ひごめの赤い石

スズキマキ

文字の大きさ
25 / 55
第4章 木でも獣でもない者たち

25

しおりを挟む
 『ひごめのむかしばなし・その七、かんなぎと池の化けもの』

 むかしむかし、見まね池は一つだけの池でした。人々は見まね池で水を汲み、その水で煮炊きをし、畑に水をやって暮らしていました。

 いつのころか、この池に化けものがみつきました。

 化けものは大きな赤い一つだけの目で水みにおとずれる人をじっと見ます。
 そしてそれに気づいて大きな赤い目を見つめかえした人に化けるのです。
 自分が二人になったら、だれでもびっくりしますね。

 おどろいた人が、
「なんだ、お前は」
 とつぶやくと、化けものも、
「なんだ、おまえは」
 と、言うのです。

「どこから来たのだ」
「どこからきたのだ」
「何者だ」
「なにものだ」
 こんな調子です。見まね池という名前は、化けものが見よう見まねで人間に化けることから、この名前がついたのです。

 そしてこれは、とても悪いものでした。

 いつまでもおなじ言葉が返ってくることにしびれを切らした人が、
「なんだい、きみの悪いやつ」
 と言うと、
「なんだい、きみのわるいやつ」
 と返します。
 するとその人の顔はまるでヘビのように目が離れ、口が裂けて気味の悪い顔になってしまうのです。
 化けものに向かって「いやなやつめ」といえば、その人はいつもいやなことばかり言う人になり、化けものに向かって「どこかへ行ってしまえ」とさけべば、その人は村を出るはめになりました。
「くたばってしまえ」と言ったために、次の日に死んでしまった人までいました。
 人々はとても困りましたが、何度もこういうことがあったので、やがてあることに気づきました。化けものは池のそばから遠くへ行くことができないのです。そして、化けものが見まねるのは大きな赤い目をじっと見つめ返した相手だけだったのです。
 目を合わせなければ平気でした。
 ですからしだいに人々は池に水汲みにおとずれても、どうにかして化けものの目を見ないよう工夫するようになりました。

 ところが困ったことが起きました。
 遠くの村からひごめへ嫁いだ女が、知らずに見まね池へ水汲みに行き、化けものと目をあわせてしまったのです。
 もう一人女があらわれたので、女はたいそうおどろきました。
「どなたですか」
「どなたですか」

 女は不安になりました。急に自分のことがよくわからなくなったのです。
(わたしはこの村に嫁いだばかり、だったはずだけど)
 自分のことがあやふやになったとたん、女は目の前の女がいっそう強いものに見えました。
「あなたさまはもしかして、とてもえらいお方ですか」
「あなたさまはもしかして、とてもえらいおかたですか」

 女の目には、目の前の女がはじめて見たときよりも気高く見えました。
 それになんだかさっきよりも大きくなったようにも見えたのです。
「あなたさまはとても力のあるお方ですか」
「あなたさまはとてもちからのあるおかたですか」

 不意に池にさざなみが立ちました。
 そして女は自分の立っている地面がかすかにゆれているようにも感じました。
 女はこわくなりました。
「怒っているのですか」
「おこっているのですか」

 女はふと、嫁ぎ先のことを思い浮かべました。
 嫁ぎ先では女をこきつかっている、夫はいばってばかりだと、なぜか急に腹がたちました。それにひごめの人たちは遠くの村からやってきた女によそよそしい、そんな風にも思いました。
 女はつぶやきました。

「あんな人たちはみんな、明日にでもいなくなってしまえばいいのに」

 そのとき女のうしろでするどい声がしました。
「やめろっ。」
 女はふりむきました。
 村長むらおさがこわい顔をして立っていました。
「お前はそいつを知らないのか。そいつに近づくな、声を聞くな、話しかけるな」
 が、間に合いませんでした。
 化けものがが女の言葉をくりかえしました。

「あんなひとたちはみんな、あすにでもいなくなってしまえばいいのに」

 村長が女を見まね池からひきはなし、家に連れ帰って話をききました。そして青くなりました。
「大変だ、あの化けものが明日にでも村人をみんな殺してしまうかもしれない」
 村長から化けものの話をきいた女もおろおろしました。
「私はなんということをしてしまったのでしょう」

 ちょうどそのとき村長の住まいには、かんなぎの男が招かれていました。
 “かんなぎ”というのは、大むかしにあった役目で、神様の言葉を人々に伝える者のことです。

 かんなぎの男は村長へ、人々がひとときの間ひごめを離れるようにすすめました。
「そうすればひどいことにはならぬだろう。みんなが出たら、わしが化けものと話をしてみよう」
「お願いします、かんなぎ様」
 村長は家々をたずねて化けものの話をしました。
 みんないそいで支度をすると、次の朝、いちばんどりが夜明けを告げるのと同時に家を出て緋街道をのぼりました。これで女の言葉どおりになりました。
 ひごめから人がいなくなったのです。

 かんなぎの男はあるものを倉から出しました。
 それはとてもめずらしい、大きな黒水晶でした。たいらな形をしており、大きさはお盆ほどもありました。かんなぎの家に古くから伝わる石で、かんなぎの男はこれをよく磨いて鏡にしました。
 そしてできあがった鏡を抱えて池へ行くと、大きな赤い目と、目をあわせました。
 かんなぎの男はにっこり笑って言いました。
「ふむ、よくわかった」
「ふむ、よくわかった」

 かんなぎの男は抱えてきた鏡をさっと大きな赤い目に向けました。
 化けものはかんなぎの男を見まねる前に、鏡を見ました。
 鏡には大きな赤い目と、たゆたう池がうつりました。
 化けものは見たものに化けることにしました。

 ごうっと大きな音がして、地面が大きくゆれました。はげしいゆれでした。立っているのもむずかしいほどでした。
 かんなぎの男は両足に力をこめてふんばりました。
 今度は割れるような大きな音がひびきました。まるですぐそばにかみなりが落ちたような音でした。するとその瞬間、池のすぐそばの地面に大きくひびが入りました。
 かと思うと地面が沈みはじめました。
 地面が大きなお皿のようなかたちになりました。
 やがてお皿の底から水がほとばしりました。水は地面をぬらしました。はじめ水は土にしみこむだけでした。けれど水はあとからあとからあふれて出ました。水を土がうけとめきれず、やがてお皿のようなかたちいっぱいに水が満ちました。

 こうして池がもう一つ生まれました。
 化けものは池をまねたのです。

 かんなぎの男は鏡を赤い目にかぶせました。目はいつまでも自分を見つめることになりました。かんなぎの男はこれで化けものを始末できたと考えました。
 ところがちがったのです。
 池が二つに増えたので、赤い目も新たにもう一つ生まれました。これはかんなぎの男の考えもおよばぬことでした。
 が、かんなぎの男はこちらの化けものも始末することに決めました。
 男はいいました。
「赤い目よ、ともに山へゆこう。お前はわたしと一緒に来るといい」
 かんなぎの男は言葉のとおり山へこもり、そのまま何も食べずに生を終えました。赤い目はかんなぎの男についていきました。
 まねをする化けものですから、いわれた言葉のとおりにするのです。
 化けものが悪さをすることがなくなりました。池が二つに増えたため、ひごめの人々は豊かになりました。人々を守って去ったかんなぎの男のために、人々は山に岩ではかを作ってたたえました。
 この山を二ツ目山といいます。二つめの目が封じられた山だからです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

ナナの初めてのお料理

いぬぬっこ
児童書・童話
ナナは七歳の女の子。 ある日、ナナはお母さんが仕事から帰ってくるのを待っていました。 けれど、お母さんが帰ってくる前に、ナナのお腹はペコペコになってしまいました。 もう我慢できそうにありません。 だというのに、冷蔵庫の中には、すぐ食べれるものがありません。 ーーそうだ、お母さんのマネをして、自分で作ろう! ナナは、初めて自分一人で料理をすることを決めたのでした。 これは、ある日のナナのお留守番の様子です。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる。

takemot
児童書・童話
 薬草を採りに入った森で、魔獣に襲われた僕。そんな僕を助けてくれたのは、一人の女性。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは、真っ黒なローブ。彼女は、僕にいきなりこう尋ねました。 「シチュー作れる?」  …………へ?  彼女の正体は、『森の魔女』。  誰もが崇拝したくなるような魔女。とんでもない力を持っている魔女。魔獣がわんさか生息する森を牛耳っている魔女。  そんな噂を聞いて、目を輝かせていた時代が僕にもありました。  どういうわけか、僕は彼女の弟子になったのですが……。 「うう。早くして。お腹がすいて死にそうなんだよ」 「あ、さっきよりミルク多めで!」 「今日はダラダラするって決めてたから!」  はあ……。師匠、もっとしっかりしてくださいよ。  子供っぽい師匠。そんな師匠に、今日も僕は振り回されっぱなし。  でも時折、大人っぽい師匠がそこにいて……。  師匠と弟子がおりなす不思議な物語。師匠が子供っぽい理由とは。そして、大人っぽい師匠の壮絶な過去とは。  表紙のイラストは大崎あむさん(https://twitter.com/oosakiamu)からいただきました。

アリアさんの幽閉教室

柚月しずく
児童書・童話
この学校には、ある噂が広まっていた。 「黒い手紙が届いたら、それはアリアさんからの招待状」 招かれた人は、夜の学校に閉じ込められて「恐怖の時間」を過ごすことになる……と。 招待状を受け取った人は、アリアさんから絶対に逃れられないらしい。 『恋の以心伝心ゲーム』 私たちならこんなの楽勝! 夜の学校に閉じ込められた杏樹と星七くん。 アリアさんによって開催されたのは以心伝心ゲーム。 心が通じ合っていれば簡単なはずなのに、なぜかうまくいかなくて……?? 『呪いの人形』 この人形、何度捨てても戻ってくる 体調が悪くなった陽菜は、原因が突然現れた人形のせいではないかと疑いはじめる。 人形の存在が恐ろしくなって捨てることにするが、ソレはまた家に現れた。 陽菜にずっと付き纏う理由とは――。 『恐怖の鬼ごっこ』 アリアさんに招待されたのは、美亜、梨々花、優斗。小さい頃から一緒にいる幼馴染の3人。 突如アリアさんに捕まってはいけない鬼ごっこがはじまるが、美亜が置いて行かれてしまう。 仲良し3人組の幼馴染に一体何があったのか。生き残るのは一体誰――? 『招かれざる人』 新聞部の七緒は、アリアさんの記事を書こうと自ら夜の学校に忍び込む。 アリアさんが見つからず意気消沈する中、代わりに現れたのは同じ新聞部の萌香だった。 強がっていたが、夜の学校に一人でいるのが怖かった七緒はホッと安心する。 しかしそこで待ち受けていたのは、予想しない出来事だった――。 ゾクッと怖くて、ハラハラドキドキ。 最後には、ゾッとするどんでん返しがあなたを待っている。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

【奨励賞】おとぎの店の白雪姫

ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】 母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。 ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし! そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。 小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり! 他のサイトにも掲載しています。 表紙イラストは今市阿寒様です。 絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。

処理中です...