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聖女さん、帝国へ行く
私、何かやっちゃったんですか?
しおりを挟むガタンガタンと揺れながら、馬車は街道を進んでいきます。
ほのぼのとした気持ちのいい天気で、何だか眠くなってきます。
今までは、こんなにゆったりと過ごせることもなかったので、新鮮な気持ちでいっぱいです。
頬を撫でる爽やかな風も、暖かな日差しも、初めての体験ですね。
「ふわぁぁ……」
ついつい、あくびが出てしまいました。
「おやお嬢ちゃん、眠ぃのかい?」
そう問いかけてきたのは、私が最初に質問をした、商人をやっていると言う若めの男性です。
「ふぁい……昨日はちょっと、寝ていなくって……ふぁぁ……」
本当は途中で仮眠をとるつもりだったのに、昨日の夜は結局、ずぅーっとお城の音を聞き続けていましたからね。《回復魔法》を使えばあと数日くらいは起きていられますけど、今はそんなに頑張る必要もありませんし。
「そうか。まあ、ここ最近の王都は荒れてたからな。寝れないのも仕方がねぇよな。
よし、んならお嬢ちゃん。護衛は雇っている冒険者もいるからな、お嬢ちゃんは少しの間寝ててもいいぜ」
やはり優しい方なのでしょう。私の事を気遣って、護衛のはずの私に対して、「寝てもいい」と言ってくださいました。
私はせっかくですから、その言葉に甘えることにしました。
「ふぁい。それじゃぁ~……遠慮なくぅ……」
私の意識はそのまま、暖かい闇へと沈んでいきました。お昼寝なんて、贅沢だなぁなんて思いながら。
~~~
「おい! 右だッ!」
「ダッシュ! 気を付けて! 沢山来るわよ!!!」
……ん~? 何だか焦ってるような声が聞こえますぅ……?
「ふわあぁぁぁ……みゅ~……」
「おい嬢ちゃん! 起きたか! とっとと逃げるぞ!」
ん~? あなただぁれ?
「……ふぁぁ」
現在のセレスティアさんは、寝起きで非常にぽやぽやしていた。
普段の彼女ならば、お昼寝云々以前に、そもそも寝落ちなど有り得ない。夜、自室の中でさえ必ず結界を張り巡らせ、何かがあれば一番に行動していた。
しかし、王都から抜け出すことで、辛く苦しい奴隷生活から解放されたと喜んだセレスティアさんの頭は今、非常に残念な状態になっていた。
詳しく述べるのならば、現在の彼女の頭は回っていないどころか、動こうとすらしていない。
それは今までのツケであろう。
彼女は確かに、独自に開発した特別な《回復魔法》を用いることで、睡眠時間を削ることが出来る。しかしそれは、体が無理をしていないのか、と問われればそうではない。体に無理を強いた上で、ギリギリを保ちながらやってきたのだ。
その確かな下支えは、彼女の意志のみだった。
しかしその支えは、唯一の柱は、王都を出ることで崩れ落ちた。今の彼女を縛るものは、無いのである。
そんな彼女が、「もう頑張らなくていいや~」と、初めてのゆっくりとした睡眠に就けばどうなるか。
そう、起きないのである。
もう誰も、彼女を起こすことは叶わない。しかし、彼女の体は覚えている。邪魔者を排除する方法を。
そして彼女には、無理に無理を重ねたことで得た、神にも等しき膨大な魔力量がある。
その二つが組み合わさった時、彼女は無限の惰眠を手に入れる。
現在の彼女は、言わば惰眠欲の権化である。
睡眠を無意識に愛し、求める眠りの聖女。
そんな彼女が、睡眠妨害をされようとしている。
今一度述べるが、彼女には膨大な魔力が宿っており、それを使うための最強魔法群も備えている。加えて、彼女の体は睡眠を求めている。
するとどうなるか。
そう、邪魔者は弾け飛ぶのだ。そこには、情け容赦など一切ない。
バチッバチバチバヂィン
ドガガガガーン
雇われたAランク冒険者たちが苦戦するような魔物の大群が、一瞬にして消え去った。
後に、その場にいた冒険者や商人は語ったと言う。
「……何が起こったのか、全く分からなかった」、と。
だがそれは、また別のお話。
大口を開けて唖然呆然とする冒険者や商人たちの中で一人、(あくびで)大口を開けている少女がいた。
「ふわぁあぁぁぁ。……んみゅ? ん~……くぅ……」
そして寝た。
少女一人以外、全員が置き去りにされている現場では、地獄のような光景が拡がっていた。
「なに……これ……」
誰が発したのかも分からない声。しかしその声は、その場にいる全ての(おねむちゃんを除く)人の心情をよく、表していた。
上位種と呼ばれるハイオークや、エリートゴブリンに続き、下位とは言えども、最強種との称号を恣にする龍種のアースドラゴン。その他、大多数の魔物たちがブツ切りに刻まれ、焦がされ、貫かれ、凍らされ、蒸発させられ、と、あらゆる方法を以て始末されていた。
地面には夥しいほどの血がこびりつき、霧となった血がその場を赤く染め上げている。
山のように積もった魔物たちの死骸もまた、恐怖を煽る。
Aランクという高位冒険者たちですら、何が起こったのか分からない。戦いに身を置いていない商人たちですら、その光景が異常だと理解できる。
その様は、ただただ恐怖でしかなかった。
冒険者や商人たちは、慌ててその場から離れていった。
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