ひごめの赤い石

スズキマキ

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第1章 とても古い屋敷のなかで

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「その引き戸を閉めてくれ」
「はい」
 ミチは黒ずんだ引き戸を引いた。
 扉は開いたときとおなじカラカラという音を立てて閉まった。

 進一郎がミチに対してどのへんで迷ったのかをたずねた。
 ミチは迷子になったあたりの風景を頭のなかに浮かべながら答えた。
 進一郎があきれた顔になった。
「君はバカか。ちゃんと道を歩けばそのまま図書館のある色無閣しきむかくに着いたのに、どうしてわざわざやぶのなかへ入ったんだ」
「ぼくにはそこも道に見えたんです。狭いしクネクネしていたし、歩きづらいなとは思いましたけど」
「それは道じゃなくて、木と木の間にすき間があっただけだろう。無茶だな」
 進一郎が腰に手をあててミチをじろりとにらんだ。

「君はまだ小学生でひごめ市に来たばかりだ。ちがうか」
「そうです」
「もう十月だ。日暮れが早くなってきた。ちがうか」
「そうです」
「もし迷子になって山へ入りこんで真っ暗になったら、君は出てこられないだろう。山のなかにはあかりがぜんぜんないんだ。かなり大変なことになるぞ」
「そうです、たぶん」
「ちがうか」
「ちがいません」
 進一郎の言葉はいちいちその通りだ。そう思ったのでミチは素直にうなずいた。
 しかし進一郎の眉間にできたしわはますます深くなった。

「引っ越してきたばかりの君が迷子になったら君の親が心配するぞ。ちがうか」
「なんだか進一郎さんがぼくの親みたいな話し方です。それか、先生とか」
 ミチは感じたままを口にした。
 進一郎は眉間にしわをよせたまま首を横にふった。
「まったく、君、反省しているのかどうかわからないな。いいか、とにかく道じゃない場所へ入らないように。慣れないうちはなおさらだ。わかったか」
「わかりました」
 それでようやく進一郎も気がすんだらしい。
 進一郎はくるりとミチに背を向けてはしごのような階段をおりはじめた。

(ぼくだってべつに迷子になりたくてなったわけじゃない)
 ミチは頭のなかでそうつぶやいた。実際そうなのだ。
 でもミチはときどき(これは実は本人が思うほど『ときどき』ではないけれど)、こういう失敗がある。「こうしてみたらどうだろう。」と考えついてすぐさまそれを試してみて、そして見当ちがいになるときだ。
 失敗が多いわりには考えつくとすぐにやってみたくなるのだ。

 ちょうどこのときもそうだった。

 ミチは進一郎につづいてはしごみたいな階段をおりようとして、ふとあることを考えついた。それでそれを試してみた。
 隠し扉を横に引くのではなく、前に押してみたのだ。

 がちゃり、と音がして、ミチの手から引き戸が離れた。

 ミチは目を見開いた。
 引き戸が壁の向こう側へ押し開いた。
「なんだこれ」
 ミチは思わずつぶやいた。
 この扉は横に向かってスライドするはずだ。実際にほんの先ほどそうやって開いたではないか。なのにいま、まるでドアノブのある扉のように、前へ押されるかたちで開いた。
 そして開いた扉の先には通路があった。狭くて暗い通路だ。
 壁も天井も床も石でできているようだ。通路からひやりとした空気が吹いてきた。
 ミチの肩に人の手がふれた。ミチはドキッとした。
 見ると進一郎がミチのすぐそばに立っている。
 メガネの奥にある、ついさっきまで細かった一重の目が、いまは大きく見開かれていた。
 進一郎もミチとおなじ言葉をつぶやいた。
「なんだ、これは」

 その言葉でミチは気づいた。
(進一郎さんもこれを見るのは初めてなんだ。ここは進一郎さんの家なのに)

 不意にミチの頭のなかでさっきの津江さんの言葉が聞こえた。
『隠し扉から先は止めておくがええ』

(津江さんの言葉はここから先へ行くのは止せという注意だったんだ。ということは津江さんはこの場所のことを知っていたんだ。どうして住んでいる進一郎さんも知らないことを津江さんが知っているんだろう)
 ミチがそう考えたとき、通路の奥で声が聞こえた。ミチは思わず進一郎を見た。
 進一郎もミチの顔を見た。
 二人して顔を見あわせるかっこうになった。

「 あ け て 」

 ミチの心臓が飛びはねた。

「 あ け て よ ぉ 」

 舌足らずな、そして必死な様子の声。
 子どもの泣き声のように聞こえた。
(もしかしてあの声が津江さんの言ってた『アヤ』だろうか。あの子の名前かな)
 とっさにミチはそう考えた。
 が、すぐそばに立つ進一郎の考えはちがうようだ。進一郎が顔をしかめた。
「聖の声かな。」
「え。」
 ミチが聞きとがめると、進一郎は首を横にふってつぶやいた。
「いや、ちがう。聖はまだ一番御殿にいるはずだ。おれが迎えに行く前に、ひとりでもどるわけがない。だったら、あれはだれだろう」
 聖ってだれだろう、という疑問をミチが口にする前に、カタン、と音がした。
 ミチは飛びあがった。ドキドキしてふりかえると進一郎が本棚のすぐそばに置いてあった踏み台を移動させていた。
 進一郎は踏み台を階段の近くまで動かすと、その踏み台の上に乗った。
 台がみしっと音をたてた。
 進一郎が本棚のいちばん上の棚からなにかを取った。見ると懐中電灯だ。
 ミチはたずねた。
「どうして懐中電灯があるんですか」
「この部屋の電球は天井より低いだろう。だから本棚の高い位置は暗くて、あかりで照らさないと本の背表紙が読めないんだ」
 ミチは部屋の電球を見た。裸電球が部屋のまんなかにぶらさがっていた。
 たしかに、とミチは思い、それからもう一度、進一郎を見た。
「それ、どうするんですか」
「あのなかは暗い。ライトがあったほうが便利だ」
「え」

 その間にも通路の奥から舌足らずな声がとぎれとぎれに聞こえてくる。

「 ね え 、 あ け て っ て ば 」

 進一郎が懐中電灯のスイッチを入れた。
 パチッと音がして筒のかたちの端が白く光った。
 進一郎がミチに言った。
「君は外へ出て津江さんをさがして連れてきてくれ。べつに津江さんじゃなくても、ほかの大人に会ったらその人でもいい、だれでもいいから」
「進一郎さんはどうするんですか」
「放っておけないだろう。見てくる」
「でも津江さんが言ってました。進一郎さんだって小さいときに聞いたんでしょう、『隠し扉から先は止めておけ』って」
「だから行くんだよ」
 進一郎がまじめな顔で言った。
「行かないほうがいい場所へだれかが迷いこんだ。連れてくる」

 でも、と言おうとしてミチが口を開いたその一瞬――。
 本当に一瞬だけ、その場がしずけさで満ちた。
 進一郎が話しおえ、ミチはそれに反論する声をあげる寸前で流れる空気が止まり、舌足らずな声もとぎれた。
 その静けさのすぐ次の瞬間、遠くからボーンという音がかすかに聞こえた。
 縁側で聞いた時計の音だ。
 ボーン、ボーン。
 ミチは声には出さずに音を数えた。
 ……ボーン、ボーン。ぜんぶで五つだ。

 おなじことを進一郎もしたのだろう、
「五時だ」
 と言った。

「暗くなるまでにあの子を連れて出たほうがいい。いそいで見てくる」
「ぼくも一緒に行きます」
 ミチは言った。考えるよりも先に言葉がミチの口をついて出た。
 進一郎が顔をしかめた。進一郎がなにかを言う前にいそいでミチは言葉を足した。
「行く。それとも二人で一度もどって、大人を連れてくる。どっちかにしましょう。一人で行っちゃだめです。」
 なぜそう思うのか自分でもふしぎだが、とにかくミチは思ったことをそのまま口にした。

 そう、この先はのだ。
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