天流衆国の物語

スズキマキ

文字の大きさ
70 / 112
6章 閉じこめられた解

69 大峡谷の朝

しおりを挟む
翌朝、鐘の音で解は目をさました。だれだって目をさますだろう。
それはとんでもなく大きな音だった。
「うわあっ。」
音どころか振動まで伝わってきた。
まるですぐそばで鳴っているような大音量だ。
鐘は一度鳴ったあと長く余韻を残し、もう一度、さらにもう一度と何度もつづいた。
やがて鐘が鳴りおわったとき解は思わず「ふう。」と息をついた。

大きな窓から日が差しこんでいる。
朝だ。
ずいぶん深く眠ったようだ。寝床で眠ったのは何日ぶりだろうと解は思った。
久しぶりの長くて深い眠りのためか、頭の奥が重たい。
それに足がひどく痛かった。昨日たくさん歩いたせいだ。
あんなにずっと歩いてばかりだったのは生まれて初めてだ。
足の裏が何か所もヒリヒリと痛んだ。解はもそもそと起きあがって自分の足の裏を見た。
マメができてつぶれている。
解の目に青い壁がうつった。
壁だけでなくて天井も床も青い。どこもかしこも青だ。ここでは青いものばかりだ。

(もしかしたら天流衆てんりゅうしゅう国のなかでも、ほかの場所ではちがうのかもしれない。ここが「青の亜陸ありく」だから青いのかも。)

鐘の音が止んでしずかになると、かすかにべつの音が聞こえた。
解は耳をすませてその音に集中した。
水が流れる音だ。
解は寝台から立ちあがった。
両足の脛がズキズキと痛んだ。前の晩に蹴られたあとだ。
アザになっているかもしれない、いや確実になっているぞ、と解は思った。
痛みのことをなるべく考えないようにしながら、解は窓に近づいた。
四面の壁のうち、一面だけが白い。
その白い壁面に大きな四角い窓がくっついている。
窓は両開きで窓枠にはガラスが嵌めこんである。
解は窓を開けて外をながめた。

そこは青い大峡谷だった。

高くそびえ立つ断崖二つに挟まれた空間だ。
断崖はあざやかな青色の岩石でかたちづくられている。
カラジョル、それに放牧篭コロメルとおなじ色、コバルトブルーだ。
朝の日ざしをあびて青い岩石のあちこちが光ってみえた。

そして、コバルトブルーの峡谷に嵌めこんだようにして、町が広がっていた。

切り立つ断崖に、まるでだれかがキュッと押しつけて嵌めたように、たくさんの白い建物がくっついているのだ。
そしてこの町は峡谷の横だけでなく縦にも広がっていた。
建物のうえに少しだけ離れてまたべつの建物がある。
家々のかたちはさまざまだ。シンプルで小さな家もあるし、三階建ての大きな屋敷もある。
断崖のまんなかに大きくて豪奢な屋敷がならび、それをはさんで上と下には小屋のような家が多い。
そして峡谷のいちばん下には川が流れていた。
水音はこの川のせせらぎの音だ。
解は窓から身体をできるかぎり乗りだして、自分のいる小さな建物のまわりを見まわした。
すぐ下に横に長く広がる屋根があった。
ゆるやかに丸みをおびたその屋根の広がりを考えると、どうもこの町でもっとも大きな建物であるようだ。
(集会所とか礼拝堂とか、そういうものかな?)
と、解はアタリをつけた。そういう建物全般を指すのに会堂という言葉があるが、解は知らない。

そしてその長い屋根からにょきにょきと生えるようにして高い塔が建っていた。
塔のてっぺんが解のいる部屋の横に位置している。鐘楼だ。
とても大きな鐘が吊ってある。
鐘の舌、あのバカみたいに大きな音を鳴らす振り子の舌には綱が結わえてあり、下に伸びていた。
会堂のなかでだれかがこの綱を引いて鐘を鳴らすのだ。
解は顔をしかめた。
思わず声に出してつぶやいた。
「こんなに近くで鳴れば、そりゃあんなに響くわけだよ。」
解のいる部屋も、ほかの建物も、白い壁面が一メートルほど断崖の外に出ている。
そして建物の残りの部分は断崖の奥へ横穴を拡げるかたちになっている。
ここでは岩壁をくりぬいて建物を造るのだ。
解の知る日本の家はどれも、木造の一軒屋だろうが鉄筋コンクリートのマンションだろうが、なにもない空間に柱を立てて屋根を乗せるなどして足し算で家を建てる。
でもここではもともと存在する崖から引き算で家を造るのだ。
家々には煙突があり、壁面のわきに青くて細い管がのびていた。
管はゆるやかなカーブを描いてくねっている。
(あれはもしかして放牧篭コロメルの枝かな? ここまで運んだのかな?)

そして、解のいる部屋のなかにも、建物の外にも、階段がなかった。

天流衆がどうやって移動するのかを考えたら当然のことだ。
必要がないのだ。
そしてそのことは、解のような立場の少年を、つまり飛べない地徒人アダヒトの少年を一人閉じこめておくためには好都合な状態だった。
解は、遠くから天流衆のだれかがこの部屋を目指して飛んでくるのに気づいた。
大人の男だ。例のフード付きの上衣を着ている。
遠くにいるために小さく見えた男の姿はみるみるうちに大きくなった。
その男は窓から入ってきた。
「食事だ、地徒人アダヒトの子ども。」
男は木のトレイを手にしており、トレイには食器が乗っていた。
男の胸元には太陽のフレア・三本の剣・ハート型の輪郭という三つをほどこした青銅のエンブレム。
昨晩にも目にしたやつだ。
腰には長剣。刃は革の鞘におさまっていた。
解は男の様子をじっと見た。
男は革靴を履いた足を部屋の床につけた。カツン、と音がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~

楓乃めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。 いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている. 気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。 途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。 「ドラゴンがお姉さんになった?」 「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」 変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。 ・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

処理中です...