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聖女さん、帝国へ行く

私、知りません!

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 彼女が詠唱文を一節、二節と唱える度、大気が震え、地面が揺れるのが分かった。
 距離が離れているのに、俺たちの方までビリビリと空気を伝って振動してくる。

 有り得ない程の、力の奔流。身に纏う魔力の波動は、凄まいの一言に尽きる。それはさながら、神のようだった。

 夜の帳が降り切った中で、唐突に誕生したもう一つの満月。天に昇る白金色の魔力は神々しく、神聖な気配すら感じられる。

 本当に、どのようにしてこれだけの魔力量を備えたのか、俺には到底、想像がつかない。
 剣士である俺ですら、『魔力量は、魔法を使い続けなければ増えない』という事くらいは知っている。

 彼女の事を神のようだ、と例えたが、彼女の努力は、間違いなく世界随一だろう。彼女が言ったように、Aランクが高みだなどと言っていた俺たちなど、ただの凡人でしかなかった。

 もしかしたら、彼女からすれば最高ランクのSSランクですら、赤子の手をひねるように片手間で、小指程度の労力で、倒せてしまうのかもしれない。

 彼女の力はそれ程までに、凄まじかった。まさに、"別次元"だ。

 やがて、森から魔物たちが溢れ出てきた。
 そこには、Sランクのフォレストドラゴンを始め、Aランク上位の魔物が半数、下位がそのまた半数、その他はBランクからCランクと、圧倒的にAランクの数が多かった。
 パッと見ただけでも絶望出来るほどの、魔物の大群。普通なら、Aランクパーティー一つでは、到底敵いようがない。

 フォレストドラゴンはもちろんのこと、目に付くAランクの魔物にも、空を飛んでいるものは多い。商人たちを見捨てたとしても、逃げられる可能性はゼロだろう。普通なら絶望に足を止め、膝を屈するはずだ。

 しかし俺たちは、そんな事などどうでも良くなるくらい、ただただ、見惚れていた。

 膨大すぎる程に膨大な魔力量。

 他者を一瞬で黙らせるほどの覇気。

 そして何より、その圧倒的な実力。

 戦いに身を置く者だからこそ、Aランクという、上位数パーセントの高みに上り詰めたからこそ、彼女の異常性強さに目が釘付けになる。

 戦いに関する知識のない商人たちですら、ただ見惚れるばかり。中には、胸の前で両手を組んで、崇め始めている者までいる。
 だが、俺はソイツを笑う気にはなれない。なぜなら、そう言う俺だって、彼女の強さに惹かれているのだから。


『《千星万雷》』

 彼女がそう唱えた直後。世界から、色と、そして音が掻き消えた。

 全てが白塗りとなった世界。
 眩しいでもなく、暗いでもない。うるさいでもなく、静かでもない。
 ただ、全てが白くなった、無の世界。

 だが、それがとても、暖かい。
 こんなに気持ちが良くなったのは、いつ以来だろうか。

 冒険者に憧れて、夢を見た。
 現実を突きつけられて、それでも進んだ。
 苦しく険しい道程を、四人の仲間と共に歩んできた。

 何物にも変え難い経験。

 それがまた一つ、俺の体に刻まれた。


 ◇◇◇


「ふぃ~! 一丁上が・・・」

 私の及ぼした魔法の効果を見て、私は固まってしまいました。

 そして、ガタガタと震え始めます。

 なぜならそこには、からです。
 魔物の骨はもちろんのこと、飛び散った血も肉も、何もありませんでした。そして、対象範囲内の草々もまた、消滅していました。焦げ付いていたのなら、まだ救いがあったかもしれませんが、焦げてすらいません。紛うことなき消滅です。

「どどどど、どどっど、どうし、どうしましょう……」

 だってだってだって! 今まではこんなこと無かったもん!
 ちゃんと詠唱した魔法でだって、Bランク一体を消滅させられるかどうかってくらいの威力だったんです! それくらいしか出ていなかったんですよ! だから今回は、念には念をと、ちょっと踏ん張ってみたんです! そしたらこうなったんですぅ~!!!

 私悪くないもん!

 そうだよねっ!?
 期待を込めて振り向けば、そこに居たのはーー

「ああ、神よ……」
「私の女神……」
「俺の全てを貴女様に捧げます……」
「愚かなる私どもを、どうかお導きください……」
 ry

 ーーちょっと現実が見られずに、オカシくなってしまった人達でした。

 ああ、可哀想に……。

 私も現実逃避がしたいです。
 いえ、こうなれば、現実逃避ではなく、現実現場から逃避するべきでしょう。ええ、そうするべきです。
 その場所だけの地面が円状にえぐれてしまっていますし、明らかにヤバいです。

 ええ、私は知りません。何も見ておりませんし、やっておりません。
 こういう時は、すっとぼけて知らんぷりするのがいちばん良いです。確か、政治家さんたちもやっていました。「そのような記憶はございません」って! 

 私だって~し~らな~い!

 もうとっくに時間は夜ですけれど、どうでしょう? 皆さん、出発しませんか?
 え? 今出発する理由を教えろ? ……べ、別に何も無いですよ? た、ただ、突然地面に穴が空いて、怯えてしまっただけですよっ! 私はか弱い女の子なので!

 さて皆さん、出発です(ゴリ押し)。

 え? 嫌だ? そうですか……。なら貴方は、この場に置いていきます(他人の馬車)。

 あっ、良かった! 出発する気になって下さったんですね! 嬉しいです!
 それでは、次の街へ向けて出発しんこ~! ごーごー!


 ポクポクと、馬が街道を蹴る音が聞こえてきます。馬車はカタカタと小さく揺れるだけです。なぜなら、スピードを出していないからです。

 スピードを出さないのかって? もう、仕方の無い人ですね。いいですか? いくら私が半径30メールに渡って、昼間のように明るくなる光球を無数に出現させているとは言え、現在は夜です。ですから、速度を出してはとても危ないのです。
 だから私たちは、ゆっくりじっくりと進んでいるんですよ。

 なんで夜なんかに進んでいるのかって?

 やかましいですね、あなたは。

「(範囲化、指定10メールっと)《体力回復》! 《眠気覚まし》!」

 はい、これで商人さんたちや冒険者さんたち、お馬さんたちも大丈夫ですね。

 次の街に入ったら十分に休憩出来ますし、今は頑張りましょうね!
 私も頑張りますから!
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