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第三章 ダンジョン抜けても町まで遠く
交渉開始と投げっぱなし隊長
しおりを挟む「……とまあ色々あったんだ」
「成程。そうだったんですか」
ここはダンジョンから少し離れた所にある場所。開けていて見晴らしが良いので襲撃を察知しやすく、調査隊はここに手際よく拠点となるテントを張ると、各自で道具の点検や昼食の準備を始める。
俺達は予備のテントで休んでいると、昼食にゴッチ隊長のテントにお呼ばれした。バルガスとラニーさんは怪我人や病人用のテントで待機だ。
そこで食事をご馳走になりながら、アシュさんとジューネによるダンジョン内での事の説明がされていた。俺やエプリは補足説明に留める。交渉事は苦手なんだ。地球でも“相棒”や陽菜に交渉事は任せていたからな。こっちでも得意な人にお任せしよう。
「おいおい。そんなに素直に信じて良いのか? 割と信じづらいことを言ったと思っているけどな」
「……へっ!? だって先生がおっしゃるのですから間違いないのでしょう?」
「俺はお前の信頼度の高さが怖いよ」
まったくだ。しかしゴッチさんがそのままおかしそうに笑いだしたので、すぐにこれは冗談だと分かる。
「いやあすみません。流石に全て無条件で信じたりはしませんよ。しかし先生が意味のない嘘を吐くとは思えません。ヒトを揶揄う事はよくありますけどね」
「確かに雇い主である私もよくおちょくってきますね」
「でしょう? 先生にご指導いただいた時も、訓練だと言って食事の一部にニガリ草を混ぜられました。誤って食べると酷い苦みで悶絶するので大変でしたよ。無事避けて食べきったらアシュ先生自身が食べる事になったのは良い思い出です」
ゴッチ隊長も懐かしそうに語っているけど微妙に苦労してたんだなあ。ジューネも分かる分かるという風にうんうんと頷いている。肝心のアシュさんは苦笑いだ。もっと反省してほしい。
「しかし本当だとすると相当な大事ですね。ヒトの凶魔化にダンジョンコアの強制的な変更。そして元のダンジョンコアとの共闘ですか」
「……あの、その前に一つよろしいですか?」
ゴッチ隊長は口元に手を当て考えている所に、ジューネが手を挙げて質問を求めた。どうぞという言葉にジューネは軽く咳払いをして話し始める。
「これは本来先に聞くべきだったのですが、調査隊の皆様はどうしてこちらに? ダンジョンに挑むのはまだ数日はかかるという話でしたが?」
「……あぁ。元々の出発予定も既にご存じでしたか。それが急な話でして、ジューネさんは先日ヒュムス国の王都が襲撃された事はお知りで?」
「王都が……襲撃!?」
ジューネは驚いた顔でこちらをチラリと見る。……俺も知らなかったぞ。牢獄から跳ばされた後の事は分からないからな。どうやらあの後かなりの大事になったらしいが、イザスタさんやディラン看守は大丈夫かな?
「どうやら情報が入れ違いになったようですね。王都に突如凶魔の集団が現れて暴れまわったとか。人的被害もさることながら、王都に設置されていた国家間長距離移動用ゲートが破壊されたという話です」
「それは大変な事じゃないですかっ!?」
「はい。それでヒュムス国との国交が難しくなりまして、近々一度交易都市群の各都市長が集まり会談を行う事となりました。細かい日程や会談場所までは未定ですが、その前に足元の不安を解消したいとの事で、予定を繰り上げたダンジョン調査の命が下ったという訳です」
つまりこれからビッグイベントがあるから、その前に厄介な案件を早めに片付けて来いと偉い人から言われたのか。予定を繰り上げられた方はたまったもんじゃないな。
そして予定が繰り上がったのは王都が襲撃されたからで、その襲撃にクラウンが関わっていたとすれば……あの野郎ホント碌なことをしない。
話からすると、国家間で行き来できるゲート……よく分からないが大人数を一度に跳ばすための道具か何かを壊されたと。俺が余計イザスタさんと合流するのが遅れるじゃないか!?
「そうだったんですか」
「はい。ですので今回の情報はこちらとしても非常に助かります。情報が正しい事が確認出来たらそれ相応の謝礼はさせていただきます。額は……そうですね。おおよそこのくらいで」
ゴッチ隊長は持っていた算盤の珠をパチパチと弾くとジューネの方に提示する。……なんでゴッチ隊長も持ってるの? ここの世界は算盤の使用率が高い気がする。
ちなみに「“戦いだけでなく損得勘定も出来ないと人の上には立てない”というのがアシュ先生の教えです」とのこと。ホントに色々教えてんなアシュさんっ!?
提示された額を見てジューネは少し顔色を変えている。俺もチラッと見えたのだが……予想額の倍くらいないか?
「相場より大分高いようですが?」
「今は情報がとても必要だったのもありますし、それだけしっかりした内容だったという事です。……まあ先生の前なので、多少気前の良い所を見せたいという気持ちもありますが」
ゴッチさ~~んっ!? 前半は普通に褒めてたのに、後半で微妙に残念感が漂ってるよ。言わなきゃいいのに。
「な、成程。では情報の値段交渉はここまでにして……本題に入りましょうか」
ジューネの言葉に全員の雰囲気が引き締まる。ここからの交渉の結果によってこれからの動きが大きく変わってくるのだ。できればあの野良コアにも良い知らせを持って帰ってやりたいが……さてどうなるか。
「まずですが、私の権限だけではヒトの凶魔化やダンジョンマスターの強制的な変更という類の話には手が出せません。よってこの話は近いうちに上に報告させていただきます。その時の状況なども聞かれると思われるので、調査が済むまでしばらくは町を拠点にして活動していただきたいのですが」
「しばらくって……七日ぐらいですか?」
「そのくらいは見ていただけると。なにぶんかなりの広さと深さを持ったダンジョンのようですからね。調査だけでもそれなりの時間が掛かりそうでして」
確かにあの広さだもんな。確認作業だけでも一苦労だろう。
「次に、我々調査隊の目的は必ずしもダンジョンの攻略ではない事を申し上げておきます」
「分かってる。攻略可能であれば行うが、あくまで第一目的は調査だろ? だから明らかに危険だと分かれば即撤退するし、調査期間を過ぎても同じくだ」
「その通りです。なので途中までの共闘はまだしも、新しいダンジョンマスターとの戦闘までは確約できません。話を聞くとかなりの手練れのようですからね。部下達に死ぬ可能性の高い戦いを強要は出来ません」
アシュさんの指摘にゴッチ隊長は静かに頷く。確かに調査ならそうだよな。あまり深追いをせずに安全第一と言うのはある意味好感が持てる。最初に潜った奴が生還するかどうかは後々に響いてくるからな。
「しかし途中までなら共闘は可能なのですよね?」
「はい。少なくとも地図の確認と、それ以外の階層の調査が一段落するまでは。勿論部下達の賛同が得られればですが」
「それは仕方がありませんね。そもそもダンジョンコアとの共闘なんて前代未聞ですから。信用できないという方もいるでしょうね」
まあ当然だよな。これまで戦っていたのが味方になるって言うのも変な感じだろうし、いざと言う時に信じられるかと言ったらほとんどの人は悩むと思う。
「こっちのコアも完全に信用してくれているかって言ったら違うだろうな。ここから先はトキヒサ。説明は任せた」
え~っ!? いきなりこっちに振られたよ。ゴッチ隊長はこちらをじっと見ているし、よく見たらアシュさんはこっそりこっちにサムズアップをしている。何ですかその場は暖めておいたぜ的な顔は!?
ジューネもお手並み拝見ってばかりに動かないし、エプリに至っては我関せずって感じで腕組みをしている。……交渉事は苦手だっていうのにな。
「あの、説明は俺が夢の中で話した時の所感も混じっていますが良いですか? あと所々下手な話し方になると思うんですが」
「構いませんとも。是非話をお聞きしたい。コアと直接長い間話すのは非常に珍しいですから」
考えてみればダンジョンコアとの話し合いは珍しいのだろうか? 確かに持っている相手にしか声が届かないけど、それでもダンジョンから出るまでに会話位するんじゃないだろうか? もしや普通のコアは無口なのか? ……いやいや今はこっちの話だ。集中しろ俺。
「じゃあ失礼して。話した限りだとこっちのコア……いちいちこっちのって付けるのも面倒なので、前のコアを縮めてマコアって呼びますね。マコアは何度か俺に話しかけてきました。声が小さくてほとんど聞き取れなかったですけど、はっきり話が出来たのは夢の中で話をしてからです。ちなみに他のコアも持っている人に話しかけたりするんでしょうか?」
「う~ん。あまり聞きませんね。元々コアを持ち帰る事自体多くないですから。基本は喋らないというのが通説です。何かが聞こえたという話はありますが、大半が単語というより音の類だったとか。案外コアが話しかけていても気がつかなかった場合もあるのかもしれませんね」
しかし誰も彼もが気がつかないなんてことあるのだろうか? これは次にマコアと会ったら聞いてみた方が良いかもしれない。
俺はそのまま夢の中での事。起きてから皆で話し合った事。おそらく嘘は言っていないと判断した事などを自分の言葉で何とか説明した。
「あとこれはあくまで俺の所感なんですが、さっきアシュさんが言っていた「こっちのコアも完全に信用してくれているかって言ったら違う」という事ですけど、それは多分間違っていないと思います。だけどそれは敵対心からというより、単に人を知らないからだと思うんです」
「ヒトを……知らない?」
ゴッチ隊長はどこか不思議そうに首を傾げている。よく見ると他の人達も同じような反応だ。これはちょっと考えれば分かりそうなもんだけどな。
「他のダンジョンがどういう戦略を立てるのかは知りませんが、マコアはダンジョンマスターと一緒にずっと隠れ住んでいました。つまり圧倒的に人と接した回数が少ないんです。唯一入ったのは今ダンジョンマスターに成り代わっている奴のみ。これじゃあ人を信用できなくて当然ですよ」
「そうですか……するとトキヒサさんは、そのマコアさんと共闘するのは難しいとお思いで?」
「いえ。知らないから信用できないって言うなら、互いにこれから知っていけばいいだけだと思います。それに戦う相手は同じですから、それなりに仲良くできると思いますよ」
流石に俺も誰とも彼とも仲良くなれるとは思っていない。相性だってあるだろうし、性格の問題もあるだろう。
それでも、相手を知ろうともせずに共闘出来ないとは言えないし言うつもりもない。……知った上で仲良くできないのは仕方がないけどな。
出来る限りの説得はしたがこれでダメならマコアは苦しい戦いを強いられることになる。あとはゴッチ隊長の采配次第。
「成程。これから知っていけば……ですか。よく分かりました」
ゴッチ隊長はそう言うと軽く目を閉じ、そのまま数秒ほど身じろぎ一つしなかった。そしてカッと目を見開くと、椅子から立ち上がってこちらを見下ろす形になる。
出された結論は、
「……やはり実際に会ってみないとよく分かりませんね。アシュ先生もよくおっしゃっていました。“百の噂を聞くよりも、実際に会って話す方が意味がある”と。という事で時間も時間です。さっそくダンジョンに向かってみましょう」
えぇ~っ!? 最後は諸々ぶん投げたよこの人! 会う前に事前情報は必要だと思うんだけどな。
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