新説 六界探訪譚

楕草晴子

文字の大きさ
99 / 133
12.第五界

3

しおりを挟む
「根拠は?」
「科学雑誌読んでたってとこと、お前が喋った普段の弐藤さんの様子から。
  映画やアニメなんかのエンタメ作品をちょっと見てハマったわけじゃなくて本当に宇宙が好き、というのが今立てられる最有力仮設かと」
「でも、今俺達息できてるし歩けてるよ」
 宇宙だったら無重力だし真空なんじゃないの?
 コウダは真顔で促した。
「最初に『中』入る前に読ませた手引き、思い出せ。
  書いてあったろ。
  『中』に侵入した人間は基本どんな場所でも大気があるように動けるから」
 あれ、そうだっけ。
 丸一ヶ月程前に読んだペラ紙1枚の情報なんてもう薄れてていい頃だ。
 しゃーないしゃーない。
 コウダとしても俺が忘れてるのが予定通りだったんだろう。
 動じなかった。
「続けるぞ。
  物理法則が現実に基づくと仮定すると…ここの地平線はほぼ真っ直ぐだろ。
  ごく小さい星だったら例え丸くてもあんなに地平線がまっすぐじゃなくて、肉眼で湾曲して見えるはず。
  ということは、ここはそれなりの大きさの、球体の星。
  さらに科学雑誌の未知の惑星の想像図でここまで砂の質感が再現されているものは見たことがない。
  ということは実際の写真を見たと考えられる。
  一番身近で写真が残る、そういう関係の星は地球と月。
  月から見た地球の写真は有名だからな。
  ただ、頭の中だし、イメージが火星・金星とごっちゃになってる可能性がある。
  だからこの二つも一応まだ候補に入れておきたい」
「水星とか木星とかはないの?」
 理科でならった『水金地火木…』
 太陽系ならどこでも有り得るんじゃないだろうか。
 それを聞いてさっきのでも動じなかったコウダが呆れ顔になった。
「お前なぁ、水星と木星はガス惑星だ。
  地面なんて存在しない。
  俺と違ってちゃんと学校行ってるんだろ?」
 ガス惑星? そうだっけ??
 んなこと言われたって覚えてねぇもんは覚えてねぇ。
「まさか空が黒いのになんで明るいの? とか悩んでないだろうな」
「大気無いからでしょ。流石にそれは分かる」
 まだ多少不信感の残る目付きのままコウダは真っ直ぐ前に進んでいく。
 とはいえ。
 寒くも熱くもなく無風のそこには、ただ砂の大地が広がるばかり。
 歩いたところであの地球と思われるものが近付く筈もない。
 本当に真っ直ぐ進んでいるのかさえ時々疑問になるけど、あの辺の丘チックな地形は同じ場所で段々大きくなってるから、直進になってるんだろう。
 前に前に行ったところで、何の手掛かりもないのは辛い。
「せめてここが月だってわかるような、証拠になりそうなもんがあればいいのに」
「あった、かもしれない」
 コウダの視線は遠くに向かって投げられた。
 丁度丘チックな地形を超えた所にある今の場所から、多少急な下り坂の、更に先。
 旗が立っている。
 下り坂…いや、周りをよく見よう。
 下り坂って地形じゃないよな。
 巨大な円を描いているような…。
 今まで歩いてきたのはクレーターの外側だったのか。
 別の星に旗、といえば。
 画像だけは何で見たのか、不勉強な俺の記憶にも一応残ってる。
 ヘカテー月面計画の星条旗。
 でも…なんか…あれ?
 その旗からちょっと離れたとこに看板も建ってんだけど。
 写真では旗しかなかったよなぁ…。
 降りられなくはない程度の下りを見下ろす。
 旗の模様がまだよく見えないし、こりゃ降りるしかないだろ。
「降りるよね」
 砂が服の中とかいろんなところに入るのは嫌だ。
「降りる。確証を得たい。
  看板あるのは気になるけど」
 やっぱそこな。
「現実には存在しないだろうから…まあでも行こう」
 マズいじゃないかぁー…。
 暗澹たる気持ちで、途中滑り落ちそうになりながら坂を下る。
 安藤さんの『中』の後で買い直したもののやっぱりまた安物のスニーカー。
 ボードとか無くても砂丘やちょっとした岩肌を滑ることができる!
 地面をちゃんと踏みしめてるコウダに続いてターゲットに近付いていくにつれ、その色味はハッキリしてきた。
 旗、ほぼ白くね?
 青と白と赤で構成された例の国旗には一向に見えてこず。
 とうとう旗に触れるほど近くなって漸く、旗の布地に印刷の痕跡が見えた。
 確かに星条旗。
「もしかして古くなって色抜けた?」
「かもな。でもこれで場所は確定な」
 うん。月だね。
「…で、だ」
 安堵したら即、次。
 コウダらしい。
 看板の向こうには円盤状の何か。
 『THE・ウニベルCITY・マチガン』。
 これも看板か? どこの町だここは。
「マチガン大学、か。なんで校章があるんだろうな」
 コウダ、ぼやき英会話講座ありがとう。ウニベルCITYは大学って意味ね。
 どんな経緯でここにこんなもんが…。飲み会で酔っ払い大学生が『オレらのアオハル、ウェーイ!』とかって置いてったわけじゃなし。
 謎が深まるものの、少なくとも地球人がいた痕跡ってことにはなりそう。
 そして件の看板は…ここに来るとまだ多少先に見えた。
 外からは旗のすぐそばっって思えたんだけどなぁ。
 近づくと全然遠いや。
 でも、そこまでの間に、他にもポロポロ物が落ちてる。
 ゴミか? ビニール袋っぽいけど…違った。ビニール袋に入った家族写真か。
 謎の四角い金属板も。
「たどるか」
 …俺の返事も聞かずにもう歩き出さないでほしいなぁ。
 そう思いつつもさくさく歩くコウダにさくさく着いてく。
 あれ、もしかしてゴルフボール? いや、もうこれ絶対ゴミでしょ。
 でも看板と旗の直線上に撒かれてんだよなぁ。
 お菓子のカケラをたどって歩いてる気分。
 …ってそれ、フラグ立ってるっしょ。罠っしょ。
 あの看板、危険フラグ?。
 それがクレーター中心寄りにあることに気付き、ここに来てすぐに蟻地獄を想像したことを思い出し、軽く戦慄しつつ。
 そんな事考えもしてないのか、確実にいつも通り右左を見渡しつつ歩くコウダ。
 自信満々の感じだけどダイジョブか?
 あれ、そういえば。
 このところコウダの顔見ると何となくコウダの気分がわかるようになったよな。
 前は顔見てもいつも同じだなーだったけど。
 俺が慣れたのか、コウダが慣れて顔に出す様になったのか。
 なんにせよお互い図らずも心理的な距離感が当初よりぐっと近くなったってことで。
 この業務目的の交流によってっていう事情を鑑みると、嬉しいのか悲しいのか。
 コウダが野郎じゃなくておねえさんだったら嬉しいの一択だったんだけどな。
 そしたらもしかするともうちょっと、あんなこととか、こんなこととか。
 目の前を歩くコウダの後ろ姿を脳内で無理矢理萌える女子に変換。
 …してはみたものの全然しっくりこねぇな。
 やっぱコウダはコウダ。このままがいいや
 そう思うと落ち着いた。
 落ち着きついでに、看板の字が読める距離に来てるので、読んでみる。
 …残念! 大したこと書いてない!
 英語らしきアルファベット。
 小文字のiを丸で囲んだようなアイコンの脇に…よかった。わかるぞ。
 『infomation』。
 なんだろ。観光案内? 情報は情報でも危険情報だったらヤだな。
 コウダも同じく看板に目を凝らしてるっぽく、首が斜め上角度で固定されてる。
 もうちょっと近くに行くとなんかわかるのかな。
 斜め上のほうを見たまま一歩足を踏みだす。
 その時コウダは俺が足を踏み出したのに気付いてなかったらしい。
 そしてコウダが立ち止まったままだってことに俺も気づいてなかった。
 結果、俺の右足は。
 カチッ
 …なんか踏んだ。
 ブブブッ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

冴えない経理オッサン、異世界で帳簿を握れば最強だった~俺はただの経理なんだけどな~

中岡 始
ファンタジー
「俺はただの経理なんだけどな」 ブラック企業の経理マンだった葛城隆司(45歳・独身)。 社内の不正会計を見抜きながらも誰にも評価されず、今日も淡々と帳簿を整理する日々。 そんな彼がある日、突然異世界に転生した。 ――しかし、そこは剣も魔法もない、金と権力がすべての世界だった。 目覚めた先は、王都のスラム街。 財布なし、金なし、スキルなし。 詰んだかと思った矢先、喋る黒猫・モルディと出会う。 「オッサン、ここの経済はめちゃくちゃだぞ?」 試しに商店の帳簿を整理したところ、たった数日で利益が倍増。 経理の力がこの世界では「未知の技術」であることに気づいた葛城は、財務管理サービスを売りに商会を設立し、王都の商人や貴族たちの経済を掌握していく。 しかし、貴族たちの不正を暴き、金の流れを制したことで、 王国を揺るがす大きな陰謀に巻き込まれていく。 「お前がいなきゃ、この国はもたねえぞ?」 国王に乞われ、王国財務顧問に就任。 貴族派との経済戦争、宰相マクシミリアンとの頭脳戦、 そして戦争すら経済で終結させる驚異の手腕。 ――剣も魔法もいらない。この世を支配するのは、数字だ。 異世界でただ一人、"経理"を武器にのし上がる男の物語が、今始まる!

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

前世を越えてみせましょう

あんど もあ
ファンタジー
私には前世で殺された記憶がある。異世界転生し、前世とはまるで違う貴族令嬢として生きて来たのだが、前世を彷彿とさせる状況を見た私は……。

処理中です...