どろあらしの頼みごと

スズキマキ

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変容

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 が答えると、同時にどろあらしがこうれんの腕を払おうとした。こうれんは急いで手に力をこめた。枯れ枝のようなどろあらしの腕に大した力はなく、どろあらしは逃げることができなかった。
 こうれんは言った。宣言したといってもいい。
「今度出ていくのが最後だ。」
『わたし達が出ていく。』
「出ていくのはぼくらだけだ!」
『わたし達はひとつになる。』
 この大岩の中でそれができるのかな、とこうれんは考え、すぐに無理だろうと気づいた。できるのならとっくにやっているだろう。もともと変なもの達はみんなまとめてここにいたのだから。
 こうれんは別のことにも気づいた。
「ねえ、結合する前、赤くてベタベタしたのや黒くてこげたにおいのするやつは、大岩の外へ出るときには人間が手助けしたの? ここへ入るときに、僕が大岩をきれいにしたときみたいに。」
『外へ出る時、つまり内にいるとき作用するのは内側だ。外のことは関係しない。逆もそうだ。内へ入るとき、つまり外にいるとき作用するのは外側だ。内のことは関係しない。』
 よどみのない説明はいつもの、ひとつめのだ。こうれんは自分がここから出たときのことを思い起こした。足元がたわむあの感じ。
 こうれんはつぶやいた。
「どろあらしは3回ここへ入った。そして2回出た。」
「フン、それがどうした。」
「人間じゃないものは? 何度も出入りするの?」
『きみが目にしたものは、一度出ると一度入る、これで終わる。」
「どうして?」
『内側で変容が起きる。形を保てなくなる。』
「えっ、溶けちゃうの?」
『そう考えてもいい。そして保てなくなると同時に培地ばいち化する。つまりきみのいう溶けたものを養分にして、また新たなものが生まれて出ていく。』
 こうれんにとっては初めて耳にするようなむずかしい言葉も混ざっていたが、だいたいのところをどうにか理解した。
「それで、大岩をきれいにしたら入り口ができて中へ入っていく。ぼくが見たことだ。」
『その通り。』
「でもあなたは溶けていない。あっちの、もう一つのも。それはつまり。」
 こうれんは頭を働かせた。こんなにフル回転させたのは生まれて初めてだ。
「つまり、外で変わったから、もう中へ入っても溶けなくなっちゃったっていうこと?」
『その通り。』 
「あなたは、結合がはじまったらもう新しいやつは出てこないって言った。」
『その通り。』
「じゃあ最後なんだ。もうこれで新しいものが生まれなくなった。」
『その通りだ。』
 というと、
『やめろ!!』
 と言うが同時にした。
 こうれんはたずねた。
「こうじゃくだいらんが夏至で終わる。もうすぐ終わる。次のは100年後、次のときにはまた新しい変なのが出てくるの?」
『おそらくちがう。培地となるものがなくなってしまった。きみに種の話をしたことをおぼえているか?』
「うん。種から芽が出るのにも、大きくなって花が咲いたり実がなるのにも、条件がある。」
『条件がそろうことは今後ない。なくなってしまった。』
『だまれ!!』
 こうれんの体が冷えた。冷気だ、とこうれんは気づいた。すぐそばに2つめの集合体がいるのだ。もう一つ、あのぬれた土の色をしたやつもそばにいるのだろうか、とこうれんは気になった。
 話をしている場合でない、かもしれないが、口が勝手に動く。
 不思議な感覚だと思った。
 自分の頭の中で考えるというより、こうれんがにたずね、が応えることで、何かが生まれる。
(ぼく1人で考えてるわけじゃないし、きっとだけでもないんだ。)
 と、こうれんは思った。
「じゃあ本当に、こうじゃくだいらんはおしまいなんだ。100年に1回ずっと起きていたことが、なくなる。」
『その通りだ。』
 二つめのが叫んだ。
『まだ終わっていない! わたし達が最後の結合をする!』
「うん。」
 こうれんはうなずいた。
「集合体がこのままこの中で終わるか、結合して終わるか、どちらかってことだね。」
『その通り。』
 こうれんの頭の中にある1つの考えがひらめいた。こうれんはどろあらしを見た。どろあらしは目の前で行われているやりとりよりも、もっと他のことを気にかけているようだった。
「どろあらし、走ろう。」
 こうれんはヒソヒソと言った。そしてどろあらしの腕を引っぱった。
 どろあらしの体がはじかれたように大きくはねた。こうれんもどろあらしも駆けだした。足の速さではこうれんの方が上だが、この中のことを知っているのはどろあらしだ。だからこうれんはどろあらしに歩調を合わせた。一緒に走るんだ、と思った。そして一緒にここから出る。
『待て!!』
 二つめのが追いかけてくる。ヒヤリとした冷気も感じる。急がなきゃ、とこうれんは思った。どろあらしも同じことを思っているようだった。が、すぐにどろあらしの息が切れた。こうれんはどろあらしよりはまだ少し余裕があった。だから息をはずませながらもなんとかしゃべった。
「一緒にここを出よう。ここを出たら泥を落としてきれいにしよう。」
 どろあらしは返事をしない。それどころではないのだろう。2人とも絶食をしてからの駆けっこだ。すごくつらかった。こうれんはいつの間にか自分の手がどろあらしの腕ではなく手をつかんでいることに気づいた。
(もうすぐだ、あと少し!)とこうれんは感じた。
 こうれんは行く手に別のものの気配を感じた。3つめの集合体、ぬれた土の色をしたもの。暗やみの中でもこうれんはそいつの気配を感じた。いつもの、泥をぬられて以来の感覚。
 そいつが小さくなっていくのを感じた。
 いや、ちがう、とこうれんは思った。縮んでいるのではなくて足元がたわんで吸いこまれているのだ。
(出ていこうとしているんだ!)
 こうれんはどろあらしの手をつかんでいるのと、反対の手を伸ばした。どろあらしもだ。2人の人間、11歳の子供と70歳の年寄りは同時にそいつにふれた。そしてその瞬間、こうれんは(あっ!)と思った。2人がふれた、ぬれた土は、2人の顔にぬられた泥と同じものだった。
 泥と泥が反応した。はじめに手についた泥がその集合体に引き寄せられた。それから間髪入れず、顔の泥も。
(泥がはがれる)と気づくのと、こうれんの体が下降しはじめたのが同時だった。そいつの足元がたわみ、ぐらつき、そいつもろとも、こうれんもどろあらしもどんどん落ちていく。

 体が半回転した。頭が下、足が上。
 ぐるりと回ったところで、地面に足がついた。

 こうれんは自分がどこにいるのかわからず混乱した。なぜならあたりが真っ暗だったからだ。片方の手がどろあらしの手にふたままだ。こうれんは呼びかけた。
「どろあらし。」
「聞こえねえ。なんだ。これは、どうしちまったんだ?」
 のことだとすぐにこうれんは気がついた。
「泥がはがれたんだよ。」
 こうれんは言った。どろあらしがかすれた声でつぶやいた。
「いや、おかしいだろ。あいつはさっき、こうじゃくだいらんが終わったらって言ったんだぞ。もう終わったのか、ちがうよな。だって、ほれ、でかいのも出てきたぞ。」
「ええっ!」
 こうれんはぎょっとした。あわててキョロキョロと首を左右に振り、あたりを見回した。目をこらすと、かろうじて大きなものがいるのだけわかった。
「泥のにおいがする。」
「やっこさん目が見えてねえみたいだぞ。もしかして耳も聞こえてないかもな。なぁ、あのでかいのに耳がついてたか?」
 こうれんはぬれた土みたいなやつを明るい場所で見たときの姿を思いだした。
「耳、なかった。鼻の穴もなかった。」
「暗くて目がきかねぇ、音もにおいもわからねぇってことか。」
 こうれんはもう一度そいつを見た。(手探りしている。)と思った。本当にあたりの様子がわからないようで、こうれんはひとまずホッととした。そいつにおそわれる可能性が急に下がった気分になった。それでも念のためひそひそと小声でこうれんは言った。
「暗くてよく見えないのはぼくもだよ。ねぇどろあらし、ここはどこだろう?」
「大岩の外だろう。上見てみろ。」
 こうれんは言われた通りにした。
 星空が見えた。たくさんの星が瞬いている。空一面の星たち、といいたいところだが、雲がかかっている場所もあった。でも雲の流れは早かった。
 こうれんは雲が月を覆いかくしていることに気づいた。
「いま何時だろう。」
「夜明け前だろ。」
「わかるの?」
「今日は十七夜ってとこだ。月の位置があのへんだと日づけが変わってから3時間くらいか。」
 こうれんはびっくりした。どろあらしがまともな話をしている。あのどろあらしが。
 この人は元々かしこい人だったという祖母の話を思いだした。
「すごい。空を見て何時かわかるなんて。」
「そのへんで寝るとイヤでも空が目につく。」
「どろあらし、いつも外で寝るの? うちがないの?」
「あるが、冬以外はどこで寝ても同じだろ。」
「ちがうと思うけど。そりゃ風邪はひかないかもしれないけど、地面って固いし汚れるし、急に雨が降ったりすることだってあるよね。」
 そう言ってからこうれんは気づいた。
「寒くない?」
 どろあらしもうなずいた。
「ヒヤッとするな。」
 こうれんはハッとした。
「冷気だ。うわっ、3つの集合体のうち、2つも出てきたのか。ぼくらと一緒に来ちゃったんだ。」
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