ひごめの赤い石

スズキマキ

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第3章 障療院、そして二冊あった本

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「ひごめのむかしばなし・その一、観音さまと赤い墨」

 鎌倉に将軍さまがいた御代みよのことです。

 ある年、はげしい嵐のあくる朝に、ひとかかえほどもある大きな水晶が■■ね池のほとりにあらわれました。
 それは美しく光り、甘やかな良い香りがしました。
 そのころ阿東寺あとうじにいた一人のお坊さんがふしぎな夢をみました。
 枕元に観音さまがお出ましになり、
「■■ね池の水晶に私の姿を刻むように。私はふたたび池にもどり、人々を見守っていくことにしよう」
 と、いうのです。
 お坊さんはお告げのとおり水晶に観音像を刻みました。
 そしてそれを小舟で池の真ん中まで運びました。
 すると、観音像がひとりでに動きはじめました。ゆっくりと宙に浮かび、きらきら光りを放つと、しずかに池に沈んでいったのです。
 それ以来、土地の人々は池にむかって願いごとを熱心に祈るようになりました。

 このことがあってから二十年ほど後のことです。
 ひごめの荘園をとりしきる地頭のもとで一人の娘が育ちました。かがやくように美しいことから晶姫あきひめと呼ばれました。
 地頭はすぐれた若者を姫の許婚いいなずけビに選びました。
 二人はとても仲むつまじい夫婦となりました。
 ところが姫の夫となった人が、病にかかってしまいました。肌にたくさんの水疱がふくれあがり、高い熱を出してうわごとをつぶやくのです。
 晶姫は看病のかたわらで、■■ね池の観音さまに向かって、夫が快方するようにと熱心に祈りました。毎日、毎日、心を込めて祈りつづけました。
 しかし夫は日増しに弱っていきます。
 十日目に晶姫は願いを墨で紙に書くとその紙を石で包み、池に向かって投げました。そうすれば観音さまに願いがとどくかもしれませんから。
 その日、お医者さまが、いよいよもって夫の具合は悪いと晶姫に告げました。

 がっくりと気落ちした晶姫の元に、夜遅く、観音さまがあらわれました。
 観音さまはいいました。
「黒い文字がよくないのだ。赤い石を見つけなさい。その石を砕き粉にし墨のように使うがいい。そしてもう一度、願かけをするのだ。夜明けまでにできれば、そなたの願いをかなえてあげよう」
 ハッと目ざめた晶姫はいそいで床をはなれました。
 晶姫は赤い石のお守りを持っていました。地頭の家に代々伝わるものでした。
 それは大昔にこの土地で採れたという、ひごめ石というふしぎな石でした。
 晶姫はその石を槌で砕きました。赤い粉ができました。それを膠水にかわみずで溶くと、墨のようにして紙に文字を書きました。

 晶姫は池のほとりまで走りました。東の空が濃い夜の色からうっすらと変わりはじめました。晶姫はいそいで足元にあった小石を拾うと、願いごとを書いた紙で包んで池の真ん中に向かって投げました。
 すると、池が渦巻きました。ゴウッと音を立てて水が波打ちました。
「たしかにかなえよう」
 どこからか声がしました。そしてあたりはゆっくりと明るくなっていきました。
 夜が明けたのです。

 屋敷にもどった晶姫を、なんと床から起きあがった夫が迎えました。
 二人は■■ね池に観音さまのためのお堂を建て、毎日欠かさずお参りをするようになりました。信心深い夫婦となって末永くしあわせに暮らしたということです。
 このことがあったのち、ひごめの人々は、だいじな願いごとを赤い文字で書くようになりました。その紙を石に包んで水底の観音さまにむかって投げるのです。
 紙が池に沈めば願いごとがかなう、という言い伝えがのこっています。


   *   *   *   *   * 


 読みおえたミチは首をかしげた。
 まず、気になったのは、
(どうして字がつぶれているんだろう)
 ということだった。『■■ね池』はめがね池のことだろう。
(ふつうにめがね池と書けばいいのに。それともべつの字が入るんだろうか)
 と、思った。
 だが、とにかく、みれがやろうとしたことはよくわかった。
 赤いマジックペンを使った理由もわかった。この言い伝えのとおりにしたいのだ。

 宿題の時間がおわると、ミチはみれにそのことをたずねた。みれがうなずいた。
「うん、そう」
「みれちゃんの願いごとは、なに」
 解はたずねた。
 そのとたん、はにかんだ笑みがみれの顔に浮かんだ。
「ないしょ、言わなーい」
 だけど笑みはあっという間に消えた。みれの眉毛がしょんぼりと下がった。
「でもだめなの」
「どうして」

「あの鳥がいつもじゃまするの」

 ミチはみれの顔をまじまじと見つめた。
 みれは頬をふくらませ、小さく唇をとがらせた。そしてつづけた。
「いつもそうなの。ふつうの子が“お願い”するのはいいのに、ここの子が“お願い”しようとすると、さっきみたいに鳥がたくさん飛んできてじゃまするの。みれ、何度も投げてみたけど、ぜんぶだめだった」
「待って、みれちゃん。みれちゃんにはさっきの黄色い鳥が見えたのか」
「うん。みれだけじゃないよ。ね、紗ちゃん」
 みれが紗に声をかけた。
 紗はいやそうな顔をしてミチとみれを横目でじろっとにらんだ。返事はなかった。
 みれは平気な顔だ。
 ミチはいそいで話を進めた。
「みれちゃんや紗ちゃんには、あの鳥がみれちゃんの紙をビリビリにしたのが見えた。そのあとぼくにぶつかってきたのも」
「紗ちゃんはああいうのに慣れているの。みれもあの鳥につつかれたことがあるよ。こわくて泣いちゃったけど、みれのことも紗ちゃんが助けてくれたの」

 横からべつの声がした。
「あいつら、オレらの投げた石をぜったいキャッチするくせに、こっちがあいつらをねらって投げても当たらないんだよ。すっごく上手く避けるんだ」
 快斗だった。
 ミチは快斗にたずねた。
「あの鳥に向かって石を投げたことがあるのか」
「だってむかつくじゃん。あいつらじゃまばっかりしてくるもん。一回、空来と作戦を立てたことがあるんだ。空来があいつらの相手をする間にオレがボール投げた。オレ、コントロールいいんだよ」
「さっきはぼくに向かってボールが飛んできた」
 ミチが言うと快斗がニッとわらった。それでミチは気づいた。あれはボールがそれて飛んできたんじゃなくて、扉が開くのを見計らってねらって投げたのだ。
「ミチ、ちゃんとキャッチしたじゃん」
「あぶないよ、それはともかく、快斗と空来の二人で鳥をねらったことがあるのか」
 ごく自然におたがい呼び捨てになり、しかしミチは正直いって呼びかたを気にするどころではなかった。

「あの鳥はみんなに見えるんだね。それって、変だ」
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