天流衆国の物語

スズキマキ

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4章 コバルトブルーの放牧篭

45 呼びかけ

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解は自分がずいぶん都合の良い想像をしていたことに気づいた。
骨鉱山こつこうざんを出たときタンがその先の道を知っているだろうと誤解したのとおなじだ。
コバルトブルーのかごの下のほうは地面に接しているのだと解は勝手に思いこんでいた。なぜなら、そういう状態なら解があの篭に登って中にいるはずの人にすぐに会うことができるからだ。
(ぼくって、『こうだったらいいな』と思うのと実際にどうかを、一緒くたにするクセがあるんだな。)
解は自分にあきれた。
しかしそんな場合ではないのだ、実際。

大きな青い篭は解の頭上のうんと高いところにあった。
解はそれを見あげ、見あげる自分の首の角度について考えた。
(ぼくの住むマンションより高いな。駅に到着するまでの道にあるいちばん大きなマンションくらいかな。だったら十一階建てくらいの高さだ。)
もちろん東京の十一階建てのマンションはこちらの世界でいう地徒人アダヒトの手による建築物で、一方こっちは天流衆てんしゅうしゅう国の物体だ。十一階建てのマンションにはエレベーターも非常階段もついているが、このコバルトブルーの篭には昇るための装置が一切ない。
(だって天流衆だものな。)と解は思った。
地面から離れて浮くことのできる人々だ、エレベーターも階段もいらないのだ。
解は両手を口元に寄せて大声をあげた。
「おーい! だれかいますかー! おぉーい!」
返事はない。
解は自分の声がコバルトブルーの篭の内側まで届いたと自分でも思えなかった。
精いっぱいの声は野原に散るようにして広がっただけだった。
さえぎるもののない広い空間のなかで、少年の声は決して響いたりしなかった。
それでも解は何度も声をあげた。
だれの耳にも届いていないと気づくと今度は野原を見まわして地面に落ちている小石を探して拾った。
そして解はそのつぶてを上へ向かって投げた。
それは真上に向かって上昇し、大きな青い篭には全然届かないまま下降して地面に落ちた。
解はそれを二度三度と拾いあげておなじことをくり返したが、結果もおなじだった。
やけくそのようにもう一度大声で呼びかけたが、その結果にも変わりはなかった。
声は風に乗ってむなしく野原を流れた。

解の頭がクラクラしはじめた。
一瞬ボーっとして視界のふちが黒っぽく見えた。
(おなかがへった……。)
解はその場へ座りこんだ。
ここまで来たのに、と思った。
ようやくここまで来て、だれかがそこにいるはずなのに、そのだれかに手も声も届かないなんて、と思った。
この距離でも地面の上ならほんの少し走るだけですぐに到着するのに、と解は思った。
そう思った途端にこれまでの疲労がグググっと頭をもたげる気配がした。
解はいそいで考えをべつのことへ向けた。
(あのなかに人がいるとしたら、なんのためにいるんだろう。住んでいるのかな。)
そのときふたたびガサッと音がして、トカゲのような生きものが篭のなかから外へ飛びだした。
こんどは二匹だ。
もしかして二頭と数えるほうが正しいのかな、と解は考えた。
「匹」と「頭」のちがいってなんだろうと、この場ですぐに考える必要のないことへ、一瞬だけ気が向いた。

間近で見るとその生きものはずいぶん大きかった。
解の知るトカゲは人間の手のひらに乗るほどのサイズだが、そのトカゲのような生きものはむしろ人間を乗せることができそうだ。
二匹はもつれあうように接近した。
じゃれあうような動きだと解は思った。

プオオオオ、とホルンのような音が大きな青い篭のなかから響いた。
今度の音はさきほど連続で鳴ったときより短く、そして一度だけ鳴った。
二匹の大きなトカゲのような生きものには音がはっきり聞こえたようだ。じゃれあうのを止めて音のした方向へ目を走らせた。
ホルンのような音がもう一度鳴り、そのすぐあとに人の声がつづいた。
解はハッとした。
なにを言ったのかはわからないが、たしかに人の声だと解は思った。
(人がいる、いるぞ。)
二匹の大きなトカゲのような生きものはコバルトブルーの篭のなかへ姿を消した。
解はそれを目で追った。
そいつらがいなくなったあともしばらくの間おなじところを見つめた。
やがて解はゴロリと横になり、地面に大の字になった。
「しんダ?」
声がする。タンだ。
解は、
「死んでない。考えごと。」
と返事をした。
そしてあることに気づいた。
解はタンにたずねた。
「タン、あの生きものは見たことあるの?」
「なイ。でモ、あル。」
「ん?」
「タン、なイ。たんのまエ、あル。」
「ううん? どういうこと? タンの前ってなに?」
「まエ、タンじゃなイ。」
解は眉をよせた。
質問の仕方を変えてタンに何度もたずねたが、タンの話はさっぱりわからなかった。
絵夢のほうがまだ話がわかると解は思った。
三歳児より会話がつたない。
だったらタンの言語能力は二歳児くらいか、と解はどうでもいいことを考えた。
解は質問を変えてみた。
「タン、あいつの名前知ってる?」
「ノルダー。」
「ふーん、そうかノルダーっていうのか。」
タンがうなずいた。解にはタンがつまらなさそうな気配に見えた。
解は起きあがり、背中にくっついた土や草を払って立ちあがった。
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