ひごめの赤い石

スズキマキ

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第4章 木でも獣でもない者たち

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 大きなへんてこなやつは顔を上げた。速い動きだった。
 ミチと進一郎の体がゆれた。
 みるみるうちにミチの視界が地面ら上へはなれていった。ミチの知っている感覚でいうと遊園地のアトラクションみたいだが、ただし柵もベルトもない。
 ミチは進一郎の腕にしがみついた。進一郎がここから落ちたら大変だと思った。
 進一郎もそう考えたようだ。上半身がナナカマドウシの口のなかまで入ると、彼は片足を唇にあたる部分へひっかけた。
 ミチはふと下を見た。聖の後ろ姿が見えた。
 聖が走ってどこかへ去ろうとしている。 
 進一郎が腰をあげたので、ミチはいそいで言った。
「あんまり動かないほうがいいです。このすぐ先に大きな段差があってそこから下は深いです」

 進一郎がミチを見た。きつい目つきだ。でもすぐに視線がそれた。進一郎はナナカマドウシの口のなかをざっと見まわした。
「なんだこれは。どういうことだ」
 ミチもたずねた。
「進一郎さんこそ、どうしてここにいるんですか」
「砂森さんが電話をくれた。聖の様子がおかしい、障療院から出ていったと。本当は親に連絡を入れるところだけど、まずおれにかけてきた」
「砂森さんと仲がいいんですか」
「あの人も道場生だ。先輩だ」
「ええと、合気道の」
「でも砂森さんはこんなやつのことは一言も言わなかった」
「だって砂森さんはナナカマドウシさんを見てないと思います」
 進一郎がふたたびきつい目つきでミチを見た。ミチはたじろいだ。進一郎が怒っているのだと思った。
「どうして怒っているんですか」
「べつに怒っていない」

 怒ったような声のままで進一郎がつぶやいた。
「ナナカマドウシ、さん」

「はい」
「ナナカマドの牛ってことか。これはナナカマドの木でできているのか」
「その推測は正しい、ふむ、きみは言葉に対する感性がするどいね。だが同時にそれだけでは足りない」
 洞のなかでナナカマドウシの声がひびいた。
 進一郎がハッとした顔になってあたりを見回した。
「だれだ、どこにいる」
「ナナカマドウシさんの声です」
 進一郎の顔がゆがんだ。ナナカマドウシの声が聞こえたことに、なぜだか、とても傷ついたような顔だった。ミチにはそう見えた。進一郎はミチに向かってぐっと顔を近づけた。
「おれの目をよく見てくれ。見えるか。おれも枯内障になったのか。この年で」
(あ、そうか。進一郎さんは自分が病気になったと思ってショックなのか)
 ミチは進一郎の目をのぞきこんだ。

 ナナカマドウシの唇と唇のすきま、体表にあたる木の枝や蔦や赤い葉のすきまから木もれ日がさしこんで、それが進一郎の体のあちこちを照らした。光と影がまだらになり、進一郎の体や顔のある部分は暗く、ある部分は明るくはっきりと、ミチの目にうつった。
 ミチはしばらくのあいだ真剣に進一郎の目を見つめたあと、首を横にふった。
「目の色はなんともないです」
 進一郎もおなじようにミチの目を見た。こちらはのぞきこむというより、つらぬくような視線だ、なにも見逃さないぞという進一郎のかたい決意をミチは感じた。
 数秒じっと見続けたあと進一郎は首を横に振った。
「君の目も黒目があるし、にごりはない」
 進一郎は歯をくいしばり、握りこぶしを作った。
「どういうことだ、変だ、おれたちが枯内障だというよりもっと変じゃないか。なぜこんなのが見えるんだ、いや、見えるだけじゃない、手でふれた。しかも手でふれるどころか中へ入ってしまった。」
 進一郎はミチへ視線を走らせた。

 ミチは進一郎の視線が自分に向くたびにいちいち居心地の悪さを感じた。
 まるでミチが一連の異常なできごとを起こしたのではないか、ミチが犯人ではないかと進一郎がうたがっているように感じるのだ。それは決して気持ちのいい視線ではなかった。
 その正反対だ。
 視線を受けるたびにミチのどこかを刃物がかすめて傷がつくような気分になる。

 進一郎がミチへたずねた。
「砂森さんはこいつを見ていないんだな?」
 じっくりした声だ。
 なにかをたしかめるような、あるいは進一郎自身に言い聞かせるような声だ。
 ミチはうなずいた。
 進一郎は小さくためいきをついた。
「そうか。じゃあおれはおかしくなったんだ」
 ミチはあることに気づいて、進一郎にたずねた。
「進一郎さんは昨日のことをおぼえていますか」
「昨日、君と書庫の奥へ行ったことか。そのあと聖に会った」
 進一郎がいぶかしげな顔になった。すると洞のなかへ声がひびいた。
 ナナカマドウシだ。
「聖というのはさっき走っていった子どものことかね?」
「そうです」
 ミチがうなずくと、進一郎が不審そうな顔になった。
「弟がどうしたというんだ」
「ふうむ、弟か、弟とはね。どうもきみはまったく無関係というわけではないね」
 ナナカマドウシがつぶやいた。声の様子はつぶやきだが、ミチの耳にはどうしてもそれがうわああんとひびき渡って、洞全体がゆれるほど大きく聞こえる。ミチの腹にまでひびいてふるえるほどだ。

 ミチはあることに気づいた。
 ナナカマドウシはミチのことも聖や進一郎のことも、すべて「きみ」と呼ぶ。
 その言葉にはふしぎなほど分けへだてが感じられず、そしてそのぶん、混沌としたものとして聞こえた。

「きみは私のもとを、おとずれるべくしておとずれ、出会うべくして出会ったのかもしれない。それともあるいは、ただ単にまったくの偶然かもしれないが。」

 ズシン、と洞がゆれた。
 ミチも進一郎もいそいでナナカマドウシの口のへりにしがみついた。ナナカマドウシが歩きだしたのだ。ナナカマドウシはだれにともなく言った。
「くわしい話は津江さんが知っているのではないかね。早く津江さんに会えるといいのだが」
 その言葉にミチはハッとした。
「津江さん、そうだった」
 ミチは思いだした。津江さんがミチへ言いつけたことを進一郎の出現のどさくさにまぎれてすっかり忘れていたのだ。

 ミチはざっと周囲を見まわして、少しでも光が多くさしこむすきまへ近づいた。
 そして服の中から本を、古いほうの『ひごめのむかしばなし』をとりだした。
 進一郎が拍子抜けしたような顔になった。
「昨日の本じゃないか。もしかしていま読むのか。こんなときに」
「読まないと。津江さんにそうしろって言われました」
 ゆれと暗がりのためにとても読みづらい。目で文字をたどったとたんに車酔いのような不快な感覚がミチの頭の奥にうまれた。とはいえ、どうにか読むことができた。
 ミチが開いたのは目次のページだった。
 新しいほうの本、さっき障療院の図書室で開いたほうの『ひごめのむかしばなし』に載っていた『観音様と赤い文字』がおなじようにいちばんはじめにある。
 ミチはいそいで目次にならぶ文字を目で追いかけた。

『銀杏の葉はなぜ黄色いか』
『秋を呼ぶ大牛のはなし』
『熊とお嫁さんの力くらべ」……。

 ミチの目は、目次のさいごの行にとまった。

『かんなぎと池の化けもの』

(この古い本にだけ載っていて、新しいほう、障療院の図書室にあった本には載っていなかったのは、きっと、この話だ)
 暗がりのなかで差しこむ光をたよりにしてミチはその話を読みはじめた。


 それは障療院の図書室で読んだ『観音さまと赤い文字』よりもずっと長く、そして異様な話だった。
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