遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?

黒月天星

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第三章 ダンジョン抜けても町まで遠く

生まれついての奴隷

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 俺の投げた袋はグングン空高く舞い上がっていく。そして影の中心部辺りに差し掛かったと思う所で、

「金よ。弾けろっ!」

 袋はさっきと同じく炸裂し、閃光が周囲を照らし出した。その一瞬、周囲に伸びる影が光によって繋がりを断たれ、刃の嵐は少しだけ勢いを弱らせる。だが、

「……嘘だろっ!? まだあんなに残ってる」

 侵食は大分収まったが、それでも全ての繋がりを断てた訳ではない。よく見れば影がある程度の距離ごとに何層もの壁のようになって揺らめいている。

 今消えたのは一番外側の層だ。元となっている分が多すぎたんだ。……これじゃあ。

「トキヒサっ! “光球ライトボール”を!」

 俺が気圧されかけた時、エプリの静かだがハッキリとした声が響き渡った。光球……そうか! エプリの考えに気がついた俺は、素早く小さな光の球を出してエプリの方に飛ばした。

 光球はエプリを明るく照らして長く伸びた影を作り出す。その影が他に岩場に伸びていた影と重なった瞬間。

「……“影造形シャドウメイク”」

 そう言ってエプリが地面に手を置くと、エプリの影とそこに重なっていた影がウネウネと動き出した。そのまま今度は影が一本の樹のような姿と化し、枝分かれしながらセプトの影に向かって伸びていく。

 そうして影同士がぶつかったかと思うと、影の刃にエプリの影が絡みついて動きを封じていく。それに呼応するようにアシュさんも走り出した。その走りには一点の迷いもない。

「……相手の数が多いなら、こちらも数を揃えれば良いだけの事。……行きなさいトキヒサっ! 助けたいという言葉が口だけでないのならっ!」

 その言葉で気圧されかけていた心が再び奮い立つ。ここまでされて動かなかったら男じゃない。

「分かった。ありがとエプリっ!」

 俺はエプリに向かって礼を言いながら走り出した。助けたいという言葉が口だけじゃないことを見せてやる。目指すはセプトただ一人。全速力で突撃だっ! 




「すみませんアシュさんっ! 少し足が止まってました」

 エプリが食い止めている影の層を潜り抜け、俺はアシュさんの所に合流する。先に来ていたアシュさんは既に大立ち回りを演じていた。

 四方八方から襲い来る影の刃を切り払い、時には紙一重で回避する。まるで何処から襲ってくるのかが全て分かっているかのような動きだ。

「なぁに。お前なら必ず来ると思っていたさ。ダンジョンで見も知らぬ他人を助けようしたお前ならな」

 アシュさんはこちらを向かずに戦いながらそう言った。ダンジョンでって……あぁ。凶魔化してたバルガスの事か。あの時初めてアシュさんとジューネに会ったんだよな。

「あの時言ってたろ? 目の前の人のピンチを見捨てて迎える明日よりも、助けて迎える明日の方が気持ちがいいに決まってるじゃないかって。……あの言葉に嘘は無かった。あれは奴の言葉だ。そういう奴は信用できる」
「そうですか? 我ながら結構自分勝手なことを言ってる気がしますけど……ねっ!」

 俺はアシュさんの方に走りながら、貯金箱で襲ってきた影の刃をぶん殴った。そこらの岩を簡単に切断する影だが貯金箱の強度の方が上らしい。

 影の刃はそのまま霧散していく。制御の上手くいっていない今ならすぐに再生はしないみたいだ。こんな所で耐久戦にならなくて良かった。

奴よりは大分マシだな。……よし。俺が先導する。トキヒサは自分の身を護りながらついてこい。ボジョはトキヒサの死角を護れ」

 気が付くと、影の層の一部に人が通れるくらいの穴が開いていた。いつの間にかアシュさんが道を切り開いていたらしい。俺は穴を潜り抜けるアシュさんについてより深く影の層に侵入していく。

 奥に行けば行くほど影は数を増していく。身を護りながら少しずつ前進するのだが、だんだん貯金箱でも防ぎきれなくなってくる。一つ間違えば俺は何度も串刺しかバラバラになっていただろう。

 そうならなかったのは、凄まじい先読みで影の刃の半分以上を引き受けてくれたアシュさんと、躱しきれなかった攻撃を捌いてくれたボジョの力によるものだ。




 どれほど時間が経っただろう? 一時間は戦い続けたような気もしたが、腕時計をチラリと見ると十分も経っていなかった。ひたすら俺達は進み続け、

「トキヒサっ! あと少しだっ!」

 アシュさんの言葉に、俺は向かってくる影の刃を貯金箱で受け止めながら顔を上げた。アシュさんの視線の先には……居たっ! セプトだっ! 最後の影の層。その先にハッキリとセプトの姿が見える。

 彼女はさっき見た時と同じく瞳を閉じて苦悶の表情を浮かべていた。その影は異様なほどに広がり、そこから次々影の刃が作られていく。やはりセプトに近いためか、刃の大きさも数もこれまでと段違いだ。

 しかし何故か最後の層の内側。セプトの周囲二メートルくらいには一切影の刃は無い。外側では滅茶苦茶に暴れまわっているのに、まるで台風の目のようにぽっかりとそこだけ静かだ。よく分からないが、

「アシュさんっ! あれなら至近距離まで近づけば」
「ああ。……もうひと踏ん張りだ」

 俺達はセプトの目を覚ますべく、最後の壁に向かって走り出した。

 セプトに近づけば近づくほど影の勢いは激しくなり、俺達を包囲するように全方位から襲いかかってくる。しかしあと少し。あと少しなんだ。

「でやああぁっ!!」

 単身先を行っているアシュさんが気合一閃。一振りだけに見えたのに、周りに群がろうとしていた幾つもの刃がまとめて両断される。

「今だっ! 走れトキヒサっ!!」

 今の攻撃でほんの少しだけ包囲網に空いた隙間。そこを抜ければもうセプトの所まで一気に走りこむだけだ。俺は言われた通り、アシュさんの横を通ってその隙間に飛び込んだ。

 抜けた先にはほとんど影はいない。少し残っているのが見えるが、これくらいなら俺だけでもセプトの所に辿り着けそうだ。

「これなら大丈夫そうです。アシュさんもこっちに……アシュさん?」

 俺が後ろを振り向くと、アシュさんはこちらに来ようとせずに隙間の前に立って仁王立ちしている。それはまるで。

「トキヒサは先に行け。こいつらはここで足止めしておくから」
「そんなっ! アシュさんも一緒にっ!」

 俺が察してこちらに来るように呼び掛けるも、アシュさんはこちらに背を向けたまま動こうとしない。そうしている内に影の一団が再び少しずつ迫ってくる。

「俺までそっちに行ったらこいつらは確実に追ってくるぞ。どのみち足止めは必要で、そしてセプトの首輪を何とかできるのはトキヒサ、お前だ。なら俺がここに残るのは当然だろ?」
「だからって一人であの数は」
「心配するな。いざとなったら奥の手の一つや二つはある。やろうと思えばこいつらを切り伏せて、一人で外に脱出するくらいは余裕だ」

 アシュさんはそう言って、腰から提げているもう一方の刀。鎖でグルグル巻きにされている方を軽くポンっと叩いた。……気のせいか今、それに合わせて刀がカタカタと動いたような気がした。

「だから安心して行ってきな。それとも俺が信用できないか?」
「……分かりました。なるべく早くこの事態を止めてきますから、それまで頑張ってくださいっ! 行くぞボジョっ!!」

 アシュさんがその言葉に片手を上げて返したのを見届けると、俺は再びセプトの所に走り出した。……まったく。何で俺の周りはこんなに頼りになる人達ばかりなんだ。こんなことされたら行かない訳にはいかないじゃないか。

 まだチラホラ残っている影が襲い掛かってくるが、何とか貯金箱で撃退しつつ先へ進む。そして遂に、俺はセプトのいる最後の層に辿り着いた。

 苦悶の表情で横たわるセプトの周りは薄らとした影の幕が張られていて、そこを境に影が暴れまわっている。ここを抜ければ。

「……痛っ!?」

 見かけが柔そうなのですぐ抜けられるかと思ったが、触った瞬間指に痛みが走った。見ると火傷したみたいに腫れて血が滲んでいる。油断した。下手に触ると危なそうだ。

「しかしこのまま貯金箱でぶん殴って突破するって言うのもな」

 これまでの影と同じならこれで壊せるかもしれない。しかしそうしたらセプトにダメージが行かないだろうか? ガラスの破片が飛び散るみたいな感じで。……そっとやれば行けるか?

 俺は貯金箱を構えてゆっくりと幕に近づけていった。触れた瞬間軽い衝撃があったが、別に貯金箱が傷ついた様子もない。

 そのまま静かに押し込んでいくと、急に抵抗がなくなった。よく見れば、幕の一部が裂けて貯金箱が内側に入っている。……これなら行ける。あとはこのまま入口を広げれば。

 俺が入口を作っている間も、残った影の刃は次々に押し寄せてくる。しかしボジョの奮戦によって何とか耐えしのぐ。そしてやっと俺が何とか入れるだけに裂け目が広がり、俺はボジョと一緒に中に転がり込んだ。




「……ふぅ」

 すぐに追い打ちが来るかと思ったが、影は中に入ってこなかった。そして俺の入った入口もすぐに裂け目が閉じてしまう。ここは安全地帯のようで、俺は息を整えながら横たわっているセプトを見下ろした。

 被っていたフードはめくれ上がり、その整った素顔が露わになっている。齢は小学校後半か……行っても中学入りたてくらいか。

 濃い青髪がおかっぱのようになっていて、前髪が目元まで伸びて視線を隠している。しかし今は汗ばんで少し乱れ、微かに目元も見ることが出来た。

 ……うん。美少女だ。エプリが涼やかな妖精の如き幻想的な美少女だとすれば、セプトは言わば静かに佇む人形のように整った美少女だ。美少女のベクトルが違うと言うか……いや、今は見とれてる場合じゃない。

 セプトの首を見ると、隠れて見づらいが確かに黒っぽい首輪が巻かれている。これが隷属の首輪か。

「起こさないように、『査定開始』」

 まず肝心の首輪が換金で外れるかを確認する。ここが上手くいかなかったらもう皆で全速力で逃げるしか手が無くなるのだが。

 隷属の首輪(ランク中 状態普通)
 査定額 六万デン

 うわ高っ!? ランク中がどのくらいかは知らないが、これ一つで六十万円もするのか? ……だけどこれなら換金できそうだ。

「おい。……おいっ! しっかりしろっ!」

 早くセプトを起こしてこの暴走を止めなくてはっ! 俺は近くに腰を下ろしてセプトの肩をポンポンと叩く。軽く息を漏らしたかと思うと、苦しそうな表情ではあるがセプトは薄らと目を開けた。

「起きたか? 良かった……今の状況は分かるか?」
「……うん」

 セプトは力なく身を起こした。目を覚ましたらいきなり襲ってくるかと思ったが少しホッとする。

 ボジョがいつでも反応できるように俺の肩の上で構えているが、予想外に相手が落ち着いていてどうしたものか悩んでいるようだ。

「時間が無いから手短に言うぞ。この魔力暴走を止めてくれ。自分の魔力なら抑えられるだろ?」
「無理。命令だから」

 帰ってきたのは素っ気ない言葉だった。まあ予想通りの反応だな。

「大丈夫だ。首輪なら俺の加護で外せる。もう奴の命令に従わなくて良いんだ」
「外せる? ……本当に?」
「ああ。ちょっと動くなよ」

 確かにいきなりそんなことを言っても信じられないだろう。なら実際にやって見せれば良い。俺は貯金箱を操作し隷属の首輪を換金する。

 すると首輪はフッと消え去り、セプトは驚いたような顔をする。……良かった。外しても特に痛みが走るとかそういうことは起きていないみたいだ。

「本当に……外れた」

 セプトは首輪の有った場所を何度も撫でまわす。どれだけ着けていたのかは知らないが、それなりの感慨があったのかもしれない。

「これで分かっただろ? もうお前は奴隷じゃないんだ」
「奴隷じゃ……ない?」

 セプトが顔を伏せながらそう呟くのを見て、俺は彼女を安心させようと笑いかけて見せた。

 
 
「ああ。奴隷なんかじゃない。だからクラウンの命令なんてもう聞かなくて……おいっ!?」

 セプトは急に懐に手を入れ、小ぶりなナイフを一本取りだした。もしやまだ俺を敵だと思って襲ってくるのか? そりゃあさっきまで戦っていたわけだけど、今はそんなことをしている場合じゃないのに!

 そう思っていた俺の目に予想外の光景が飛び込んできた。

 そのままセプトは髪の隙間からこちらを見据える。その濃い青色の瞳は、どこか怖がっているようにも見えた。これは……ヤバい。あの目はブラフじゃなくて本当に刺しかねない。

「セプトっ! 一体何を!?」
「…………けて」

 セプトは小さく震えるような声で何かを呟いた。俺は下手に刺激しないよう静かに何だと訊き返す。

「もう一度首輪を着けて。私を奴隷に戻して。私は生まれた時から奴隷。自由なんて知らない。…… だから…………戻して」

 セプトはどうやら本気で言っているようだった。俺は致命的な間違いをしてしまったのかもしれない。
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