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第三十九話 『私の部屋に転送するっっ? どうしよう、部屋どうなってたっけ?!』
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グラディアス村へ向かう前、エーリスのツリーハウスの食堂で、リュディとグラディアス家のツリーハウスの話になった。
食堂には、優斗と華、瑠衣と仁奈、勿論、フィルとフィンも居た。
まだ森へ帰らずに、寝る時間でもないので、食堂のソファで優斗たちの話を聞いていた。
クオンが起きている時間帯ではなく、クオン以外の8人が食堂のテーブルを囲っていた。 華の向かいに座っているリュディが華に部屋の位置を訊ねた。
「ハナちゃん、最上段の部屋を使ってる?」
「はい、ずっと子供部屋にしてるそうですから。 もしかして、リュディさんも同じ部屋を使ってたんですか?」
「ええ、そうよ。 なら、アレがあるの気づいてる?」
「アレ?……ですか?」
華はリュディが言っている意味が分からず、頭の上に疑問符を飛ばしている。
勿論、優斗たちは更に意味が分からない。 しかし、リュディの事だから、良い物ではないはずだ。
優斗は嫌な予感がして、頬を引き攣らせた。
「やっぱり、ハナちゃんは真面目ね。 ハナちゃんが気づいてないって事は、まだあるはずだわ。 私の父に見つかってたら、処分されてるだろうけどね。 改装とかしてないならあると思うわ」
悪戯っ子な笑みを浮かべてリュディは宣った。 『よく、勉強が嫌で抜け出してたわ』と、懐かしむように言っていた。
リュディの隣で話を聞いていたリューは、呆れた様な表情で妻を見つめていた。
◇
「……確認してないが、エレクトラアハナ様の部屋に、転送魔法陣があると……」
「ええ、ただ、見つかってなければ、と言う話です」
「……」
優斗の話を聞いたクリストフ、戦士隊たちの間に信じられないという空気が流れる。
華も性格上、嘘を吐けない。 確認もしていないし、15年間、自身の部屋で暮らしていて、気づかなかったのだ。
絶対にあるとは言えないので、緊張で優斗と華の表情が硬くなっていた。
「……あの、信じてもらえないかも知れませんが、信頼できる筋からの情報ですっ……っ」
じっと、何か言いたげな表情でクリストフが二人を見つめてくる。
(ああ、良い訳が苦しいっ……。 実はリュディさんは転生者で、前世はグラディアス家の元次期里長だったなんて……誰も信じないよな。 しかし、家族に内緒で家に転送魔法陣を設置するなんて……ぶっ飛んでるよな、リュディさん)
『本当にね……しかも、今まで見つかってないなんてっ……』
(本当に自由人だよ……)
監視スキルの声に、内心で同意を示す。
皆が半信半疑の話で、しかも、リュディがセレンティナアンナとして生きていた時の話なのだ。
転生の妙薬があるのだから、転生者がいる事に少しは理解があるだろうと思われるが、転生の妙薬自体があまり知られていない上に、飲むエルフと作るエルフもいなかった。
皆、何となく、そう言えば転生の妙薬なんてあったな、という認識だ。
「……まぁ、魔法陣があるのか、簡単に調べられる方法はあるがな」
「えっ、そんな方法あるんですか?」
「ああ、これを使う」
クリストフは白い隊服の懐から一枚の魔法陣が描かれた羊皮紙を取り出した。
羊皮紙には、転送魔法陣が描かれている。 クリストフたちがいつも使っている転送魔法陣は、本部に設置されている転送魔法の間に繋がっている。 羊皮紙の魔法陣の方に、転送する場所を指定して登録してあるのだ。
本部と転送魔法陣で行き来しているのは、中央の里の村だけだ。 東西南北の里は地方自治のなので、本部に行くとしても東西南北の里長や幹部たちだけだ。
緊急的処置として、安全地帯へ避難する魔法陣もある。 エーリスへ移動した時は、避難用の魔法陣を使用した。
エーリスを出発した優斗たちは、南下してエルフの里の南端の森林へ移動して来た。 逆方向になるが南周りの道で、途中で東の里に入り、安全を第一に考え、グラディアス村へ向かう事にしたのだ。
今、優斗たちが居るのは、安全地帯と調査報告がされた集落へ来ていた。
既に廃墟になっているツリーハウスの集落、建てられたログハウスが早くも朽ちようとしている。 エルフの里のツリーハウスは、エルフが住まなくなると、森へ帰る様になっている。 ドリュアスの集落が3年で深い森に帰ったのは普通の事だった。
焦げ付く様な匂いや戦闘での魔法の残り香はないが、まだ、ティオスの配下と戦闘した跡が残っているツリーハウスもあった。
周囲を見回して、誰も居ない事を確認し、戦闘の跡を見つめる。
優斗たちの眉が歪んだ。 誰も居ない場所ならば、リュディの話をしてもいいだろうと思い、クリストフに話をした。
元広場と思わしき場所で、クリストフが取り出した羊皮紙を、草地に変わろうとしている地面へ置く。
羊皮紙に魔力を込め、何事かの呪文を唱える。 最後にグラディアス邸と言った部分は、優斗たちも聞き取れた。
羊皮紙が光を放つと、グラディアス邸の間取りが映し出された。
「うん、取り敢えず、エレクトラアハナ様の母君は、ご自身の部屋に閉じ込められていると思います」
クリストフは華の方へ確認するように視線で促した。 クリストフは優斗には砕けた話し方をするが、華には丁寧語で話す。
全く、似合っていない。 優斗は瞳を細めてクリストフを見詰めた。
「はい、4段目のログハウスが、両親が使っている部屋です」
「……4段目には……魔法陣は無いですね。 里長はいつも家から移動を?」
「いえ、グラディアス村に本部から派遣されている戦士隊の詰め所が村の入り口にあるので、詰め所から警護の人たちと移動しています」
「なるほど……では、家には転送魔法陣は設置されていないので、魔法陣は無いはずですね」
「……はい」
優斗たちの間に何とも言えない空気が流れる。
クリストフは問題の華の部屋の間取りを映し出した。 優斗たちも羊皮紙を囲み、興味津々に覗き込む。 対して、華は皆から自身の部屋を覗かれている様な感じがするのか、表情が引き攣っていた。
華の引いている様子が優斗の脳内のモニター画面に映し出される。
『まぁ、間取りとはいえ、自分の部屋を皆に覗かれるのは嫌だよね』
(うん……そうだよな……)
華の部屋の間取りを見ていて気付いた。
部屋が増えている。 家族が増えたとか、家族以外の人が暮らし始めたとかではない。 以前あった使用人の部屋がなくなっている。 華の専属のメイドの部屋は、一段下の6段目のログハウスに新たに用意された様だ。
「あれ? 部屋が増えてる? 華の部屋って二間じゃなかったけ?」
「……っ」
一斉に非難の眼差しが優斗へ注がれ、皆から無言で責められた。
監視スキルからも嗜められる。
『ユウト、それは分かっていても、黙っている所だよ』
(そ、そうか……)
皆がじっと羊皮紙を眺める。 優斗が増えたと言った部屋は作業部屋で、華が必要だと思った事で新たに出来た様だ。
そして、件の転送魔法陣は華の衣装部屋の中にあった。
寝室の奥に作られている衣装部屋はかなり広い。 クローゼットと入り口の間の床に、転送魔法陣が描かれていた。
クリストフと戦士隊から『おおっ』と野太い声が発せられた。
「……こんな所に……潰されてないという事は、気づかれてないのか……」
「もしくは、わざと残しておいて、罠が張ってあるか」
クリストフの言葉の後に、瑠衣の真剣な声が続いた。
「待ち伏せか、吹っ飛ばされるか、どっちかだな」
「両方かも知れませんね……」
次々と予想される罠を口に出す戦士隊たち、優斗たちの間に嫌な空気が流れた。
しかし、パレストラの話によると、ティオスは華に執着心を見せている。 罠だろうと、華の部屋に罠や人を置くだろうか、と考えた。
「でも、華の部屋へは誰も居れたがらないかも知れません。 ティオスって奴は、華に執着心がある。 俺も華の部屋には俺以外の男は入って欲しくないし」
優斗の突然の独占欲に華は真っ赤になったが、華以外は呆れた表情を浮かべた。
「……ユウトの意見はどうでもいいが、ティオスがエレクトラアハナ様に執着してる事は知っている。 昔から後ろを付いて回ってたからな……よし、ユウトの意見を採用しよう」
「それって……罠は無いとみて、華の部屋へ転送するって事ですか?」
「ああ」
クリストフが頷いた途端、華の口から声にならない叫び声が飛び出した。
華の叫び声に、皆が華に注目する。
驚愕の表情を浮かべた華は何とも情けない顔をしていた。
「えええええええっっ、待ってっ?! 私の部屋にっ?!」
「はい、そこが今の所、全く安全とは言えませんが、無事にグラディアス邸に辿り着ける近道ですので。 このまま森を走り抜けてグラディアス邸まで行っても、多くの戦士隊に見つかり、戦闘になれば救出が叶わないかも知れません」
「でも……私の部屋はっ……」
青くなって頬を引き攣らせている華に、皆は華が何を気にしているのか察した。
きっと部屋の中には、立体映像がの魔法陣が所狭しと並べられているのだろう。
主に優斗の立体映像だ。
優斗の立体映像は、華の妄想が爆発した様な衣装を着せられ、決めポーズを取らされている。
華の妄想溢れる立体映像たちを皆に見られるのは恥ずかしいのだろう。
優斗や付き合いの長い仁奈や瑠衣に視られるのは、全く恥ずかしくない。
しかし、クリストフや戦士隊の皆に次期里長の変な趣味を見せつける訳には行かないのだ。
華が考えている事は、全て表情に出ていた。
「あ、それなら大丈夫です。 戦士隊の皆が知っている事ですので。 エレクトラアハナ様が気に入りの戦士隊の立体映像の魔法陣を制作している事は……」
チラリとクリストフが珍しく心配そうに優斗の方へ視線を寄越した。
「へぇ~、そうなんだ」
黒い笑みを浮かべた優斗の周囲から冷たい魔力が溢れ出て来た。
慌てて華が言い訳をする。
「ち、違うのっ! クリストフさんが言っているのは、優斗の事だからっ! 私の部屋には優斗の立体映像しかないからっ!」
パニック状態になった華は、自身が恥ずかしい事を口走った事に気づいていなかった。
優斗の肩に手を置いて、瑠衣が宥める。
「優斗、その事は置いといて、今は行動しようぜ。 救出が遅れると、手遅れになる」
「……っ分かった」
少しだけ納得のいっていない優斗は憮然とした表情を浮かべたが、瑠衣の意見を聞き入れる事にした。 華は優斗の怒りが収まってホッと安堵したが、部屋へ転送する事に気づき、何かブツブツと呟き出した。
「どうしよう、部屋どうなってたっけ? 居間は大丈夫だろうけど、寝室と衣装部屋は大丈夫かな……あっ! 寝室に優斗の等身大の立体映像を置いてたっ!」
『ああ、あのユウトにそっくりな立体映像……ね』
華の声に反応して監視スキルの声が脳内で響く。
起き上がって直ぐに見える様にしているのか、相変わらず、ベッドの足元には優斗の等身大の立体映像は鎮座しているらしい。 華の独り言は、全て皆に聞こえていた。
クリストフは華を無視して話を続ける。
「エレクトラアハナ様の部屋は7段目だ。 夫人が閉じ込められているのは、4段目。 6段目のグラディアス家の戦士隊の詰め所を必ず通らないといけない。 ここは俺たちに任せて下さい。 で、5段目は何があります?」
「5段目は両親の執事と、母の専属メイドの部屋や、母を警護する戦士隊が詰めてます……」
「5段目も戦士隊の詰め所ですか……では、戦士隊を2班に分けて、ルイとニーナもここで戦士隊たちの足止めをしてくれ」
クリストフの指示に、戦士隊と瑠衣と仁奈が深く頷いた。
「そして、ユウトたちはそのまま、4段目に向かってくれ」
「分かりました」
「はい」
作戦の指示に力強く優斗と華は頷いた。
先程の衝撃は、華の中ではもう既に消化され、覚悟を決めた様だ。 フィンとフィルも張り切っている。
皆が頷き、クリストフが羊皮紙に映し出された転送魔法陣へ魔力を帯びた指で触れる。
光を放った羊皮紙から、華の部屋の間取りが消えて、転送魔法陣だけが映し出された。
今の作業で登録が終わったようだ。
転送魔法陣は、いつでも華の部屋へ転送できるようになった。
(後でクリストフさんから、あの魔法陣、取り上げよう)
華の部屋へ自由に行ける転送魔法陣をクリストフに持たせるのは我慢ならない。
クリストフは優斗の思惑も知らず、転送魔法陣を操る。 地面に置いた羊皮紙が光を放ち、転送魔法陣が拡がる。
皆が、魔法陣の中へ入り、転送魔法が発動される。 優斗たちはグラディアス邸へ転送された。
◇
ティオスから書状を預かり、エーリスへ向かっていたパレストラに、配下から報告が入る。
優斗たちの様に森の中を走り抜けるのではなく、転送魔法陣を幾つも使用し、南下していた。 小川が流れる場所で、暫しの休憩をしていたパレストラが口元に笑みを浮かべた。
「そうか、動き出したか」
小川の流れる音と、吹き抜ける風が心地いい場所だった。 休憩するにはいい場所だ。 一緒に来ていたマリウスの瞳にも怪しい光が宿る。
「で、彼らは何処に? ユスティティアへ向かったのか?」
「いえ、南下した様です」
「南? そこには何もないだろう?」
「はい、安全地帯を経由して、何処かへ向かったようです」
「……このままエーリスに向かっても彼らはいないという事か……」
「はい」
配下はパレストラとマリウスの前で砂利の上で膝まづき、痛みがあるはずだが、全く表情に出ていなかった。
虚ろな瞳をして、2人からの指示を待っている。
「分かった。 また、何か分かったら報告してくれ」
「はい」
配下は頭を下げると、そばを離れて他の配下が立っている場所へ移動して行った。
「どうする、パレストラ」
「そうね、取り敢えず、エーリスへ向かうか……エレクトラアハナ様たちの向かった先を知っているだろうし」
「そうだな」
マリウスは転送魔法陣が描かれた羊皮紙を地面へ置く、2人と数人の配下たちは次の転送先へ移動して行った。
食堂には、優斗と華、瑠衣と仁奈、勿論、フィルとフィンも居た。
まだ森へ帰らずに、寝る時間でもないので、食堂のソファで優斗たちの話を聞いていた。
クオンが起きている時間帯ではなく、クオン以外の8人が食堂のテーブルを囲っていた。 華の向かいに座っているリュディが華に部屋の位置を訊ねた。
「ハナちゃん、最上段の部屋を使ってる?」
「はい、ずっと子供部屋にしてるそうですから。 もしかして、リュディさんも同じ部屋を使ってたんですか?」
「ええ、そうよ。 なら、アレがあるの気づいてる?」
「アレ?……ですか?」
華はリュディが言っている意味が分からず、頭の上に疑問符を飛ばしている。
勿論、優斗たちは更に意味が分からない。 しかし、リュディの事だから、良い物ではないはずだ。
優斗は嫌な予感がして、頬を引き攣らせた。
「やっぱり、ハナちゃんは真面目ね。 ハナちゃんが気づいてないって事は、まだあるはずだわ。 私の父に見つかってたら、処分されてるだろうけどね。 改装とかしてないならあると思うわ」
悪戯っ子な笑みを浮かべてリュディは宣った。 『よく、勉強が嫌で抜け出してたわ』と、懐かしむように言っていた。
リュディの隣で話を聞いていたリューは、呆れた様な表情で妻を見つめていた。
◇
「……確認してないが、エレクトラアハナ様の部屋に、転送魔法陣があると……」
「ええ、ただ、見つかってなければ、と言う話です」
「……」
優斗の話を聞いたクリストフ、戦士隊たちの間に信じられないという空気が流れる。
華も性格上、嘘を吐けない。 確認もしていないし、15年間、自身の部屋で暮らしていて、気づかなかったのだ。
絶対にあるとは言えないので、緊張で優斗と華の表情が硬くなっていた。
「……あの、信じてもらえないかも知れませんが、信頼できる筋からの情報ですっ……っ」
じっと、何か言いたげな表情でクリストフが二人を見つめてくる。
(ああ、良い訳が苦しいっ……。 実はリュディさんは転生者で、前世はグラディアス家の元次期里長だったなんて……誰も信じないよな。 しかし、家族に内緒で家に転送魔法陣を設置するなんて……ぶっ飛んでるよな、リュディさん)
『本当にね……しかも、今まで見つかってないなんてっ……』
(本当に自由人だよ……)
監視スキルの声に、内心で同意を示す。
皆が半信半疑の話で、しかも、リュディがセレンティナアンナとして生きていた時の話なのだ。
転生の妙薬があるのだから、転生者がいる事に少しは理解があるだろうと思われるが、転生の妙薬自体があまり知られていない上に、飲むエルフと作るエルフもいなかった。
皆、何となく、そう言えば転生の妙薬なんてあったな、という認識だ。
「……まぁ、魔法陣があるのか、簡単に調べられる方法はあるがな」
「えっ、そんな方法あるんですか?」
「ああ、これを使う」
クリストフは白い隊服の懐から一枚の魔法陣が描かれた羊皮紙を取り出した。
羊皮紙には、転送魔法陣が描かれている。 クリストフたちがいつも使っている転送魔法陣は、本部に設置されている転送魔法の間に繋がっている。 羊皮紙の魔法陣の方に、転送する場所を指定して登録してあるのだ。
本部と転送魔法陣で行き来しているのは、中央の里の村だけだ。 東西南北の里は地方自治のなので、本部に行くとしても東西南北の里長や幹部たちだけだ。
緊急的処置として、安全地帯へ避難する魔法陣もある。 エーリスへ移動した時は、避難用の魔法陣を使用した。
エーリスを出発した優斗たちは、南下してエルフの里の南端の森林へ移動して来た。 逆方向になるが南周りの道で、途中で東の里に入り、安全を第一に考え、グラディアス村へ向かう事にしたのだ。
今、優斗たちが居るのは、安全地帯と調査報告がされた集落へ来ていた。
既に廃墟になっているツリーハウスの集落、建てられたログハウスが早くも朽ちようとしている。 エルフの里のツリーハウスは、エルフが住まなくなると、森へ帰る様になっている。 ドリュアスの集落が3年で深い森に帰ったのは普通の事だった。
焦げ付く様な匂いや戦闘での魔法の残り香はないが、まだ、ティオスの配下と戦闘した跡が残っているツリーハウスもあった。
周囲を見回して、誰も居ない事を確認し、戦闘の跡を見つめる。
優斗たちの眉が歪んだ。 誰も居ない場所ならば、リュディの話をしてもいいだろうと思い、クリストフに話をした。
元広場と思わしき場所で、クリストフが取り出した羊皮紙を、草地に変わろうとしている地面へ置く。
羊皮紙に魔力を込め、何事かの呪文を唱える。 最後にグラディアス邸と言った部分は、優斗たちも聞き取れた。
羊皮紙が光を放つと、グラディアス邸の間取りが映し出された。
「うん、取り敢えず、エレクトラアハナ様の母君は、ご自身の部屋に閉じ込められていると思います」
クリストフは華の方へ確認するように視線で促した。 クリストフは優斗には砕けた話し方をするが、華には丁寧語で話す。
全く、似合っていない。 優斗は瞳を細めてクリストフを見詰めた。
「はい、4段目のログハウスが、両親が使っている部屋です」
「……4段目には……魔法陣は無いですね。 里長はいつも家から移動を?」
「いえ、グラディアス村に本部から派遣されている戦士隊の詰め所が村の入り口にあるので、詰め所から警護の人たちと移動しています」
「なるほど……では、家には転送魔法陣は設置されていないので、魔法陣は無いはずですね」
「……はい」
優斗たちの間に何とも言えない空気が流れる。
クリストフは問題の華の部屋の間取りを映し出した。 優斗たちも羊皮紙を囲み、興味津々に覗き込む。 対して、華は皆から自身の部屋を覗かれている様な感じがするのか、表情が引き攣っていた。
華の引いている様子が優斗の脳内のモニター画面に映し出される。
『まぁ、間取りとはいえ、自分の部屋を皆に覗かれるのは嫌だよね』
(うん……そうだよな……)
華の部屋の間取りを見ていて気付いた。
部屋が増えている。 家族が増えたとか、家族以外の人が暮らし始めたとかではない。 以前あった使用人の部屋がなくなっている。 華の専属のメイドの部屋は、一段下の6段目のログハウスに新たに用意された様だ。
「あれ? 部屋が増えてる? 華の部屋って二間じゃなかったけ?」
「……っ」
一斉に非難の眼差しが優斗へ注がれ、皆から無言で責められた。
監視スキルからも嗜められる。
『ユウト、それは分かっていても、黙っている所だよ』
(そ、そうか……)
皆がじっと羊皮紙を眺める。 優斗が増えたと言った部屋は作業部屋で、華が必要だと思った事で新たに出来た様だ。
そして、件の転送魔法陣は華の衣装部屋の中にあった。
寝室の奥に作られている衣装部屋はかなり広い。 クローゼットと入り口の間の床に、転送魔法陣が描かれていた。
クリストフと戦士隊から『おおっ』と野太い声が発せられた。
「……こんな所に……潰されてないという事は、気づかれてないのか……」
「もしくは、わざと残しておいて、罠が張ってあるか」
クリストフの言葉の後に、瑠衣の真剣な声が続いた。
「待ち伏せか、吹っ飛ばされるか、どっちかだな」
「両方かも知れませんね……」
次々と予想される罠を口に出す戦士隊たち、優斗たちの間に嫌な空気が流れた。
しかし、パレストラの話によると、ティオスは華に執着心を見せている。 罠だろうと、華の部屋に罠や人を置くだろうか、と考えた。
「でも、華の部屋へは誰も居れたがらないかも知れません。 ティオスって奴は、華に執着心がある。 俺も華の部屋には俺以外の男は入って欲しくないし」
優斗の突然の独占欲に華は真っ赤になったが、華以外は呆れた表情を浮かべた。
「……ユウトの意見はどうでもいいが、ティオスがエレクトラアハナ様に執着してる事は知っている。 昔から後ろを付いて回ってたからな……よし、ユウトの意見を採用しよう」
「それって……罠は無いとみて、華の部屋へ転送するって事ですか?」
「ああ」
クリストフが頷いた途端、華の口から声にならない叫び声が飛び出した。
華の叫び声に、皆が華に注目する。
驚愕の表情を浮かべた華は何とも情けない顔をしていた。
「えええええええっっ、待ってっ?! 私の部屋にっ?!」
「はい、そこが今の所、全く安全とは言えませんが、無事にグラディアス邸に辿り着ける近道ですので。 このまま森を走り抜けてグラディアス邸まで行っても、多くの戦士隊に見つかり、戦闘になれば救出が叶わないかも知れません」
「でも……私の部屋はっ……」
青くなって頬を引き攣らせている華に、皆は華が何を気にしているのか察した。
きっと部屋の中には、立体映像がの魔法陣が所狭しと並べられているのだろう。
主に優斗の立体映像だ。
優斗の立体映像は、華の妄想が爆発した様な衣装を着せられ、決めポーズを取らされている。
華の妄想溢れる立体映像たちを皆に見られるのは恥ずかしいのだろう。
優斗や付き合いの長い仁奈や瑠衣に視られるのは、全く恥ずかしくない。
しかし、クリストフや戦士隊の皆に次期里長の変な趣味を見せつける訳には行かないのだ。
華が考えている事は、全て表情に出ていた。
「あ、それなら大丈夫です。 戦士隊の皆が知っている事ですので。 エレクトラアハナ様が気に入りの戦士隊の立体映像の魔法陣を制作している事は……」
チラリとクリストフが珍しく心配そうに優斗の方へ視線を寄越した。
「へぇ~、そうなんだ」
黒い笑みを浮かべた優斗の周囲から冷たい魔力が溢れ出て来た。
慌てて華が言い訳をする。
「ち、違うのっ! クリストフさんが言っているのは、優斗の事だからっ! 私の部屋には優斗の立体映像しかないからっ!」
パニック状態になった華は、自身が恥ずかしい事を口走った事に気づいていなかった。
優斗の肩に手を置いて、瑠衣が宥める。
「優斗、その事は置いといて、今は行動しようぜ。 救出が遅れると、手遅れになる」
「……っ分かった」
少しだけ納得のいっていない優斗は憮然とした表情を浮かべたが、瑠衣の意見を聞き入れる事にした。 華は優斗の怒りが収まってホッと安堵したが、部屋へ転送する事に気づき、何かブツブツと呟き出した。
「どうしよう、部屋どうなってたっけ? 居間は大丈夫だろうけど、寝室と衣装部屋は大丈夫かな……あっ! 寝室に優斗の等身大の立体映像を置いてたっ!」
『ああ、あのユウトにそっくりな立体映像……ね』
華の声に反応して監視スキルの声が脳内で響く。
起き上がって直ぐに見える様にしているのか、相変わらず、ベッドの足元には優斗の等身大の立体映像は鎮座しているらしい。 華の独り言は、全て皆に聞こえていた。
クリストフは華を無視して話を続ける。
「エレクトラアハナ様の部屋は7段目だ。 夫人が閉じ込められているのは、4段目。 6段目のグラディアス家の戦士隊の詰め所を必ず通らないといけない。 ここは俺たちに任せて下さい。 で、5段目は何があります?」
「5段目は両親の執事と、母の専属メイドの部屋や、母を警護する戦士隊が詰めてます……」
「5段目も戦士隊の詰め所ですか……では、戦士隊を2班に分けて、ルイとニーナもここで戦士隊たちの足止めをしてくれ」
クリストフの指示に、戦士隊と瑠衣と仁奈が深く頷いた。
「そして、ユウトたちはそのまま、4段目に向かってくれ」
「分かりました」
「はい」
作戦の指示に力強く優斗と華は頷いた。
先程の衝撃は、華の中ではもう既に消化され、覚悟を決めた様だ。 フィンとフィルも張り切っている。
皆が頷き、クリストフが羊皮紙に映し出された転送魔法陣へ魔力を帯びた指で触れる。
光を放った羊皮紙から、華の部屋の間取りが消えて、転送魔法陣だけが映し出された。
今の作業で登録が終わったようだ。
転送魔法陣は、いつでも華の部屋へ転送できるようになった。
(後でクリストフさんから、あの魔法陣、取り上げよう)
華の部屋へ自由に行ける転送魔法陣をクリストフに持たせるのは我慢ならない。
クリストフは優斗の思惑も知らず、転送魔法陣を操る。 地面に置いた羊皮紙が光を放ち、転送魔法陣が拡がる。
皆が、魔法陣の中へ入り、転送魔法が発動される。 優斗たちはグラディアス邸へ転送された。
◇
ティオスから書状を預かり、エーリスへ向かっていたパレストラに、配下から報告が入る。
優斗たちの様に森の中を走り抜けるのではなく、転送魔法陣を幾つも使用し、南下していた。 小川が流れる場所で、暫しの休憩をしていたパレストラが口元に笑みを浮かべた。
「そうか、動き出したか」
小川の流れる音と、吹き抜ける風が心地いい場所だった。 休憩するにはいい場所だ。 一緒に来ていたマリウスの瞳にも怪しい光が宿る。
「で、彼らは何処に? ユスティティアへ向かったのか?」
「いえ、南下した様です」
「南? そこには何もないだろう?」
「はい、安全地帯を経由して、何処かへ向かったようです」
「……このままエーリスに向かっても彼らはいないという事か……」
「はい」
配下はパレストラとマリウスの前で砂利の上で膝まづき、痛みがあるはずだが、全く表情に出ていなかった。
虚ろな瞳をして、2人からの指示を待っている。
「分かった。 また、何か分かったら報告してくれ」
「はい」
配下は頭を下げると、そばを離れて他の配下が立っている場所へ移動して行った。
「どうする、パレストラ」
「そうね、取り敢えず、エーリスへ向かうか……エレクトラアハナ様たちの向かった先を知っているだろうし」
「そうだな」
マリウスは転送魔法陣が描かれた羊皮紙を地面へ置く、2人と数人の配下たちは次の転送先へ移動して行った。
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