異世界転移したら……。~色々あって、エルフに転生してしまった~

伊織愁

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第四十二話 『懐かしい場所』

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 大剣と木製短刀が打ち合い、澄んだ音を鳴らして広場で響かせている。

 グラディアス家のツリーハウスの下、広場は大勢の戦士隊と、優斗たちとクリストフたちが戦いを繰り広げていた。

 戦士隊の怒声や悲鳴、クリストフが指示を出している声も大きく響いていた。

 優斗と華、フィルとフィンがツリーハウスの4階から落ちて来る光景を視界に捉えた瑠衣は、瞳を見開いて仰天した。

 優斗は華を抱え、フィルとフィンを背中にしがみつかせた状態で何事もなく、軽い羽根が落ちて来る様に地面へ降り立った。

 「優斗っ、華ちゃんっ、フィン、フィル!!」
 「瑠衣っ、こっちに集中してっ! 防御魔法を強化するよっ」
 「分かったよっ」

 仁奈に強化魔法を掛けてもらい、マリウスと向き合う。 直後に、地響きを鳴らしてパレストラが落ちて来たのには驚きを隠せなかった。 優斗の様に、地面へ叩き付けられる時の衝撃を吸収出来るわけでもないのに、パレストラは地面に平然と立っていた。

 「お前たちっ! パレストラを気にしてる余裕はないぞっ!」
 「……っ」

 マリウスが掌から大剣を取り出す。

 大剣を振って身体の前で薙ぎ払うと、大剣に巻き付くように炎が噴き出した。

 瑠衣と仁奈の身体が軋んだ音を出して固まった。 瑠衣の口が『まじかっ』と声を出さずに動いた。 背後でクリストフの舌打ちが鳴らされる。

 「……炎の『プロクス』かっ」
 「プロクス?」
 「あの大剣の名前だ。 ルイ坊のショートボウガンにも名前がついているだろう?」
 「……あぁ、そいえば……そんなのあったな」

 (武器の名前なんて呼ばないから、忘れてたわっ)

 「そんな事よりも、あいつの大剣は強いからっ。 気を緩めるなよっ、ルイ坊っ!!」
 「……っ、ルイ坊って呼ぶなっ!」

 クリストフは自身の武器の名を叫び、拳から爪を取り出してマリウスへ切りつける。 つかさず、仁奈がサポートへ入る。 

 マリウスの足元で魔法陣が描かれ、竪琴が鳴らされる。

 瑠衣も後ろでショートボウガンを構え、前衛のクリストフを援護する。 クリストフを切りつける大剣に風の矢をあてる。

 仁奈の雷を纏った鎖がマリウスを捕らえる。 しかし、炎を巻き付けた大剣は瑠衣の風の矢を軽々と払い落し、仁奈の鎖を焼き切った。

 飛び込んでいったクリストフの爪は簡単にいなされたが、攻撃を辞めないクリストフとマリウスの攻防戦が始まる。

 切りつけて来るクリストフを大剣で吹き飛ばし、マリウスは悪魔を宿した魔力を周囲へ放った。

 ◇

 切りつけて来るパレストラの大剣を避け、強化した短刀で薙ぎ払う。

 監視スキルの指示が頭の中で響く。

 『ユウトっ、右だよっ。 次は左に避けてっ!! 飛んでっ!』

 指示通りに飛び上がると、パレストラが優斗の足を払おうと、低い位置で長い足を振り回していた。 飛んで転ばされる事を回避したが、優斗の攻撃も当たらない。

 全身を使って大剣を振り回すので、空気が震えて耳へ振動が直撃する。

 耳元で水音が鳴り、優斗の目の前で氷の壁が形成される。 ゆっくりと時間が止まった様な感覚の後、パレストラの大剣が氷の壁を切りつけ、ヒビが入っていく音を鳴らす。

 「……っ」

 パレストラが不敵な笑みを浮かべて氷の壁に切りつける中、背後でマリウスの禍々しい魔力が放れた気配を感じた。 

 次の瞬間、氷の壁が一瞬で壊された。

 パレストラの大剣を受け止める短刀がズレる。 隙を逃さず、パレストラの大剣が優斗の頭を目がけて振り下ろされた。

 「むんっ」

 優斗の頭の上に乗っていたフィルが身体全体に魔力を纏わせ、自身を強化した。

 「フィルっ!」

 羽根が生えた銀色のスライムが石の様に硬く、少しだけ重くなる。 頭の上で硬くなったフィルと、パレストラの振り下ろされた大剣が衝突する。

 岩に大剣が切りつけた時の様な音が鳴らされ、フィルの言葉にならない詰まったような声が落ちて来た。 パレストラも力を入れてフィルを切りつけようとしている。

 フィルの魔力とパレストラの大剣が削り合い、火花が散った。 パレストラはスライムに刃が通らない事に驚き、悔しそうにしていた。 ハッとした優斗は手袋に魔力を注ぎ、パレストラの腕を掴んだ。

 魔道具が発動し、パレストラが着ている黒装束に付与されているスキルを無力化した。 

 白銀の瞳に魔力が宿り、パレストラの黒い心臓を探す。

 (黒い心臓は何処だっ! 何処にあるっ!!)

 『ユウト、あそこだっ、パレストラの心臓の位置っ』

 監視スキルの声に、身体の左側に視線を送る。 パレストラの黒い心臓は、人の心臓の位置にちゃんとあった。 黒い心臓は視えていないと、刺せない。

 (フィルっ! パレストラの大剣を何とか掴めないか?)
 (まかせてっ!)

 パレストラは我を忘れているのか、むきになってフィルを切りつけようとしている。 握られている優斗の手も、パレストラにはスライムを庇っているようにしか見えていなかった。

 パレストラの大剣がフィルの身体を通り抜けて止まった。 ようやく刃が通ったかと思い、パレストラの口元から笑みが溢れる。 しかし、大剣は動かす事も、抜く事も出来なくなり、パレストラは舌打ちを溢す。

 そして、大剣から手を離し、パレストラの武器の名を叫んだ。

 『アウラ』

 パレストラの大剣が草地に転がる。

 掌から大弓が出て来た瞬間、まだ、パレストラの腕を掴んでいた優斗は懐へ入り、木製短刀を強化し、視界に捉えた黒い心臓を突き刺した。 優斗の事を忘れていたパレストラは白銀の瞳を見開いていた。

 突き刺した短刀をゆっくりと抜いていく。

 パレストラの身体から抜かれた悪魔は叫び声を上げ、パレストラも衝撃で苦しそうに叫び声を上げた。

 悪魔の囁きが周囲に響き渡る。

 白銀の瞳に魔力が宿り、短刀に氷が纏っていく。 優斗の魔力が溢れ出し、凍結魔法を放つ。

 『悪魔を凍り尽くせっ!!』

 氷の短刀に巻き付いた悪魔が叫び声を上げ、音を立てて凍り付いていく。 

 少し離れた場所で非難している華へ視線を送る。

 「華っ! 浄化を頼むっ」
 「うんっ」

 結界を解いて駆け寄って来た華は、凍り付いた悪魔とパレストラに同時に触れ、浄化の呪文を唱えた。 華の周囲で浄化の光が放たれ、優斗の魔力が華を守るように漂う。

 優斗も無防備になっている華を背後で庇い、操られている戦士隊の風の矢を短刀で弾き飛ばす。

 風の矢を跳ね返す音が鳴り響く中、悪魔の浄化を先に終え、霧状になった悪魔は霧散しながら空高く上り、最後は消滅した。

 優斗も脳内のモニター画面で確認し、監視スキルも悪魔が消滅した事を確認した。

 『大丈夫、悪魔はちゃんと消滅したよ。 意外に、簡単に悪魔を浄化で来たね』

 (ああ、でもあれは、パレストラの性格の所為だろうな。 むきになってフィルを攻撃してくれたから助かったっ)

 ほっと安堵した瞬間、熱い空気が動き、炎が放たれた気配を感じた。 優斗たちに安心している余裕はなかった。 

 まだ、マリウスがいる。 フィンに視線を向けると、何も言わなくてもフィンは理解した。 

 巨大化したフィンは、まだパレストラの浄化を続ける華を包み込み、優斗の頭から降りたフィルが続いてフィンの中へ入る。

 放たれた炎は、直ぐそばまで来ている。

 優斗は背後で華たちを庇い、2本の木製短刀を下へ振り下ろし、複数の氷の矢を近づく炎に降り注ぐ。 

 直後、新たな炎の刃が飛び出し、優斗へと向かう。

 直ぐに反応した優斗は、クロス状に構えた短刀を振り下ろし、クロス状の氷の刃を作り出す。

 放たれたクロス状の氷の刃と炎の刃がぶつかり合い、火花を散らして押し合いを始めた。 瑠衣に視線を向け、優斗は退避を促した。

 「瑠衣っ! クリストフさんっ、逃げるんだっ! クリュトラさんとメイドたちもエーリスへ送ったっ。 パレストラの悪魔も浄化したっ! これ以上はっ……不利になるっ」

 (それに、こいつはものすごいっ、強いっ)

 優斗の氷の刃が徐々に押し返されている。 力負けすれば、火傷だけでは済まない。 背後の華たちを盗み見て、まだ終わらないパレストラの浄化に眉を歪める。

 (華は置いていかない、絶対にっ)

 『大丈夫、予定通りにハナの部屋へ転移するよ』
 
 「分かったっ、ユウト、エーリスで落ち合おう」

 クリストフの声に無言で頷き合い、部下に指示を出したクリストフは、戦士隊たちと転移していく。 次に瑠衣と視線を合わせ、小さく頷くと瑠衣と仁奈が続いて転移していった。

 「フィンっ、俺が氷の刃を飛ばしたら、作戦通りにっ」
 「わかったわっ」

 優斗はクロス状の刃に魔力を注ぎ、マリウスへ押し返した後、背後のフィンの中へ飛び込んだ。 フィンの身体の中で転送魔法陣が発動され、優斗たちは華の部屋、クローゼットへ転移した。

 優斗たちが転移した後に、マリウスの炎の刃は優斗たちが居た場所へ落ち、草地を焼いた。

 マリウスの舌打ちが焼けた地面に落ちる。
 
 「パレストラ……」

 グラディアス家のツリーハウス、最上段にあるログハウス、華のクローゼットに転移した優斗たちは、続いてクローゼットにある転送魔法陣を発動させる為に、魔法陣に魔力を注ぐ。

 「準備はいいか?」

 浄化も終わり、気絶したパレストラは銀色の少年の姿へ変えたフィルが抱き上げている。 10歳にしか見えないフィルは、軽々とパレストラを抱き上げていた。

 華たちは優斗に無言で頷き、返事を返した。 優斗も無言で頷くと、発動した転送魔法陣が光を放つ。 

 優斗たちは何処に繋がっているか分からない場所へ転移していった。

 ◇

 突然、エーリスの集落が消えたと、首都ユスティティアのツリーハウスの最上段にある里長の執務室で報告を聞いたティオスは、形の良い眉をしかめた。

 続いて、優斗と華がエルフの里を出たという報告も受け、以降、行方が知れないと配下が恐る恐る告げた。

 「はぁ? エレクトラが里の外へ出た?! あの男と一緒に?!」
 「は、はいっ……それに、クリュタイムネストラ様もグラディアス家から逃げ出し、里の外へは出ていませんが、行方知れずです……」
 「ふん、きっと消えたエーリスに居るのだろう。 それよりもエレクトラだっ。 直ぐに外を探せっ! そんなに遠くへ行ってないはずだっ」
 「はいっ」

 配下に怒鳴り散らしているティオスの横で、カラトスは小さく溜息を吐いた。

 「まさか、里を抜け出すとはな。 びっくりだっ。 俺も里を出たいわっ」

 カラトスの隣でディプスが面白そうな声を出している。 ディプスの声が聞こえたのか、ティオスから鋭い睨みが飛んできた。 ディプスは両手を上げて降参の意を示す。

 しかし、ディプスの態度はティオスを揶揄っているようにも見える。

 「マリウスとパレストラからの報告はないのかっ?」
 「今の所、まだ何もありません」
 「グラディアス邸に行くって言う報告は受けたけどな……クリュタイムネストラ様が逃げ出したって事は、2人ともやられたか?」
 
 ディプスが嫌な事を言い、ティオスの不安を煽る。

 「ディプス、やめろ。 ティオス様が不安になられるだろう」
 
 『はいはい』と悪びれた様子を見せず、頭の後ろで腕を組み、ディプスは口を尖らせた。

 「お前たちもエレクトラの捜索に当たれ」
 「分かったよ」

 ディプスは戦いの予感に直ぐに返事を返したが、カラトスは苦い表情をしていた。 

 カラトスとディプスもユスティティアを出ると、ティオスの護衛が誰もいなくなる。

 「しかし、ティオス様」
 「エレクトラの捜索が最優先だ」
 「……っ」

 まだ、反論しようとしているカラトスの言葉を止めたのは、ずっと静かに立っていた男だ。 男は褐色の肌にグレーの長髪、グレーの瞳をしていた。 エルフと同じで耳も尖っている。

 「私が居るので、護衛は気にしなくても大丈夫ですよ」

 にこやかに微笑む。 エルフとは違う色を宿し、何処か同じ種族を感じさせるダークエルフ。

 「……私は貴方を、いえ、ダークエルフを信用していません」
 「おや、それは寂しいですね。 私たちダークエルフは、貴方たちの策略に結構な頻度で協力したはずですが……」
 「カラトス、言った通りにするんだ」
 「……承知いたしました」

 『マイロード』と小さく呟いたカラトスの声は誰にも聞こえていなかった。

 ◇

 華のクローゼットの魔法陣で転送した優斗たちが何処へ飛ばされたかというと。

 優斗たちは森の中の道に居た。 優斗と華、フィルとフィンは周囲を見回し、既視感に首を傾げた。

 「あら? 何か見覚えがあるような……」
 「ここ……って、まさかっ!」

 道の先に視線を向け、真っ暗闇な事を確認した。 何処かで体験した事があるような感覚、昔懐かしい肝試しを思い出す。

 肝試しから導き出される記憶は一つだけ。 優斗たちは早歩きで道の先にある暗闇へ突き進んだ。 背中にはぴったりと華が密着してついて来る。

 (……ああ、そうだ。 華は暗いの怖いんだったな)

 フィンが先頭で身体から光を放ち、フィルはパレストラを抱きかかえ、優斗の前を歩いている。

 真っ直ぐに進んだ先は開けた草原があり、結界の様な物を通り抜けると、明るい陽が射す場所へ出た。 明るくなった事で背中に張り付いていた華が出て来た。

 「ここ……」
 「うん、俺たちが前世で暮らしてた隠れ家だ」
 「「おおっ、懐かしいねっ」」

 フィルとフィンが声を揃えて叫んだ。

 中心に池があり、周囲にログハウスが建っている。 優斗たちが知っているのは、自分たちが考えたログハウス。 

 主に生活する隠れ家と呼んでいたログハウスと武道場のログハウス、後は倉庫と隠れ家の裏にある露天風呂。 

 そして、倉庫の隣に建てた自分たちの墓だ。

 墓は一間のログハウスを建て、骨壺を棚へ収める形の物だ。 優斗たちの前世の骨壺もある。

 (そうすれば、子供たちと孫たちの骨壺も置けるしって話して、作ったんだっけか? まさか、転生して自身の骨壺を見る事になるとは……)

 もう一つだけ知らないログハウスがあった。 優斗たちの子孫の誰かの家だろうかと、草原に入ってすぐのログハウスを眺めた。 感傷に浸っている優斗たちの背後で聞き覚えのある声がした。

 「やっと来たわね」

 声のした方へ振り返ると、今世の優斗の母親であるリュディの姿があった。

 「「リュディさんっ?!」」
 「あら……リュディじゃない」
 「おお、リュディっ!!」

 各々がリュディを名を呼んだ後、『なんでここに』と聞く前にリュディから答えが出た。

 「隠れ家とクローゼットの転送魔法陣を繋げたのは、この私よ。 あんたたちがクローゼットの魔法陣で逃げ出すって聞いたから。 ここに転送されるのは分かってたから迎えに来たのよ」
 「迎えにって事は、クリュトラさん、無事にエーリスに着いたのか」
 「ええ、それであんたが魔法陣を使うって聞いたから、やばいと思ってね」
 「やばいって?」

 池の中にまだ魚がいるのか、水面を鳴らす音が小さく耳に届いた。

 「隠れ家はエルフの里の外でしょう? ユウトたちがエルフの里を出たって知られてるのよ」

 リュディは優斗がしているペンダントを指さした。 次いで息を吐きだす。

 「……ああ、ペンダントか。 すっかり忘れてた」
 「うん、私も……」

 優斗たちの背後でフィルはそっと草地にパレストラを下ろした。 今、気づいたリュディは驚きの声を上げて、優斗たちのペンダントを指さしていた指をパレストラへ向けた。

 「ちょ、ちょっとその子、パレストラ・エニュオス?」
 「そうだよ」
 
 フィルがリュディの質問に答えた。 華がハッとしてリュディに駆け寄る。

 「大丈夫です、リュディさんっ! パレストラは悪魔を抜いて浄化しましたからっ」
 「そうなの? じゃ、悪魔を取り込んだエルフを倒せたのね」
 「……まぁ、運がよくですけどね」

 優斗が実力で倒した訳ではないので、少しだけ眉を下げた。

 「運も実力のうちって言うじゃない。 それよりも、パレストラもいるのなら、急いでエーリスへ戻るわよ。 ハナちゃん、隠れ家のたたみ方、覚えてるわよね?」
 「……はいっ」
 「じゃ、お願いね」

 急かしてくるリュディに、優斗と華は困惑気味に顔を見合わせた。

 『話はちゃんとエーリスに戻ってからするから』と言われ、優斗たちはまだ隠れ家を見てみたいと後ろ髪を惹かれる思いで、隠れ家が魔法陣へ戻る様子を眺めていた。

 隠れ家の魔法陣が華のローブの懐へ仕舞われると、リュディの転送魔法陣が発動された。
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