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21話

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 芸術祭の予選が始まった。 エディの当日の担当は、照明係だ。 役者にスポットライトを当てる係だ。 講堂の舞台では、リハーサルを行う同じチームの役者人。 中には、断る事が出来なかったリュシアンの姿があった。

 リュシアンの見せ場のセリフに合わせ、エディが証明器具を動かし、リュシアンを照らす。

 (あぁ、やっぱりリュシアンは綺麗だわっ……流石です、演技も上手です)
 
 リュシアンは何をやらせても優秀だと、幼い頃から有名だった。 エディは必死に家庭教師に着いて行かなければならなかった。 幼い頃は何でも出来るリュシアンを羨ましく思ってい事を思い出す。

 リハーサルを順調に終え、残るは予選の本番のみだ。 本日は一年生のチームだけが予選を行う。

 勝ち負けをどのように決めるのか、生徒たちの投票と、学園の全教師の投票だ。 なので、本日見られなかった教師は記録している映像を後日に見て投票をする。 発表は、全学年の投票を終えた後になる。 芸術祭の十日前、前後に発表される。

 本日は、一日中、観劇を観る事になる。 エディたちのチームは三番目に開演する。

 リュシアンが演技の確認だろうか、監督と演出をしている生徒へ話しかけている。 照明器具がある二階席は、一階が見渡せ、人の動きが良く見える。

 リュシアンと男子生徒が話している所へ、リラが割って入って行った。 リュシアンへ擦り寄ろうとしていくが、さりげなくかわすリュシアンの技術は素晴らしい。 しかし、カトリーヌも加わり、リラと言いあいになった。 もう少しで予選が始まると言うのに、言い争いとは中々にカオスな状態だ。

 (大丈夫なのかしら?……)

 ふと上を見上げたリュシアンと目が合った。 エディと視線を合わせると、リュシアンは柔らかい笑みを浮かべた。 エディの胸の痛いほど高鳴り、顔に熱が籠る。

 リラとカトリーヌの言い争いを止めると、リュシアンは男子生徒と舞台裏へ行ってしまった。

 セットや小道具の確認に行ったのだろう。 突き刺すような視線に気づき、下を見れば、リラがもの凄い形相で睨みつけていた。 カトリーヌはもう、何処かへ行っていていない。

 (そんな風に睨まれてもねぇ~。 きっとリュシアンが自分に気があって、私が邪魔してるっておもってるのよね。 お生憎さま、リュシアンはそんな簡単に落ちないのよっ。 変わった性癖をもっているからね。 これは自慢でも、何でもないのよっ!)

 小さく溜息を吐くと、ロジェが言っていた事を思い出す。

 『えっ、ブリエ嬢にハニートラップを仕掛けてるっ?! いつ、そんな話にっ?!』

 ドゥクレ家の屋敷のガゼボで気晴らしに庭を眺め、お茶をしようとロジェに誘われ、淹れたての紅茶の香りが漂って来た時だった。 エディは紅茶カップを思わず乱暴にソーサーに戻してしまった。

 大きな陶器のぶつかる音が鳴り響く。 マナーの教師が見たら、もの凄く叱責されるところだ。
 
 『……お嬢様が騎士団に捕まった後、疑惑が解かれて開放された後ですよ。 王太子宮でお茶をしたじゃないですか。 やっぱり、聞いてなかったんですね』

 呆れて様に溜息を吐くロジェから、気まずくてエディは視線を逸らした。

 『いや、あの時はちょっとだけ、考え事をしててねっ。 ブリエ嬢が虹色の魔力を保持している様だとしか……聞いてなかったっ』
 『そうだと思いましたっ、でも、殿下を責めてはいけませんよ。 お嬢様も納得済みの作戦だと思っているのですから』

 少しだけ、ロジェを責める様に見つめた後、深い溜息を吐いた。

 『殿下から伝言です。 『君を悲しませて申し訳ない。 必ず、全て終わったら埋め合わせをする』ですって』
 『……そう、リュシアンは私が悲しんでるって思っているのねっ』
 『そうじゃないんですか? 今朝も死にそうな顔になってたじゃないですか。 あ、後、分かっていると思いますが、絶対にブリエ嬢には知られないようにしてください』
 『……っ分かったわっ』

 照明器具の位置を元の位置に戻し、エディの回想は終わった。 下でガッドがエディを切なげな眼差しで見つめている事に気づいていなかった。

 無事に全てのチームの演劇が終り、予選が終った。 エディの感想はリュシアンを主役にした劇も良かったのだが、1チームの劇の完成度がとても良かったのだ。 しかし、リュシアンたちの劇もよかったので、2位には入っていると思う。 リュシアンたちも手ごたえを感じている様だった。

 発表は後日、エディは芸術祭が音楽祭の時の様な事が起きない様に、創造主に祈りを捧げた。

 ◇

 本日のドゥクレ家は賑やかだった。 屋敷の客人用の居間に、王宮勤めのお針子たちが来ていたのだ。 リュシアンからは何も聞いていなかったので、驚きを隠せなかった。

 芸術祭の後、生徒会主催のダンスパーティーがあるのだ。 リュシアンがダンスパーティーに着ていくドレスを仕立ててくれるのだと。 リュシアンの指示でお針子がドゥクレ家に派遣された。

 エディは着せ替え人形の様になっていた。 ドレスのデザインはもう出来ている様で、後はエディのサイズ調整だけだった。 何故、エディのサイズを知っているのか、とても知りたくない。

 姿見に映し出された自身を見て、瞳を見開く。 きつめの顔立ちをしたエディは、派手なドレスを着ると、益々、悪役令嬢みたいだと思っていた。 しかし、リュシアンが選んでくれたのは、少しだけ大人っぽいデザインだった。 色は金に近い黄色の生地に、緑の刺繍。 リュシアンの色だった。

 (全然、悪役令嬢に見えない。 寧ろ上品で清楚に見えるじゃないっ)

 カードも添えられていて、リュシアンは同じ色の生地で、青い刺繍。 そして、ハンカチーフも青い色を使うと書いてあった。 エディの色である。 もう一度、姿見を確認して、リュシアンの正装を妄想する。 エディの口元が自然と緩んでいる事に気づいていない。

 「お嬢様、楽しみですね。 ダンスパーティー」
 「ええ、そうね」

 王宮のお針子たちは、サイズ調整すると、早々にお城へ帰って行った。 エディは長い時間、トルソーにかかっているドレスを眺めていた。
 
 「そうだわ、お礼の手紙を書かないと。 お針子さんたちが帰ってから大分たつじゃないっ」

 エディはリュシアンに手紙を書く為、図書室の勉強机へ急いで向かった。

 ◇

 芸術祭で開演できるチームの発表が十日前にされた。 各学年の棟、廊下に設置されている掲示板に貼り出された。 結果から言うと、リュシアンたちのチームは三位に終わった。

 「あぁ、残念でしたね。 お嬢様っ」
 「ええ、でも、仕方ないわね。 結果が全てですしね」
 「はい」

 やはり、1位は完成度の高ったチームだった。 リュシアンは、当日は生徒会の仕事もあるし、落ちてホッとしたと言っていた。 結構、頑張ってやっていたと思っていたのだが。

 しかし、納得いっていない者が二人ほどいる。 カトリーヌとリラだ。 結果発表を見たカトリーヌは発狂し、リラは舌打ちをしていた。 そして、リラが呟いていた。

 『信じられないっ、だから、私を主役にすればよかったのにっ! リュシアンとなら、小説では1位だったのにっ』

 (やっぱり、芸術祭で何かのイベントがあったのね。 日本の文化祭みたいなものだし)

 『しかし、まだ、小説に拘っているのか』、という言葉をエディは飲み込んだ。 エディの横を通り過ぎる時、リラが小さく呟く。 『ダンスパーティーで、リュシアンとファーストダンスを踊るのは私よ』と。

 エディは振り返り、勝ち誇った様な笑みを浮かべるリラと視線を合わせる。 たまには悪役令嬢の様に、リラを挑発してみようかと、何故か好戦的になっていた。

 『それはどうかしら?』とエディが返すと、リラは頬を引き攣らせていた。

 予選発表の後は、また、忙しい毎日だった。 有志で芸術作品を展示する生徒の補佐を執行委員に指示されていた。 何処に展示するかは、既に決めていたので、後は作品の進行具合である。

 間に合わなければ、スペースが開いてしまう。 製作者を叱咤激励しながら、エディたち執行委員たちは奮闘した。 勿論、生徒会のメンバーも補佐をしている。

 リュシアンに補佐されていた生徒は、とても恐縮していた。 芸術作品は学園の教室に、展示される為、ものすごい数になる。 エディは空き教室から、直ぐに展示出来るよう展示ブースを作って行った。

 「コーン、そっちの机を持って行って」
 「はい、お嬢様」

 コーンは意外と力持ちなので、男子生徒が居ない時はとても助かる。 女子生徒たちもロジェの見た目と違って力持ちな所に、感動していた。 図案を見ながら展示ブースを作っていると、空き教室の扉が開いた。 エディたちは一斉に、開けられた扉に視線を向けた。

 空き教室に入って来たのは、リラと見覚えのある男子生徒だった。 寄り添いながら空き教室に入って来た男子生徒は気まずそうな顔をすると、リラを置いて出て行った。

 (ん? なに? 今の……っ)

 空き教室を見回したリラは口元を引き結び、固まっていたが、直ぐに立ち直った。

 「あ、貴方たち、ここで何をしているのよ」
 「ごきげんよう、ブリエ嬢。 何って、私たちは執行委員です。 芸術祭で芸術作品を展示する生徒の為に、展示ブースを作っているのよ。 授業もありますから、空き教室から作って行ってます」
 「あら? 雑用係の執行委員ね。 ご苦労な事だわ」
 
 執行委員の女子生徒は皆、ムッと口を尖らせ、不満をあらわにした。

 「そういう貴方は、ここへ何しに来たの?」

 後ろで執行委員の皆が『予選で2位だったチームの役者だわ』と話していた。 エディは『やっぱりか』と呆れたような表情でリラを見た。 リラは悪びれる事もなく、笑みを浮かべた。

 「貴方には関係ないでしょ」

 鼻息荒く、リラは空き教室から出て行った。 きっと何か良からぬ事を企んでいたであろうリラの悪事を『まぁ、阻止できただけでもいいか』、とエディは小さく息を吐いた。

 後に、リラの行動は、予選2位だったチームの役者に、辞退する様に迫っていたのだと言う。 リラのお願いを聞いてくれる生徒は居なかったので、良かったが、本当に何をするか分からない子だと、呆れるばかりである。
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