山鹿キリカの猪鹿村日記

伊条カツキ

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猪鹿村日記 その1

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 2018年の秋、私は福岡市から猪鹿村に移住した。その際、移り住んだ経緯や村での出来事を書き留めていた。
誰に見せたいわけでもないのだが、書いたものを眠らせておくのも勿体ないと思い、ここに書いていくことにする。

 私が猪鹿村の事を始めて聞いたのは、ネットゲー仲間からだった。うろ覚えだけど、だいたいこんな感じだ。

「そういえばさ、いなか村って知ってる?」
「聞いたことないけど、なに県?」
「いちおー福岡なんだけど、知らない?」

 その日、いつものようにボイスチャットをしながら、ひと狩りしていた時だ。新規イベントのモンスターを狩るのに、手伝ってもらっていた時、仲間の1人が話題を持ち出した。

「その村がどうしたの?」
「移住者を募ってるんだけど、その条件が凄いんだ」
「凄いって?」
「村の空家をリノベーションして家賃無料で貸し出し、さらにネット代も無料だって」
「それ、本当!」
「しかも村中に無料WIFIが設置されてるらしい」
「それ、どんなハイテク村よ」
「キリカさぁ、今クラウドワーカーなんだろ。丁度いいじゃん」
「確かに、そうね」
「応募してみれば」
「でも、いなか村でしょ。周り、何にもないんじゃ……見つけた! サポートお願いね」

 その後は、モンスターを狩るのに夢中になっていた。狙っていた素材を手にいれ、満足してログアウトしてから何となく先ほどの会話を思い出し、猪鹿村のホームページを検索してみた。そこには自信ありげな笑顔を見せる猪鹿村村長の顔写真が載っていた。猪鹿村村長、山鹿行成。偶然だが同じ苗字という事で、何となく親近感を持った。

 移住者募集の内容を見てみると、チャットでも言っていたように、空家を移住者に無料で提供と書いていた。さらにはネット料金も無料とある。写真を見てみると、平屋を今風にリノベーションしていて、雰囲気は悪くない。

 第一期移住者の予定は10数名らしい。場所は福岡と佐賀の県境、白糸の滝や雷山スキー場などが近くにある場所だ。

 クラウドワーカーとして、フリーのライターで何とか生計を立てている自分にとって、何処に住むかという事はあまり関係ない。家賃とネット料金が無料というのは、かなり魅力的だ。

 そもそも、私がフリーライターになったのには理由がある。

大学卒業後、地元の出版社に就職した。フリーペーパーのライターと言えば、聞こえはいいが、実際にやっていることと言えば、ほとんどが広告取りの営業だ。フリーペーパーなんて、クーポンと広告がほとんどで、記事なんて僅かしかない。

 それでも、ライターの仕事は憧れだったし、文章を書くのは好きだったから頑張った。少しでも広告をたくさん取って、予算を増やせばページが増える。そうすれば、自分の書くスペースができる。そう信じていた。

 しかし、現実はどれだけ広告を取ってきても、広告のページが増えるだけ、書くことはお店のメニューと編集後記の2,3行くらい。こんなものはライターとは言わない。

 それでも5年間、頑張って働いた。自分で企画を出したり、新しい雑誌の創刊にも立ち会った。でも、その出版社では社長の意見が全てだった。新しい意見を出しても、前例がないからとか、勝算がないとか、コストに見合わないとか何かにつけて反対された。

 だからといって社長に違う意見があるわけでもない、ただ、私が新しい事をしようとする事が気に入らないのだ。生意気な奴と影口を叩かれているのはわかっていた。特に経理担当で社長と不倫しているという噂のお局様には嫌われた。出社してきても、挨拶もされない。社内でコーヒーを淹れた時も、旅行のお土産にとお菓子を買ってきた時も、あえて私だけ、除け者にされた。

 別にコーヒーくらい自分で買うし、お菓子が食べたいわけでもない。ただ、こんな昼ドラでしか見ないような、小イジワルをする人が現実にいるという事、そしてそれが、同じ職場で働いている人間だと言うことが、情けなかった。人はここまで自らの醜悪さに気が付かないのかと唖然とした。

 そんな時、社長の一言で始まった企画が、盛大にコケた。流行りだからと、たいして知識も理解もないくせに思いつきでLGBTの特集をしたのだ。これが、多方面からクレームの嵐となり、電話が鳴り止まなかった。
 社長は、いとも簡単に逃げた。責任の全てを私に押し付け、家族サービスだと旅行に出かけたのだ。

 夜遅くまで社内に1人で残っていた時だった。社長の机に報告書を置こうとすると、経営論の本が置いてあった。手に取って何気なくめくると《部下の失敗は自分の責任に、成功は部下の功績に》と書かれていた。私は声を出して笑った。その笑いはしばらく止まることがなかった。

 そして私の心はポッキリと折れた。


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