ひごめの赤い石

スズキマキ

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第1章 とても古い屋敷のなかで

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 クマザサのやぶの先に、最初に見えたのはお堂だった。
 黒ずむ木の屋根と四すみの柱、壁はなかった。吹きさらしの小さな古いお堂だ。
 それがお堂だとミチ――仕田しだ道生みちおにわかったのは、屋根の下で手をあわせる男子がいたからだ。
 すごく熱心に祈っている、とミチは思った。
 年齢はミチより上、高校生くらいだ。
 逆光で彼の顔の細かいところまでは見えなかったが、それでもメガネをかけているのはわかった。
 筒袖の白い着物と袴を身に着けている。
 剣道でもやっているのかなとミチは考えた。

 吹きつける風がクマザサをゆらした。葉と葉がこすれあいがさがさと音を立てた。
 お堂の向こうに山が見える。背の低い山だ。
 木々の葉から緑色が抜けはじめ、黄色や橙色にかわりつつあるところだ。

 ミチは一度止めた足を踏みだした。

 両手を合わせているあの人に図書館の場所をたずねようと思ったのだ。
 数歩進んでクマザサのやぶを抜け、その先に立つナナカマドの木を越えて、そこでミチは気づいた。

 お堂は池のまんなかに建っていた。

 四すみの柱が水のなかへ突き刺さるようにして伸びている。そしてお堂から山のふもとに向かって屋根つきの橋が伸びていた。
 学校の渡り廊下のようだとミチは思った。
 木の橋だ。
 橋の先にはおおきな日本家屋が見えた。群青色の瓦屋根、白っぽい壁、池の上のお堂とおなじくらい黒ずんだ木のサッシや縁側が見えた。
 いくつもの棟が連なっている。
 ミチのいる場所と橋のふもとは池をはさんでちょうど反対側にあたる。もし橋を渡ってあの男子に道をたずねるとしたら、けっこう時間がかかりそうだ。
 風で池の水面がゆれた。水面のなかの山とお堂もゆれて乱れた。
 秋の空気の、焦げたようなにおい、西日でやまぶき色に染まる山と古いお堂、手を合わせる袴姿の男子。
 見ているうちにミチは自分もお堂で手を合わせたい気分になってきた。あの男子がとても長いこと目をふせて両手を合わせているからだ。
(あの人の願いがかないますように)
 ミチはそう思った。

 ふ、とあることに気づいてミチは目をこらした。
 池の水底に生き物がいるように見えたのだ。
 ゆらり、と、そいつが動いたように感じた。
(なんだろう、あれ)
 池の水のなかに赤い色が見えた。ぼんやりとゆれている。ミチはまばたきするのも忘れてそれをじっと見つめた。
 そして一瞬、息をとめた。

 目だ。
 すごく大きな眼球。

 はじめミチは自分が何を見ているのか理解できなかった。
 池の中に目のかたちをしたものが見えるのだ。
 もしかしたら、なにかべつのものを見まちがえているのかと思った。だってそんなところに目があるなんて、どう考えてもおかしい。
 それに大きさも異常だ。
 大きすぎるのだ。
 もし池に魚がいたとしたら、その目はどの魚よりも大きいことになる。
 色も異常だ――赤い目。虹彩の部分が赤いのだ。
 ミチにはその目がまるでお堂を見上げているように見えた。ミチは息をのんだ。

 そしてその瞬間、ミチの背後で声がした。
「ぼうや、そこでなにをしておいでかえ」

 女の人の声だ。
 ミチは飛び上がった。いきなりだったので心臓がはねた。
 ドキドキしながらふりかえると、そこに着物姿のおばあさんが一人立っていた。
 なんだこりゃ、とミチは思った。
 着物に袴、古い屋敷にお堂、ちがう時代に迷いこんだような気分になった。
 とはいえそんなのは気分の話だ。
 おばあさんはうすい色のついたメガネをかけていた。
 真っ白な髪の毛を一つにまとめてある。
 身にまとう着物は木の皮みたいな色で、帯はほとんど白に近い草色だ。

 ミチは言った。
「道に迷いました。図書館までどう行けばいいかわからなくなってしまって」
 おばあさんは首をかしげてつぶやいた。
「図書館とは」
 ミチは言葉をつづけた。
「ひごめ市図書館です。転入した小学校の先生にこっちの方角だと教えてもらいました」
「図書館とは」
 おばあさんがおなじ言葉をくりかえした。
 ミチは目をぱちぱちとまたたいた。ミチにはおばあさんの言葉が、図書館とはどういうものかをたずねているように感じた。
 そんなことってあるだろうか、とミチは変な人間に会ったような気分になった。
 とはいえミチはきかれたことにはそのまま答える性質の子どもだったので、返事をした。
「図書館は本がたくさんあるところ、みんなが本を貸りるところです」
 するとおばあさんが目を細めてミチをじっくりと見た。
「お前さまは本を借りる、どんな本を」
「まだ決めてません。見てから決めようと思ってます」
「転入したと言ったぞな。いつのことかえ」
 急に話がかわった。ミチは返事をした。
「今日の朝です」
「ふううむ」
 おばあさんはじっくりと、とてもじっくりとミチを見つめた。
 ミチは今度はたずねる側に回ることにした。
 さっきから気になっていることがあるのだ。
「おばあさんは変わったしゃべり方をしますね」
「なんの、これでもお前さまに合わせてやっているつもりぞ。なかなかむずかしいの」
「むずかしい?」

 おばあさんが言った。
「お前さまは本を読む。よろしい、では書庫へお行き。
 よいかえ、書庫に『ひごめのむかしばなし』という本があるえ。
 子どもの本ぞな。それを借りておいで」

 ミチは首をかしげた。
「昔話ってもっと小さい子向けの本でしょう。ぼくも小学校に入る前に読みました」
 が、おばあさんはミチの言葉を流して真剣な様子で話ををつづけた。
「いいかえ、必ず持って出てくるのだぞえ」
 おばあさんは池の向こう、屋根つき橋の先に立つおおきな屋敷を指さした。
「書庫はあの狭間はざま屋敷につらなっておる。むねがいくつもあるえ。いちばん大きいのが母屋、次に大きいのが離れで隠居屋、ここから見て隠居屋の奥に倉がひい、ふう、みい、よっつ。それからむかしの長屋、表門、母屋と隠居屋のあいだに古井戸。そして母屋の二階につながっておるのが書庫」
 たてつづけに説明されて、ミチは目が回るような気分になった。
 が、おばあさんはそんなミチの様子に気づくようすもなく、言葉をつづけた。
「ついでに、ここからは見えないが母屋の裏に納屋、その反対側に道場ぞな」
「すごく大きなお屋敷ですね」
「おお、そうよ。道場がいちばん新しいむねぞ」
「あの人はそこの人ですか」
 ミチはお堂に立つ男子を指さした。おばあさんがうなずいた。
狭間はざま進一郎、狭間屋敷の子え。お前さまは進一郎どののともだちかえ」
「いえ、ちがいます。いま初めて見かけました」
「おお、そうよな。転入生だもの。ちょうどよい、書庫へは進一郎どのに案内させや。ただし――」
 ふいにおばあさんがミチにぐいっと顔をよせて目をのぞきこんだ。ミチはドキッとした。

「隠し扉から先は止めておくがええ。
 アヤが開くと厄介え」

「え、なんですか」
 ミチはおばあさんの言葉をくりかえした。
「アヤ、ですか」
「子どもがうっかり開けてしまう場合があるえ」
「開けてしまうって隠し扉を、ですか。あそこ忍者屋敷かなんかですか。アヤってだれですか、おばあさん。女の子ですか」
 おばあさんがフンと鼻をならした。
「その『おばあさん』という呼びかたはどうも好かぬ。どうせなら名で呼びや。うらは津江つえ
(うらというのは私って意味かな)
 変わった言いかただと思いながらミチはいわれたとおりに、この変なおばあさんを呼んだ。

「津江さん」
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