どろあらしの頼みごと

スズキマキ

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再びどろあらし

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 再会したらたずねたいことがいろいろあったのを、こうれんは思い出した。今ならこうれんの知りたいことに答えてくれそうな気がする。
 ただし先にやることがある。
「どろあらし、少しだけ休んでそれから動こう。一緒にここから出よう。」
 返事はなかった。
 すぐには。
 こうれんは辛抱強く待った。ここは待つところだと思った。
 どろあらしがため息をついた。
「出てどうなる? これまでのくり返しの続きか? 腹をすかせる、腹がすいたことばかり気になる、あの声とけんかする。ずっとそればかりだ、ずっと。おれはもう飽きたよ。」
「ええっと、だったらちがうことをやれば?」
こうれんが反射的にそう言うと、どろあらしがフンと鼻を鳴らした。
「ちがうことってなんだ。おれは年寄りだ。今から新しいことなんかできるかよ。だいたいこんなせまい集落だ。できることなんて限られている。いいやちがう、できることなんて全然ない。」
「ええっと。」
 こうれんは忙しく頭を働かせた。どろあらしにできそうなこと、どろあらしの興味を引きそうなことを考えてみた。
「あ、そうだ、どろあらしはかしこい人だったっておばあちゃんが言ってたよ。本を読むとかどうだろう。そうだよ、ささらがおじいちゃんが残した書きつけがあるって言ってた。そういうのを読んで、いろいろ調べてみるとか。」
「お前はよそ者だろう。」
 どろあらしがこうれんの言葉をさえぎった。
「集落にある書きつけだの寺に残っている記録だのに目を通せるのは、寺の者だけだ。昔はほうぎょう、今はあいつのせがれ。おれには手が出ねえ。」
 どろあらしはため息をついた。
「大学にいたときは好きなだけ読めた。あのときだけだ。」
 こうれんはなんと言えばいいのか途方に暮れた。一瞬だけ。だけどのんびりしている場合でもない。こうれんはめげずに提案した。
「ええっと、ううん、じゃあ、ぼくと一緒にそうじをしよう。」
 どろあらしが暗くわらった。馬鹿にしたような気配も含まれていたが、こうれんはそれに気づかなかった。なぜならいいことを思いついた気分でパッと明るくなったからだ。
「そうしようよ。絶対いいよ。というか。まず体を洗ってきれいにしよう。服も新しくしようよ。」
「新しい服なんかねぇぞ。」
「おじいちゃんに頼んでみる。ささらでもいい。なんとかなるよ。」
「泥はどうする?こんな泥がついたままじゃ、きれいにするだけ無駄だ。」
『こうじゃくだいらんが終われば、その泥は落ちる。』
 がした。こうれんはパッと顔を上げた。どろあらしはちがった。どろあらしが顔をしかめたことに、こうれんは気がついた。
「なんだ。お前、こっちのやつに取り憑いたんじゃないのか。もう聞こえないと思ってせいせいしたのに、戻ってきたのか。後戻りは嫌いじゃなかったのかよ。」
『今日はここへ来ることが先へ進むことだと判断した。』
「ふん。」
「ねえ、どろあらし、もう一つ新しいことを思いついたよ。1回このと仲良くしてみたらどうだろう。」
 こうれんは言った。今度こそどろあらしはあきれたようだった。
「そんなことしてどうなる?」
「だってさっき飽きたっていったでしょう。新しいことなら何でもいいんだよ、すごく小さなことでいいから、飽きないよ、きっと。」
(なんでぼくはこんなことを言っているのかな。)と、こうれんは思った。そこまでどろあらしを動かす必要があるのかどうか、我ながら謎だと思った。ここへ置いて行って困ることがあるだろうか。
 まったく同じことを、どろあらしも思ったようだった。
「おれがここに残っても誰も気にしねぇ、いや、それどころか、おれがいないことに誰も気がつかんんだろうさ。」
「そんなことないよ。」
 こうれんはむきになって言いはった。
「ぼくのおばあちゃんとか、ささらとか、気にする人はいるよ。ぼくだって気になるよ。ぼくはここを出たらどろあらしに聞きたいことがいろいろあるんだ。だって声が『どろあらしが知っている。』って言って教えてくれないことが何度もあったんだよ。」
 どろあらしがこうれんの言葉に耳を傾けているのを、こうれんは感じた。あと少しだと思った。
「一緒にここを出よう。ここを出たらぼくの知りたいことを教えてよ。お願い。」

『それは叶わない。』

 大きながこうれんの耳をつんざいた。こうれんは思わず耳を手で押さえた。どろあらしもだ。ぎょっとしたらしい。
「なんだ今のは。別のやつか?」
「う、うん、実はそうなんだ、」
『わたし達をここから出せ。今すぐに。』
 その場の空気がビリビリふるえたかと思うほど、圧する力を感じるだった。どろあらしの眉毛が下がっておびえた顔になった。こうれんもこわいと思った。
 が、一方で(あれ?)と疑問がわいた。
「出せ、ってことは、あなたたちは自分の力でここから出ることができないの?」
『どうもそのようだ。』
 こうれんの疑問に答えたのはいつもの。こうれんの気持ちがパッと明るくなった。
「じゃあこれで解決ってこと? このまま夏至を迎えたら、それでおしまい?」
『させない。』
「ヒィッ!」
 威圧感にひるんだどろあらしが悲鳴をあげた。
「た、助けてくれえ、おれは悪くないぞ、おれは何もしてないんだよ。 おれをここから出してくれよぉ。」
「どろあらし、ねえ、落ち着いて。大丈夫だよ、いつものに聞けば、ここを出る方法を教えてもらえるよ。この前もそうやってちゃんと出られたよ。」
 こうれんはあわてて言った。そして言った途端にあたりの空気が変わったのを感じた。
 そう、まるでこうれんが言ってはいけないことを言ったかのような、まずいという空気。
 笑う気配がした。
 クッ、クッ、クッ、と息だけで笑っている。
 こうれんは2つめのだと気づいた。こうれんは焦った。もしこうれんの言葉に問題があるとしたら、と考えて、一瞬で顔から血の気が引いた。
「ぼくとどろあらしが大岩を出たら、その後からついてくる気か?」
『良い案だ。とても良い。さあ、ここから出よ。出るためにたずねよ。』
 こうれんは言葉につまった。思わずゴクリと唾を飲んだ。それからにたずねたが、それはこういう言葉だった。
「ぼくらについてきたら3つの集合体は、ここからまた外へ出ちゃう?」
『その可能性が高そうだ。』
「なんとかしてぼくらだけ出る方法があるだろうか?」
 言いながらこうれんは、どろあらしがそろそろと歩き始めたのに気づいた。
「どろあらし、どこへ行くんだよ?」
 こうれんの声にどろあらしはギクリとした顔になった。それでこうれんは気がついた。(逃げる気だ。)
 こうれんは腹が立った。
「元はと言えばどろあらしがここへ飛びこんだんじゃないかっ。」
「あのときはそうしたかったんだよ。でも今はさっさと出たいんだよ。」
(子どもじゃないんだぞ。)と言おうとしてこうれんは口を開き、そのままあることに気づいた。口から出たのはどろあらしへの応酬とはちがう言葉だ。
「どろあらしは、何をどこまで知っているの?」
「はぁ?」
「ぼくに大岩をきれいにしろって言った。きれいにしたところへ赤いやつが入っていた。そうなるって知ってたの? ここへ入りたかったのは、ぼくの顔に泥をぬるため? っってことは大岩の中に変な泥があるって知ってたの?」
 どろあらしは返事をしなかった。奇妙な無表情でこうれんから目をそらした。わかりやすいぞ、とこうれんはあきれた。ごまかしたいのだろう。こうれんは追いかけるような気持ちでさらにたずねた。
「どろあらしがここへ入ったの、何回目なの? 初めてじゃないよね?」
 どろあらしはいっそうこうれんの視線から逃れたそうな様子だったが、こうれんは逆に目と目を合わせようとした。
「どろあらし!」
「う、クソッ。」
 どろあらしの方が根負けした。こうれんは知らないことだが、どろあらしはおよそ勝ち負けと名のつくもので、1つとして勝てたことのない男だった。とうとうどろあらしはこうれんと目を合わせたが、上目づかいの卑屈の目つきだった。
「3回目だ。言っておくが、1人で来たのは1回だけだぞ。」
「出たり入ったりする方法を知っているなら、今回はなんでずっとここにいたの?」
 たずねながら、こうれんは自分で1つの可能性に気がついた。
「もしかしてここ、1人ずつしか出られないの?」
『正確に言えば、人数でなく、相対あいたいすることが厳密だ。』
 答えたのはいつものだ。こうれんはたずねる相手をに切り替えた。 
「どういうこと?」
『大岩を出るものがいる。出たら次に入る。出ることと入ることが必ずついになる。その際、それが1つのものであるかどうか、何名であるかは関係ない。』
「この前は赤いやつが大岩を出た。そして中へ入った。それで1セットってこと? ぼくやどろあらしが一緒でも、1度に入れば同じ回数ってことか。」
『その通り。』
「ってことは。」
 口と頭を同時に働かせながら、こうれんはどろあらしの腕をつかんだ。どろあらしがそろそろと再び動いたからだ。どろあらしは顔をひん曲げてこうれんをにらみつけた。
「放せ!」
「いやだ。今大事なことを考えてるんだ! ねえ、今の話だとさっきみんなでここへ入ったのが1回。それで、つまり。」
 こうれんはどろあらしをまっすぐ見つめたまま言った。
「これから出て行くので1回だ。これで1つの対。」
『その通り。』
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