ひごめの赤い石

スズキマキ

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第4章 木でも獣でもない者たち

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「なに、かんたんな話ぞえ。あのアヤは寄主よりぬしを変えようとたくらんでおるのよ」

 津江さんがこともなげに言った。
 それを言いはなった津江さんは平然としているが、ほかのものはちがった。
 イチョウは居心地悪そうに身じろぎし、イチョウとおなじ黄色い鳥たちはさざめくような羽ばたきを止めた。そしてナナカマドウシは、まるでただの木であるかのようだった。少しのあいだゴウッと息を吸いこむ音がとだえたのだ。

 あたりが静まりかえった。

 しいんとしたなかで、津江さんがそのまま言葉をつづけた。
「アヤのなかには寄主を変えながらこの世界に長くとどまるものがおる、また一方でひとつの寄主だけに寄り、その寄主が寿命を終えるとともにもとの世界へ戻っていくものもおる。あのアヤはいままでただひとつの寄主に寄りておうたぞな。それが池のアヤ」

 ミチははじめにひごめ館に来たときに見た光景を思い浮かべた。
 池のお堂で手を合わせる進一郎と、その下の水面にゆれていた赤い目。

「アヤがアヤをまねるなど、類がないぞな。だからこそあのアヤは、どのアヤよりも長く命を保ってきたえ。だがそれは同時に、はかのなかにとどまりつづけ、身動き一つとれぬという命でもある。あのアヤは寄主を乗り換えたいのよ、そのことを長い年月ずっと画策しておったのえ。もっともそれは果たされずにきたえ――これまでは」

「これまでは」
 ミチは津江さんの言葉をくりかえした。
 ――最後の一言が、ひどく不吉にひびいた。

 津江さんがうなずいた。
「寄主を乗り換える条件は二つあるえ。ひとつはもとの寄主が命を終えること。もうひとつはつぎの寄主に寄ること。だがこれまで、あのアヤにはどちらも無理であったえ。なぜなら、あのアヤはどうしても人を寄主にしたかったのよ。草木や獣ではなく人間え」
「どうしてですか?」
 ミチがたずねると、津江さんは考え深い顔になった。
「おそらくあのアヤは人間の賢さをまねたかった、うらはそう考えるぞな」
「ええと、はい」
「ところが人を寄主にすることは、時代が下がるにつれてむずかしゅうなってのう」
「昔のほうが簡単だったんですか」
「うむ、ミチどの、昔の人々はアヤに抗いがなかったぞな。人でもなく獣でもない、そのような存在をやすやすと受け入れたえ。だがゆっくりと長い時間を経て、アヤをこばむ人間が徐々に増えていったぞな。よいかえ、アヤの『寄り』には、アヤを人が受け入れることが必要ぞな」

 津江さんが言葉をつづけた。
「具体的にはアヤを見つけてもらわねばならぬのよ」
 進一郎がつぶやいた。
「子ども――枯内障こないしょう

「そう、それよ、進一郎どの、よう気がついた。お前さまのいう通りよ、子どもえ。人々がちょんまげを結うのを止めたころから、しだいにアヤを見つけるのは子どもに限られ、その数も少しずつ減っていったのよ。そしてこのことは人があのアヤの寄主となることをいっそう困難にしたえ。子どもは、あのアヤに耐えきれぬ。あのアヤの悪さが瘴気のように害をなすゆえ」
「えっ」
 ミチはハッとした。津江さんがうなずいた。
「墳に誘いこまれた子どもがあのアヤと目を合わせる。するとあのアヤと出会おうたこと自体が耐えがたく、おおかたはその日のうちに記憶を失くすのよ。そればかりかおそらくは体があのアヤを拒んでのことであろうが――目が濁る」
「あっ」
 ミチは思わず声をあげた。
 進一郎が眉をよせてむずかしそうな顔になった。
「それが枯内障だというのですか、津江さん」
「傷のようなものえ。癒えるのにひどく時間のかかる傷え」
「何年という単位で、ということですか」
「昔はちごうた。目が濁るといってもほんの数日であった。ところがしだいに長うなってきた。数日がひと月、ふた月み月、やがて一年、また一年と伸びていったぞな。いまでは五、六年濁ったままでいる子どもが多かろうぞ」

 津江さんがきびしい目つきになった。
「それほど、あのアヤの瘴気が濃うなってきたということよ。何百年、いや千年を超えて、あのアヤはしだいに悪くなり、一方でおなじ時間をかけて人はしだいにアヤを拒むようになった」
 
 ミチは口を開いた。
 これまでの津江さんの話だけでもおどろきだが、わからないことや知りたいことがまだまだたくさんあり、ありすぎてなにからたずねればいいかわからないくらいだ。

 が、進一郎ははげしく首を横にふった。
「もうたくさんだ」
 それはミチとは正反対の意見だった。ミチは進一郎を見た。
 進一郎の顔からは血の気が失せて白っぽく見えた。そして目が暗い。
 とても暗かった。
 ミチはドキッとした。
 進一郎が津江さんの手を乱暴に振りはらった。
「こんな話、ばかげている」
「何を抜かすかっ、これをばかげているというお主の頭こそばかげておるわっ」
 イチョウが叫んだ。進一郎はそれを無視した。イチョウを見ることさえなかった。イチョウの声が聞こえなかったわけではないだろう。
 ミチは進一郎が聞こえた声をわざと無視したように感じた。
 口をはさもうとしたが、そのとき進一郎がミチに向かってなにかを投げつけた。
 ミチはどうにかそれを受けとめた。
 見るとあの本だった。
 進一郎が冷たい声で言った。
「おれは帰る。きみもさっさと障療院へもどらなきゃいけない。そろそろきみの親が迎えにくるぞ」
「でも進一郎さん、ぼくはもっといろいろ話をききたいです」
「耳を貸すな。幻聴だ」
「幻聴って」
「まぼろしの声という意味ぞな」
 津江さんの言葉にミチは首をぶんぶんと横にふった。
「ちがいます。幻聴じゃない。進一郎さんはぼくら二人そろって、まぼろしを相手にしてるというんですか。一人ならともかく、二人で。ううん、もしここに障療院しょうりょういんの子たちがいたらみんなもイチョウさんやナナカマドウシさんが見えるし話も聞こえるはずです」
「おれは枯内障じゃないっ」
 進一郎が吼えるように言った。

 進一郎の顔がゆがんだ。さきほど、ナナカマドウシのなかでも見た表情だ。
 ミチにはそれが一瞬、泣きそうな顔に見えた。
 が、それはほんの一瞬で、進一郎はミチに向かって吐き捨てるように言った。
「きみと一緒にするな。きみにはこの話がもっともらしく聞こえたかもしれないが、こんなのは本当の話じゃない。さあ、二番御殿へもどるぞ」
「ぼくはいやです」
「危険かもしれないとさっきも言っただろう」
「おかしいです。もし本当にまぼろしなら危険じゃないでしょう」
 進一郎が強い目でミチをにらみつけた。ミチの腹のあたりに火がついたように熱くなった。進一郎の怒りの熱がまるでそのままミチに燃えうつったみたいだった。

 進一郎が低い声を出した。
「わかった、たしかにこいつらがまぼろしなら危険でもなんでもない。勝手にしろ」
 そしてくるりと背を向けて歩きだした。
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