カイルとシャーリー

けろけろ

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1.名も無い路地裏、ゴミ捨て場の前

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 私には気になる人がいる。今夜も一緒に飲みに行く予定。ただまぁ、私がアラサーで彼は二十二歳だから、ちょっと離れすぎてるかなぁというのが本当のところ。しかも彼は空気の読めない部分があるし、どうしよう。まだキスすらしていないので、清らかな関係のまま終わらせるべきだろうか。でも、決して悪い人では無いから躊躇われる。

 そんな夏の日、オフィスを抜け出した時のことだ。一ドル紙幣を持った私のお目当ては、休憩室の冷たい飲み物。売店のお姉さんに紙幣を渡せば、お馴染みの赤い缶を渡される。さぁ咽喉に爽快な炭酸の刺激を――そう思った瞬間、私の耳に職員たちの噂話が飛び込んできた。休憩中の彼女ら曰く、真っ赤な薔薇の花束を持った金髪の若い男が、うちの会社の玄関口で佇んでいるらしい。服装はとてもカジュアルで、顔立ちはまるで俳優のようだ、とも。私には、その男に心当たりがあった。

「ったく! なーにやってんの、こんな所で!」
 職員たちの噂通りの風貌、そして私の心当たりも同じくバッチリ当たっていた。そこにはカイル=カルヴィンが、とても大きい花束を抱えて立っている。カイルは私に気づくと、腕時計を眺めながら歩み寄ってきた。
「やぁシャーリーさん! 思ったよりずいぶん早いね! 僕は君を迎えに――」
「それは解ってるって! 確かに私は、今夜一緒に飲みに行くって約束したよ? でも、夜まで何時間あると思ってるの!」
「今さっき時計を見た。あと六時間ほどだね」
「そう、その通り! ……それと、その大きくて真っ赤な薔薇の花束さぁ。おばさんの私にはちょっとね、似合わないっていうか」
 今までもカイルは、私に花を寄越したことがあった。この人は花を贈るのが好きらしく、大抵は荷物にならないよう一輪だけ持って来る。
 だが、今日に限ってカイルは、持ちきれない程の大きな花束を抱えていた。今夜は飲みに行く予定だから車に乗ってきてもいないし、荷物になって仕方ないだろう。
 カイルは私が色々指摘しても、にこにこしたまま動じなかった。私もつい釣られて笑ってしまい、結局は二人で微笑みあうことになってしまう。私たちは、こう着状態に陥った。
(いや、参ったねこりゃ。どう収拾をつけたらいいのかな)
 そんな私たちを会社の関係者は放っておかず、終始ちくちくという視線を感じる。この図がどう映るのか気になってしょうがない。
「と、とりあえず! 移動しよう、移動!」
「了解だよシャーリーさん」
 仕事中ではあったが、カイルをこのまま放っておくことも出来ない。私は上司にお休みを貰い、カイルと二人で真夏の街へ繰り出した。

「あっついなぁ」
「夏だからね!」
「どこかで涼みたいけど、まだ飲むには早いか……ああそうだ、昼ご飯は?」
「すまない、しっかり済ませてきてしまった」
 そういえばカイルは、あと六時間は私を待つつもりだったのだ。私は強い日差しに目を細めながら、通りに並ぶ看板を物色した。
「どこで時間を潰そうか」
「僕はどこでも構わないよ」
 どこでもいい、と言われるのが実は一番困る。センスを試される気がして、私は若干戸惑った。
(うーん。昼間っからいい大人が遊んでても目立たない場所、ねぇ)
 色々考えた結果、私はカイルをプールバーに連れて行く事にした。今の時間なら混んでいないし、カイルがビリヤード初心者だとしてもゆっくり教えてあげられる。
 私はカイルにそう告げ、少し先の道を左に曲がった。そこはモノレールの駅に続く通りで、私たちもそれを使って繁華街に移動したい。

 私たちはとことこ駅を目指した。その道のりで、私はある事実に気づく。今、この時間、通りはビジネスマンで溢れていたのだ。スーツを着た人間だらけの場所で、大きな花束を持った青年はとても目立った。何人もの通行人と目が合ってしまい、私は慌てて目を伏せる。それにカイルが気づき、私の顔を覗き込んだ。
「シャーリーさん、どうしたんだい? 調子でも悪いのかい?」
「……いや、あのさぁ、カイル。その花だけど」
「ああ、これかい? これはシャーリーさんに渡そうと思ってね」
「それは何となく解ってたけど! 今夜は飲みに行くってのにわざわざさぁ。花ならいつもの一輪でいいのに」
 私が文句を言うと、カイルは急にもじもじし始める。そして私の腕を取り、その辺の路地裏に引き込んだ。黒い袋が積み重なるゴミ捨て場があり、多少だが臭うその場所。そこでカイルは、私に向かって薔薇の花束を差し出した。
「シャーリーさん! 僕は君を愛している! その黒髪も、可愛らしい表情も、優しい性格も愛している! 結婚して欲しい!」
「は、はぁ!?」
「この花を私の気持ちと思って受け取ってくれないか!」
「ええ!? それでカイルは、こんな大きいの持ってきたの!?」
 頷くカイルを見つめながら、私は驚きを隠せずにいた。いや、カイルが私に好意を持っていることには気づいていたし、私だって彼を嫌いじゃない。けれど、こんな場所で昼間っから、まだキスすらしてない相手にプロポーズされるとは思っていなかったのだ。
 ぼけっとして花束を受け取らない私に、カイルが近づいてくる。気づくと私の胸元に花束が押し付けられていて、私はまた驚いた。
「シャーリーさん、僕は君と親交を深めるうち愛に気づいた。君に逢えない日は、他の誰が居たとしても寂しいんだ」
 カイルが私に愛を囁きながら、笑顔でじりじりと前進してくる。私は迫力に圧されて後退してしまい、ついに私の後ろには壁しか無くなった。カイルが近すぎるので、もう吐息がかかりそうだ。
「カイル! ちょっと待って! これ以上逃げるトコ無いよ」
「……シャーリーさん、僕から逃げたいかい?」
「そ、そりゃ、私だって急だと驚くよ。それに……」
 私みたいなオバサンが、こんな風に口説かれて結婚していいものだろうか。私は今、カイルが持ってきた薔薇の花束に負けないくらい赤くなっているだろう。私は両手で顔を覆った。そこに、カイルが言葉を重ねる。
「その両手で、この花束を受け取って欲しい。そう願ってもいいだろうか?」
 指の隙間から、ちらりとカイルの様子を伺った。カイルは笑顔を消して、やけに真剣な表情。そして、多分私にも負けないくらい頬を赤らめていた。
 だが、彼はそれを隠しもせず、照れもせず。その視線は私だけに注がれていた。カイルは、どんな時でもまっすぐだ。私は、行儀悪く舌打ちをした。
「あーもう、負けよ負け。私の負け」
「負け? 僕とシャーリーさんは、勝負をしていたのかい? 僕はシャーリーさんに、この燃えるような愛を伝えようと――むぎゅ!」
 私は右手でカイルの口元を押さえた。そして、でっかい声で言ってやる。
「あのね! 私に向かって、二度とそういう口の聞き方しないで! オバサンってのは繊細な生き物なんだから!」
 そう、オバサンは、間接照明の暗い店あたりで飲みながら、それとなく誘われるくらいで十分だ。これ以上、カイルの眩しさには耐えられない。
 私はヤケになってカイルから花束をもぎとった。花束を渡せた理由はどうあれ、カイルは満足そうに微笑んでいる。
「強引ですまなかった。しかし、僕はシャーリーさんを失う訳にはいかないんだ。つまり、僕の世界の全てが君の――」
「ああもう、いいって! もう何も言わないで! ……それ以上言われると、私は爆発しちゃう!」
「ええっ!? ば、爆発するのかい!?」
 名も無い路地裏、ゴミ捨て場の前。それが、私とカイルの大切な場所になった。
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