ひごめの赤い石

スズキマキ

文字の大きさ
20 / 55
第3章 障療院、そして二冊あった本

20

しおりを挟む
「だってオレらみんな枯内障じゃん、そりゃ変に決まってるよ、だから学校のあとでここへ来るんだろ」
「ちがう、ぼくが言いたいのはそうじゃない」
 ミチはいそいで自分の考えにぴったりの言葉をさがした。
「幻覚じゃない。ちがう。幻覚ってみんながバラバラに見るものだよ。快斗も空来もおなじ鳥を見た。一羽の鳥の動きが、快斗にも空来にも同時に見えた」
「一羽じゃなかったぞ、たくさんだった」
「それはどっちでもいいけど、いや、ちがう、快斗にも空来にもたくさん見えたんだから、やっぱりおなじものを見たってことになる。それから、さっきぼくが見たものだって、紗ちゃんにもみれちゃんにも見えた」
 ミチはパーカーの袖をまくった。
 さっきの傷、細いみみずばれになったあとが出てきた。
「快斗、これは?」
「見える」
 快斗はうなずいた。当然という顔だ。
 ミチは快斗の顔をのぞきこんだ。快斗もおなじ目だ。枯草のような色で、そこには見えるはずの瞳がない。
 快斗が言った。
「あいつにつつかれたあとだろ、わかる、オレもよくそうなるもん」
「幻覚じゃないよ」
 ミチは言った。
「みんなが幻覚を見ているんじゃない、目がおかしいのはぼくらじゃない。ぼくら以外の人たちだ。実際に存在するものが見えていないんだ」

「どうしてそのほんを、きみがもっているの」

 不意にミチのすぐそばで声がした。少しだけ舌足らずな声。
 ミチの体がビクンとはねた。いそいで後ろを見ると、そこに聖がいた。
 聖が背後からミチの手元をのぞきこんでいた。

 ミチは(あっ)と思った。
 自分がまちがえたことを、聖の視線で知った。
 しまったと思った。
 聖が見ているのは古い本だ。

(ぼくが津江さんに読めっていわれたのは古いほうの『ひごめのむかしばなし』だ。古い方を読まなきゃだめなんだ)

 聖が手をのばした。
(黒い――)
 一瞬、ミチの目には聖の手のひらが黒く見えた。
 なにか煤のようなものがついている、いや、ちがう、まるで聖の手自体が黒い物体みたいに見えたのだ。
 とっさにミチは古いほうの本を抱えて思いきり机の足をけとばした。椅子の車輪が回転して勢いよく後ろへ移動した。
 机に向かってのびた聖の手が、そのまま長机にふれた。
 ただ単にふれただけではなかった。
 みるみるうちに机が黒くなっていった。
 聖の手がふれた面から一気に変色がひろがり、そしていやなにおいがぶわっと立ちこめた。それと同時に机の面も四本の足もくずれはじめた。まるで――
(机が、腐った。まさかそんな、でも)
 と、ミチは思った。腐ったのでなければカビが覆いつくして、机そのものをカビに変えたようだった。
 その場にいる全員が目を大きく見開いてその光景を見守った。
 ミチ以外は。

 みんなが聖に気をとられている間にミチは椅子から立ちあがった。
 そして本を片手に駆けだした。
「ミチくん!」
 砂森のあわてた声がミチを追いかけた。みれの泣き出す声も聞こえた。が、ミチは後ろを振り返らなかった。
 聖がなにをのか、みんな目にしたけど、聖がなにをのかに気づいたのはミチだけだ。
(この本をねらったんだ。聖が狙ったのはホントは机じゃなくて、この本だ。これをどうにかしたいんだ。)
 ミチは障療院をとびだした。

(どこかでこの本を読まなきゃ。いそいで読まなきゃ。
 どうしよう、どこへ行こう。)
 ミチはきょろきょろとあたりを見回した。そしてそのとき横から声がした。
「奥へ行けっ」
 ミチは声のしたほうを見た。そして思わず目を見開いた。

 廊下の柱に彫刻がほどこしてある。鳥の彫刻。たくさんの黄色い鳥。
 ついさっきミチを、ミチというかみれの投げた紙をおそったやつ、そしてあの壁画に描かれていたやつだ。
 柱のまんなかにひときわ大きな鳥が彫られていた。
 目とくちばしが赤く塗ってある。
 その赤い目がミチを見ていた。
「ほれ、早く行かんかい、あいつが追ってくるぞっ」
 ミチは口をパクパクさせた。
 なにか言おうとして、でもうまく言葉が出てこなかった。
 クエッという鳴き声が鳥のくちばしから飛びだした。そしてまた声が。
「坊主、おい、ほうけているヒマなどないぞっ。すぐにあいつが追いかけてくるぞっ。このあほうめ、さっさと足を動かせっ、でないとばさっきのように突きまわすぞっ。いやなら走らんかいっ」
「さっきのように、って」
 ミチは混乱した。
「さっきってさっきですか。あの鳥、いえ、あなたはここから出て外へ飛んで行ってまたもどってきたんですか」
「ええい、話のわからんやつだぞっ。そんなこといまはどうでもいいのだ、とっとと行けえっ」
 ミチはハッとした。
 たしかに黄色い鳥のいうとおりだ。
 ミチは本を手に廊下を走った。前のめりに走った。
 廊下はよく手入れされていたので靴下が床に着くたびにつるつるした。ミチはそれも利用してスケートみたいに足をすべらせながら走った。
 廊下のつきあたりまで来てそこを曲がると、ミチはさらに走った。
 さっきの声がまた聞こえた。
「その扉だぞっ」
 廊下のまんなかに横開きの扉があった。ここの廊下は障療院のスペースをぐるりと囲むようになっていた。目の前の扉は建物の外側へ向かってとりつけてある。
 ミチはその扉をカラカラと開いた。
 扉を開けた瞬間にミチは耳をそばだてた。そしてドキッとした。足音が聞こえる。
 キュキュっと廊下の床板を踏む音だ。とても軽い。
(聖くんだ。追いかけてきた)
 ミチの心臓がすごく速い鼓動を鳴らした。壊れるかと思うくらい速い。

 扉の先には長い渡り廊下があった。ところどころ曲がりくねっている。
 ミチはいそいで扉を閉めるとふたたび走りだした。廊下に窓があって外が見えた。山に向かって進んでいるのがわかった。
 突き当りにまた扉だ。ミチはそこも開けた。
 どうやらさっきの御殿とはべつの建物につながっていたようだ。
 古くさくてすえた土のようなにおいが鼻をついた。あたりは暗かった。
 ミチは壁に手をそえた。壁ぞいを進むしかないようだ。
 しめっぽい壁はすぐに木の枠になりガラスになった。窓ぎわだ。
(窓があるのにどうしてこんなに暗いんだろう)
 そう考えながら、ミチは床に足のうらをくっつけたまま進んだ。スピードが落ちたぶん、自分の心臓の音がいっそう大きく聞こえた。
 手さぐりで進むと、やがて角にたどりついた。
(とにかく出口をさがそう。こんなに暗くちゃ本が読めない。それに――)

 パチン、という音がかすかに聞こえた。
 あたりがぱっと明るくなった。ミチは思わずうしろを振りかえった。

 そこに聖がいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

【奨励賞】おとぎの店の白雪姫

ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】 母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。 ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし! そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。 小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり! 他のサイトにも掲載しています。 表紙イラストは今市阿寒様です。 絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

まぼろしのミッドナイトスクール

木野もくば
児童書・童話
深夜0時ちょうどに突然あらわれる不思議な学校。そこには、不思議な先生と生徒たちがいました。飼い猫との最後に後悔がある青年……。深い森の中で道に迷う少女……。人間に恋をした水の神さま……。それぞれの道に迷い、そして誰かと誰かの想いがつながったとき、暗闇の空に光る星くずの方から学校のチャイムが鳴り響いてくるのでした。

ナナの初めてのお料理

いぬぬっこ
児童書・童話
ナナは七歳の女の子。 ある日、ナナはお母さんが仕事から帰ってくるのを待っていました。 けれど、お母さんが帰ってくる前に、ナナのお腹はペコペコになってしまいました。 もう我慢できそうにありません。 だというのに、冷蔵庫の中には、すぐ食べれるものがありません。 ーーそうだ、お母さんのマネをして、自分で作ろう! ナナは、初めて自分一人で料理をすることを決めたのでした。 これは、ある日のナナのお留守番の様子です。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

処理中です...