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第一章 異世界来たら牢獄で
閑話 ヌーボのお手柄
しおりを挟む◇◆◇◆◇◆
時久とエプリが吸い込まれた直後、生者を飲み込んで満足したかの如く、裂け目はこれまでの勢いをなくして急速に閉じていった。
裂け目のあとには巨人種の男を凶魔化させた魔石が砕けて残っていた。砕けていてもうこれに人を凶魔化させる力はないだろう。残った二人は急いで裂け目の閉じた場所に駆け寄った。
「行き先は調べられるか?」
「やってみるわ。少し時間を頂戴」
イザスタは砕けた魔石を拾い集め、そのまま目を閉じて集中する。時久にまだ正確に話していなかったが、彼女の生まれついて持っていた能力は“感応”である。
対象の生物・無生物を問わず、触れた相手の思考や情報を読み取る力。鬼の身体を調べて魔石の正確な場所を探し当てたのもこの能力だ。
空属性に限らず、全ての魔法は使用すると周囲の魔素に痕跡を残す。更に言えば、今回は触媒として使われた魔石が砕けたとはいえ丸々残っている。
これなら空属性で飛ばした場所をある程度は絞り込めるはずだ。そのままの体勢で、イザスタは一分近く集中を続け、
「………………嘘でしょっ!? こんなのって……」
そして、呆然とした状態で言葉を漏らした。その様子を見てディランも何やら良くない結果が出たと察する。しかし聞かねばならない。どんなに悪い知らせであっても、この牢獄をまとめる身として聞かなくてはならないのだ。
「イザスタ。何か分かったのか?」
「……この魔石に仕込まれていた魔法には、目的地が設定されていないの」
「何っ? そんなことをしたらっ!」
転移系魔法を使う場合、必ず具体的な目的地をイメージする。それは最低限守るべき決まり事だ。何故なら目的地を設定せずに発動すると、使い手自身も何処へ跳ぶか不明だからだ。極論すれば、目の前に移動することもあれば遠い空の上、又は土の中に移動することもあり得る。
「これじゃあ何処に跳ばされたか調べようがないわ」
「……くそっ! あの野郎。最初からどこへ跳ばされようが知ったことじゃないってことか」
ディランは今はいないクラウンに毒づく。自分に有利な場所に跳ばして戦うでもなく、ただここではない何処かに跳ばす。それにはただ邪魔者を排除するという悪意のみが感じられたからだ。
しかし実際問題イザスタは内心困り果てていた。再会の約束を交わした以上、生きているなら必ず会いに行く。だが場所が分からなければ探しようがないのだ。流石のイザスタもそこまでの人探し能力は持っていない。持っていたら“本業”も“副業”も苦労していない。
その後もしばらく二人は何か手は無いかと考え続けたが、実行犯は行方知れず。遺留品から情報を得ようにも、大半が吸い込まれた為ろくなものが残っておらず、無情にも時間だけが過ぎ去っていく。
「……ここまでだな」
ディランはそう言って牢の入り口に歩き出した。
「何処へ行くの?」
「……さっき言っていただろう? クラウンは『勇者』のお披露目に何かする気だって。なら俺はそれを止める。まずは鼠凶魔の残党を片付ける必要があるがお前はどうする? まだ調べるなら止めはしないが、凶魔退治に手を貸してくれるなら助かる」
よく聞けばディランの言葉の端々には苦々しいものが感じられる。彼も時間さえ許せばまだ時久の探索を続けたいのだ。
しかし今は非常時。まだ鼠凶魔が残っている可能性や、『勇者』のお披露目をクラウンが襲撃してくる可能性もあるのだ。立場上ずっとここにいる訳にはいかない。
「アタシは……」
イザスタは少し悩む。時久の安否が分からない以上、今は目の前のことを何とかするのが第一だ。だが何か方法があるのではないか? せめて手掛かりが有れば……。
「…………うんっ!?」
イザスタは不意に服の裾が引っ張られるのを感じた。振り向けば今は身体を縮めて他のウォールスライムと同サイズになっているヌーボの触手である。これは大きすぎると移動に支障をきたすためだ。
「どうしたのヌーボ? 何か見つけたの?」
ヌーボは盛んに触手を振って見せる。イザスタはその様子をじっと見ていたが、ふと思いついたことがあってヌーボに触れて意識を集中させる。もしその考えが正しければ、時久の居場所が分かるかもしれないと考えて。
「……やっぱり! 看守ちゃん! トキヒサちゃんは無事みたいよ!!」
イザスタが牢を出ようとしていたディランに呼びかけ、ディランは出る直前で足を止めて振り向いた。
「トキヒサちゃんが裂け目に飲み込まれる時、ヌーボの触手を掴んでいたことを覚えてる? ヌーボったらあの時、核の一部を触手の中に移動させておいたんだって。この子ったら頭が良いんだから!」
そこでイザスタはヌーボを抱き寄せて顔をスリスリする。ヌーボはされるがままで喜んでいるのか嫌がっているのかよく分からない。
「……それで? それがトキヒサの無事とどう関わってくるんだ?」
「コホン。つまりちぎれた触手もヌーボの一部だから、何かあったら分かるわけよん。それに互いに引かれあうから大体の場所や方角も分かるらしいわ。と言っても細かい場所までは分からないらしいけど」
ディランはこれを聞いて顔をほころばせる。一歩前進だ。
「ねぇ看守ちゃん。一つお願いがあるんだけど、トキヒサちゃんを探すの手伝ってくれない? もちろん対価は払うから」
イザスタはそう切り出した。ヌーボは大まかな場所と方角くらいしか分からない。となると実際に行ってみる必要があるのだが、まずいことに今は『勇者』の情報を集める依頼を受けている。依頼を途中で投げ出すわけにもいかず、迂闊に探しに行けないというのが辛いところだ。
ディラン看守もこの王都から動くことが出来ない身だが、彼には隣国にまで及ぶ幅広い人脈がある。それを使って現地の人に協力を仰ごうと考えたのだ。
「……良いだろう。ただし対価に金は要らない」
「あらっ? あの金にうるさい看守ちゃんが金が要らないなんて……はっ!? まさかアタシの身体が目当てだったの?」
両腕で自らを掻き抱くイザスタ。もちろん笑っているので本気ではなく冗談である。ディランは呆れたように頭に手を当てる。
「そうじゃない。この騒動を鎮めるのに手を貸せということだ。俺は早く戻って状況を警備に知らせなくてはならない。そこに倒れている巨人種の男も医療部隊に見せる必要がある。しかし鼠凶魔がまだ残っている可能性もあって人手はいくらあっても足りないのだ。これが対価の代わりだ」
「……良いわ。この騒動の早期解決の協力。確かに引き受けました」
ディランはその答えを聞くと満足そうに頷いた。これでここは何とか収まる。あとはクラウンが何を仕掛けてくるかだ。『勇者』の安全はもちろん人々の安全も確保しなくてはならない。急がなければ。
「それじゃ、行くとしましょうか。依頼はきっちりこなすわよん」
「ああ。行くぞ」
こうして看守と女スパイは連れだって牢を出ていった。その後ろを、気を失っている巨人種の男を元の巨体に戻ったヌーボが運んでついていく。
「そう言えば、トキヒサ・サクライはおおよそどの辺りに跳ばされたんだ?」
早足で歩きながら、ディランはそうイザスタに訊ねた。おおよその場所が分かると聞いたが、どの程度まで絞れるかによって探し方も変わってくる。
「問題はそこなのよねぇ。あくまでおおよそだけど、ちょ~っと厄介な場所が候補に入っているのよね。それは……」
ディランはその場所を聞いて、これならもっと吹っかけても良かったと酷く後悔した。
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