ひごめの赤い石

スズキマキ

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第4章 木でも獣でもない者たち

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 ミチは片方の腕で顔をおおった。袖に木の葉や小枝があたる気配がした。ビリッという音もした。袖になにかひっかかって生地がやぶれたのだ。
 それでもミチはもう片方の手で本をにぎりしめた。
(ぜったい離しちゃだめだ)
 体がくるっと前に一回転した。どしん、とミチはしりもちをついた。
 大きな木の洞のなかはそれほどの深さではないようだ。ミチは一瞬そう考えたが、すぐにそれがまちがいであることに気づくはめになった。腰をあげてそろそろと一歩踏みだした途端にたたらを踏んだのだ。
「うわあーっ」
 ミチは思わず声をあげた。いそいで体を引いたが間にあわない。ミチは洞のなかをすべりおりた。いままで遊んだことのあるどんなすべり台よりも急な角度の滑降だ。足をふんばろうとしたが無理だった。
 ミチは一気に洞のいちばん下までおりた。
 どしん、とミチはふたたびしりもちをついた。
 腕もおしりも足も、あちこちが痛んだ。ヒリヒリしたりビリビリする痛みだ。でもぜんぶかすり傷だ。
 ミチはいそいで腕をおろしてあたりを見回した。暗いけど真っ暗じゃない。
 あちこちから無数の小さな光がさしていた。

(なんだかまるですごく大きなカゴのなかにいるみたいだ)

 木の枝や蔦がからまってできたカゴだ。
 小さなすきまがたくさんある。そのすきまから外の光が入ってくる。
 ミチはきょろきょろとまわりを見回した。
 大きな、すごく大きな空洞が広がっている。ミチがいるほかはなにもなかった。
「胃袋のなかじゃないのかな」
 ミチは声にだしてつぶやいてみた。声をあげてみることで、いまどこにいるのかを確認してみたかった。
 すると、洞のなかで空気が流れた。上からミチのいる場所に向かって風が吹いて、ゴウッという低い音がひびいた。

 それに混ざって声が聞こえた。
「ちがうね、なぜなら私は胃袋というものを持ち合わせていないからね」

 ミチはギョッとした。
 声はミチのいる空間ぜんぶにひびいた。低くてなめらかな男の声は、耳で聞くというよりもミチのお腹に振動として伝わってきた。映画館みたいだとミチは感じた。
 チェロ、とミチは思った。「セロ弾きのゴーシュ」のある場面が、とっさに、頭のなかに浮かんだ。野ねずみの子がゴーシュのセロ(チェロ)のなかに入るくだりの、あの場面だ。
 楽器のなかで楽器の音を聞くと、こんなひびきになるのではないだろうか。
 その声がまた聞こえた。
「いや、きみの話は保留だね」
「保留ってなんですか」
 ミチはたずねた。すると、その場にひびいたのは、
「この子はきみには渡さない、いますぐにはね。なにしろ津江さんの頼みだから」
 という言葉だった。
 ミチは気づいた。いまの言葉はミチへでなく、べつの者への返事だ。声の主はいま外にいる聖と話をしているのだ。ミチはドキドキした。そして同時に、希望がさっとわきおこった。この山のような、森のような、へんてこなやつは、どうも津江さんを知っているようだ。

 ミチは津江さんがわかれるときに語った言葉を思いだしてつぶやいた。
「たしか、ナナカマナントカ」
「きみ、勝手にぼくの名前を変えないでほしいね。ナナカマドウシだ。ナントカってなんだね。ああ、よくわからないもののことか」

 今度の声はミチへの返事のようだ。そいつは言葉をつづけた。
「それなら一概にまちがっているわけではないね。私だって私のことがよくわかっているわけではない。ふうむ、しかし果たして、みずからに対して理解のあるものなど一体どれほど存在するのだろうね。これは私たちアヤだけではなく人間もね。ああ、いや、きみへ言ったわけじゃない。私のなかへ入った子どもとの話だよ」
 今度の「きみ」というのはどうやら聖のことらしい。
 だがそれよりも、その前の言葉に反応して、ミチの心臓が強くはねた。
「アヤ、いまアヤっていった」
「いいや、きみの頼みと津江さんの頼みなら、津江さんが優先だね。なぜなら私は、きみよりも先に津江さんと話をしたのだし、引き受けたのだから。ああ、そうだよ、私たちはアヤだ。きみはアヤを知っているのかね。もしかして、津江さんからきいているのか」

 ナナカマドウシの言葉は聖に向かったかと思うとミチに向かった。
 混線状態だ。そのためミチにはわかりにくかった。
 それでも、ミチのききたいことへの返事だけはしっかりと受けとった。――アヤ。

 ミチがそれに反応するより早く、ナナカマドウシが言った。
「津江さんがアヤへ、集まるように声をかけてまわっている。私は行く。きみはどうするね、話をするなら皆にしたほうがよいと私なら考えるがね。ふむ、そうか、では一緒に行こう。」
 これはどうも聖へかけた言葉であったようだ。そのすぐあとにズシン、と地響きがミチをおそった。強いたてゆれだ。
 ズシン、ズシン、ズシン、と何度もゆれがおそった。
 ミチはひっくりかえった。本をぎゅっとつかんだ。
 どうやらナナカマドウシが歩きだしたようだ。

 ミチはパーカーのえりもとから、おなかのなかへ本をしまった。そしてパーカーの裾をチノパンのなかへしっかりとたくしこんだ。これで両手が使えるようになった。ミチは木登りをするようにして、ナナカマドウシのなかをよじのぼりはじめた。
 枝や蔦のすきまからさしこむ日光をたよりに、足場になりそうな、枝の出っぱりやくぼみをさがして手をのばし、足をかけ、落っこちないように気をつけながら上へ進んだ。
 その間にもズシン、ズシンというゆれはつづく。
 落ちたら大変なことになる、と考えてミチはぎゅーっと手に力をこめた。

 木の洞のなかで、ナナカマドウシの声がひびいた。
「ふむ、くすぐったい。きみ、できればじっとしてほしいものだね」
「ごめんなさい」
 謝りはしたものの、ミチは動きつづけた。外が見たいと思ったのだ。
 ほどなくしてミチの手が段差にたどりついた。一回目のしりもちをついた場所だ。ミチは外から見たナナカマドウシの風貌を思い浮かべた。
(ここは首かな。だとしたらここから先が頭の部分だ、たぶん)
 よじのぼってその段差に膝をつくと、上のほうにひときわ大きく二か所、光がさしこむ場所があった。
(目だ)とミチは気づいた。

「あそこから外が見える」
 と、ミチは声に出してつぶやいた。すると、
「ふうむ、きみは外が見たいのかね」
 と、ナナカマドウシが言った。
 ミチはうなずいた。そしてすぐに、うなずくだけではナナカマドウシがわからないだろうと気づいた。ミチは声をだした。
「はい。外が見たいです」
「なぜかね」
 一瞬ミチは口ごもったが、いそいで頭と口を動かした。
「なにが起きているのか、どこへ行くのか、自分の目でたしかめたいからです」
「ふむ」
 ずしん、というゆれが止まった。ナナカマドウシが歩みを止めたらしい。
「目は私にもある。きみたちのような眼球こそないが、見ることに支障はない。それでは不足かね」
「ナナカマドウシさんに不足とかじゃないです、ぼくが自分の目で見たいだけです」
 ミチはおおいそぎで頭と口を動かした。
「さっきぼくは障療院で枯内障だといわれました。枯内障の子は、ふつうの子には見えないものが見える、ぼくが見た黄色い鳥は、砂森さんという人には見えない、そういわれました」
「黄色い鳥、ふむ、それはイチョウのことかね」
「イチョウ」
 ミチはその言葉を口のなかで転がした。イチョウ、銀杏いちょう
 そして「あっ。」と思った。
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