ひごめの赤い石

スズキマキ

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第4章 木でも獣でもない者たち

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 読みすすめるにつれてミチの頭のなかに、ひごめに来てから見聞きしたさまざまなことが浮かんだ。
 池で見たもの、進一郎と一緒に入った書庫の先。
 石の床で見た大きな赤い目。
 津江さんの言葉。
 新しいほうの『ひごめのむかしばなし』のなかの、伏せ字だった池の名前。
 大昔はべつの呼び方をしたようだという会長の言葉。
(■■ね池って『見まね』池だったんだ。めがね池は、きっと後になってからの呼び方なんだ)
 
ミチはつぶやいた。
「どうしてこの話は新しいほうの本に載せなかったんだろう」
 そばで進一郎がいぶかしげな顔をした。
「なんの話だ。新しい本も古い本も中身はおなじだ、ぜんぶおなじ話だろう」
「えっ」
 ミチは進一郎をまじまじと見つめた。
「進一郎さんはこっちの本を読んだことがありますか」
「読まないよ。おなじ本を小学校でもらったのに、なぜわざわざ両方を読まなければいけないんだ」
「ちがいます、おなじじゃない」

 ミチはそのことを説明しようとしたが、それを言葉にするよりもほんの少し早く、ずしん、というゆれが止まった。
 ゴウッと空気が鳴った。ナナカマドウシの体の底から外へ向かって風が吹き抜け、ミチと進一郎の髪の毛をゆらした。
 ナナカマドウシが言った。
「おや、集まりにしては少ないな。あとからまだ来るのか、それとも私が最後かね」
 すると、ミチが聞いたことのある声が返ってきた。
「おぬしがいちばん最後だ。おそいっ、まったくおそいぞナナカマドウシ。どでかい図体をしてなんでそんなにおそいのだっ。おぬしの歩幅はだれよりも長いのに。大方要らぬことを考えこんでおそくなったのだろう、いつもそうだっ。」
 それは二番御殿できいた声だった。
 ミチはいそいでナナカマドウシの口のすきまに顔をよせて外を見た。するとナナカマドウシの口が大きく開いた。そしてナナカマドウシの体の底のほうからふたたび、ゴウッと風が吹いた。

「きみときみ、出るといい――アヤが集まった。集まったといっても、わずかだが」

 ミチは思わず進一郎と顔を見あわせた。でもそれはほんの一瞬だった。
 進一郎が外を向いた。そしてミチを手で制した。
「おれが行く。きみはここで待て」
 ミチは抗議した。
「どうしてですか、ぼくも行きます」
「危険かもしれない」
「進一郎さんだっておなじだ」
「きみは子どもだ」
「進一郎さんだって子どもでしょう」
 ミチの言葉に対して進一郎はあからさまにムッとした顔になった。
「小学生に子ども扱いされる筋合いはない。とにかく待てといったら待て、出るな」
「昨日といい今日といい、どうしてそんなに頭ごなしなんですか」
 進一郎はまるで当然という顔で言った。
「昨日も今日も、きみがおかしいからだ」
「ぼくはおかしくない。ううん、おかしいのかもしれないけど、進一郎さんが怒るのだっておかしいです」
「なんだと」
 そのとき、らちのあかない二人のやりとりに、割って入る声があった。

「二人とも昨日はじめて会ったばかりなのに仲の良いことえ。けれどいまはお前さまたちの話は置いてくりゃれ」
 津江さんの声だ。

 ミチはおおいそぎでナナカマドの口から外を見た。
 そこに津江さんが立っていた。
 こうなるとたしかに口論をしている場合ではない。ミチは動いた。
「あっ、待てっ、出るなと言っただろうっ」
 進一郎の叫ぶ声をあとに、ミチはナナカマドウシのなかから飛びだした。
 すぐに進一郎も追ってきた。
 頭上から声がふってきた。
「なんださっきの子どもかっ。ちゃんと二番御殿から出られたのか、ふんっ、わしに感謝しろよ」
 ミチは声のするほうを見あげた。
 それは銀杏の木だった。黄色く色づいた葉がゆれている。
 だけどミチはすぐに気づいた。
(ちがう、ただの木じゃない)

 それは禿げた木の枝に連なる黄色い鳥の群れだった。
 一枚一枚の羽根がすべて銀杏の葉でできた鳥の群れだ。そうやって木の枝にとまっていると本物の銀杏に見える、というよりもそうとしか見えないくらいだ。
 なかの一羽が翼を広げ、風に乗ってミチのそばへ下りてきた。
「ふん、ケガはないようだ。人間の子どもにしてはよくやったっ。だがわしが珍しくほめたからといっていい気になるなよ小僧っ」

 そばで進一郎の声がした。
「これはなんだ。おれはいまなにを見ているんだ」
 ミチは進一郎の顔に視線を走らせた。すごく怒った顔をしている。
 が、ミチは気づいた。
(もしかしてこの人は、ビックリすると怒ったような顔になるのか)
 とにかく、進一郎もミチとおなじものを見ておなじ声を聞いたのはまちがいない。

 津江さんがおもむろに口調をあらためた。
「――はじめるぞえ」
 途端に、その場の空気がぴーんと張りつめた。
 ミチは背筋がサッとのびるのを感じた。

 ゴウッと風が吹き、ナナカマドウシが津江さんにたずねた。
「イチョウ、このわたしナナカマドウシ、それに津江さん。ふうむ、集まったのは、これだけかね」
 津江さんがうなずいた。
「声をかけたが、来ない者のほうが多いえ。皆、かかわりたくないぞな」
「ふうむ、無理もない。カゲイシオオカミには声をかけたのかね」
「かけたえ」
「なんだとっ、バカなっ」
 イチョウが叫んだ。
「あいつは危険だっ。なにを考えているのかわからんやつだぞっ」
「カゲイシオオカミが安全な者だとは、うらも思わぬ」
「ではなぜ声をかけたのだっ、あのようなやつはおらぬほうがよいのだぞっ」
「うらはそうは思わぬえ」
 津江さんはしずかに、だけどはっきりとした声で言った。
「だれにも、その者だけが負う役割があるぞな。カゲイシオオカミにはカゲイシオオカミなりに果たすべきことがあるえ。この話にはカゲイシオオカミも必要え」
「いくら津江さんの話でも承服しかねるわっ。あのごろつきに一体どんな役割があるというのかっ」
「それはわからぬ。」
 津江さんはあっさりと言った。
「そんなに何でもわかれば苦労はせぬぞな。だがとにかく、うらはカゲイシオオカミにも皆にした話をして、そしてカゲイシオオカミはこの集まりに来なんだ、それだけのこと――さて」

 津江さんがミチと進一郎のそばに近づいた。
 はじめにミチの左手をとった。ミチはハッとした。手首にはあの赤い目のかたちのアザが浮かび上がっていた。
 津江さんはうなずき、今度は反対側の手で進一郎の手をとった。進一郎の手首にもおなじかたちのアザがある。ミチよりも、一層くっきりとあざやかに浮かびあがったアザだ。
 進一郎は津江さんにつかまれて目線の高さまで上がった自分の手首を見て、大きく目を見開いた。
 そしてつぶやいた。
「こんなアザ、いつの間に」
 どうやら進一郎はいまはじめて手首に生じたものに気づいたらしい。
(こんなにはっきりしたアザなのに)とミチは思った。
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