天流衆国の物語

スズキマキ

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3章 二つの誓約、ぜったいに

42 野宿

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解にはそのことが良いのか悪いのか区別がつかなかった。
そして、だとしたらあのときカク・シがレシャバールに対してかけた言葉がとても禍々しく聞こえたのはどうしてだろうと考えた。
解は気づいた。
(死ぬかもしれないなんて考えたって意味がないんだ。ぼくは死ぬためにここへ来たわけじゃないんだぞ。)
あのときのカク・シの言葉はまるで毒のようだった。
それがあまりに強烈で、わずかでもボーっとすると解の頭に浮かびあがってしまう。
そして浮かびあがることも含めて毒なのだ。解に対して害をなす。
解は唇をきゅっと引きむすんだ。
凱風ガイフウって人に会うんだ。レシャバールさんの言葉を凱風って人に伝えるんだ。結生くんを、杉野さんや絵夢ちゃんを、助けてもらうんだ。)

あたりがすっかり暗くなった。
ホーウホーウと鳥の鳴き声が聞こえた。フクロウだろうか。
それでも解は進もうとしたが、
「つかれタ。」
という声が背後から聞こえた。
振りむくとタンが足を殻のなかへしまいこんでいた。
手には歯磨き粉のチューブ。
「タン、それ今までどこに隠していたんだ? 手で持っていたの?」
解がたずねると、タンは卵の殻を指さした。
「なカ。」
「その中どうなっているんだ?」
タンはそれには答えず、チューブの蓋を開けて歯磨き粉を少しばかりひねりだし、卵の殻にこすりつけた。
「うまッ。」
ぼくも歯磨き粉が食べられたらいいのに、と解は一瞬思った。
リュックサックに詰めたチョコレートを杉野さんに渡さずにとっておけばよかったのに、とも思った。
日が暮れずにあたたかいままですごせたらいいのに、風がこんなに冷たくなければいいのに、いま目の前にご飯があればいいのに、足の裏がこんなに痛まなければいいのに、あんな電車になんか乗らなければよかったのに、春休みに一人で佐原に行くなんて言わなければよかったのに、忙しそうなママのことを気づかって格好つけなければよかったのに、解の頭にそういうことが全部浮かんだ。
解の目にジワッと涙が浮かんだ。
それからいそいで頭を振って、浮かんだたくさんのものを追いはらおうとした。
(こんなこと考えたって仕方ないんだ。)
解はリュックサックをおろして中の服をとりだし、シャツや靴下を重ね着した。
それからリュックサックに腰を下ろし、水筒の水を一口飲んだ。
水は冷たくて身体がいっそう冷える思いがした。
解は水をもう少しだけ口に含んでゆっくり留めた。
やがて体温と水がなじむと、それを飲みこんだ。
胃袋がキューっと縮んで空腹がいっそう強く感じられた。

解は眠ったのかどうかもわからないまま、そこで夜をすごした。
目をとじて歯を食いしばり、おなかのあたりを手で押さえてみたけれど、一度はりついた空腹はなかなか去らなかった。
ここで死んでしまうかもしれない、という不安やジリジリした焦りと、結生やレシャバールのことを思いだして奮いたつ気持ちが、交互に何度も解におとずれた。
まるで悪いことと良いことの境界に立つ解を、だれかが両方から引っぱりあっているみたいだった。

真夜中よりも夜明けの直後がいちばん寒い。
暗い空が白んだとき、解はガタガタとふるえた。
解は立ちあがり、その場で足踏みをした。
それでも寒いのでピョンピョンと何度もジャンプした。
夜が明けてホッとしたためか、それとも無理矢理に身体を動かして少しは元気が出たのか、解は不意に腹が立ってきた。
(ぼくは凱風って人に会うんだからな、こんなところでくたばってたまるか。)
「タン、起きてる? 歩こう、今日は山登りだよ、こんなところでじっとしていたら退屈するよ。」
卵の殻から手足がにょきりと出た。
「たいくツ、きらイ。」
「行こう。」
解とタンは森のなかへ分けいった。

森のなかで解は木の枝のあちこちに視線を走らせた。
食べられそうなもの、たとえば木の実とかそういうものがないかどうか、目が探してしまうのだ。
ときどき足元も見た。ドングリでもいいと思った。
だけど解は山歩きに慣れているわけではなかったし、山へ向かって進むことと食べるものを探すことを同時にこなすのは困難だった。
解は無理矢理に自分の頭を食べることから引きはがそうとした。
(いま大事なのは山へ向かって進むことなんだぞ。食べものをさがすより、少しでも坂道かどうか気にするほうがいい。)
解は注意深く森の様子をうかがった。
元々、周囲の様子をうかがうのは得意なんだから、と考えた。
あの電車のなかでも解はだれより早くいろんな変化に気づいたのだから。
ところがその注意も空腹を抱えたままではむずかしかった。
解は転んだ。
木の根につまづいたのだ。
膝がジンジンと痛んだ。
「くそっ。」
解は思わず声に出した。
たとえそれが自分の声であっても、とにかく人間の声を耳で拾った瞬間、押さえていたものがドッとあふれて出てきた。
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