遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?

黒月天星

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第六章 積もった金の使い時はいつか

閑話 ある奴隷少女の追憶 その三

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 ある日、

「くそっ! あの女め。奴さえ……奴さえいなければこんなことには。あのイザスタとかいうクソめがああぁっ!」

 大切な用事があると言って朝から出かけていたクラウンが、全身ボロボロの有り様で帰ってきた。

 イザスタという誰かへの恨み節をぶちまけながら、手当てしようとする奴隷達に八つ当たりで拳を振るう。私にも当たったが、弱っていていつもより痛くない。

 場合によっては私達よりも高価な薬をふんだんに使い、どうにか身体の傷は完治したものの、魔力がほとんど空に近いらしくクラウンはしばらく安静にすることとなった。

 その状態でも奴隷達に仕事を申し付けるクラウンだったが、弱っているため失敗しても折檻があまりなく、他の奴隷達はずっと寝たきりなら良いのにと噂しあっていた。




 そして数日、ようやくクラウンの魔力も程々に回復してきた頃、

「ほぅ。てっきりあの場で実験体に殺されたかと思っていましたが、まだ生きていたようですね」

 クラウンが誰かと連絡を取り合っているのをたまたま見かけた。クラウンは私を見ても置物か何かのように気にも留めない。それはそう。奴隷はそういう物だもの。

『命からがらといった所だけどね。……それより、これからのことを話し合いたいから一度合流したいの。迎えに来てもらえる? 場所はこの道具で大体分かるのでしょう?』
「構いませんとも。ただ周りにヒトが居る所には向かいたくありませんね。……そこから少し離れた所に岩場があった筈です。そこで二時間後に合流ではいかがですか?」
『……場所は構わない。でも三時間後にして。こちらにも色々と都合があるの』
「良いでしょう。では三時間後に」

 それを最後に通信は切れる。どうしたのだろうか? クラウンの顔がまた妙なことになっている。

 それはまだ万全ではない身体を使おうとすることの億劫さと、奴隷達が失敗した時に向けるどこか歪んだ笑みが混ざったような顔。

「クフッ! あの場で死んでいれば良かったものを。……まあ良いでしょう。多少の手間ではありますが、あの忌まわしい顔が苦痛に歪む様を見物するというのも中々に面白い趣向です。どんな風になるのか楽しみですよ

 そしてクラウンはひとしきり嗤ったかと思うと、急に私を伴って出かけると周りに宣言した。どうやらさっきの連絡の相手と会う際私も同行させるらしい。

「さあて、やっと貴女が役に立つ時が来ましたよセプト。そのたった一つの取り柄である闇属性の力、存分に振るってもらいます」

 クラウンの言葉に、私はただこくりと頷いた。

 私は奴隷。どんなヒトであろうとも、ただ主人に尽くすだけなのだから。




 もうすっかり日も落ち、空の三つの月が辺りを照らしている。

 クラウンご主人様に同行して辿り着いたのは荒涼とした岩場。そこらにゴロゴロと身の丈ほどもある岩が転がり、ほとんど草木も生えていない。

 ここがエプリというヒトとの待ち合わせの場所だった。

「クフッ! セプト。貴女は影に潜み、私が合図するまで待機していなさい」

 私は頷き潜影シャドウダイブで近くの岩の影に潜む。クラウンは私が潜んだのを確認すると、持っていた道具で周囲に隠蔽の魔法をかけた。

 聞いた話によると、エプリと言うヒトは風属性の使い手で、周囲に居る生き物の動きを風で感じ取れるという。

 わざわざ待ち合わせの相手から姿を隠すということは……あまり穏やかには進まないかもしれない。




 予想した通り、始まりはクラウンの奇襲だった。死角である岩陰からのナイフの投擲。普通の相手ならこれだけで終わるだろう静かな一撃。

 だけど、エプリというヒトはそれを覆した。飛来するナイフをギリギリで躱し、反撃の風刃を放って隠れていたクラウンを引きずり出す。

「クフッ。クフフフフ。な~ぜ分かったのですかぁ? 私がここに既に居たことに?」
「……私がここに来た時、周囲の様子を探ったけれど全く生き物の気配が感じられなかった。だけどそれはおかしいのよね。いくら近くにダンジョンがあって、こんなごつごつした岩場であったとしても、なんてあり得ないもの。……つまり何かあってここら一帯から居なくなったか、又は強力な隠蔽の魔法が使われているか。だからこれから来る相手より、ここに最初からいた何かに向けて集中していただけよ」

 気配を消していたからこそ、逆に奇襲に気が付いたという。どうやら相当戦い慣れているみたいだ。

「それはそれは。私の能力を知っている貴女なら、空属性でこれからやってくるであろう私に向けて注意すると思ったのですが……いやいや残念」
「……さて。説明してもらいましょうか? 何故護衛である私を攻撃したのか。筋の通った答えが出来るのならね」

 護衛? エプリがクラウンの? どういうこと?

 二人の話の大半は分からないことだったけれど、どうやら以前クラウンがエプリを護衛として雇っていて、この前クラウンがボロボロになって帰ってきた時にその場に置いてきたらしい。

 それで怒っているのかと最初思ったけれど、どうやらエプリが怒っているのは少し違うようだった。

「……先に言っておくけど、私は契約者が悪党だからといって契約を打ち切るつもりはないわ。契約において善悪を語るつもりは無い。依頼を引き受けた時点でそれをどうこう言う資格は無いもの。……私が問題にしているのは、アナタが事」
「ふん。貴女のような使い捨ての道具に計画の全てを話すとでも?」
「道具……か。確かに一介の傭兵を信用して全てを話す依頼主は少ないわ。計画を隠す手合いはこれまで何度も見てきたから別に驚かないけど。……でもだからこそ、そういう手合いには直接会って契約を破棄することにしているの。ケジメとしてね」

 その言葉を皮切りに、二人の戦いが始まった。クラウンは空属性の転移によって、毒付きナイフの投擲と直接の切り付けを織り交ぜながら攻撃していく。

 だけどエプリは巧みに風を操ってナイフを対処していく。そして、

「……“風壁ウィンドウォール”」
「おぐっ!? うぐぐっ。な、何故正確に私が次に跳ぶ場所が」

 一瞬の隙を突き、エプリの風壁が転移したクラウンを捕らえて地面に押さえつける。方法は分からないけれど、エプリは次にクラウンが跳ぶ場所が分かっていたらしい。

「……勝負はついたわね。私には次に転移で跳ぶ場所が分かる。空属性に頼りきりになっているアナタに勝ち目はないわ。……降伏しなさい。降伏しないと言うなら腕か足を切り裂いてそこらに放り出すわ」

 その言葉を聞いて私が思ったのは、ということだった。

 クラウンはおそらくヒトの中ではかなり悪性の強いヒトなのだろう。他者をいたぶることを楽しみ、他者の不幸に喜びを覚える。そんなヒト。

 だけどこのヒトは違う。倒れた相手をいたぶるようなこともせず、脅してはいるけど殺さずに降伏を勧める。仮にエプリがもし置いて行かれなかったとしても、考え方の違いで必ず衝突していただろう。どちらかといえばジロウと気が合ったかもしれない。

「…………クフッ。クフハハハハハハ」
「……何がおかしいの?」
「ハハハハハ。いやはや。これが嗤わずにいられますか? このぐらいで勝った気になっている貴女の滑稽さが実に愉快で。クフフフフ」

 だからこそ私はほんの少し残念に思う。丁度クラウンの影は私の潜む岩影に接している。なので、

「フハハハハ。本当に愚かですねぇ貴女は。……?」

 その言葉を合図と見なし、私は影伝いにクラウンの影に移動。そっと影造形を発動してエプリに襲い掛かった。

 私はクラウンの奴隷で、クラウンは私のご主人様なのだから。主人に尽くし命令を果たさなければならない。



 ごめんねジロウ。やっぱりジロウの言ったように、私は平然と誰かを傷つけるヒトになったみたい。




 咄嗟で反応が遅れたようだけど、それでもエプリは影造形の刃を片腕を掠めるだけで躱してみせた。

「くっ!? このぉっ」

 それだけではなく、影から出ている私に向けて反撃の風刃を放ってきた。私は影に潜り直して風刃を回避する。

 この技はジロウとの訓練の中で何度も使ったものだ。ジロウから言わせると、影の中は大抵の相手に対して安全地帯らしい。

『やっぱずっこいよなそれ。要するに自分だけ動ける空間が多いってことだからな。移動にも使えるし、隠密や緊急避難にも使える。それに影は大抵の場所にあるから練習しておいて損はないぜ』

 彼の言ったそんな言葉を思い出しながら、素早く影を伝ってその場を離れる。一拍置いて今居た所に風弾が撃ち込まれるのを見て、私は内心冷や汗をかく。

「クフフフフ。ご紹介しますよエプリ。こちらはセプト。。本来なら事が済んだ後貴女を始末してからという話でしたが、居なくなったのでそのまま後任になってもらいました。……まあ多少順序が前後しましたが良いでしょう。どちらにしても……ここで貴女は死ぬのですからぁ」

 クラウンはエプリが傷ついたのを見て一気に上機嫌になる。やはりこういうヒトなのだ。

 だけど互いに長期戦は厳しい。こちらの潜影は使っている間どんどん魔力を消費するし、向こうも怪我で出血している。止血しないと辛い筈だ。

「……どうしたの? この通り私は片腕を負傷している。攻めかかるなら今じゃない?」

 エプリは近くの岩に寄りかかりながら挑発するが、潜影の利点は場所を特定されないこと。大まかには絞れても正確な位置までは分からない筈。なら今は機会を待たなきゃ。




 先に動いたのはエプリの方だった。

 呼吸を整え体力の消費を抑えようとしていたみたいだけど、回復の為か何かを取り出すべく手をローブの中に入れる。……ここだ!

 私はその瞬間再び影の刃を展開してエプリに攻撃を仕掛ける。片腕が怪我で使えず、もう片方もローブに入れた今なら迎撃は難しい。私は勝利を確信し、

「……“風刃”」

 エプリが魔法で迎撃したことに、私は驚きを隠せなかった。

 ローブが千切れ飛びながらも、エプリは迎撃した魔法で作った一瞬を使って影の刃を回避する。……いけない! 攻撃を誘われたっ!?

 急いで影に潜ろうとしたが、それを見逃す甘い相手ではなかった。無詠唱で威力を度外視した風弾を乱射して私の動きを阻害し、そこに風で速度を上げて突っ込んでくる。

 これまで遠距離戦をしてきた相手が急に接近戦を仕掛けてきたことに、私は一瞬慌ててしまう。

 目前まで迫るエプリ。影に逃げ込もうにも風が邪魔をして動きが取れない。私はこれから来る痛みに備えて身体を固くし……そのままフッと身体が浮く感覚と共に地面に投げ出されていた。

 ぶつかった? いや、これは前にも体験した転移の感覚。そして今転移を使えるヒトといえば、

「……クフッ。クフフフフ。油断しましたねぇ。エプリ」

 エプリが私を見失った僅かな時間の間に、クラウンがその脇腹を毒のナイフで切り裂いていた。
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