ひごめの赤い石

スズキマキ

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第2章 ひごめ館の人たちと、人でない者たち

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 津江さんはそういうと、ミチの手を引いて靴箱の前へ進み、ミチに靴をはくようにうながした。ミチはそうした。津江さんもさっと雪駄をはくと、ふたたびミチの手を引いてずんずんと進んだ。ミチが来た場所をたどるようにして進んだ。
「津江さん、どこへ行くんですか」
 ミチはたずねたが、津江さんはだまったまま池のほとりを通り、林を抜けて洋館、つまり色無閣の前へ出た。
 そこには竹ぼうきを手にした会長がいた。会長はすぐ津江さんとミチに気づいた。
「おお、津江さん。それにさっきの子じゃないか」
 津江さんは会長には返事をしなかった。津江さんがやったのは、一ツ目山をミチに指さすことだった。
「ミチどの、あれが見えるかえ」
「なんのことですか、『あれ』って」

 ミチは津江さんの指の先を見た。

 はじめ津江さんがなにを指しているのかわからなかった。
 一ツ目山はさっき見たときとおなじだった。
 木の葉が色づきはじめて、色落ちしたみたいなくすんだ緑色の奥に、だいだい色に変わりはじめた木々の葉が見えた。
 ざざっと風が吹いて木々がゆれた。
「あっ」
 ミチは小さく声をあげた。

 はじめに見えたのは二つの空洞だった。
 木と木のあいだに暗い洞がある。
 それはよく見なければただ単に木陰だと思うような、ごく自然な広がりだった。
(でも)とミチは思った。

 ミチにはその空洞が、大きな、すごく大きな眼孔に見えたのだ。

 ガサッと木がゆれた。
「あれは」
 ミチは口を開いては閉じ、また開いて閉じた。
 木と木がこすれあうようにして動いた。(だけど、あれは風に吹かれてゆれたわけじゃない)とミチは思った。だいたいそんなに強い風は吹いていないのだ。
 だというのに木が動いた。木の幹が動いたのだ。
 一本の木がとなりの木にぶつかるかのように動き、その奥にまた木が見えた。
 いや――木なのか、それともからみあう蔦なのかわからないような、枝と葉の塊があった。
 どれもぜんぶおなじ色だ。焦げ茶色の枝、夕日のような色の葉。

 ザザザッ、とひときわ大きな音がした。

 ミチは思わず後ろへ下がった。
 木が、からみあう枝と枝が、葉の塊が、山からゆっくりと持ちあがったのだ。
 あれは足だ、とミチは思った。

 木の枝と木の葉がからみあうようにして、かたちづくる足。
(こっちへ近づいてくる)とミチは思った。
 ミチはあわてた。逃げなくてはと考えたとたんに後ろへ下がる足がもつれて転び、しりもちをついた。
「なんだ、なにをしておるのかね、君は」
 会長の声がきこえた。
 ミチはその声のしたほうを見あげた。会長のあきれたような顔がそこにあった。
 会長のとなりに津江さんがいた。津江さんは腰をかがめてミチの頬に手でふれた。
「お前さま、あれが見えなさったえ」
「見えました。津江さん、あれはなんですか。こっちに来ようとしています」

「うん、なんだと、ちょっと待て。君、君はもしかして」
 会長のようすが変わった。
 さっきまでのあきれたような、そしてミチをバカにしたような顔が、まるで気味の悪いものを見るような顔になった。
 会長はミチから視線をはずすと、さぐるような目を津江さんに向けた。
「この子はもしかしてあの子たちとおなじものを見ているのかね」
「そう」
 津江さんがうなずくと、会長がミチの目をじろじろと無遠慮にのぞきこんだ。
「いや、しかしだね、目の色はふつうだ」
「これから変わる、かもしれぬえ」
「なんてこった。ひごめへ来るなり枯内障とは。この子の親に連絡しないと」
「それはうらがしますえ」
「ああそうかね、なんだか知らんが、君たちは知り合いのようだな、丁度いい。では津江さん、頼むよ」

 会長はさっとミチへ向き直った。
「君、いいかね。君の親に連絡するから、連絡先を津江さんに教えるんだ。そして暗くなるまで障療院にいなさい、そのまま歩くのは無理だろうからな」
「待ってください。どうしてぼくがそこへ行くんですか」
「枯内障のおそれがあるからだ」
「どうしてそんなおそれがあるんですか。枯内障ってなんですか」
「さあ、お前さま、案内してしんぜよう」
 津江さんがさっとミチの手を引いた。
 ミチは困った。
「待ってください、津江さん、どういうことですか」
「さっきの場所まで戻るえ。障療院は一番御殿のなかえ」
 津江さんが早足で歩きはじめた。
 ミチの頭のなかが疑問でいっぱいになった。
「津江さん、ぼく、わからないことがすごくいっぱいあります」
「いいかえ、お前さまはこれから障療院へ入る。夕方までそこに居や」
「五時半までですか」
 さっきの、みれのママと進一郎の言葉を思いだしてミチは言ってみた。
 津江さんがうなずいた。
「そう、障療院は五時半まで」
 それから津江さんはいきなり足を止めた。
 ミチは津江さんにぶつかりそうになり、おおいそぎで自分も足を止めた。

 津江さんがミチの顔をのぞきこんだ。
「よいかえ、お前さまは昨日うらの忠告にそむいたえ」
「ごめんなさい。でも津江さん、それより――」
「あの本はどうしたえ、『ひごめのむかしばなし』は。それもきかなかったかえ」
「本はありました。ここにあります」
 ミチは手にした小さなトートバッグを持ち上げてみせた。
「ぼくが今日もここへ来たのはこの本を津江さんに渡すためです」
「それはよかったこと。なにをきき流してもそれだけは必要なことだったえ」
 津江さんがうなずいた。
 まるで「合格。」とでもいうような顔だった。
「よいかえ、お前さまはこれから夕方までその本を読んで過ごしや。よーくお読み。たいせつなことが書いてあるえ」

 色つきのメガネの奥の、津江さんの目が強くなった。真剣な目だった。

 そのとき、あの赤い目がミチの頭のなかに浮かんだ。
 思い浮かべたとたんに背筋にぞくりとふるえが走った。
(断ってもいいんだ。)
 とミチは思った。どうしてもあの赤い目がこわいのなら、この話はぜんぶなかったことにすればいい、そう思った。

 だけどミチの口をついて出たのは、
「わかりました」
 という言葉だった。

 こんなに真剣な目をした人が言うのだから、本当に必要なことなのだ、とミチは思った。たとえどれほどこわくても。
 津江さんが言った。
「あのアヤを封じこめねばならぬ。それにはお前さまの力が必要ぞ。なにがあってもせねばならぬ。どうか力を貸しておくれ」
 ミチはうなずいた。わけもわからず、それでもうなずいた。
 そんなわけで、ミチは障療院へ入った。
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