ひごめの赤い石

スズキマキ

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第5章 カゲイシオオカミの急襲

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「なんのことだ? 焦らすな、さっさと話せ」
「ミマネイケだ」 
「えっ、池ですか」
 ミチは思わず声をあげた。
 ナナカマドウシがその声に応じた。
「ふむ、きみが『池』といったのは、おそらくきみが見た、二つの池のことだろう。だが私がミマネイケといったのは、アヤだよ。元の池をまねてみずからも池になったアヤのことだ」
「ミマネイケがなんだというのだ、ナナカマドウシ、さっさと話せ」
 カゲイシオオカミが話をうながした。
 ナナカマドウシはそれに従った。

「あのアヤ、池のアヤのことがいちばんむずかしい。池のアヤも、ひどく長い時間を経てゆっくりと変化し、その変化は墳のなかのアヤとは逆であったのだよ。つまり、しだいに弱ってきたのだ。そしてこのことについてわたしたちの間で意見がわかれている」

「危険だっ、危険に決まっておるっ。ミマネイケがこれ以上弱って命を終えればあのアヤが寄主を変えてしまうのだぞっ、それがどういうことかわかっておるはずだっ。動くものがあいつの寄主になってみろ、あいつめっ、自由に墳の外へ出られるようになってしまうのだぞっ」
 壊れた窓の外からイチョウの、がなりたてる声が聞こえた。
 ナナカマドウシがまたヒュウっと息をついだ。
「イチョウの意見はこの通りだ。津江さんはイチョウとはちがう考えを持っている。そして私は判断できずにいる。このことに一体どういう意味があるのか」
 カゲイシオオカミが吠えるように言った。
「いいか、ナナカマドウシ、貴様らの意見などどうでもいい。起きていることだけを話せ。ミマネイケが、あの古参が弱っている、くたばりかけている、ということか、たしかなのか」
「どれほど弱っているのか、はかることができない。だが、そうだ、たしかに弱ってきた」
「つまりこういうことか。ミマネイケは弱り、赤い目は力をつけてきた。一方は坂を下り、他方は上り、いま、まさに拮抗している」

 カゲイシオオカミの赤い目、石で彫られたように見える目に、まるでそこだけ熱をおびたような興奮がやどった。カゲイシオオカミが興奮すればするほど、ミチの胸のあたりが重くなった。
 ただ単にカゲイシオオカミの前足におさえつけられているせいではなくて、彼らの話が進めば進むほど不穏さを感じるからだ。正直にいえばミチはこの話をこれ以上、聞きたくなかった。 
 だがそんなミチの願いなど、カゲイシオオカミの知ったことではないようだった。
 彼はグルルル、とオオカミの呼び名にふさわしく喉の奥でうなった。
 そして言った。
「そして墳のなかのアヤは、弱ったミマネイケから寄主を乗り換えた。それが、この子どもだと。こんなちっぽけな子どもがあのアヤの『寄り』に耐えられるのか」
「きみのいまの言葉は不正確だ、カゲイシオオカミ。いまは途中なのだよ」

 ナナカマドウシがことさらゆっくりと言った。
「たしかにその子の皮膚には赤いアヤが浮かんでいる。だが不完全だ。ミマネイケは弱っているだけで、その姿をまだ保っている。おそらくあのアヤの寄主はいま、分散しているのだ」

 ミチはハッとした。
(ぼくだけじゃないんだ――進一郎さんもだ)
 ミチの手の甲に浮かびあがった赤いアザよりも、進一郎のおなじもののほうがよりくっきりと濃かったことを、ミチははっきりとおぼえている。
(ぼく、進一郎さん、ミマネイケ。いま寄主ってやつが三ついるんだ。なんだそれ、一体どんな状況なんだ。)
 無茶苦茶だと思う一方で、ミチは納得してしまった。三つに分散しているから耐えられている、そうにちがいないと思った。
(一人だけであいつに耐えられるわけがない)
 そしてミチはべつのことにも気づいた。ナナカマドウシは進一郎について、完全に沈黙している。
(進一郎さんのことを黙っているつもりなんだ)
 そのことはミチにはとても注意深い判断に感じられた。進一郎を危険から少しでも遠ざけようという気づかいのようにも感じるし、それと同時に、カゲイシオオカミにすべてを知らせないためにも感じた。ナナカマドウシなりの、ことを有利に運ぼうという策だろうか。
 とにかくナナカマドウシの一言一言に、昨日とはちがう慎重さが含まれていた。
 そしてそれは無理もないとミチは考えた。ほんのつい先ほど出会ったばかりのミチにも、カゲイシオオカミの油断ならない様子が伝わってくる。

 カゲイシオオカミがナナカマドウシにたずねた。
「ミマネイケはなぜ弱ってきたのだ」
 ナナカマドウシが沈黙した。が、カゲイシオオカミにうながされ(つまりカゲイシオオカミの前足がミチにのしかかり)、ふたたび口を開いた。その口調は引きつづき慎重なようすだったが、それは明らかにしたくないことをしぶしぶ話すから、というよりも、ナナカマドウシ自身がまだ考えをまとめていない話を、無理に表に出そうとするからであるようだった。

「人の子たちの願かけのため、かもしれない」

「なんだと」
「私や津江さんはそう考えているが、これが正解かどうかはっきりとはわからない」
「願かけだと、どういうことだ」
 カゲイシオオカミが首をかしげるようなしぐさをした。
 どうやら意外なこたえだったらしい。
 ミチにとってもおなじだ。ミチは思わずたずねた。
「願かけって、赤い文字で紙に書いて池に投げる、あれですか。みれちゃんがやっていた」
「そうだ、それのことだよ」

 一瞬その場に沈黙がおりた。
 ぐちゃぐちゃに荒れた部屋のなかに不自然なしずけさがただよった。
 が、おもむろにナナカマドウシがそれをやぶった。
「ミマネイケはとても古くから存在する強い力を持ったアヤだ。だがアヤにはアヤの特性があり、ミマネイケも決して例外ではない。アヤはまねをしたがる」
「ええと、文字をおぼえるとまねになるんですか」
 ミチは混乱した。ナナカマドウシがこたえた。
「うん、ミマネイケにそう教えた人間がいたんだ。昔の話だ。狭間嘉右衛門という」
「四代目の人、池のお堂を建てた人ですか。進一郎さんのご先祖」
「あのころ、さまざまなことが一度に起きたんだよ。良いこともそうでないことも、いろいろなことが」
「いろいろなこと」
 ミチがつぶやくと、ナナカマドウシがこたえた。
「一つの重要なきっかけは、当時、とても大きな地震があったことだ。そのために、ミマネイケというアヤに被せられた黒水晶の鏡が割れた」
「えっ」
 ミチはドキッとした。
「鏡が割れてミマネイケが動けるようになった。そのころ狭間嘉右衛門が、あの池にお堂を建てた。そしておなじころから、ひごめの人間たちが赤い文字で願かけをするようになった。なぜなら晶姫の伝説を、狭間嘉右衛門が作ったからだ」
「話を、作った」
 ミチはおうむがえしにつぶやいた。
 ナナカマドウシが言った。
「狭間嘉右衛門という人は、本当に、いろんなことを考えついたんだ。それに働き者でもあったね。あんなに小柄な人のどこにそんな力があるのかとふしぎになるほど、よく働く人だった」
「ナナカマドウシさんはまるで嘉右衛門さんを知っているみたいですね」
 そう言ってからミチは気づいた。
「もしかして会ったことがあるんですか」
「うん、私も、それにこのカゲイシオオカミも、そのころにはもう、こちらの世界に来ていたね」
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