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5章 武道家の女子、現る
67 影の外へ
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「そうです。ですがいま、父とはべつの力が働いています。」
花連は、
「カク・シってやつ、ホントに捕まえておけばよかった。」
とつぶやいた。さっきよりもさらに悔しそうだ。
「後手に回った。」
「え? 後手って?」
「待つ構えになってしまった。」
わかったようなわからないような言葉だぞ、と解は思った。
「ええと、それはカク・シの話を聞きたかったから?」
花連は一瞬だまった。それからこたえた。
「そうかも。」
認めたくなさそうな、しぶしぶといった気配の返事だった。
解は言った。
「でもそれはみんなおなじだから。」
「次は待たない。」
花連は短く言った。
彼女の言葉はいつも短いが、この言葉はいつにもまして短く言いきった。
よほど悔しかったんだな、と解は推測した。
花連は話を変えた。
彼女は宣言した。
「こちらからも引きます。」
トウィードがおどろいたような声をあげた。
「シェルギの影のなかで引くだと? そのようなことができるのか?」
「推奨しません。ふつうは迷います。兆却亀にとって不快ですから通さないでしょう。」
シェルギってやっぱり生きものなんだな、と解は思った。
解が目にしたシェルギの収縮は呼吸だったのだ。
花連が言葉をつづけた。
「ですが父が兆却亀をなだめると思います。」
ほどなくしてジャリ、と草履が土を踏む音が響いた。
「行きましょう。」
花連が三たび歩きはじめた。花連がなにをどうしたのか解にはまったくわからなかったが、それでも花連の行動は実を結んだようだ。
しばらく歩くと、行く手に光が見えた。
解はホッとした。シェルギの影のなかにいた時間がどれほどだったのか解には判断できないが、ひどく長い時間に感じたのはたしかだ。
ついさっきまでぼんやりした影だけに見えた、解の前を進む人達の姿が、しだいに見えるようになった。
タンの後ろ姿が光を受けて黒っぽい影になった。
トウィードの後ろ姿、さらに花連の後ろ姿も。
花連が光のなかへ入った。
一行がそれにつづいた。
(まぶしい。)
解は一度目をつぶった。
まるで昼みたいだ、いまはもう夜のはずだけど、そう思った。
よほど煌々と灯りをともしているのだろうか。
そんな灯りを解が見るのは、この天流衆国へ来てから初めてのことになる。
まぶたを閉じてもまだ明るく感じる。
やがて解のまぶたがその明るさに慣れた。解はそろそろと目を開いた。
その途端、
「動くな!」
解の目の前に、刃物がきらめいた。平たくてまっすぐな両刃だ。
「大人しくしろ!」
「神妙に!」
大人の声が次々と解の耳に飛びこんだ。
刃物は一つだけではなかった。
何本もの長い刃が解に向けられた。
解は周囲を見まわした。そして数人の男が解を囲んでいるのを目にした。
どの男も抜き身の長剣を手にしてそれを解に向けている。
男たちの大きな身体は灯りを逆光にして黒っぽい影のようであり、それと対称的に男たちが手にした剣は灯りを反射してそれ自体が光のようだった。
目に焼きつくようなギラギラした輝きだ。
解はまったく身動きがとれなかった。
身動きどころか一瞬呼吸をすることも忘れた。
刃物を向けられるのは生まれて初めてだ。それもいくつも。
もしあの刃のどれかに自分の身体を斬りつけられたらと思うとこわくて動けなかった。
やがて、はじめ影のようだった男たちの姿がしだいにはっきり見えるようになってきた。
男たちはフードのついた上衣を着ていた。
灰色にも緑色にも青色にも見える上衣だ。
カク・シが、大河内が、そしてトウィードが身につけているものとおなじだ。
胸元には青銅のエンブレム、いままで見たなかでいちばん凝った意匠だ。
太陽のフレアのなかに三本の剣、その剣の上にハート型の輪郭のなにかが配置してある。一様におなじエンブレムだ。
どの男たちも背が高くぶ厚い体つきで、その上きびしくて容赦なさそうな目つきだった。
解の目の前に一人の人物が立った。
ヤギみたいなあごひげをたくわえた、小柄な年老いた男だ。
藁みたいな髪の色だと解は思った。半分くらいは白髪だ。剣は持っていない。
この男もおなじ上衣を着ていた。そしてエンブレムは銀色だ。
解は(あっ。)と思った。
カク・シが装着していたエンブレムと意匠がおなじだ。
広げた二つの翼。
ちがうのは、カク・シのエンブレムの中央に黒い石があったのに対して、このヤギひげの男のエンブレムの中央にあるのは青色に輝く石であることだった。
男が解の顔をのぞきこむようにして見つめた。
まぶたが半分ほど閉じられ、それが解には一瞬だけ眠そうな目つきに見えた。
でもすぐに解は半閉きのまぶたでおおわれた老人の目が油断なく光っていることに気づいた。
老人はおもむろに口を開いた。
「地徒人だな?」
「ぼく、ええと、はい、そうです。」
解は返事をする自分の声がうわずっているのを自分の耳で聞いた。
老人はうなずいた。
「私はベルハス、青の亜陸において意裁官を務める者だ。ついさきほど黒の亜陸の意裁官から緊急にして重大な連絡を受けた。」
花連は、
「カク・シってやつ、ホントに捕まえておけばよかった。」
とつぶやいた。さっきよりもさらに悔しそうだ。
「後手に回った。」
「え? 後手って?」
「待つ構えになってしまった。」
わかったようなわからないような言葉だぞ、と解は思った。
「ええと、それはカク・シの話を聞きたかったから?」
花連は一瞬だまった。それからこたえた。
「そうかも。」
認めたくなさそうな、しぶしぶといった気配の返事だった。
解は言った。
「でもそれはみんなおなじだから。」
「次は待たない。」
花連は短く言った。
彼女の言葉はいつも短いが、この言葉はいつにもまして短く言いきった。
よほど悔しかったんだな、と解は推測した。
花連は話を変えた。
彼女は宣言した。
「こちらからも引きます。」
トウィードがおどろいたような声をあげた。
「シェルギの影のなかで引くだと? そのようなことができるのか?」
「推奨しません。ふつうは迷います。兆却亀にとって不快ですから通さないでしょう。」
シェルギってやっぱり生きものなんだな、と解は思った。
解が目にしたシェルギの収縮は呼吸だったのだ。
花連が言葉をつづけた。
「ですが父が兆却亀をなだめると思います。」
ほどなくしてジャリ、と草履が土を踏む音が響いた。
「行きましょう。」
花連が三たび歩きはじめた。花連がなにをどうしたのか解にはまったくわからなかったが、それでも花連の行動は実を結んだようだ。
しばらく歩くと、行く手に光が見えた。
解はホッとした。シェルギの影のなかにいた時間がどれほどだったのか解には判断できないが、ひどく長い時間に感じたのはたしかだ。
ついさっきまでぼんやりした影だけに見えた、解の前を進む人達の姿が、しだいに見えるようになった。
タンの後ろ姿が光を受けて黒っぽい影になった。
トウィードの後ろ姿、さらに花連の後ろ姿も。
花連が光のなかへ入った。
一行がそれにつづいた。
(まぶしい。)
解は一度目をつぶった。
まるで昼みたいだ、いまはもう夜のはずだけど、そう思った。
よほど煌々と灯りをともしているのだろうか。
そんな灯りを解が見るのは、この天流衆国へ来てから初めてのことになる。
まぶたを閉じてもまだ明るく感じる。
やがて解のまぶたがその明るさに慣れた。解はそろそろと目を開いた。
その途端、
「動くな!」
解の目の前に、刃物がきらめいた。平たくてまっすぐな両刃だ。
「大人しくしろ!」
「神妙に!」
大人の声が次々と解の耳に飛びこんだ。
刃物は一つだけではなかった。
何本もの長い刃が解に向けられた。
解は周囲を見まわした。そして数人の男が解を囲んでいるのを目にした。
どの男も抜き身の長剣を手にしてそれを解に向けている。
男たちの大きな身体は灯りを逆光にして黒っぽい影のようであり、それと対称的に男たちが手にした剣は灯りを反射してそれ自体が光のようだった。
目に焼きつくようなギラギラした輝きだ。
解はまったく身動きがとれなかった。
身動きどころか一瞬呼吸をすることも忘れた。
刃物を向けられるのは生まれて初めてだ。それもいくつも。
もしあの刃のどれかに自分の身体を斬りつけられたらと思うとこわくて動けなかった。
やがて、はじめ影のようだった男たちの姿がしだいにはっきり見えるようになってきた。
男たちはフードのついた上衣を着ていた。
灰色にも緑色にも青色にも見える上衣だ。
カク・シが、大河内が、そしてトウィードが身につけているものとおなじだ。
胸元には青銅のエンブレム、いままで見たなかでいちばん凝った意匠だ。
太陽のフレアのなかに三本の剣、その剣の上にハート型の輪郭のなにかが配置してある。一様におなじエンブレムだ。
どの男たちも背が高くぶ厚い体つきで、その上きびしくて容赦なさそうな目つきだった。
解の目の前に一人の人物が立った。
ヤギみたいなあごひげをたくわえた、小柄な年老いた男だ。
藁みたいな髪の色だと解は思った。半分くらいは白髪だ。剣は持っていない。
この男もおなじ上衣を着ていた。そしてエンブレムは銀色だ。
解は(あっ。)と思った。
カク・シが装着していたエンブレムと意匠がおなじだ。
広げた二つの翼。
ちがうのは、カク・シのエンブレムの中央に黒い石があったのに対して、このヤギひげの男のエンブレムの中央にあるのは青色に輝く石であることだった。
男が解の顔をのぞきこむようにして見つめた。
まぶたが半分ほど閉じられ、それが解には一瞬だけ眠そうな目つきに見えた。
でもすぐに解は半閉きのまぶたでおおわれた老人の目が油断なく光っていることに気づいた。
老人はおもむろに口を開いた。
「地徒人だな?」
「ぼく、ええと、はい、そうです。」
解は返事をする自分の声がうわずっているのを自分の耳で聞いた。
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