21 / 202
第一章 異世界来たら牢獄で
お別れは笑顔で
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「よし。今の内だ。イザスタ。頼むぞ!」
「はいは~い。それじゃあ調べるわよん」
気を失っているが、念の為ヌーボが四肢を拘束したままイザスタさんは鬼に触れて目を閉じる。どうやらスライム以外でも触れた相手の事が分かるらしいけど……考えてみたらイザスタさんってチート過ぎないだろうか?
「…………分かったわ看守ちゃん! 右胸の上。看守ちゃんの指先から手首位の深さに何かある。だけどそこは結構ダメージがいかない?」
十秒ほどしてイザスタさんがそう告げるが、考えてみれば身体の魔石を摘出するにしても、位置によっては切開しなければならない。出血なんかはどうするのだろう?
「問題ない。このガントレットは武具であり魔道具でもあってな、装備しているだけで簡単な光属性の魔法が使える代物だ。摘出すると同時に簡単な痛み止めと応急処置をする。あとは牢獄の外に念の為呼んだ医療部隊に任せればいい」
鬼の右胸に触れて狙いを付けるディラン看守。普通の手刀で身体を貫くのは難しいが、ディラン看守なら出来そうだ。
「了解! 一応アタシも簡単な治癒くらいなら出来るから、出血が酷い時は任せて。トキヒサちゃんはこういうことの経験は?」
「俺っ? 俺は……ちょっとした止血くらいしか」
話を振られたが、止血のやり方ぐらいは授業で習ったけどそれ以上は無理だ。こんなことなら陽菜からもっと教わればよかった。傷の縫合のやり方とか。
「じゃあトキヒサちゃんにはお姉さんの手が足らなくなったら手伝ってもらおうかしら。看守ちゃん。準備は良い? タイミングはそちらに合わせるわよん」
「分かった。では三つ数えたら始める」
ディラン看守は呼吸を整えると、手を親指を畳んだ貫手の形にして真剣な眼差しで狙いを定める。
「三、二、一、はああぁっ!」
カウントと同時に、看守は鬼凶魔に自らの貫手を突き立てた。意識をなくても痛みは感じるのだろう。鬼が身悶えするが、ヌーボによって拘束されているので動けない。
手刀が肉を分け入り、血が噴出して返り血がディラン看守を染める。傍から見ると恐ろしい光景だ。
「……これだあぁっ!」
ディラン看守が何かを掴みだした。さっきは遠目で分からなかったが、あれが問題の魔石らしい。
大きさは鼠凶魔が小指の爪くらいのサイズだったのに対し、こちらは看守の掌に何とか収まるほど大きい。色もあちらが透明に近い白だったのに、こちらは禍々しく濁って黒ずんだ赤色。
同時にディラン看守はもう片方の手を傷口に当てる。すると掌から淡く白っぽい光が溢れだした。これが光魔法か。
「よし。落ち着いてきたようだ。あとはこのまま元に戻るのを待てば良い」
その言葉に鬼を見れば、暴れるのが収まって少し顔つきが穏やかになっている。身体を覆う筋肉の鎧も少しずつ元に戻り、これなら何とかなりそうだ。俺がそう安堵した時、
「……っ!? 看守ちゃんっ! 魔石を遠くへ投げ捨ててっ!!」
急にイザスタさんが焦った声で叫んだ。その言葉にディラン看守が持っている魔石に目を向ける。
それはドクンドクンと脈動したかと思うと、赤く強い光を周囲に放ち始めた。ディラン看守もこれは危険だと悟り、素早く魔石を牢屋の奥に投げ捨てる。
魔石は壁にぶつかると、そのまま空中に浮きあがった。警戒態勢をとるディラン看守とイザスタさんの前で、尚も光り続ける魔石。そして光が急激に強くなって皆が目を庇った時にそれは起きた。
「……空中に、ヒビ?」
それはクラウンが作った穴とは違った。あれが穴、もしくはゲートと呼ばれる物ならば、これはヒビ、又は裂け目とでも言える代物だと直感的に感じた。同時にここに居ると危ないとも。
「マズイ。何かに掴まれっ!」
「ヌーボっ! お願いっ!」
ディラン看守とイザスタさんの叫びはほぼ同時だった。裂け目はダイ〇ンもびっくりの凄まじい勢いで周囲の物を吸い込み始めたのだ。
ディラン看守は地面に先ほどの要領で貫手を突き立てて踏ん張り、イザスタさんはヌーボが触手でキャッチ。ヌーボ自身は戻りつつある巨人種の人に絡みついて自重と合わせて耐え、俺も巨人種の人にしがみ付く。
ゴウゴウと音を立てて全てを吸い込んでいく裂け目。戦闘中砕けた床の破片。凶魔の核の小さな魔石。クラウン達にやられたスライム達の肉片等。それは一切の容赦もなく、只々全てを吸い込んでいく。
「もう少し耐えろっ! これはおそらくクラウンの仕掛けだ。魔石を摘出するのを予想して、どこかへの転移術を仕込んでおいたらしい。だがこれだけの規模、魔石一つでそう長くは続かないっ!」
ディラン看守が踏ん張りながら風に負けないよう怒鳴る。俺はそれを聞いてクラウンの悪辣さにゾッとした。これらの騒動は全てディラン看守をピンポイントで狙ったものだからだ。
本来ここにはディラン看守が一人で来る筈だった。それは今も他の看守が一人も来ていないことから予想できる。多分他の牢で鼠凶魔を抑えているのだろう。
そこに俺やイザスタさんが来るのは想定外だったはずだ。奴も逃げる前に言っていたじゃないか。ゲストが到着したって。最初から看守を待ち構えていたということだ。
逃げたのは予想外のダメージを受けたからと言っていたけど、最初からあの鬼をけしかける予定だったとすれば辻褄が合う。囚人を助ける為、ディラン看守は魔石を摘出しにかかると分かっていたんだ。
そして消耗したディラン看守が魔石を摘出した時仕込まれた魔法が発動。疲弊したディラン看守はそのままどこかへ吸い込まれるという流れだ。
だが俺とイザスタさんが来たことで流れが変わった。ディラン看守も余力があるし、イザスタさんが知らせて魔石を投げ捨てたから多少距離もある。
あと問題は……俺がもう保たないってことだ。
「ぐっ! このぉ」
さっきはイザスタさんの手前掠り傷だなんて言ったが、実際はまだ足が結構痛い。今もこの吸引力の中、腕の力だけでしがみついている。腕力が上がっているから何とかなっていたが、遂に腕も痺れてきた。そして、
「……うわっ!?」
腕がずるりと滑り、一瞬の浮遊感の後に俺は空中に投げ出された。そのまま裂け目に吸い込まれようとした時、ガシッと何か俺の腹部に巻き付いてギリギリで静止する。ヌーボが触手を俺に巻き付けていたのだ。ナイスキャッチっ!!
だが身体の大部分を巨人種の人に絡みつく分とイザスタさんの固定に回しているため、こちらに多く割くことが出来ない。伸びた触手はピンと細く張り、ブチブチと何か千切れるような音も聞こえる。長くは保たなそうだ。
「トキヒサちゃんっ! こっちに手を伸ばしてっ!!」
イザスタさんが必死に手を伸ばす。自分も飛ばされそうなのに、ヌーボが固定できるギリギリまで移動して。
「イザスタさんっ!!」
俺も裂け目の吸引力に逆らって何とか手を伸ばす。しかし限界まで伸ばしてもまだ二メートル近くの距離が。何とかこの距離を縮めるには……くそっ! こんな状況じゃ頭が回らない。
しかし運は俺達に味方をしたらしい。少しずつ裂け目の吸引力が弱まってきたのだ。視線だけ後ろに向ければ、最初に比べて裂け目が一回り小さくなったような気がする。これなら行けるか?
「こ、のおぉぉっ!」
力を振り絞って触手を掴み、それを手繰って近づいていく。吸引力が弱くなったとは言え、ヌーボの触手もいつ千切れてもおかしくない。もう少しだけ頑張ってくれ。
「もう少しっ! もう少しだっ!!」
ディラン看守も俺を励ましてくれる。一瞬でも力を抜けば一気に吸い込まれる極限の状況で、俺は本当に少しづつではあるけれど着実に進んでいく。あと一メートル。……八十センチ。……六十センチ。……ここならギリギリ届くっ!!
俺は片手で触手を握りしめながら、もう片方の手をイザスタさんの方に伸ばす。その距離、あとほんの僅か。互いの指先が触れるか触れないかまさにギリギリ。
「もうちょっと。もうちょっとだけ手をっ!」
互いに指先を掴もうとするも、あとほんの数センチが足りない。……仕方ない。もう少し触手を手繰り寄せて……えっ!?
それを見てしまったのは全くの偶然だった。見るのがあとほんの数秒遅ければ、あるいは見ないふりでもできれば、話は大きく変わっていただろう。
何せ、牢の隅に寝かせていたエプリが、気を失ったまま裂け目に吸い込まれようとしていたのだから。
「……っ!?」
そして最悪のタイミングでもう一つトラブルが。消える前のロウソクの火が最も燃え上がるように、裂け目も消える寸前にグンッと吸引力が増したのだ。当然エプリも一気に引き寄せられ、完全に宙に浮いて勢いよく裂け目へと引っ張られる。
そのまま放っておければ良かったのだろう。元々他人だし、俺のことを殺そうとした奴だ。助ける義理なんてない。ああそうとも。助ける義理なんてまったくない。
「…………あぁもうっ!!」
だけど、気付いたら俺はイザスタさんへ伸ばしていた手で飛んできたエプリのローブを掴んでいた。何でだろうな?
「目の前で困っている人を助けるのに理由なんていらない」とは陽菜の口癖だった。陽菜だったら間違いなく助けるだろう。
“相棒”だったら……この状況なら「簡単だ。助けた方がメリットがあるなら助ける。それ以外なら見捨てる。当然だろ?」とか何とか言ってやっぱり助けそうだ。
で、俺が何でこんなことしてるか考えるが……うん。気が付いたら動いたとしか言いようがない。強いて言えば美少女だったからだ。目の前でピンチの女性、特に美少女をほっとくなんて俺にはできない。
“相棒”から常日頃バカだバカだと言われているが、これは自分でもそう思う。折角イザスタさんが手を伸ばしてくれたのに。もう少しって所まで来ていたというのに。咄嗟にエプリを掴んじゃったからな。
あとは触手を掴んでいる手のみだが、エプリが加わったことで一気にブチブチという音が大きくなった。もう少しで多分千切れる。
「待っててっ! 今からそっちに行くからっ!!」
「待てイザスタっ! お前は動くな。俺が行く!!」
必死に吸引力に耐えながら、触手を命綱代わりにして近づいてくるイザスタさん。そして、なんと床に貫手を繰り出して身体を固定しながらやってくるディラン看守。どちらも危険を冒しても俺を助けようとしてくれている。そのことがたまらなく嬉しく、そして……残念だった。
「……ディラン看守。色々骨を折ってくれてありがとうございました。あと加護の情報も」
「気にするな。それにまだ出所は終わっていない。貰った金の分の仕事はしていないぞっ!!」
ディラン看守は無念そうに吠える。そういえばこの場合払った料金はどうなるのだろう? 出所はしていないが、助けてくれたのは事実だもんな。……おっと。ディラン看守には悪いが今はそれより重要なことがあった。
「……イザスタさん。短い時間でしたがお世話になりました」
「トキヒサちゃんっ! 諦めないでもう少し粘って!! まだ何とか……」
イザスタさんは諦めていない。再びこちらに手を伸ばしているが、こっちには掴まる手がもう残っていない。
「一緒に『勇者』のお披露目に行くのはちょっと無理そうです。すみません。……でももう一つの方、イザスタさんの仕事を手伝うのは必ず守ります」
そこでイザスタさんの目をじっと見る。何処までも俺の身を案じてくれた恩人の目だ。こうなっても諦めずに俺を助けようとしてくれている人の目だ。俺はこの目を忘れない。次に会う時まで必ず。
「ちょっと遅刻するかもしれないけど、必ずまた会いに行きますから。約束ですっ!!」
そこで俺はとびっきりの笑顔を作って見せた。こんな状況だからうまく笑えたかは分からないが、一時とは言えお別れは笑ってするものだ。
「……こっちからも探すわ。それで次に会えたら……お祝いにデートしましょうね!! 約束よん!!」
ブチンっ!!! その言葉を最後に、それまで辛うじて繋がっていた触手が完全にちぎれた。俺はエプリの服を掴んだまま、凄まじい裂け目に引っ張られていく。
俺が裂け目に飲み込まれて意識を失う前に最後に見たのは、俺に合わせて眩しい笑顔を向けてくれるイザスタさんの姿だった。それはもう会えないという諦観の混じったものではなく、必ずまた会おうという強い意志を感じさせるものだった。
その後、俺がイザスタさんと再会するのは大分先の話。そして再会が元でまた一波乱あるのだが、それもまた大分先の話だ。
アンリエッタからの課題額 一千万デン
出所用にイザスタから借りた額 百万デン
合計必要額 千百万デン
残り期限 三百五十九日
◇◆◇◆◇◆
如何だったでしょうか? この話が少しでも皆様の暇潰しにでもなれば幸いです。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、感想、または何らかの反応は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
「はいは~い。それじゃあ調べるわよん」
気を失っているが、念の為ヌーボが四肢を拘束したままイザスタさんは鬼に触れて目を閉じる。どうやらスライム以外でも触れた相手の事が分かるらしいけど……考えてみたらイザスタさんってチート過ぎないだろうか?
「…………分かったわ看守ちゃん! 右胸の上。看守ちゃんの指先から手首位の深さに何かある。だけどそこは結構ダメージがいかない?」
十秒ほどしてイザスタさんがそう告げるが、考えてみれば身体の魔石を摘出するにしても、位置によっては切開しなければならない。出血なんかはどうするのだろう?
「問題ない。このガントレットは武具であり魔道具でもあってな、装備しているだけで簡単な光属性の魔法が使える代物だ。摘出すると同時に簡単な痛み止めと応急処置をする。あとは牢獄の外に念の為呼んだ医療部隊に任せればいい」
鬼の右胸に触れて狙いを付けるディラン看守。普通の手刀で身体を貫くのは難しいが、ディラン看守なら出来そうだ。
「了解! 一応アタシも簡単な治癒くらいなら出来るから、出血が酷い時は任せて。トキヒサちゃんはこういうことの経験は?」
「俺っ? 俺は……ちょっとした止血くらいしか」
話を振られたが、止血のやり方ぐらいは授業で習ったけどそれ以上は無理だ。こんなことなら陽菜からもっと教わればよかった。傷の縫合のやり方とか。
「じゃあトキヒサちゃんにはお姉さんの手が足らなくなったら手伝ってもらおうかしら。看守ちゃん。準備は良い? タイミングはそちらに合わせるわよん」
「分かった。では三つ数えたら始める」
ディラン看守は呼吸を整えると、手を親指を畳んだ貫手の形にして真剣な眼差しで狙いを定める。
「三、二、一、はああぁっ!」
カウントと同時に、看守は鬼凶魔に自らの貫手を突き立てた。意識をなくても痛みは感じるのだろう。鬼が身悶えするが、ヌーボによって拘束されているので動けない。
手刀が肉を分け入り、血が噴出して返り血がディラン看守を染める。傍から見ると恐ろしい光景だ。
「……これだあぁっ!」
ディラン看守が何かを掴みだした。さっきは遠目で分からなかったが、あれが問題の魔石らしい。
大きさは鼠凶魔が小指の爪くらいのサイズだったのに対し、こちらは看守の掌に何とか収まるほど大きい。色もあちらが透明に近い白だったのに、こちらは禍々しく濁って黒ずんだ赤色。
同時にディラン看守はもう片方の手を傷口に当てる。すると掌から淡く白っぽい光が溢れだした。これが光魔法か。
「よし。落ち着いてきたようだ。あとはこのまま元に戻るのを待てば良い」
その言葉に鬼を見れば、暴れるのが収まって少し顔つきが穏やかになっている。身体を覆う筋肉の鎧も少しずつ元に戻り、これなら何とかなりそうだ。俺がそう安堵した時、
「……っ!? 看守ちゃんっ! 魔石を遠くへ投げ捨ててっ!!」
急にイザスタさんが焦った声で叫んだ。その言葉にディラン看守が持っている魔石に目を向ける。
それはドクンドクンと脈動したかと思うと、赤く強い光を周囲に放ち始めた。ディラン看守もこれは危険だと悟り、素早く魔石を牢屋の奥に投げ捨てる。
魔石は壁にぶつかると、そのまま空中に浮きあがった。警戒態勢をとるディラン看守とイザスタさんの前で、尚も光り続ける魔石。そして光が急激に強くなって皆が目を庇った時にそれは起きた。
「……空中に、ヒビ?」
それはクラウンが作った穴とは違った。あれが穴、もしくはゲートと呼ばれる物ならば、これはヒビ、又は裂け目とでも言える代物だと直感的に感じた。同時にここに居ると危ないとも。
「マズイ。何かに掴まれっ!」
「ヌーボっ! お願いっ!」
ディラン看守とイザスタさんの叫びはほぼ同時だった。裂け目はダイ〇ンもびっくりの凄まじい勢いで周囲の物を吸い込み始めたのだ。
ディラン看守は地面に先ほどの要領で貫手を突き立てて踏ん張り、イザスタさんはヌーボが触手でキャッチ。ヌーボ自身は戻りつつある巨人種の人に絡みついて自重と合わせて耐え、俺も巨人種の人にしがみ付く。
ゴウゴウと音を立てて全てを吸い込んでいく裂け目。戦闘中砕けた床の破片。凶魔の核の小さな魔石。クラウン達にやられたスライム達の肉片等。それは一切の容赦もなく、只々全てを吸い込んでいく。
「もう少し耐えろっ! これはおそらくクラウンの仕掛けだ。魔石を摘出するのを予想して、どこかへの転移術を仕込んでおいたらしい。だがこれだけの規模、魔石一つでそう長くは続かないっ!」
ディラン看守が踏ん張りながら風に負けないよう怒鳴る。俺はそれを聞いてクラウンの悪辣さにゾッとした。これらの騒動は全てディラン看守をピンポイントで狙ったものだからだ。
本来ここにはディラン看守が一人で来る筈だった。それは今も他の看守が一人も来ていないことから予想できる。多分他の牢で鼠凶魔を抑えているのだろう。
そこに俺やイザスタさんが来るのは想定外だったはずだ。奴も逃げる前に言っていたじゃないか。ゲストが到着したって。最初から看守を待ち構えていたということだ。
逃げたのは予想外のダメージを受けたからと言っていたけど、最初からあの鬼をけしかける予定だったとすれば辻褄が合う。囚人を助ける為、ディラン看守は魔石を摘出しにかかると分かっていたんだ。
そして消耗したディラン看守が魔石を摘出した時仕込まれた魔法が発動。疲弊したディラン看守はそのままどこかへ吸い込まれるという流れだ。
だが俺とイザスタさんが来たことで流れが変わった。ディラン看守も余力があるし、イザスタさんが知らせて魔石を投げ捨てたから多少距離もある。
あと問題は……俺がもう保たないってことだ。
「ぐっ! このぉ」
さっきはイザスタさんの手前掠り傷だなんて言ったが、実際はまだ足が結構痛い。今もこの吸引力の中、腕の力だけでしがみついている。腕力が上がっているから何とかなっていたが、遂に腕も痺れてきた。そして、
「……うわっ!?」
腕がずるりと滑り、一瞬の浮遊感の後に俺は空中に投げ出された。そのまま裂け目に吸い込まれようとした時、ガシッと何か俺の腹部に巻き付いてギリギリで静止する。ヌーボが触手を俺に巻き付けていたのだ。ナイスキャッチっ!!
だが身体の大部分を巨人種の人に絡みつく分とイザスタさんの固定に回しているため、こちらに多く割くことが出来ない。伸びた触手はピンと細く張り、ブチブチと何か千切れるような音も聞こえる。長くは保たなそうだ。
「トキヒサちゃんっ! こっちに手を伸ばしてっ!!」
イザスタさんが必死に手を伸ばす。自分も飛ばされそうなのに、ヌーボが固定できるギリギリまで移動して。
「イザスタさんっ!!」
俺も裂け目の吸引力に逆らって何とか手を伸ばす。しかし限界まで伸ばしてもまだ二メートル近くの距離が。何とかこの距離を縮めるには……くそっ! こんな状況じゃ頭が回らない。
しかし運は俺達に味方をしたらしい。少しずつ裂け目の吸引力が弱まってきたのだ。視線だけ後ろに向ければ、最初に比べて裂け目が一回り小さくなったような気がする。これなら行けるか?
「こ、のおぉぉっ!」
力を振り絞って触手を掴み、それを手繰って近づいていく。吸引力が弱くなったとは言え、ヌーボの触手もいつ千切れてもおかしくない。もう少しだけ頑張ってくれ。
「もう少しっ! もう少しだっ!!」
ディラン看守も俺を励ましてくれる。一瞬でも力を抜けば一気に吸い込まれる極限の状況で、俺は本当に少しづつではあるけれど着実に進んでいく。あと一メートル。……八十センチ。……六十センチ。……ここならギリギリ届くっ!!
俺は片手で触手を握りしめながら、もう片方の手をイザスタさんの方に伸ばす。その距離、あとほんの僅か。互いの指先が触れるか触れないかまさにギリギリ。
「もうちょっと。もうちょっとだけ手をっ!」
互いに指先を掴もうとするも、あとほんの数センチが足りない。……仕方ない。もう少し触手を手繰り寄せて……えっ!?
それを見てしまったのは全くの偶然だった。見るのがあとほんの数秒遅ければ、あるいは見ないふりでもできれば、話は大きく変わっていただろう。
何せ、牢の隅に寝かせていたエプリが、気を失ったまま裂け目に吸い込まれようとしていたのだから。
「……っ!?」
そして最悪のタイミングでもう一つトラブルが。消える前のロウソクの火が最も燃え上がるように、裂け目も消える寸前にグンッと吸引力が増したのだ。当然エプリも一気に引き寄せられ、完全に宙に浮いて勢いよく裂け目へと引っ張られる。
そのまま放っておければ良かったのだろう。元々他人だし、俺のことを殺そうとした奴だ。助ける義理なんてない。ああそうとも。助ける義理なんてまったくない。
「…………あぁもうっ!!」
だけど、気付いたら俺はイザスタさんへ伸ばしていた手で飛んできたエプリのローブを掴んでいた。何でだろうな?
「目の前で困っている人を助けるのに理由なんていらない」とは陽菜の口癖だった。陽菜だったら間違いなく助けるだろう。
“相棒”だったら……この状況なら「簡単だ。助けた方がメリットがあるなら助ける。それ以外なら見捨てる。当然だろ?」とか何とか言ってやっぱり助けそうだ。
で、俺が何でこんなことしてるか考えるが……うん。気が付いたら動いたとしか言いようがない。強いて言えば美少女だったからだ。目の前でピンチの女性、特に美少女をほっとくなんて俺にはできない。
“相棒”から常日頃バカだバカだと言われているが、これは自分でもそう思う。折角イザスタさんが手を伸ばしてくれたのに。もう少しって所まで来ていたというのに。咄嗟にエプリを掴んじゃったからな。
あとは触手を掴んでいる手のみだが、エプリが加わったことで一気にブチブチという音が大きくなった。もう少しで多分千切れる。
「待っててっ! 今からそっちに行くからっ!!」
「待てイザスタっ! お前は動くな。俺が行く!!」
必死に吸引力に耐えながら、触手を命綱代わりにして近づいてくるイザスタさん。そして、なんと床に貫手を繰り出して身体を固定しながらやってくるディラン看守。どちらも危険を冒しても俺を助けようとしてくれている。そのことがたまらなく嬉しく、そして……残念だった。
「……ディラン看守。色々骨を折ってくれてありがとうございました。あと加護の情報も」
「気にするな。それにまだ出所は終わっていない。貰った金の分の仕事はしていないぞっ!!」
ディラン看守は無念そうに吠える。そういえばこの場合払った料金はどうなるのだろう? 出所はしていないが、助けてくれたのは事実だもんな。……おっと。ディラン看守には悪いが今はそれより重要なことがあった。
「……イザスタさん。短い時間でしたがお世話になりました」
「トキヒサちゃんっ! 諦めないでもう少し粘って!! まだ何とか……」
イザスタさんは諦めていない。再びこちらに手を伸ばしているが、こっちには掴まる手がもう残っていない。
「一緒に『勇者』のお披露目に行くのはちょっと無理そうです。すみません。……でももう一つの方、イザスタさんの仕事を手伝うのは必ず守ります」
そこでイザスタさんの目をじっと見る。何処までも俺の身を案じてくれた恩人の目だ。こうなっても諦めずに俺を助けようとしてくれている人の目だ。俺はこの目を忘れない。次に会う時まで必ず。
「ちょっと遅刻するかもしれないけど、必ずまた会いに行きますから。約束ですっ!!」
そこで俺はとびっきりの笑顔を作って見せた。こんな状況だからうまく笑えたかは分からないが、一時とは言えお別れは笑ってするものだ。
「……こっちからも探すわ。それで次に会えたら……お祝いにデートしましょうね!! 約束よん!!」
ブチンっ!!! その言葉を最後に、それまで辛うじて繋がっていた触手が完全にちぎれた。俺はエプリの服を掴んだまま、凄まじい裂け目に引っ張られていく。
俺が裂け目に飲み込まれて意識を失う前に最後に見たのは、俺に合わせて眩しい笑顔を向けてくれるイザスタさんの姿だった。それはもう会えないという諦観の混じったものではなく、必ずまた会おうという強い意志を感じさせるものだった。
その後、俺がイザスタさんと再会するのは大分先の話。そして再会が元でまた一波乱あるのだが、それもまた大分先の話だ。
アンリエッタからの課題額 一千万デン
出所用にイザスタから借りた額 百万デン
合計必要額 千百万デン
残り期限 三百五十九日
◇◆◇◆◇◆
如何だったでしょうか? この話が少しでも皆様の暇潰しにでもなれば幸いです。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、感想、または何らかの反応は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
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