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【第四話 かつき君の不思議な夏の体験記】
【4-3】
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★
夏休みはあっという間に過ぎてゆく。
一学期の遅れを自力で挽回しようとしたものの全然はかどらず、俺は焦りを覚えていた。
しかし頭を使っていなくても腹はあたりまえに減る。
両親は仕事で不在で、昼飯は適当にまかなうようにと言われていた。
だから財布とスマホ、それに家の鍵を持ち、最寄りのコンビニに昼飯を買いに行った。
そのコンビニはだいぶ昔からある個人経営店で俺の行きつけだ。
けれど『デイリースギヤマ』なんてほかに聞いたことはないし、ネットにも載ってない。
鬱蒼とした森のかたわらにあって陰気くさい。だから店は活気がなくて客足はちらほら。経営しているのは昔から近所に住んでいるおじいさんひとりときたものだ。
近くには整備された大通りがあって、有名店のコンビニがいくつも建っている。最近、だいぶ増えたから、こんなところには誰も足を運ばなくなった。
それでも潰れないのは、おじいさんが老後の趣味でやっているからだと、俺は思っている。
経営目的だったら食べていけるはずがない。むしろ売れ残りの食材がおじいさんの栄養源とみた。
そう思いながら自動ドアを通り過ぎ、足を踏み入れる。涼しい空気が俺の体をすり抜けてゆく――はずだったが、今日はそれがいつもよりもぬるくて快適とは思えなかった。
――この店の冷房、がっかりすぎるよぉ。
レジに立つおじいさんを見ると古びたもやしのように体が細い。痩せたおじいさんは暑さに鈍いのだろうか。
メンチカツとアメリカンドックを注文しようとレジに向かう。
ところが俺はショーウィンドウを見て落胆した。中にはそのどちらもなかったのだ。
――はぁ、このコンビニ、全然役立たないよぉ。
本命を諦め、しぶしぶとたらこスパゲッティとコーラを買い物かごに入れた。
会計を済ませ、釣り銭とレシートを財布の中にしまった。
入り口のそばには古い円卓がひとつに座椅子がふたつ。常時空席のイートイン。
俺はそこに腰を据える。気分転換として、ここで昼飯を食べようと思ったのだ。
みずほ先輩と喧嘩をして以来、もやもやとした気持ちがまとわりついて離れない。
ふと、ガラス越しの風景に飛び込んできたものがあった。
てん、てん、てん……。
目の前で止まったそれは、赤と黄色のカラフルな球体だった。和紙で作られた手毬のようだ。
たっ、たっ、たっ……。
こちらに近づく足音が聞こえた。
振り向くと小さな女の子が手毬を追いかけて走ってきた。
見た目には小学校の一、二年生くらいだろうか。色白でほっそりしていて、日本人形のような髪型。
浴衣を纏い下駄を履いている。白い生地に赤い金魚が泳いでいるデザインだ。
「うんしょ」
俺の目の前でしゃがみ、ていねいに両手で手毬を拾い上げ、顔を上げた。
その子の顔を見て俺ははっとなった。
まるでみずほ先輩を幼くした姿のように見えたのだ。
拾い上げた手まりを空に向かって軽く投げ、それから手のひらでリズムに合わせてつき始める。
「まるたけえびすに、おしおいけ、あねさんろっかく、たこにしき、しあや……あっ!」
失敗し、手毬はコロコロと道路に向かって斜面を転がってゆく。たどたどしい駆け足で追いかける。
見回すがほかに人の姿はなかった。まったく、こういうのが事故のもとなんだ。
この女の子をほったらかしにしている親にはほとほと呆れる。
そのとき、女の子は足をもつれさせ地面に倒れ込んだ。
「いった~い!」
うずくまったまま起き上がらない。
俺は急いでコンビニから飛び出し、女の子のそばに駆け寄る。
「だっ、大丈夫⁉」
女の子は浴衣をめくり、右膝を出してみせた。じんわりと赤い血がにじんでいる。
「ちょっとすりむいちゃった」
「血が出てる、痛そうだね」
「うん、いたいよ、でもなかないよ、まよはつよいこだもん」
「まよちゃんっていうんだ、いい子だね」
俺は女の子の我慢強さに感心した。そしてふと思った。
家族以外の誰かと話をしたのは、みずほ先輩と言い合って以来だと。
だから、みずほ先輩も幼くしたような姿のまよちゃんを放ってなんかおけなかった。
夏休みはあっという間に過ぎてゆく。
一学期の遅れを自力で挽回しようとしたものの全然はかどらず、俺は焦りを覚えていた。
しかし頭を使っていなくても腹はあたりまえに減る。
両親は仕事で不在で、昼飯は適当にまかなうようにと言われていた。
だから財布とスマホ、それに家の鍵を持ち、最寄りのコンビニに昼飯を買いに行った。
そのコンビニはだいぶ昔からある個人経営店で俺の行きつけだ。
けれど『デイリースギヤマ』なんてほかに聞いたことはないし、ネットにも載ってない。
鬱蒼とした森のかたわらにあって陰気くさい。だから店は活気がなくて客足はちらほら。経営しているのは昔から近所に住んでいるおじいさんひとりときたものだ。
近くには整備された大通りがあって、有名店のコンビニがいくつも建っている。最近、だいぶ増えたから、こんなところには誰も足を運ばなくなった。
それでも潰れないのは、おじいさんが老後の趣味でやっているからだと、俺は思っている。
経営目的だったら食べていけるはずがない。むしろ売れ残りの食材がおじいさんの栄養源とみた。
そう思いながら自動ドアを通り過ぎ、足を踏み入れる。涼しい空気が俺の体をすり抜けてゆく――はずだったが、今日はそれがいつもよりもぬるくて快適とは思えなかった。
――この店の冷房、がっかりすぎるよぉ。
レジに立つおじいさんを見ると古びたもやしのように体が細い。痩せたおじいさんは暑さに鈍いのだろうか。
メンチカツとアメリカンドックを注文しようとレジに向かう。
ところが俺はショーウィンドウを見て落胆した。中にはそのどちらもなかったのだ。
――はぁ、このコンビニ、全然役立たないよぉ。
本命を諦め、しぶしぶとたらこスパゲッティとコーラを買い物かごに入れた。
会計を済ませ、釣り銭とレシートを財布の中にしまった。
入り口のそばには古い円卓がひとつに座椅子がふたつ。常時空席のイートイン。
俺はそこに腰を据える。気分転換として、ここで昼飯を食べようと思ったのだ。
みずほ先輩と喧嘩をして以来、もやもやとした気持ちがまとわりついて離れない。
ふと、ガラス越しの風景に飛び込んできたものがあった。
てん、てん、てん……。
目の前で止まったそれは、赤と黄色のカラフルな球体だった。和紙で作られた手毬のようだ。
たっ、たっ、たっ……。
こちらに近づく足音が聞こえた。
振り向くと小さな女の子が手毬を追いかけて走ってきた。
見た目には小学校の一、二年生くらいだろうか。色白でほっそりしていて、日本人形のような髪型。
浴衣を纏い下駄を履いている。白い生地に赤い金魚が泳いでいるデザインだ。
「うんしょ」
俺の目の前でしゃがみ、ていねいに両手で手毬を拾い上げ、顔を上げた。
その子の顔を見て俺ははっとなった。
まるでみずほ先輩を幼くした姿のように見えたのだ。
拾い上げた手まりを空に向かって軽く投げ、それから手のひらでリズムに合わせてつき始める。
「まるたけえびすに、おしおいけ、あねさんろっかく、たこにしき、しあや……あっ!」
失敗し、手毬はコロコロと道路に向かって斜面を転がってゆく。たどたどしい駆け足で追いかける。
見回すがほかに人の姿はなかった。まったく、こういうのが事故のもとなんだ。
この女の子をほったらかしにしている親にはほとほと呆れる。
そのとき、女の子は足をもつれさせ地面に倒れ込んだ。
「いった~い!」
うずくまったまま起き上がらない。
俺は急いでコンビニから飛び出し、女の子のそばに駆け寄る。
「だっ、大丈夫⁉」
女の子は浴衣をめくり、右膝を出してみせた。じんわりと赤い血がにじんでいる。
「ちょっとすりむいちゃった」
「血が出てる、痛そうだね」
「うん、いたいよ、でもなかないよ、まよはつよいこだもん」
「まよちゃんっていうんだ、いい子だね」
俺は女の子の我慢強さに感心した。そしてふと思った。
家族以外の誰かと話をしたのは、みずほ先輩と言い合って以来だと。
だから、みずほ先輩も幼くしたような姿のまよちゃんを放ってなんかおけなかった。
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