カイルとシャーリー

けろけろ

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2.今夜はこれから、どこまで行こうか?

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 カイルと私の清らかな交際は、あれから数ヶ月も続いている。正直に言えば、私にはイライラと他の何かがたっぷりと溜まっていた。三十代前半は、まだまだ枯れちゃあいないのだ。
 なので、今日もヤケ酒を喰らう。
「もうやってらんない!!」
 私はダンッ! とバーのカウンターテーブルを叩く。女性とはいえ大人が拳で思いっきり叩いたのだから、店じゅうの人間が振り返る程だ。マスターも眉を寄せていて、もうすぐ追い出されるかもしれない。
「ま、まぁ落ち着けよシャーリー」
「ったく、カイルのやつ……!」
 今夜に関しては偶然出会っただけの、飲み友だちフレッドが、私の機嫌の悪さに手を焼いている。だいぶ酔ってしまった私にもそれは理解出来て、ちょっと悪いなとは思うが感情が抑えられない。そんな私にフレッドは溜め息をついた。
「独りもんの俺からすると、贅沢な悩みだと思うんだが。一緒に居られるだけでも幸せなんじゃないのか?」
 そうなのだろうか。いや、二人で居るからこその孤独も存在するのだ。
 私は飲みかけのグラスを割らない程度に握りしめ、ぐいっと一気飲みする。
「シャーリー、お前なぁ……そんな飲み方するんじゃねぇよ。酒が勿体無いだろうが」
「うるさい! 私には、ここでクダ巻いてるくらいしか出来ないの! こんなみっともない事は、絶対カイルに伝えられないんだから!」
 そう言いながら空っぽのグラスをマスターに渡すと、新しい一杯が注がれた。まだ追い出されるまでは行かないらしい。私は安心して、また飲み干す。ああ、咽喉がとても熱い。

 翌朝の寝覚めは最悪だった。完全なる二日酔いと、結局は何も解消しなかったストレスが重く圧し掛かってくる。それでも自分の失態はよく覚えているから、今夜はフレッドに奢ってやらなければと思った。
 私はコーヒーだけ飲んで、普段よりだいぶ早い時間に家を出る。ハンドルを切って向かうのは、二十四時間営業しているジムだ。カイルの勧めで入会したのだけれど、通勤前に一汗流せるので良い感じかもしれない。特に早朝は誰も居なくて静かだし気分も良かった。この頭痛は、しばらく走って汗でも流せば少しマシになるだろう。

 そのジムには珍しく先客が居た。問題のカイルだ。
 カイルは私に気づくと、にこにこしながら近寄ってくる。
「やぁ、おはようシャーリーさん! 朝一番に君と会えるなんて、私はとても運がいい!」
「あ、ああ、おはよー」
 カイルはいつもこの調子で、私の存在を喜んでくれる。その気持ちに嘘はない。本当に腹芸が出来ない男だ。
 だから──カイルが私と肉体関係を結びたくないというメッセージは、私に直接刺さってくる。

 デートと称し、出掛けても。
 今日のように、偶然会っても。
 数ヶ月間、何事も起こらない。

 私も元々は告白された身、カイルが押してくるだろうと思って淡い期待をしつつ待っていた。だが、その素振りさえも無いので──最初は心配していただけの感情が、一定のラインを越えてしまう。あとはもう、傷つくしかない。
 そして今は、私が求めている付き合いと、カイルが思う付き合いは違う──そんな風にすら感じていた。恐ろしい話だがその場合、最初から私とカイルは噛み合っていなかった事になる。
「……ん? どうしたんだい、浮かない顔をしているね」
「そんな事ない、ちょっと二日酔いで」
 私が頭痛の場所を指し示すと、カイルは納得したらしい。
「ああ! なるほど! ではゆっくり休むべきだ!」
「いや、私は走りに──」
「無理はいけない!」
 半ば強引に、私はベンチへと寝かされてしまった。カイルは私の傍に腰掛け、心配そうな瞳でこちらを見ている。
「……何か必要なものはないだろうか?」
「ないよ、カイルはトレーニングの続きでもしてきて」
「シャーリーさんの具合が悪いのに、そんな事は出来ない!」
 私が先ほど指し示した辺りを撫でるカイル。温かい指先が気持ちいい。頭痛も飛んで行くようだ。『手当て』という言葉にはそんな意味もある、と母さんが言っていたのを思い出した。
 ああ、出来ればこの小さな温もりを手放したくない。しかし、このままでは私の気持ちが尽きてしまう。どうしたら私とカイルは噛み合う事が出来るのか。
 このアラサーおばさんから「抱かれたい」などとは口が裂けても言えないけれど、今なら少しだけ頑張れる気がした。
「……ねぇカイル。諦めるのは、格好悪くあがいてからでもいいよね?」
「え? どうしたんだい、シャーリーさん」
「これでもダメなら、私、別れる」
 私はカイルをぐいっと抱き寄せ、思い切って唇を合わせてみた。カイルは瞳を丸くしつつ、とても嬉しそうに赤面する。
「シャ、シャーリーさんにキスをしたいとは以前から思っていたんだ。でも、私はタイミングを掴むのが致命的に下手で……」
「ばっ、馬鹿! そんなの男なら、多少強引にガーッと行ってバーッと決めりゃあいいの!」
「……では、シャーリーさんに了承を取らなくてもいいかい?」
 私が寝転ぶベンチがぎしっという音を立てる。カイルが私に覆いかぶさろうと、体重を掛けた為だ。
「聞いてくれ、シャーリーさん──僕は先ほどまでトレーニングをしていて、汗をかいたから臭うかもしれない。それにシャーリーさんは二日酔いがひどい。そしてこの場所は、朝とはいえ誰もが出入り自由のジム。他にも、燦々と照っている灯り、堅いベンチ、急だから準備できていない避妊具。この問題を、私は全部気にしなくてもいいのかい?」
「カ、カイル、あなた……」
「愛しているよ、シャーリーさん」
 私の視界が、カイルで一杯になる。
 ええい、ままよ。
 私はやっと噛み合った二人のために、カイルの広い背へ腕を回した。



「でさ~~、聞いてよぉ、カイルがさぁぁぁ」
 その日の夜。
 私は昨日と同じバーで、同じく酔っ払っていた。ただ、酔っ払った原因が全く違う。
「ったく、あーいう男は最強だよね~。素直で妙なプライドも無いから、一度でも道が出来れば何事も上手く行くって感じでさぁ。ねぇフレッド、ちゃんと聞いてる?」
「あー、きーてるきーてる」
「本当に?」
「きーてるきーてる」
 私は当初、フレッドに昨日のお詫びとして奢るだけのつもりだった。しかし、フレッドが「今日は何だかマシな顔をしてるな」なんて言ったものだから、昨夜の反動で止まらない。何せ、ここ数ヶ月間の私の悩みが、一挙に解消したのだから。
「ほれほれ、遠慮せず飲んで」
「そうさせてもらう。飲まないと聞いてられないぜ」
「悪ぃ悪ぃ、ほれ、ぐーっと行って」
「よっし!」
 私はフレッドにお高めの酒を勧める。フレッドも満更ではなさそうで、数杯飲んだら気持ちよく酔ってくれた。
「まぁアレだな、本当に良かった。幸せが来たんだな」
「……うん、そうみたい」
「はは、腑抜けたツラしやがって!」
 フレッドは私の肩を抱いて、子供みたいにはしゃいでいる。いいとも今夜は祝い酒、私も楽しく酔っ払おう──そう思ってグラスを合わせた瞬間だった。
 突然、カウンターで座っていた私とフレッドの間に何かが現れる。それは申し訳なさそうに私を見つめるカイルだった。
「シャーリーさん、すまない。携帯が繋がらず、もしかしたらここに居るかと思い、来てしまった。ええと、そちらの男性は――」
「紹介するね、私の飲み友だちフレッド。いいやつだよ」
「そ、そうかい。僕はカイルです。よろしくお願いします」
 カイルは挨拶したが、それでも私とフレッドの隙間から離れない。私は一つ隣の席に座り直し、今まで使っていた椅子を譲った。
 カイルはちょこんとそこに座り、居心地が悪そうにしている。私はそんなカイルが話しやすいよう、水を向けた。
「で? 携帯が繋がらないからどうしたって?」
「今朝はあの後、仕事で別れ別れになっただろう? 私は君の身体が心配で、ずっと連絡を取りたかったんだ!」
「ああ、そっちの話──っていうか、そういうのは小さな声で言って! フレッドが困ってるでしょ!」
「すまない、でもシャーリーさんの状態が良くてとても安心した!」
 私に対してにっこり笑ったカイルが、今度はくるりとフレッドの方を向いた。
「今朝、シャーリーさんは名実共に私の恋人になったんだ。だから、今後一緒に飲む時はあまり顔を近づけないでもらいたい。でないと、私の心臓が止まってしまう。これで納得してもらえるだろうか?」
 フレッドが、ぶはっと酒を噴いている。そりゃそうだ、フレッドは飲んで盛り上がるついでに私の肩を抱いただけ。しかし、カイルの表情は真剣。カイルらしく、本当に判りやすい嫉妬だった。
「参ったな……あのよ、俺はシャーリーにはそういった意味で興味はない。だから安心してくれ」
「いや、君もシャーリーさんの素晴らしさに気づいたら、骨抜きになってしまうことだろう……この私のように」
 またもやフレッドが酒を噴く。高い酒なのに勿体無い。
 まぁ私にもその気持ちは解る。私もさっきから砂糖をそのまま食べている気分だ。
 だが。
 今夜の私にとって、その砂糖はただただ美味しい。
 このおばさんが甘みに痺れて、年甲斐も無く浮かれてる。
「フレッドごめん、カイルをこのまま置いとけないから、今日は帰るわ!」
「あ、ああ、俺の酒のためにもそうしてくれ。そして二人で誰にも迷惑にならない場所へ行ってくれ……本当に頼む」
 私はカウンターに、フレッドの分の飲み代とチップを置いた。それから、まだフレッドに何か言っているカイルの腕を掴む。
「シャーリーさん、私はまだフレッドくんから返事を貰ってないよ」
「いや、じゅーーーぶんヤツは解ってる! 私が言うんだから大丈夫!」
「そ、そうかい!?」
 私とカイルは、夜の街の喧騒へ飛び出した。
 さぁ、今夜はこれから、どこまで行こうか? 
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