと何を言っているのか知りたかった父親の言葉が理解できた。

 『リジィ、いいかい。君には獣人の血が流れている。それは何故かって? 私の祖父に獣人の血が混じっているからだよ。 私は祖父に流れている獣人の血が濃くてね。先祖返りなんだ』

 『せんぞがえりってなぁに?』と小さいリジィの声が聞こえる。三歳にも満たないリジィに何を言っているのか、リジィにはまだ理解不可能だと言うのに、父親は気にしていないのか、難しい説明する。

 『私には不思議な力があるんだよ。きっとリジィにもあるはずだ。私と同じ瞳をしているからね』
 『ふしぎなちからって?』

 三歳にも満たないリジィは以外にもしっかりと受け答えしている。父親の言っている事が分かっている様だ。しかし、脳裏に浮かんできた記憶に全く覚えがない。

 『私は魔法が使えるんだよ。大事な物を仕舞えるね』

 リジィは服の中のマジックバッグを服の上から握りしめた。しかし、中にはコインしか入っていなかったのだ。他には何も入っていなかった。

 『リジィの大事な物も入れておくから、お嫁に行っても見たくなったら見においで』
 『うん、わかった』

 父親は『いい子だ』と言ってリジィを抱きしめる。『見たくなったら見においで』という事はマジックバッグではないだろう。シスターから成人したら渡そうと思っていたと聞いた。

 ラトたちは、リジィの父親の魔力を感じていた様で、屋敷に入った途端、周囲を見回していた。

 「父は、先祖返りらしいです」

 ラトたちは、突然、話し出したリジィに視線を向けた。バトとダレンは訝し気な表情を向けて来る。ラトが『それで思い出したのか』とリジィに話す様に促す。
 
 「はい、父の祖父に獣人の血が入っていて、父は魔法が使えたんだそうです。 大事な物を仕舞える魔法で、私が大事にしている物を入れておくから、お嫁に行っても見たければ見においでって……」
 「それが何処にあるかは?」
 「分かりませんっ、後の記憶がないですっ」

 ラト以外の皆がガクッと肩を落とす。

 「魔法なら使った痕跡があるはずだ。 痕跡を探そう」

 ラトの言葉にバトとダレンが同意し、二人は別方向へ散らばり、リジィはラトの後をついて行く事にした。
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