遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?

黒月天星

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第二章 牢獄出たらダンジョンで

取引成立と嘘を見抜く男

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「取引ですか。……伺いましょう。何がご入用で?」

 取引と聞いてジューネも口調が変わる。商人モードとでも呼ぼうか。

「明日アナタ達が出発するまでにそこの男が起きた場合、その男もアシュが護衛すること。起きなかった場合は男を運ぶために使える道具と、しばらくモンスターから襲われないようにする為の道具の提供。この二つね。道具の方は無いとは言わせないわ」

 エプリはそう断言するが、確かにこれだけ用意の良いジューネなら持っていそうだ。

「勿論ありますともお客様。我が商店は取り扱いの幅が広いことが数少ない自慢でございます。しかしそれだけのご要望となるとタダという訳にはまいりません。それに見合うお代を頂かないと」

 パチパチと音を立てる焚き火の傍で向き合う少女二人。なのに何故か二人の近くだけ温度が下がっていく感じがする。

「……当然ね。しかしこちらにはそれに見合うだけの現金はない。だけどアナタ言ったわよね? も商品として取り扱っているって。対価はそれで払うというのはどう?」
「どのような情報で?」

 興味を惹かれたのかジューネも先を促してくる。しかしそんなものあったかな? 流石に俺が別の世界出身だとは話せないし、加護もジューネに話したらどんなことになるか分からないぞ。

「私達が提示するのは、ここまで来るのに辿った道のりそのもの。部屋の様子や通路の数。どこでどれだけの敵と遭遇したか。全てハッキリと頭の中に入っているわ。……何なら書き写してみせましょうか?」

 エプリの言葉にジューネは口元に手を当てて少し考え込む。確かに大体頭の中に入っているし、宝探しの嗜みとして時々地図を書いていたりする。エプリも時々俺の書いた地図を見て、細かい点を手直ししてくれたから少しは価値がある……のか?

「その情報が正しいという保証はありますか? 一応真偽は確かめませんと」
「そこは私達を信じてもらうしかない。ただ私の探査能力と合わせて考えれば、かなり高い精度にはなっていると思う。……アナタが貰える見返りはさぞ大きいでしょうね」

 凄まじく強引な交渉だ。こっちには情報が正しいと証明する方法は無い。向こうも確かめるには実際に行ってみるしかないが、引き上げるというのに余計な場所に寄っている暇はない。

 普通はこんな提案に乗る必要はないが、しかしもしこの情報が真実なら相当の価値になることは確実。ジューネの考えているのは多分そんな所じゃないだろうか?

「なぁ。ちょいと良いかい?」

 そこへずっと見張りをしていたアシュさんが割り込んできた。どうやら話は聞こえていたらしい。

「その情報。多分本当だと思うぜ。少なくとも
「……そうですか。ではお客様。そのお取引受けさせて頂きます。明日私達が出発するまでに男が目を覚まさなかった場合は荷物をお渡しし、目を覚ました場合は私の用心棒がその男も護衛対象として近くの町まで連れていきます。以上でよろしかったでしょうか?」

 アシュさんがそう断言すると、ジューネは急に取引を受けると言い出した。余程アシュさんのことを信頼しているらしい。

「……やけにあっさり受けたわね。もう少し粘るかと思ったけど」
「機を逃す商人は二流だと考えておりますので。……ただしお代は前払いで。同行する場合は脱出後で結構ですが、残られる場合は荷物と引き換えに頂くという形に」
「成程……この条件で良いかしら? 雇い主様?」

 突如こちらに振ってくるエプリ。一応雇い主だからって気を使っているらしい。前払いの件はもっともな話だし、内容も特に問題なさそうだ。俺は何も言わずにただ頷いた。

「……交渉成立のようね」
「はい。それでは情報の件、よろしくお願いいたしますね」




 こうしてエプリの機転によって、二人の協力を取り付けることに成功した。そのまま俺達はこれからのこと、道具の実演とか諸々を話し合い、そうこうしている内に夜中になってしまった。

 ダンジョン内では朝も夜もないが、だからと言って生活リズムを崩す必要もない。寝袋等もジューネから購入し、俺達は交代で見張りながら一夜を過ごすことになった。のだが、

「本当に俺達が先に寝て良いんですか? 見張りと火の番くらいなら俺でも行けますよ?」
「良いって良いって!! いきなりここに跳ばされた上に、さっきは相手を倒すことよりも助けることを優先した戦いをしただろ? そういうのは身体にじわじわ来るんだ。今は休んどきな。……嬢ちゃんもだ。平気を装ってるが結構消耗してるだろ?」

 見張りをアシュさんが一番に名乗り出て譲らない。見張りと行っても通路には仕掛けがしてあるし、実質火の番くらいのものだ。それに体力だけは多少自信があるから俺でも大丈夫だというのに。……貰った加護のおかげだから少し自慢しづらいが。

「……私はまだ問題ない。この程度なら……まだ」
「あのな。まだやれるって時が一番危ない。こういう連戦が確実に予想される所では、疲れが出る前に休むのが鉄則だ! 無論休めるならだがな。それで今は幸いにも休める時。そんな都合の良い機会を逃してどうするのかって話だ」
「…………分かった」

 食って掛かったエプリだが、冷静にアシュさんに返されて渋々とだが頷く。エプリが言い負かされるのは珍しいな。それだけアシュさんの言葉が的を射ていたってことか。

「心配すんな。交代の時間になったら起こしてやる。まずは俺。次に嬢ちゃん。最後にトキヒサの順だ。……ジューネは今の内にぐっすり寝てろよ。明日もた~っぷり歩くからな」

 それを聞いたジューネは苦い顔をして自分の寝袋に潜り込んだ。……足パンパンだったもんなぁ。さっき店の裏でこっそり足に軟膏のようなものを塗りたくっているのを見ちゃったし、ダンジョンを歩き慣れてはいないらしい。
 
「それじゃあ最初の見張り、よろしくお願いします」
「おうっ! 寝ろ寝ろ。良い夢見ろよ」

 そうして俺達は自分の寝袋に入った。何か手伝えることはないかと考えていたが、やはり疲れていたのかだんだんと瞼が重くなり……いつの間にか俺は意識を手放していた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 パチパチと焚き火が弾ける。その明かりに照らされながら、アシュは火の番をしていた。無論周囲の警戒も怠っていない。……いや。意識せずとも周囲を探ってしまうと言うべきか。

 現在この部屋に近づく者はいない。通路の仕掛けにより、この部屋はモンスターから自然と避けられるようになっている。無理やり入ろうとすればあっけなく入れるようなものだが。

「……まだ起きてたのか。早く寝な。朝になったら出発だろ? 取引がどっちに転ぼうともな」

 アシュは他者を起こさぬよう静かに、しかし今起きているであろう自分の小さな雇い主に対して声をかけた。ジューネはしばらく動かなかったが、そのままもぞもぞ寝袋から這い出る。

「ちょっと話があって。隣良いですか?」

 アシュが何も言わなかったので、ジューネは肯定だと受け取りのそのそとアシュの横に座って焚き火にあたりはじめる。並んで焚き火にあたる商人と用心棒。そのまましばし焚き火の弾ける音だけが響く。

「……まず先に謝っておきます。さっきはゴメンナサイ。貴方の意見も聞かずに付き合わせてしまって」

 先に口火を切ったのはジューネだった。彼女から話があると言ったのだから当然と言えば当然だが。

「護衛である貴方の意見を聞いてから取引に組み込むべきでした。場合によっては護衛対象が増えて負担が大きくなりますからね。これは私の不手際です」
「良いって。どのみち俺の意見を聞いた後でも取引自体はやめなかっただろ?」
「それは……そうですね。その方が儲けがあると踏みましたから」

 どうやら彼女にとって、アシュを取引に組み込むこと自体は決まっていたらしい。あくまで謝ったのは、勝手に組み込んだことのみのようだ。




「……それで、あの方達の話したことをどう見ますか?」
「話したって……ここに来るまでの話か? それとも取引のことか?」
「両方です。率直な意見を聞かせてください」

 その言葉にふ~むと目を閉じて考えるアシュ。ジューネは何も言わずにただ答えを待っている。十秒ほど経ってアシュの出した答えは、

「ここに来るまでの話は微妙に嘘が混じってる。大体は本当だが肝心の所を話していない。さしずめエプリの嬢ちゃんの辺りだな。隠してんのは」

 ジューネはアシュに高い信頼を寄せていた。その理由の一つは、彼はがあるからだ。それが何の加護かスキルかはジューネも知らない。アシュ曰く誰でも練習すれば出来るようになるらしいが、彼の場合相手が嘘を吐けばほぼ百発百中で反応する。

 あくまで嘘が分かるだけらしいが、騙しあいが日常茶飯事の商人の世界では非常に有用な能力だ。

「成程。では取引の方は? 情報が間違っている可能性はありますか?」
「こっちは嘘は吐いていなかった。あるとすれば自分で気づかない間違いだな。探査に失敗したとか、あとからダンジョンに手が加えられたとかな。……嬢ちゃんの探査能力は相当高いぜ。そこは確認したから間違いない」

 アシュはエプリと話し合って互いの能力を一部打ち明けている。エプリが見せたのは、風を通じて周囲を探る方法。風の流れがある限り、広範囲かつ細かな情報を得られる優秀な能力だ。

 風属性の使い手でも一握りしか出来ない精密かつ圧倒的なコントロール。まさにこの妙技に、アシュはすこぶる感心していたのだ。

「それなりに情報の正確性は保証されていると。……それなら安心です」

 ふぅと小さな商人は軽く息を吐く。取り扱う物の事はいつも気にかかるものだ。今回のような大金が動く可能性のある場合は特に。

 どこの分野でも一番儲かる可能性が高いのは最初に足を踏み入れた者だ。無論危険が伴う。後から来れば安全ではあるがその分実入りは少ない。

「今回のことが上手くいけば、目的に大きく近づきます。その為にも調査隊にはなるべく高く情報を買っていただかないと」
「そうだな。……おっと。商人が暗くなってちゃお客さんも寄ってこないぜ。ほらっ! 笑顔笑顔!!」

 呟くジューネの横顔はどこか張り詰めていて、それを見たアシュは両手の指で彼女の口角をあげて見せる。最初は嫌がっていたジューネだが、すぐに自分で営業スマイルを作ってみせた。

「よしよし。その調子。……それじゃあ話が終わったんならそろそろ寝な。明日も歩くぞ」
「はい。見張り番よろしくお願いしますね」

 そう言うとジューネは軽く服をパンパンと払って自分の寝袋に戻っていった。そして疲労からかすぐに寝息をたてはじめる。

 それを確認したアシュは、再び火の番と見張りに戻った。火が弱くなってきたら薪を足し、時折自分の雇い主や一緒に行くかもしれない者達に視線を向ける。




「……まだ交代には少し早いぜ」
「……アナタとジューネの声で目が覚めたのよ」
「それは悪いことをしたな。済まなかった」
「いえ。……丁度良かったわ。どうせ早めに交代するつもりだったから」

 ジューネが寝入るのを見計らったかのように、今度はエプリが起きだしてきた。交代まではまだ少しあるが、そのまま焚き火の近くにやってきてアシュの対面に座る。

「……どうしたの? 交代して寝袋に戻ったら? 別に元々の時間まで粘るなんてことは要らないわ」
「ああ。いや。一応聞いておきたいことがあったしな。折角だから今の内と思ってな」

 アシュはそう言うと、もう一度ざっと通路を確認する。仕掛けが壊されたわけではないが、こまめな点検は見張りとして必要だ。

「聞いておきたいこと? 取引についての内容確認とか?」
「いや。そういうのじゃなくて……実は人を探してるんだ」
「ヒト?」

 エプリは首を傾げる。

「ああ。もしかしたら知ってるか? 




 そしてダンジョンの夜は更けていく。
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