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6章 閉じこめられた解
70 とても長い時間(前)
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解は思いだした。
(そういえばトウィードさんが天流衆の人間は放牧篭の枝室や亜陸では足をつけることができると言っていたな。)
それから解は男に挨拶した。
「おはようございます。」
男は無言だ。前の晩の、会話を禁じるベルハス意裁官の命令は、どうやら強い効力があるようだ。
解は部屋のなかをぐるりと見まわした。
部屋の中央には丸い卓と椅子が一脚、椅子のうえに解のリュックサック。
とにかくリュックサックはあるぞ、と解は思った。取りあげられずにすんだのだ。
卓と椅子の奥、四角い部屋の一角は布で仕切られている。
用を足す場所だ。その仕切りのそばには金属でできた蛇口。
小学校や公園にあるようなかたちの蛇口だ。水道があるのだ。
そして水道のそばに木桶が置いてあった。
解は昨晩、蛇口をひねって出てきた水を木桶にためてその水で手足や顔を洗った。
蛇口の真下に排水口があったので洗ったあとの水はそこに流した。
狭い部屋だ。
とはいえほどほどの部屋だし、ほどほどの扱いだと解は思う。
骨鉱山に比べたらずっと良い扱いですらある。
だって寝台と布団があるうえに蛇口をひねったらいつでも水が出てくるのだ。
フード付きの上衣を着た男が円卓の上にトレイを置いた。
そして窓からさっさと出ていった。
解はすぐさま食事に手をつけた。食べるものを見たとたんにお腹がへったのだ。
丸いパンを食べ、スープを食べた。スープは三分の一くらいトレイにこぼれていた。
塩辛いチーズも食べた。トマトのようなかたちの実も食べた。
放牧篭の下でセグレがくれたのとおなじものだ。
食べながら解はセグレやケルキトやイサナのことを思いうかべた。
白くてやわらかい羽毛におおわれたノルダーのことも。
ついでにバローのえらそうな態度も。
彼らに出会ったのはほんの昨日のことなのに、ずいぶん前の出来事だったような気持ちになった。
ケルキトは解に「青の亜陸でまた会おう。」と言ったけど、この様子だと無理かもしれないぞ、と解は思った。それどころか、もしかしたらトウィードや花連ともう一度顔を合わせることだって無理かもしれない。
ベルハス意裁官が解を裁決して、ことによるとそれでおしまいだ。
ただし解としてはもちろん、そんなに簡単におしまいにするつもりはない。
(とにかく、早くしてほしい。)
解はそう思った。
ところが裁決の場は、解の意に反して、待っても待っても開かれなかった。
一日目。
食事のあと解は食器を下げにくるだれかを待った。ジリジリした気持ちで待った。
ときどき鐘がなった。
ほんのすぐそばに鐘楼があるせいでその鐘の音は、解のいる小さな部屋のなか、とんでもなく大きな音に聞こえた。
解は鐘の鳴る回数を数えた。
そして鐘の音が止むと窓を開けた。
外に天流衆の姿が見えた。
向かいの断崖に嵌めこまれた家から出る人や入る人だ。
カラジョルの姿も見えた。
人の姿を目にして解は明るい気持ちになり、窓から身を乗りだした。
そして口元に手をあてて大声をあげた。
「おーい! ねえー!」
青年の姿が見えた。赤毛でやせた青年だ。雰囲気が少しだけ結生に似ていると解は感じた。
解はその青年に向かって大声をあげた。
「ねえ、お願いがありますーっ、そこの人ーっ!」
青年が解を見た。びっくりしたような顔をしている。
解は大きく手を振り、また声をあげた。
「おーい、そう、あなたに向かって言ってるんだよ! ぼくの話を聞いてくださいー! あのねえ、レシャバールさんって人――」
解がそこまで言ったところで、窓に向かってだれかがおそろしい勢いで突っこんだ。
「今すぐに黙れ、地徒人の子ども!」
フード付きの上衣と青銅のエンブレムを身につけた男だ。
男は窓辺に身体をよせると長剣を革の鞘から引き抜いて解に突きつけた。
「二度と話しかけるな!」
「だって。」
解は抗議の言葉を口にしようとしたが、男の持つ剣の刃が解の顔からわずか一センチほどまで接近すると、仕方なく口を閉じた。男は真っ赤な顔だ。はげしく怒った顔だった。
彼はどなった。あまりの大声のために狭い室内の空気がビリビリとふるえた。
「意裁庁がお前のことを裁決する決まりだからといって、お前のことをこっちが手厚く保護すると思っているのか? お前は客人ではない! だれもお前を招いておらん! お前が勝手にこの天流衆国へ入りこんだのだ!」
ちがう、と解は思ったが、思うだけにとどめた。
男が唇をゆがめて笑顔になった。いやな笑顔だ。
「裁決になったとき議場でお前の指が一本や二本欠けていようが、あるいは目が片方つぶれていようが、意裁官閣下はべつに気になさらん。ためしにどこか失くしてみるか?」
解は首を横に振った。
もしも解が男の意に反した場合、男が本当に解の身体を男の言葉通りにするつもりだと解は思った。だから解は大人しく沈黙した。
だが男の怒りはどなりちらすだけではおさまらなかった。
男は解に向かって長剣の柄を向けた。その柄がガツンっと解の頭にぶちあたった。
解は倒れこんだ。
フンッと鼻を鳴らして男は去った。
そのあと解に昼食や夕食を運ぶ者はいなかった。
(そういえばトウィードさんが天流衆の人間は放牧篭の枝室や亜陸では足をつけることができると言っていたな。)
それから解は男に挨拶した。
「おはようございます。」
男は無言だ。前の晩の、会話を禁じるベルハス意裁官の命令は、どうやら強い効力があるようだ。
解は部屋のなかをぐるりと見まわした。
部屋の中央には丸い卓と椅子が一脚、椅子のうえに解のリュックサック。
とにかくリュックサックはあるぞ、と解は思った。取りあげられずにすんだのだ。
卓と椅子の奥、四角い部屋の一角は布で仕切られている。
用を足す場所だ。その仕切りのそばには金属でできた蛇口。
小学校や公園にあるようなかたちの蛇口だ。水道があるのだ。
そして水道のそばに木桶が置いてあった。
解は昨晩、蛇口をひねって出てきた水を木桶にためてその水で手足や顔を洗った。
蛇口の真下に排水口があったので洗ったあとの水はそこに流した。
狭い部屋だ。
とはいえほどほどの部屋だし、ほどほどの扱いだと解は思う。
骨鉱山に比べたらずっと良い扱いですらある。
だって寝台と布団があるうえに蛇口をひねったらいつでも水が出てくるのだ。
フード付きの上衣を着た男が円卓の上にトレイを置いた。
そして窓からさっさと出ていった。
解はすぐさま食事に手をつけた。食べるものを見たとたんにお腹がへったのだ。
丸いパンを食べ、スープを食べた。スープは三分の一くらいトレイにこぼれていた。
塩辛いチーズも食べた。トマトのようなかたちの実も食べた。
放牧篭の下でセグレがくれたのとおなじものだ。
食べながら解はセグレやケルキトやイサナのことを思いうかべた。
白くてやわらかい羽毛におおわれたノルダーのことも。
ついでにバローのえらそうな態度も。
彼らに出会ったのはほんの昨日のことなのに、ずいぶん前の出来事だったような気持ちになった。
ケルキトは解に「青の亜陸でまた会おう。」と言ったけど、この様子だと無理かもしれないぞ、と解は思った。それどころか、もしかしたらトウィードや花連ともう一度顔を合わせることだって無理かもしれない。
ベルハス意裁官が解を裁決して、ことによるとそれでおしまいだ。
ただし解としてはもちろん、そんなに簡単におしまいにするつもりはない。
(とにかく、早くしてほしい。)
解はそう思った。
ところが裁決の場は、解の意に反して、待っても待っても開かれなかった。
一日目。
食事のあと解は食器を下げにくるだれかを待った。ジリジリした気持ちで待った。
ときどき鐘がなった。
ほんのすぐそばに鐘楼があるせいでその鐘の音は、解のいる小さな部屋のなか、とんでもなく大きな音に聞こえた。
解は鐘の鳴る回数を数えた。
そして鐘の音が止むと窓を開けた。
外に天流衆の姿が見えた。
向かいの断崖に嵌めこまれた家から出る人や入る人だ。
カラジョルの姿も見えた。
人の姿を目にして解は明るい気持ちになり、窓から身を乗りだした。
そして口元に手をあてて大声をあげた。
「おーい! ねえー!」
青年の姿が見えた。赤毛でやせた青年だ。雰囲気が少しだけ結生に似ていると解は感じた。
解はその青年に向かって大声をあげた。
「ねえ、お願いがありますーっ、そこの人ーっ!」
青年が解を見た。びっくりしたような顔をしている。
解は大きく手を振り、また声をあげた。
「おーい、そう、あなたに向かって言ってるんだよ! ぼくの話を聞いてくださいー! あのねえ、レシャバールさんって人――」
解がそこまで言ったところで、窓に向かってだれかがおそろしい勢いで突っこんだ。
「今すぐに黙れ、地徒人の子ども!」
フード付きの上衣と青銅のエンブレムを身につけた男だ。
男は窓辺に身体をよせると長剣を革の鞘から引き抜いて解に突きつけた。
「二度と話しかけるな!」
「だって。」
解は抗議の言葉を口にしようとしたが、男の持つ剣の刃が解の顔からわずか一センチほどまで接近すると、仕方なく口を閉じた。男は真っ赤な顔だ。はげしく怒った顔だった。
彼はどなった。あまりの大声のために狭い室内の空気がビリビリとふるえた。
「意裁庁がお前のことを裁決する決まりだからといって、お前のことをこっちが手厚く保護すると思っているのか? お前は客人ではない! だれもお前を招いておらん! お前が勝手にこの天流衆国へ入りこんだのだ!」
ちがう、と解は思ったが、思うだけにとどめた。
男が唇をゆがめて笑顔になった。いやな笑顔だ。
「裁決になったとき議場でお前の指が一本や二本欠けていようが、あるいは目が片方つぶれていようが、意裁官閣下はべつに気になさらん。ためしにどこか失くしてみるか?」
解は首を横に振った。
もしも解が男の意に反した場合、男が本当に解の身体を男の言葉通りにするつもりだと解は思った。だから解は大人しく沈黙した。
だが男の怒りはどなりちらすだけではおさまらなかった。
男は解に向かって長剣の柄を向けた。その柄がガツンっと解の頭にぶちあたった。
解は倒れこんだ。
フンッと鼻を鳴らして男は去った。
そのあと解に昼食や夕食を運ぶ者はいなかった。
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