フルーツサンド 2人の女の子に恋をした。だから、挟まりたい。

Raychell

文字の大きさ
30 / 44

朝帰り

しおりを挟む
 今すぐグミさんのところに行って、何が起きているかを確認したい。でも、風邪をひいていることが、足止めをした。正直、カッとなっているのもザワザワするのも、シンプルに体調不良によるものの気がする。
 具合は悪いけれども、こんな気持ちを抱えたまま眠れる気がしないな。と思いながら、ベッドに戻った。

「ただいまぁーっ」
 明け方、帰宅したドラゴンさんの声で目が覚めた。結局あの後ぐっすり寝てしまったらしい。
「朝帰りですね」
 玄関で出迎えたが、心に余裕がないので、妙な物言いになってしまう。まるで主人の浮気を疑う若妻のようだ。と自分でツッコむ。
「そんな嬉し恥ずかし、トキメキイベントじゃないわよ」
 苦笑いのドラゴンさんに続いて、いつも通りのアンニュイなグミさんがドアから入ってきた。
「え? い、いらっしゃい……ませ?」
「……お邪魔しまーす。あー、杏くんだ。風邪どう? 具合悪いのにごめんね」
 俺がいることを確認して、ふにゃりと笑うグミさん。相変わらず、可愛い。
「ほぼほぼ治ってきたんで、大丈夫ですよ。ゼリー美味かったです」
 部屋着や髪型が乱れていないか気になって、髪をいじりながらそわそわと答える。グミさんはそんな俺の様子など気にも留めず、いつも通りに受け答えをしてくれた。
「はは。やっぱゼリーだよね」
「ところでこんな朝から、どうしたんですか?」
 状況が飲み込めない。そんな俺の気持ちを察してか、ドラゴンさんはソファにぐったりと座ったまま、ため息と一緒に吐き出すようにつぶやいた。
「グミさんをね、当分……というか、ずっとのほうがいいかな。うちの店、出入り禁止にしたのよ」
 グミさんは曖昧に微笑んでドラゴンさんの隣に腰を下ろした。
「は? なんで?」
  思わず大きな声が出た。俺の様子に少しだけ驚いた様子でドラゴンさんが続ける。
「私も気がつかなかったんだけど、グミさんね……きっと、アル中ね」
 想定外の言葉だった。
 言われてみると、グミさんはいつもほろ酔い状態で、泥酔で訪れたこともあった。でも、彼の無害さが、自分がイメージするアルコール依存症の患者とは乖離していて、まるで現実感がなかった。
 なんだか悪い夢を見ているようだ。そう考えて、ぼんやりしている俺をそよに、ドラゴンさんも誰に話すでもない、頭の中を整理するように独り言をぼやく。
「なんかねーおかしいなっていうか、ちょっと心配な雰囲気だったんだけどね……改めて聞いてみてよかったわよ。ほんと、私は医者じゃないから診断なんかできないけど……だからね、今から医者に行くのよ」
 しかし、最後の連絡事項は俺の方を向いて告げた。
 グミさんは相変わらず、少し困ったような笑顔で黙っている。俺は予想外すぎて言葉が見つからなかった。そんな俺を前に、ドラゴンさんは続ける。
「家に奥さんとお子さんがいるのに、いつも外にふらっと出て飲んで、あまり帰らなくなってたんだって。お子さんもまだ小さいし、奥さんもものすごく疲れちゃっててさ……だから私が病院に連れて行くことにしたの。とりあえず、疲れたぁ……シャワー行ってくるわね」

 ワケがアリすぎだ。ドラゴンさんに置いてけぼりにされた俺とグミさんの間に、気まずい空気が流れた。
「結婚してたんスね」
「まぁ……うん」
 確かに行きつけの店の店員に、既婚だとか、しかも子供がいるとかを教える義理はない。だから、俺が知らなかったことは誰も悪くない。ただ、勝手に裏切られた気分になっている自分が身勝手すぎて苛立った。
「お子さん、いくつなんですか?」
「8ヶ月」
「へぇ……」
 思ったより小さい。それくらいしか感想が浮かばなかった。
「なんでまた?」
 俺の質問に、グミさんは薄く笑って応えてくれた。
「うん、あのね。奥さんが里帰り出産してる間にさ、ちょっと寂しくて、外で飯食うようになって……僕さ、家が仕事場だったから、奥さんと赤ちゃんが帰ってきたら、それはそれで仕事も進まなくなって……余計外に出るようになってさ」
 グミさんは話すうちに、うっすらとした笑顔も消えていき、無表情でぽつぽつとこぼしていた。彼は既婚者で、父親で、なのに家に帰らないで、しかも常に酔っている。碌な奴じゃない。
 でも……本当は優しくて、いい人だ。
「僕は杏くんが欲情してくれるようなナイスガイじゃないんだ」
「欲情て……ええとナイスガイってなんすか?」
「なんだろね? いい男?」
「グミさんは、いい男ですよ」
「ありがと。だけど、ごめんね」
 なぜか謝られた。それでも、俺は困っている彼のために、何かがしたい。グミさんの役に立ちたい。必要な人になりたい。
「あの、俺は何ができますか?」
 その言葉に、グミさんは顔をあげて、しっかりと目を合わせもう一度「ごめんね」と、念を押すように言った。

 それでやっと、この前の告白から、今さっき申し出たこと、諸々合わせて「ごめんね」された事にようやく気がついた。
「……はい。あ、俺ちょっと、まだ風邪治ってないっぽいんで寝ますね。じゃあ」
「うん。風邪ひいてるのにごめんね。お大事に」
 返事もしたくなかった。そのまま黙って自分の部屋に篭り、彼らが出かけるまで息を殺してじっとしていた。
 グミさんは、俺に何も悪いことをしていない。俺が勝手に好きになって、盛り上がって玉砕した。ただそれだけだ。でも、楽しかったり、嬉しかったことしか思い出せなくて、未だ好きでしかない。そんな自分が心底惨めだった。
 
 グミさんとドラゴンさんが出かける物音を確認した後、のそのそと部屋から出て、飲み物を探して冷蔵庫を開ける。
「おにーちゃん、具合どう?」
「おわ?!」
 油断していた背後から声をかけられて驚く。
「私の方がびっくりするんだけど。油断しすぎ」
 飾らない笑顔の、らいちが立っていた。それを確認した瞬間、涙が止まらなくなった。
「え? 何? どしたの」
「……わかんない……んぐぅ」
 もう涙が止まらなくてどうしようもないので、この際声を出して泣いた。嗚咽するなんて、小学生以来だ。そんな俺を、らいちはソファまで連れていき、そのまま黙って隣に腰掛けた。

 らいちは泣き続ける俺の背中を優しくさすってくれた。でも、しばらくして流石に飽きてきたのか、両手を俺の頬に添えて、顔を覗き込み「涙を止めてあげよう」そういって、左目の涙袋のあたりを舐めた。
「ちょ? 何……」
 言い終わらないうちに、右の頬をつづけて舐められる。
「塩味」
「いらない感想」
「涙の味って感情で変わるらしいよ」そう言いながら、らいちの舌先が柔らかく頬や目頭を伝う。やばい。これは、流されてしまうやつだ。ぎゅうと、思い切り目を瞑る。
「そんなに怯えなくとも何もしないよ。ほら、泣き止んだ」
 目を開くと、らいちは立ち上がっていて、キッチンの方へ向かって歩いていった。
「記憶が飛ぶくらい美味しいコーヒー、淹れてあげるから顔洗ってきなよ。おにーちゃん」
「え……うん。ありがとう」
 らいちが淹れてくれたコーヒーは、蜂蜜とミルクを足した上に、練乳をトッピングしていて、甘すぎて「惨めな自分」なんて考える余裕を吹っ飛ばしてくれた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ツルギの剣

Narrative Works
青春
 室戸岬沖に建設された海上研究都市、深水島。  舞台はそこに立つ女子校、深水女子高等学校から始まる。  ある日、深水女子高等学校の野球部に超野球少女が入部した。  『阿倍野真希』と呼ばれる少女は、ささいなことから本を抱えた少女と野球勝負をすることになった。  勝負は真希が勝つものと思われていたが、勝利したのは本の少女。  名前を『深水剣』と言った。  そして深水剣もまた、超野球少女だった。  少女が血と汗を流して戦う、超能力野球バトル百合小説、開幕。 ※この作品は複数のサイトにて投稿しています。

処理中です...