ひごめの赤い石

スズキマキ

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第3章 障療院、そして二冊あった本

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 障療院はひごめ館の一番御殿にある。
 正面玄関を入ってすぐの廊下の奥、建物のすみっこに木の階段があり、そこから二階へ上がると、二階ぜんぶが障療院だ。津江さんがミチの手を引いて案内した。
 建物のなかは外とちがって、柱だけが赤い。
 そしてこの赤もついさいきん塗ったような、あざやかな赤だった。

 階段をあがりながらミチはふと天井を見あげた。
 天井には絵が描いてあった。
 大きな円のなかに満開の桜の絵、その先にまた大きな円があって、緑の葉がしげる木の絵、さらに階段をあがるとまたまた大きな円があって、なかに紅葉した木の絵。
 どうやら四季おりおりの絵のようだ。
 古い日本画みたいな絵。
 描いた当時は華やかに感じる絵だったかもしれないが、建物とともに古びた絵は、見ているミチにのしかかってくるようだった。

 ミチはふと気が重くなった。
 
 視線を上から前へもどしてミチは津江さんにたずねた。
「ぼくは枯内障というものになったんですか」
「ちがう。お前さまのは“ふり”」
「聖くんとおなじですか」
「ちがう。あっちのは“まね”」
「だったらおなじでしょう」
「いいや、ちがうぞな。聖はアヤ、お前さまは、うらの見立てでは寄主よりぬしぞ」
「よりぬし」
 また知らない言葉出てきた、とミチは思った。
「なんですか、それ」
「アヤはアヤだけでは出てこれぬ。かならず何者かと出会う必要がある。お前さま、サナダムシは知っておるかえ」
「さなだむし。寄生虫のことですか」
「そう。アヤもそれとおなじ。寄る者がいてはじめてあらわれるのよ」
「あっ」
 ミチの顔からさっと血の気が引いた。
「それって、ぼくや進一郎さんがあそこへ行かなけば、アヤは出てこられなかったということですか」
 しまった、とミチは思った。
 だけどいまさらだった。
 昨日のうちにちゃんと津江さんの忠告を受け入れていれば、進一郎が書庫から先へ行くのをもっと真剣に止めていれば、あの床に描かれた大きな赤い目と目を合わさなければ――つぎからつぎへと『こうしておけばよかった』場面が思い浮かんだ。
 ミチより二歩先に階段をあがりおえた津江さんが振りかえってミチを見おろした。
「お前さまがおそらくいま考えておるようなことは、“はずれ”」
「はずれ、ですか」
「それとも“考えちがい”とか“誤解”とかいうのかえ」
「ちがうんですか。ぼくがもっと、ちゃんと津江さんの言うことをきけば、よかったんでしょう」
「お前さまがここへ来るよりもはじまりのほうが早かった」
「どういうことですか」
「残念ながら、お前さまにことの次第をすべて話す時間がないぞな。うらはこれからナナカマドウシに会うゆえ」
「なんですかそれ、ななかま、ななかまど、ええと」

「さあ、ここが障療院」

 階段の先に細い廊下があり、廊下にそって横開きの木の扉がたくさん並んでいた。津江さんが一枚の扉をカラカラと開いた。
 扉のなかをのぞいたミチが最初に見たのは、飛んでくるドッジボールだった。
 ミチはあわててボールをキャッチした。
快斗かいとくん、ボールこっちで投げちゃだめだよ」
 大人の男の声がした。
 それに返事をするでもなく、ミチのそばに三年生か四年生くらいの男子がかけより両手をさしだした。
 ミチはボールをそいつに向かって投げた。
「ありがとっ」
 男子は歯をみせてわらうとくるりと振りかえり、受けとったばかりのボールをまた投げた。全力投球だ。部屋のまんなかで長机に向かって座る女子が、顔をしかめた。紺色のセーラー服を着ている。中学生だ、と解は思った。
 その子は快斗と呼ばれた男子に向かって、
「快斗、あぶない。向こうでやってよ」
 と文句を言った。
「うるさい、さえ
「そっちがうるさい」
「快斗、遊戯室行こう」
 ボールをキャッチした男子が快斗に声をかけ、二人が走りだした。
 どこにでもあるような、元気の余った男子とまじめな女子のやりあう光景だ。

(ここが障療院、ぜんぜんふつうの場所だ)
 ミチが内心で首をかしげる間に、津江さんが扉近くのカウンターの奥にいる大人に向かって声をかけた。
 大人といってもミチにはその人が大学生くらいに見える。
 はじめに快斗を注意した人だ。
砂森すなもりどの、この子はミチどの。転入生え」
 グリーンのシャツを着た、砂森と呼ばれた男がにこっとわらってミチを見た。
 ミチはぺこりと頭を下げた。
「仕田道生です」
「道生くんでミチくん。はじめまして。ひごめ南小、それとも北小ですか」
「南です」
「枯内障かもしれぬえ。五時半までここへ置いてくりゃれ。うらが向かえに来るえ」
「津江さんはさっき会長に、ぼくの親へ連絡す――」
 連絡するって言いました、とミチが最後まで言うより先に、津江さんの手がミチの口をさっとふさいだ。(だまっていろということだろうか)とミチは気づいて、声を出すのを止めた。
 すると津江さんはミチの口から手を離し、さっさと扉の外へ向かって早足で歩いて行ってしまった。

 その背中を見送るミチへ砂森が声をかけた。
「ミチくん、かんたんに中を案内するよ。まずここが学習室。みんなで集まって話をしたり、おやつを食べたり、あるいは学校の宿題をやる子はここでやります」
 ミチの頭のなかに、引っ越す前まで住んだ東京で三年生まで通った、学童クラブが浮かんだ。あそこに似た雰囲気の場所だと思った。
 砂森が部屋の端を指さした。
「あっちにロッカーがあるでしょう、みんなここへ来たらまず、ロッカーにカバンやランドセルをしまいます」
「小学校からまっすぐにここへ来るんですか」
「うん、小学生も中学生もそうしているね」
「中学生も」
 ミチはさっと紗と呼ばれたセーラー服の女子へ目を走らせた。その視線に気づいたのか砂森がうなずいて言った。
「中学生も。ミチ君は今日、持ちものはそのトートバッグだけかな」
「はい、一度うちへ帰ってからここへ来たので」
「そのバッグは置いておきますか。ロッカーに空きがあるよ」
「今日はいいです、これを読みたいので」
 ミチがトートバッグのなかから『ひごめのむかしばなし』をのぞかせてみせると、砂森は「あれ」という顔になった。
「それ、古いやつだね。さいきんのと表紙がちがう」
「古いやつ、ですか」
「そう。ここの図書室に新しいのがあるよ。来てごらん」

 砂森が歩きだしたのでミチはそのあとをついていった。
 学習室の奥にまた横開きの扉が一面に並んでいた。
 砂森がそこを開けると奥には広い窓があり、その右側の壁ぞいに本棚が見えた。
 部屋のまんなかにも本棚がいくつか、こちらはほどほどに低いものが並んで、その横に机があった。
 メガネをかけた低学年の男の子がいる。熱心にマンガを読んでいるようで、ミチと砂森が入ってきても顔もあげなかった。その子の席から一つ空けて座っている女子は反対にパッと顔をあげてミチをながめた。
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