ひごめの赤い石

スズキマキ

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第4章 木でも獣でもない者たち

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 だけど進一郎のおどろきは、他の者たちに比べたらおだやかといってよかった。
 ゴウッと空気の流れる音がした。ナナカマドウシだ。
 いや、大きな空気の流れにまぎれたが、イチョウもナナカマドウシとおなじことをした。イチョウだけでなく、背後の木にとまった黄色い鳥たちもだ。
 みんなが一斉に息をのんだのだ。
 イチョウが声をあげた。
寄主よりぬしかっ」
「その通りえ」
「しかも二人、つまりふたつのアヤが外へ出てきたのかっ」
「おそらくそうではあるまい。この二人はひとつのアヤの寄主え」
 イチョウのくちばしがパカッと開いたが、声は出てこなかった。反応をしそこねたようだった。
 その場に沈黙がおりた。
 アヤたちはそれぞれ無言で、まるで津江さんの言葉をかみしめているようだった。

 沈黙をやぶったのは二人の人間だった。
「いったいなんの話ですか、津江さん。寄主ってなんですか、おれはそんな言葉を、いまはじめて聞きましたよ。あなたはこの化けものたちがなんなのか、知っているんですか」
「津江さん、昨日ぼくと進一郎さんが見た壁画のやつ、赤い目って、この本に書いてある化けものですか、かんなぎの男が二ツ目山に連れていった」
 進一郎とミチの声が重なった。ミチは思わず、進一郎と顔を見あわせた。進一郎は苦いものをかみつぶしたような顔をした。
「なんだ、その『かんなぎの男』って。そっちもおれは知らないぞ」
「むかしのえらい人、神様の言葉を人間に伝える役目の人だと書いてありました。赤い目の化けものを二ツ目山に閉じこめて、そこがその人のはかになったって。はかってお墓のはか以外にも字があるの、ぼく初めて見ました。つちへんの字」
の字の『はか』は穴を掘って人の亡きがらを埋めるもので、ふんの字の『はか』は山を造り人を葬るものえ」
 横から津江さんが説明した。
 進一郎が考えこむ顔になった。
「つちへん、ふんの字……むかしの話、神様の言葉を人に伝える……。津江さん、そのはかは、もしかして古墳のことですか」
 ミチは目を丸くした。
「え、古墳ですか。あそこは古墳なんだ。すごい。かんなぎの男って本当に大昔の人なんだ」
 一瞬ミチの頭の中に会長の顔が浮かんだ。会長はあの場所を知らないはずだ。もし知ったら大喜びするだろうと思った。
(文化ナントカ財に登録される話をすごく自慢してた)

 進一郎がミチの手から本をさっとうばった。
「あっ」
「読ませろ」
 進一郎はすばやく本をめくって端から端まで目を動かした。
 津江さんがミチへ目を向けて、ゆっくりとうなずいた。
「ふむ、お前さまは『ひごめのむかしばなし』を読みなさったな。よいこと」 
「はい、さっきいそいで読みました。あれは本当に起きた話ですか、津江さん」

「その通りえ。そして、話はあそこで終わりではなかったぞな」

「えっ」
 ミチはドキッとした。
 津江さんが言った。
「よいかえ、このひごめにはたくさんのアヤがひそんでおるえ。ここに集まった者はみなアヤ」
 ミチはぎゅっと目に力をこめて津江さんを見つめ、そのとなりで本を読んでいるはずの進一郎がますます眉間にしわをよせた。どうやら進一郎もしっかりと津江さんの話に耳を傾けているようだ。
 津江さんが言葉をつづけた。
「イチョウ、ナナカマドウシ、それから今日は来なんだがカゲイシオオカミ。みな、こちらの世界に興味を持ってやってきた者。そしてさっきも言ったが、アヤがここへ出てくるためには、寄主が必要ぞえ」
 ゴウッと空気が動いた。ナナカマドウシの呼吸だ。
 ナナカマドウシが津江さんの言葉を引きついだ。
「そう、津江さんの言う通りだ。そしてきみがその本を読んだのなら、むしろ誤解が生じた可能性があるが、アヤの寄主は必ずしも人間とはかぎらないのだ」
 ミチはナナカマドウシを見あげた。
「人間とはかぎらない、というと」
「私やイチョウは木にやどった」
 ミチはまじまじとナナカマドウシを見た。それからイチョウと、その眷属である、黄色い鳥たちを。そしてたずねた。
「ナナカマドウシさんやイチョウさんは木なんですか? 木ならどうして動物のかたち、牛とか鳥のかたちををしているんですか? どうして動けるんですか?」
「ふむ、きみが動物のかたちというのは、私たちの元いた世界での姿のことだね。私たちは木をまねたが、元の姿が一部残っている」
「そうだったんですか」

(元の世界ってどんな世界だろう?)とミチは思ったが、それをたずねるより先に、ナナカマドウシが話をつづけた。
「多くのアヤはそうやって自然のものにやどる。アヤに出会っても気づかない人間が多いのは、だから無理もないのだよ」

 イチョウがおもしろくもなさそうに言った。
「わしには人間を寄主にするアヤの気が知れんっ。厄介だ、まったく厄介だぞっ」
「イチョウ、あまり悪しざまにいうのはどうだろう。ただ、そう、イチョウの言葉が完全にまちがっているわけではない」
 ナナカマドウシが言った。
「私たちアヤはこの世界のものをまねる。そしてまねることは増えることだ」
 ミチは首をかしげた。
「どういうことですか。」
 ナナカマドウシの身体から、ときどきナナカマドの赤い葉がひらひらと舞い落ちていく。
「私がまねたのは、私がこの世界に来てはじめて目にした大木だ。その豊かさ、悠然とした様子に私は心を打たれた。豊かさをまねるとそれが増す。私はもとの木よりもいっそう豊かな木になった」
 ミチは一生懸命にナナカマドウシの言葉の意味を理解しようとした。
「ナナカマドウシさんがナナカマドの木をまねしたら木が、葉っぱとかが、増えるんですか。鏡にうつったらモノが二つに見える、みたいな話ですか」
「いいやちがう、それではただ単に、数が増えるだけだろう。そうではない。増えることは進むことだ」
 謎々みたいだとミチは思った。ミチは頭をかかえた。
 本から目をはなした進一郎が横から口をはさんだ。
「つまりこういうことか。まねると、増えるというよりも、それが更新されるってことか」
「うわ、進一郎さんすごいです、ナナカマドウシさんの言葉をきいてすぐに、意味がわかるなんて」
 ミチが感心すると、進一郎はすごくいやそうな顔になった。会話が成立することを心底いやがっているような顔だった。
 実際に進一郎は聞こえるか聞こえないかというほどの小声でつぶやいた。
「なんでおれはこんなやつらと話をしているんだ、なんなんだ、この状況は」
 そしてすぐに、今度は周囲に聞こえるようなはっきりした声で言った。
「だからどうしたというんだ。いまの話、あんたたちがなにかをまねて、それを更新するとして、そんなのおれたちには関係ないだろう。ただ単にあんたたち、アヤだかなんだか知らないが、その性質ってだけの話だろう」
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