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〇後日談、その4 桐谷深江
しおりを挟む「だから、そうじゃないでしょ」
「もう、いいじゃないですか!」
かつての選挙事務所だった平屋が、そのままキリカちゃんの村長室になっている。中から聞こえてくる声は、選挙でキリカちゃんと対決した猪瀬京香、その人だった。
「あなた、村長なんだから。もう少ししっかりしなさい」
選挙が終わってキリカちゃんが当選した後、前職村長の山鹿行成は、病気の治療に専念する為に長期入院する事になった。村長がキリカちゃんのサポートにと連れてきたのは、あろうことか猪瀬さんだった。
私が事務所に入ると、それを見たキリカちゃんがすがるような目でこっちを見る。私は静かに顔を横に振った。先の選挙戦でわかった事だが、彼女は敵にしないほうが良いと、女の本能が告げていた。
「だいたい何であなたがここにいるんですか!」
キリカちゃんが我慢の限界に来たのか、立ち上がって吠えた。
「行…、前村長に頼まれたからよ。この村の事を何も知らないあなたに、色々と教えてやってくれって」
「そう言いますけどね、私とあなたは先日の選挙戦で戦ったんですよ。いわば敵同士ですよ。それなのに、あなたが私の後見人って、おかしくないですか?」
部屋の隅っこで小さく頷く。
「私もあなたも、この村を良くしたいと思って村長に立候補したんでしょ。手段は違えど、目的は同じ。それなら、協力することだってできるはずよ」
「桐谷さーん」
キリカちゃんが助けを求めてきた。私も覚悟を決めるかと、口を開きかけた時、事務所の戸が乱暴に開けられた。
「村長はおるか!」
怒鳴り声と共に、男が一人入り込んできた。キリカちゃんを見つけ、口を開こうとしたまま固まる。隣に猪瀬京香がいたからだ。
「ど、どうして京香さんが?」
「何か用かしら」
「い、いや、俺は村長に……その」
入ってきた時の威勢の良さは急速にしぼんでいた。
「村長はお忙しいの。話なら、私が聞くわ」
「い、いや、よーく考えたら、たいした事でもなかったわ。そ、それじゃあ」
来た時と同じ勢いで、男は去っていった。
私とキリカちゃんはポカンと口を開け、それを見送った。
「なんですか、あれ?」
去っていく男を睨め付けながら、猪瀬さんが言った。
「覚えておきなさい。世の中にはね、自分が変わろうともしないで、全てを他人のせいにして攻撃する人間だって多いの。人の上に立つってことは、そういう人達の目標になるってことなの」
もしかして、前村長が猪瀬さんを後見人に選んだのは、こういう人達から守るため?
「あ、あの! 私、青井さんと約束があったんだった。ちょっと出てきますね」
そう言うと、キリカちゃんは足早に出ていった。猪瀬さんと二人っきりとか、これ何の罰ゲームなの。
「桐谷さん」
「は、はいっ!」
声をかけられ思わず背筋が伸びる。
「あの娘のこと、これからもよろしくね」
「えっ?」
「移住してきた時から、色々と面倒見てくれていたんでしょう」
彼女の表情は村長としてのキリカちゃんを心配するものではなかった。そう、まるで娘を見守る母親のような……。
その時、月影さんが山頂で聞いてしまったという話を思い出した。前村長、山鹿行成と彼女は若い頃恋人同士だったと、そして子どもの為に駆け落ち同然に村を出たと。その時は、驚きのあまり疑問に思わなかったけど……。間違いないと、女の直感が私に告げていた。
「あの、猪瀬さん。私、今度息子が遊びに来るんです。大学が冬休みだから」
「……そう」
「手のかかる子だったんです。中学の頃はヤンチャもしてたし。私も一人息子だから、なかなか子離れができなくて。でも、大学で一人暮らし始めて、離れてからのほうが何だか仲良くなって」
「よかった、わね」
「気が付くと、つい息子の事考えちゃうんです。何だかんだいっても、親子ですから。猪瀬さんもやっぱり娘さんの事は心配ですよね」
私の最後の台詞に、彼女は手で口を抑えた。瞳が潤んでくる。
「……ど、どう、して」
涙声になっていた。ずっと抑えていた感情が堰をきって溢れてきたのだろう。私の直感は確信に変わった。
「キリカちゃんって、あなた達の実の娘さんなんですね」
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