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5章 武道家の女子、現る
68 あっという間の出来事
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「黒の亜陸の意裁官。」
解はおうむがえしにつぶやいた。
カク・シの顔が解の頭のなかに浮かんだ。
ベルハスと名乗った年老いた男が重々しい表情でもう一度うなずいた。
「意裁庁が裁決をせぬままの地徒人がこの天流衆国に迷いこんだという。お前のことだな。」
「ぼくは。」
解が自分のことを説明するための言葉を口にするより先に、長剣の刃が一閃して解の喉もとに突きつけられた。そして剣の持ちぬしがどなった。
「地徒人、だまれ!」
解はそうした。
そうすることが適切だと判断したというよりも刃物がこわくて自然に口が閉じた。
するとそのとき、よく通る声がその場に響いた。
「お待ちください、意裁官閣下。」
花連の声だ、と解は気づいた。だが姿が見えない。
おそらく解から少しばかり離れたところにいるのだろうが、剣を手にした男たちの大きな身体が障壁になって花連だけでなくトウィードやタンの姿も見えない。
(見えないけど、みんなこの場にいるはずだ。)
そう考えると、少しだけ解の気持ちが落ちついた。
ベルハス意裁官が苦々しげな顔になった。
「使師どのにはお控えいただきたい。これは我ら意裁官の管轄ですからな。」
それに対する花連の返事はなかった。そして反論もなかった。
ベルハス意裁官が満足げな顔をするのを解の目がとらえた。
花連が引きさがったのがそれで知れた。
ヤギひげの意裁官はふたたび解を見つめて口を開いた。
彼はことさらに大きな声をあげた。
「さて、今日はもう遅い。裁決のための場は後日もうける。それまで天流衆との接触を禁ずる。それが決まりだからな。さ、お前の身柄を拘束するぞ、地徒人の子ども。」
解はあわてた。
「ちょっと待ってください、ぼくも話したいことがあります、後日じゃなくてすぐに聞いてください。」
「さっさと連れていけ。逃がさぬようにしっかり監視せよ。」
ベルハス意裁官が長剣を持った男たちに命じ、彼らが、
「はっ!」
とかしこまった。
ベルハス意裁官が念を押すように言葉をつづけた。
「いいか、裁決までだれとも面会させるな。だれ一人としてだ、例外は認めぬからな。」
「はっ、ベルハス閣下。」
だれかが解をこづいた。
「こっちだ、地徒人の子ども。さあ来るのだ。」
「ちょっと待ってください、トウィードさん、花連さん!」
解は必死で自分が知る者の名を呼んだが彼らの返事より早く、ヤギひげの意裁官が、
「地徒人の子どもよ、裁決の前に天流衆と言葉を交わすことはまかりならぬ。」
と遮った。
そしてさらに声を高めた。
「おのおの方もだ。たったいまから、この地徒人の子どもに返事をした者は国禁を犯したと見なす!」
解はあきらめなかった。
あきらめなんかつくわけがない。解は残った同行者の名を呼んだ。
「タン、タン、そこにいる?」
「いル。」
あの声が聞こえた。
「タン、いいかい、レシャバ……。」
次の瞬間にフード付きの上衣を身につけた男が解の腕を乱暴に引いた。
「地徒人、黙らぬか!」
解の足をだれかが蹴とばした。解はよろけたが、腕を引かれているために倒れることはなかった。いや、倒れることができなかった。
解の腕を引いた者が制裁のためにそうしたのだと、否応なく解は気づいた。
倒れることができない解の足を、だれかの足が二度三度とくり返して蹴とばした。
解はそれを避けることができなかった。
「まだ子どもだ、手荒な真似は止せ。」
トウィードの声がした。
解はホッとした。
トウィードには、解が天流衆国に来てからの出来事をすべて話してある。トウィードがいれば大丈夫だと解は思った。
ところがまるで解の頭のなかに浮かんだ考えを読みとったかのようなタイミングで、ベルハス意裁官が宣言した。
「アシファット族の族長トウィード殿、地徒人の子どもの裁決まであなたにも他の者との接触を禁ずる。一室設けるゆえ、その部屋にておくつろぎいただこう。外出は控えていただく。」
「なにをバカなことを。」
「決まりですからな。」
意裁官の声はそっけなかった。
「そもそも裁決をあおぐ前の地徒人が兆却亀の影を通りぬけるなど、いまだかつてない事態。」
それはカク・シのでっちあげだと解は言いたかったが、抗議できるような状態ではない。
ベルハス意裁官は尊大に言葉をつづけた。
「そのような話は聞いたこともない。もしかしたら好ましからぬ余波があらわれるかもしれぬ。念には念を入れる必要があるのだ、ご協力いただこう、トウィード殿。」
それにつづくトウィードの言葉はなかった。
ベルハス意裁官の命じる声が響いた。
「トウィード殿をお連れしろ。失礼のないようにな。」
解はおうむがえしにつぶやいた。
カク・シの顔が解の頭のなかに浮かんだ。
ベルハスと名乗った年老いた男が重々しい表情でもう一度うなずいた。
「意裁庁が裁決をせぬままの地徒人がこの天流衆国に迷いこんだという。お前のことだな。」
「ぼくは。」
解が自分のことを説明するための言葉を口にするより先に、長剣の刃が一閃して解の喉もとに突きつけられた。そして剣の持ちぬしがどなった。
「地徒人、だまれ!」
解はそうした。
そうすることが適切だと判断したというよりも刃物がこわくて自然に口が閉じた。
するとそのとき、よく通る声がその場に響いた。
「お待ちください、意裁官閣下。」
花連の声だ、と解は気づいた。だが姿が見えない。
おそらく解から少しばかり離れたところにいるのだろうが、剣を手にした男たちの大きな身体が障壁になって花連だけでなくトウィードやタンの姿も見えない。
(見えないけど、みんなこの場にいるはずだ。)
そう考えると、少しだけ解の気持ちが落ちついた。
ベルハス意裁官が苦々しげな顔になった。
「使師どのにはお控えいただきたい。これは我ら意裁官の管轄ですからな。」
それに対する花連の返事はなかった。そして反論もなかった。
ベルハス意裁官が満足げな顔をするのを解の目がとらえた。
花連が引きさがったのがそれで知れた。
ヤギひげの意裁官はふたたび解を見つめて口を開いた。
彼はことさらに大きな声をあげた。
「さて、今日はもう遅い。裁決のための場は後日もうける。それまで天流衆との接触を禁ずる。それが決まりだからな。さ、お前の身柄を拘束するぞ、地徒人の子ども。」
解はあわてた。
「ちょっと待ってください、ぼくも話したいことがあります、後日じゃなくてすぐに聞いてください。」
「さっさと連れていけ。逃がさぬようにしっかり監視せよ。」
ベルハス意裁官が長剣を持った男たちに命じ、彼らが、
「はっ!」
とかしこまった。
ベルハス意裁官が念を押すように言葉をつづけた。
「いいか、裁決までだれとも面会させるな。だれ一人としてだ、例外は認めぬからな。」
「はっ、ベルハス閣下。」
だれかが解をこづいた。
「こっちだ、地徒人の子ども。さあ来るのだ。」
「ちょっと待ってください、トウィードさん、花連さん!」
解は必死で自分が知る者の名を呼んだが彼らの返事より早く、ヤギひげの意裁官が、
「地徒人の子どもよ、裁決の前に天流衆と言葉を交わすことはまかりならぬ。」
と遮った。
そしてさらに声を高めた。
「おのおの方もだ。たったいまから、この地徒人の子どもに返事をした者は国禁を犯したと見なす!」
解はあきらめなかった。
あきらめなんかつくわけがない。解は残った同行者の名を呼んだ。
「タン、タン、そこにいる?」
「いル。」
あの声が聞こえた。
「タン、いいかい、レシャバ……。」
次の瞬間にフード付きの上衣を身につけた男が解の腕を乱暴に引いた。
「地徒人、黙らぬか!」
解の足をだれかが蹴とばした。解はよろけたが、腕を引かれているために倒れることはなかった。いや、倒れることができなかった。
解の腕を引いた者が制裁のためにそうしたのだと、否応なく解は気づいた。
倒れることができない解の足を、だれかの足が二度三度とくり返して蹴とばした。
解はそれを避けることができなかった。
「まだ子どもだ、手荒な真似は止せ。」
トウィードの声がした。
解はホッとした。
トウィードには、解が天流衆国に来てからの出来事をすべて話してある。トウィードがいれば大丈夫だと解は思った。
ところがまるで解の頭のなかに浮かんだ考えを読みとったかのようなタイミングで、ベルハス意裁官が宣言した。
「アシファット族の族長トウィード殿、地徒人の子どもの裁決まであなたにも他の者との接触を禁ずる。一室設けるゆえ、その部屋にておくつろぎいただこう。外出は控えていただく。」
「なにをバカなことを。」
「決まりですからな。」
意裁官の声はそっけなかった。
「そもそも裁決をあおぐ前の地徒人が兆却亀の影を通りぬけるなど、いまだかつてない事態。」
それはカク・シのでっちあげだと解は言いたかったが、抗議できるような状態ではない。
ベルハス意裁官は尊大に言葉をつづけた。
「そのような話は聞いたこともない。もしかしたら好ましからぬ余波があらわれるかもしれぬ。念には念を入れる必要があるのだ、ご協力いただこう、トウィード殿。」
それにつづくトウィードの言葉はなかった。
ベルハス意裁官の命じる声が響いた。
「トウィード殿をお連れしろ。失礼のないようにな。」
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