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第三章 ダンジョン抜けても町まで遠く
仲間
しおりを挟む「…………なんでえぇぇっ!?」
こういう時こそ落ち着いて深呼吸だ。すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……って落ち着けるかぁっ!!
上を見れば遠くに月が三つ並んでいるのが見える。下を見ると……暗くてはっきり分からないが多分地面が。ここから明らかに数十メートルくらい下の方に。
どうやら俺は今空に浮かんでいるようだ。これは意外に気持ち良いな……分かってるよ現実逃避だよ。いきなりこんな所に来るとは思ってなかった。
俺はとことん転移系のものとは相性が悪いらしい。この世界に来た時もアンリエッタの転移が妨害されたし、牢獄では裂け目に吸い込まれてダンジョンまで跳ばされるし。今回はこれだ。肝心のエプリの影も形も見えない。
……よし。ともかくこの状況を何とかしないと。空中に留まっている内に何とか。
ガクッという不吉な感じが俺を襲ったのはそう思った直後だった。……ちょっと待て! これはまさかっ!? 嫌な予感ほどよく当たるもので、俺の地上へのダイブが始まった。
「のわあああぁぁぁっ!?」
物凄い風圧が俺を襲う。いくら頑丈になっているからって、この高さからまともに落下したら流石にマズイ。これ死ぬんじゃないか?
「こんな所で死んでたまるかっ! ……これでどうだっ!」
俺は貯金箱を呼び出すと、それを盾のように構えて真下に向かって硬貨を放出する。ダンジョンでも使ったやり方だ。俺の数少ない所持金がさらに減るが命の方が大切だ。
「金よ。弾けろっ!」
ばら撒いた硬貨が一斉に起爆する。貯金箱がなかったら顔面火傷くらいには威力があり、身体をあちこち痛みと熱さが襲うがその甲斐あって少し落下の速度が遅くなった。
地面は大分近づいているが、もう一度銭投げブレーキ大作戦を決行しようとした時、
「……嘘だろっ!?」
下に誰か居るっ!? 顔はよく分からないがこのままでは巻き込んでしまう!!
「そこの二人っ!! そこから離れてくれっ!!」
必死で叫ぶが風圧で上手く伝わらない。何とか軌道を修正しようとするが勢いが強すぎる。地面まであと大体十秒。ぬわああぁぁっ!?
その時、服の中のボジョが驚くべき行動に出た。触手を俺の頭上に伸ばしたかと思うと、その触手がパラシュートのように形を変えたのだ。風圧をもろに受けて落下速度が急激に遅くなる。
ボジョへの礼は後だ。あと俺に出来ることと言ったら、ギリギリまで軌道修正と下の二人に呼びかける事。後は自分の頑丈さに賭けることだけ。
「…………ぁぁぁぁあああああっ!? ど~~い~~て~~く~~れ~~!?」
どうやら二人が気がついたらしくこちらを見上げる。それは良いから早くどいてくれってのっ! うわああぁぁっ!? もうダメだ! ぶつかる~っ!!
ドッゴ~~ン。
今時マンガでも見かけない擬音が付きそうなほど盛大に俺は地面に激突した。落下の速度は大分落ちていたとはいえ、高所から落ちてきた衝撃は殺しきれるものではない。ちょっとした隕石のようだったと我ながら思う。
落下地点はデカい穴ができ、周りには衝撃で舞い上がった砂塵が立ち込めて視界を遮る。
だが俺だって善処したんだ。何とか人への直撃は避けて墜落出来た。まあ立っていた一人は衝撃でどこかに吹き飛ばされたようだが。
もう一人はまだ近くにいると思うが、砂煙が収まらないと見つかりそうにない。さて。周りが砂煙で見えない事である意味とても助かっている。何故ならば、
「…………アイタタタ。全身がメチャクチャ痛い。具体的に言うと、エプリに“竜巻”で錐もみ回転を食らって顔面ダイブした時より痛い」
痛みのあまりそこらを七転八倒して非常に情けな~い姿を晒しているからだ。あの高さから落ちて痛いで済んでいる俺の頑丈さは想像以上に凄かったが、しかし痛いは痛いし俺は痛いのは嫌だ。
そしてボジョはと言うと、なんと墜落の瞬間に服から飛び出しそのまま華麗に着地してみせた。ちょっと動きにキレが有りすぎやしないかいボジョ? あとありがとな。
「アタタタ……で、ここ何処だ?」
痛みを我慢して周囲を見渡す。まだ砂煙が残っているが、風景にはなんとなく覚えがある。ダンジョンから出て拠点に向かう途中の岩場だ。幾つか特徴的な形の岩が有る。ボジョも再び服に潜り込んできた。
「近いような遠いような微妙な場所だな。こんな所にエプリが居るのか?」
「…………居るわよ」
何気なく呟くその言葉に、どこか弱々しいながらも近くから声が返ってきた。今の声……エプリか! もしやさっき落下地点に居た一人だったのか? マズイぞ。話すも何もいきなりえらいことになっているじゃないか!
「エプリっ。どこだ?」
砂埃を巻き上げないようにそっと周囲を探すと、横になっている人影を見つけた。
まずは謝ろう。砂まみれになって怒っているから風弾の二、三発くらい飛んでくるかもしれないが、逃げずに甘んじて受けた方が良さそうだ。……その後は何から切り出そうか?
行くなって言うのは勝手だし、やはりここは約束していた話を……待てよ? エプリが食べ逃したステーキの話なんてどうだろうか? 意外にじゃあそれを食べてから行くわなんて話になるかもしれない。
などと俺はどこか気楽に考えていた。……いや。考えないようにしていたのだ。何故エプリは横になったまま起き上がってこないのか?
そして目を逸らそうとしていた。その身体から赤い血のようなものがずっと流れ続けている事を。
その時、一陣の風が岩場に吹く。それは舞っていた砂埃を一瞬散らすには十分で、
「…………エプ……リ?」
その痛ましい姿を目の当たりにするのもまた……十分過ぎるものだった。
エプリは酷い有様だった。仰向けでフードはめくれ上がり素顔が露わになっている。しかし紛れもなく美少女と言えるその顔は、不敵に笑いながらも苦痛のせいか僅かに歪んでいた。
黒いローブは裂け、その下の服も露わに。胸や肘、膝等の要所を何かの皮を当てて強化した淡い緑の布地の服。だが片腕と脇腹の辺りから滲み出ている真っ赤な血が、緑の部分をじわじわ侵食していた。
「エプリっ!」
急いでエプリに駆け寄る。皮肉にも傷つき倒れた姿を月明かりが照らす有様は、いつも以上に現実味のない幻想的なものだった。
しかし間近で見るとそんな事言っていられない程痛々しい。所々見える素肌にはあちこち青痣のような物が出来、寧ろ怪我のない所の方が少ないんじゃないか?
「……フフッ。どうして……空から降ってきたかは……知らないけど、まだ生きてるなんて……本当に頑丈ね。……怪我はない?」
「大丈夫だ……って、それはこっちのセリフだっ! どうしたんだこの怪我はっ!? とにかく手当しないと……これを飲ませれば良いのか?」
飲もうとしていたのか、地面に転がる瓶を拾い上げるとエプリが震える手で掴んで口元に持っていく。
少しだけ顔色が良くなってきたので、今度は以前ジューネから買っておいた別の傷薬を傷口に振りかける。しかし傷は塞がりつつあるのだが、脇腹の周りが妙な紫色に染まっている。……もしかして毒か?
「……ありがとう。でも……危ないから早く逃げなさい。今なら……奴らもアナタを見つけていないわ」
「奴ら? 奴らって……」
そう聞き返した直後、
「クフッ。クフフフフ。おやおやこれはこれは。どこかで見たような顔ですねぇ」
嫌~な聞き覚えのある声が聞こえてきた。もし音に感触があるとしたら間違いなく粘ついているであろう耳障りな声。まさか。
「……やっぱりお前か」
「牢獄で試験体にぐちゃぐちゃにされていると思ったのですが、意外にしぶとかったですねぇ。おまけにこんな所にまで……害虫みたいなヒトですね貴方」
牢獄で会った男、クラウンが歩いてくる。エプリはコイツと合流しようとしていたんだからいてもおかしくはない。試験体って言うのはあの鬼になった巨人種の男の事だろうか?
「誰が害虫だこの野郎!! ……じゃなかった。エプリが毒を受けて動けないんだ。お前毒に詳しいんだろ? 早く診てやってくれ」
いくらコイツでも仲間が毒で苦しんでいるなら助けるだろう。俺はこの野郎への色々な怒りを抑え込んで言った。だがコイツはニヤニヤと嗤ってただ突っ立っているばかり。……なんだこの違和感は?
「診るまでもありませんよぅ。何故なら……私が調合した毒なんですから」
…………今コイツなんて言った? 私が調合した毒? ……まさかっ!?
「二つだけ聞かせろ。エプリをこんな目にあわせたのはお前か?」
俺は出来るだけ感情を抑えて静かに問い質す。エプリの身体には沢山の青痣と二つの切り傷があった。毒が入ったのは色からして脇腹の切り傷だ。そしてクラウンは、毒の付いたナイフを使う。
だがエプリは傭兵の筋を通してクラウンの所に戻ったんだ。そんなエプリに対してこんな事、いくらコイツでもするわけがない。そう考えたが、
「ご明察。私ですが何か?」
その考えはいともあっさりと覆された。目の前の男は、かつて自分を守っていた者にこんな仕打ちをしたとそう言ったのだ。
「そっか。じゃあ二つ目の質問だ。……エプリは仲間じゃねえのかよっ!!」
「仲間? その汚らしい混血がですか? それを仲間だと思った事など一度もありませんよ。……ただの使い捨ての道具です。使い終わった道具を処分して何の問題が?」
その言葉に俺は一瞬目の前が真っ赤に染まったかのような錯覚に襲われた。知らず知らずの内に拳を握りしめる。
「……よく分かった。お前が心底腐りきった外道だってな」
俺はコイツをぶっ飛ばすと心に決めた。実力? 関係ないね。コイツは許しちゃいけないことをした。俺はクラウンを睨みつけて貯金箱を取り出し構える。そして殴り掛かろうと力を込めた時、
「……はあ……はあ。……“強風”」
「なっ!?」
息も絶え絶えだったエプリが、倒れながらも“強風”を発動したのだ。クラウンも予想外だったのか少し距離を取る。
「はあ……今の内よ。ポーションで少しは動けるようになったから、時間を稼ぐ間に……早く帰りなさい。……こんな時の為に、転移珠を渡して」
「……すまん。追ってくるのに使っちゃった」
「はぁっ!?」
エプリが顔色を変えてこちらを見てくる。だって追いつくにはこれしかなかったんだもの。だけど使って正解だったみたいだな。もしこれ以上遅かったら危なかった。
「お前は何を考えているんだっ!? 私を追う為に転移珠を使うなんて、バカじゃないのかっ!?」
怒りが一時的に毒を上回ったんじゃないのと言わんばかりに、エプリは立ち上がって俺の服を掴む。口調が変わるのも随分と久しぶりな気がするな。……だが毒のせいかすぐに座り込んでしまう。
「もう契約は切れているんだぞっ!? 私が居なくてもアシュや調査隊に頼れば悪いようにはしない筈だ。なのに……なのになんで私なんかを追いかけてきたんだっ!? 貴重な転移珠まで使って!?」
エプリは絞り出すようにそう叫ぶ。
「決まってる。約束しただろ? ダンジョンから出たら何故俺をここまで護ってくれるのか教えてくれるって。まだ聞いていないから聞きに来ただけだ」
「……たったそれだけの事で?」
エプリは俺の言葉を聞いて理解出来ないというような表情をする。そんなに不思議だろうか?
「それに元はと言えばエプリだって悪いんだぞ。いきなり手紙だけ残して出発なんて心配するだろ。それが無かったら今頃テントの中で聞いているっての!」
「……『勇者』だから混血に同情でもしたのか? 私はそんな同情されるような存在じゃないんだっ! ……生きる為に汚い事も平気でしてきた。お前を護るのだってお前の為じゃない。あくまで私の都合。私のつまらない意地の為だ」
その一言一言が、まるで自分自身を傷つけているように感じるのは気のせいだろうか? エプリは再び立ち上がろうとするが、まだ息も荒く足もガクガクと震えている。目の焦点もどこかズレていて、身体も明らかにふらついている。
「……これで分かったろう? 私はお前が構うようなものじゃない。……逃げ道は死んでも私が作るから、お前は早くここを離れて……」
「ふざけんじゃないってのっ!!」
つい大声が出てしまった。エプリも少し驚いてこちらを見るが、一言言っておかないと気が済まない。
「同情……は自分でも気づかずにしてるかもしれないから何とも言えないけどな。俺が『勇者』だからとか、お前が混血だからどうこうなんて話じゃないんだよっ! 仲間が居なくなったら心配するのが当たり前だろうがっ!」
「っ! ……私とお前はただの元雇い主と元傭兵の関係で」
「一緒に戦って! 食事をして! 冒険した! それだけでもう仲間だろうがっ! クラウンが正式にエプリを雇っているなら口を出すのは筋違いだったけどな、今はそうじゃないんだろ? だからこの状況でも一緒に何とかする。……死んでもなんて言うなよな」
つい思うままに言ってしまったが、命をホイホイ捨てるようなことはさせられない。……げっ!? エプリが顔を伏せてふるふると震えている。俺としたことが美少女相手に言い過ぎたかな?
「……私は混血だ。生きた禁忌の証だ。居るだけでこの世界のヒトは私を拒絶する。一緒に居る者もとばっちりを受ける。そんな私でも……仲間だと言うのか?」
「前にも言ったろ? 俺は誤魔化すことはよくやるけど嘘はあまり吐かない。それに綺麗な女の子が仲間っていうのは、困難に立ち向かってでも男が得たいロマンの一つなんだぜ」
俺はそこで笑いかけて見せる。美少女には笑顔でいてほしい。仲間だったら猶更だ。だからエプリが笑顔になれるんなら、とばっちりの百や二百は受けようじゃないの。
「……はぁ。ダンジョンで同行した時からバカだとは思っていたけど、まさか私のような者を仲間と呼んで嫌がりもしないなんて。知らなかったのならともかく知ってからも……これはもうただのバカじゃないわね。大バカねまったく」
「なははっ! よく言われる。主に“相棒”に」
エプリも少し落ち着いたようで口調がまた元に戻る。そして一度顔を腕で拭うと、こちらと真正面から向かい合う形になった。……目元に一筋の跡があったのは見なかったことにしよう。
「分かったわよ。……雇い主兼荷物運び兼仲間の言葉だものね。一緒にこの状況を切り抜けるとしましょうか」
そう言って彼女は笑ったのだ。これまでのように不敵な笑みではなく、自分の生まれを嘆くような自虐的な笑みでもない。それは……仲間に向ける優しい笑みだった。
「ところで、雇い主って事はまた契約金とか払うのか?」
「当然ね。この状況を何とかしたら前の契約の分も合わせて請求するから。……安くないわよ」
……困難(お金)が早速やってきたみたいだ。
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