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第六章 積もった金の使い時はいつか
閑話 ある奴隷少女の追憶 その九
しおりを挟む『しっかし異世界に来て三週間になるけど初めて来たな。だけど考えてみたら必要だよな』
『そうっすね。モンスターが普通にいる世界っすから。ファンタジーの世界だからこそ大真面目にあるっすよね』
『……私にとっては仕事柄見慣れたものだけどね』
『私、あんまり行かない』
トキヒサが資源回収で向かった武器屋。トキヒサやツグミは行ったことがないみたいだった。
店のヒトに要らない物を見せてもらい、早速一つずつ調べようとした時、
『セプトは俺が言った内容をメモしてくれ。出来るか?』
トキヒサが私を頼ってくれた。それだけでやる気が漲る。
『うん。任せて』
勉強会の成果を見せるべく、私は一言も漏らさぬようにトキヒサの言葉を書き留めていった。
『セプトは何か欲しい物は有ったかい?』
査定が終わり、トキヒサと一緒に店の中を見て回る途中急にそんなことを聞かれた。
『大丈夫。私、あんまり武器、使わないから』
私は自分が肉体的に優れているとは思っていない。だからジロウとの訓練の時も、徹底的に魔法のみを鍛えあげた。なので武器らしい武器は今は特に使わない。
もし武器以外で欲しいものと言われたら、
『そっか。じゃあ……これなんかどうだ?』
一瞬だけそう考えて目線が行ったのを読み取られたのか、トキヒサは私が見ていた小さなブローチを手に取った。
それは、アーメ達が身に付けていたブローチとよく似た物。
説明文をどうにか読める所だけ読み取ると、どうやら魔力を流すと僅かに光を放つ細工がされているようだった。
『大丈夫。私、欲しくないから』
だけど普通に欲しいと言ったら、トキヒサがまた自分の金で私に買いかねない。なので欲しくないと言ったのに、
『にしては一瞬目がそっちに行った気がしたけどなぁ。……じゃあこうしよう。俺が個人的に気に入ったからセプトが持っていてくれ。あと持っているだけじゃ寂しいから時々付けてくれれば尚良しだ』
そう言って半ば無理やりに押し付けられてしまった。トキヒサはやはり感覚が少しずれている気がする。私みたいな者にこうして贈り物を贈るなんて。
だけど……主人に従うのが奴隷の務め。付けていてほしいというのが願いであれば、それを叶えなくては。
そうしてそのブローチを服に付けた時、少しだけ自分の顔がほころんだ様に感じた。
その後は初対面のジューネとツグミが喧嘩して仲直りし、それが元でトキヒサとツグミが異世界、ここではない別の世界から来たことを知った。
私には別の世界と聞かされてもよく分からない。元々私にとっての世界は奴隷商の所の牢屋の中ぐらいだったし、こうして外へ出てからも世界は広いのだと毎日のように思う。
なのでまた別の世界があると聞かされても、そうなのかとしか思わない。ただ、トキヒサやツグミが少し普通のヒトと感覚が違うのはそのためかもしれない。
そうすると、二人と似たような感じのしたジロウも別の世界の出身なんだろうか? なら次に会う時にそのことを話してみるのも良いかもしれない。こちらだけ宿題を出されて不公平だと思っていたけれど、これを聞いたらジロウを驚かすことが出来るかも。
そしてツグミの能力を確認がてら異世界の物を食べたり、ジューネがお菓子の値段を聞いて目を丸くしたり、そんなことをしている内にトキヒサがヒースの事を気にかけていた。
今日は何かしら起きる可能性が高いけど、そんな時にヒースが家に戻らないのはおかしいと。
そして事情を知っていそうなジューネに尋ねると、言える範囲で少し話してくれた。今日の夜中から明日にかけて、この町で何かが起こると。それも都市長やアシュ、それに百人以上の衛兵が動くような何かが。
トキヒサはそれを聞いてヒースを探しに行こうとした。エプリとジューネが理詰めで止めようとするも、トキヒサは感情のままに行こうとする。
私は……どうすれば良いんだろうか?
トキヒサの安全を第一に考えるならトキヒサを止める方が良い。だけど、主人を手伝うのもまた奴隷の務め。そして……。
『私からも、お願い。トキヒサと、一緒に行く。ヒースのこと、私も気になるから』
元々ヒースの事は、私の身体の件と引き換えに都市長から頼まれていた事。なら、その分は私も動かなきゃ。
そうして何とかエプリとジューネに探しに行く事を認めてもらったけれど、肝心のどこを探せばいいのかは分からなかった。そんな時、
『人手っすか? それなら何とかなるかもしれないっすよ!』
そう言い放ったツグミが、これまでになく頼れる顔つきに見えたのは錯覚だったかもしれない。
屋敷にジューネを残し、トキヒサ、エプリ、ツグミ、そして私の四人で一度ツグミの家に立ち寄り、連絡用の道具を取ってくるということに。
そして合図の照明弾を夜空に打ち上げて少しした時、
『おやぁ? 夜の散歩中にふらりと立ち寄ってみれば、何やら面白いことになっているじゃないかツグミ! ここは一つ私も混ぜてはくれないかい?』
嫌な感じがする男が現れた。
少なくとも十人以上の奴隷を引き連れたその男は、ツグミが言うにはレイノルズ・エイワ―スという奴隷商人らしい。
一目見て分かった。この男は前私を所有していた奴隷商とは格が違う。
奴隷を商品として扱うからではなく、自分以外の……場合によっては自分自身も含めた全ての物、ヒトを迷いなく商品と見なす何かであると。
レイノルズが商品を貸し出すと言ってきた時、トキヒサは少し悩んでいた。私はトキヒサがどんな判断をしても着いて行くつもりではあるけれど、レイノルズには常に警戒していようと感じた。
そしてトキヒサがレイノルズの申し入れを受けようとした時、
『ちょっと待ってくださあぁぃ!!』
響き渡る制止する声と共に、現れる三人の白いローブ姿のヒト。それは、
『長女アーメ』
『次女シーメ!』
『末っ子……ソーメ』
『『『私達、三人揃って……『華のノービスシスターズ』』』』
昨日教会で会ったばかりの、アーメ達シスター三人娘だった。
『そんじゃ細かい交渉はお姉ちゃんに任すとして、私達はこっちでお話しよっか! オオバがトッキー達と知り合いなんて初めて知ったし、シーメはセプトちゃんと話がしたいよね』
『うん! セプトちゃん。私……また色々お話したい』
そう言ってツグミの家に誘ってくるシーメとソーメ。私としてはまた話をしてみたいけど、トキヒサから離れるのもマズい気がする。なのでその意を込めて視線を向けると、
『こっちにはエプリもいるし大丈夫だから。ゆっくり話をしてきな』
『ありがと、トキヒサ。……行ってくるね』
そう言われてしまっては仕方がない。話をしてみたいというのは間違いないし、私は素直にシーメ達と一緒にツグミの家で待つことにした。あと近況報告もしたいということでツグミも一緒に。
『はいは~い。それじゃ座って座って! 何も遠慮することはないっすよ!』
『もう座ってるよオオバ! しっかし驚いたよね。まさかオオバがトッキー達と知り合いだったなんて』
『うん。驚いた』
皆で机を囲んで座り、互いにこれまでの経緯を話し合う。どうやらツグミはこの世界に来たばかりの頃に偶然アーメ達と知り合ったらしい。
『いやああの時はまいっちゃったっすよ。丁度レイノルズと色々あって、アーメ達と会ってなきゃ今頃どうなっていたことか』
『そうかなあ? なんだかんだオオバは一人でも何とかやっていた気がするけどね!』
『そう……だと思う』
そうして話も弾み、今度は私達との出会いの方に話が伸びていった。
『……ってなわけで、あたしも近日中にセンパイと一緒にちょっと遠出してくるっすよ! 上手くいけば帰れる手段も見つかるかもしれないっすから』
『そっかそっか! やっと自分の世界に帰れるかもってことだね。やったじゃん!』
『うん! 良かったですね。オオバさん』
『二人は、知ってたの? ツグミが、別の世界のヒトだって』
少しだけ気になったのでそう聞いてみる。すると二人は顔を見合わせてこくりと頷いた。
『その様子だとセプトちゃんも知ってたんだね』
『オオバさんは、いつも自分は異世界から来たって、言ってたから』
『だって本当の事っすよ! ……まあ信じてくれた人はほとんど居なかったっすけど』
話によると、前にも言っていたけどツグミはこの世界に来た当初から隠すことなく異世界から来たことを話していたのだという。
だけどまともにとりあうヒトは少なく、結局信じてくれたのはアーメ達くらいだったという。
『まあ私達も途中まで半信半疑だったけど、オオバのあの能力を見ちゃうとね。出したのがどれも見たことも聞いたこともない物ばっかりだったし、これは下手に疑うより信じた方が面白そうかな~って』
『面白そうって何っすか~!? もう……そうだ! 久しぶりに皆で菓子でも摘ままないっすか?』
『お菓子!? ……でも、オオバさん、大丈夫ですか? その、お金とか』
そういえば、ツグミの能力はお金がかかるんだった。それに一日に使える分にも限りがあるとか。だけどツグミはそれを聞いてムフフと笑う。
『そこはもうこれまでのあたしじゃないんっすよ! これまでは日本円……あたしの世界のお金が心許ないんで満足に買えない状況でしたが、そこは色々あって大幅に改善されたっす! ……見よっ! この五千円札ちゃんをっ!』
ツグミがそう言って目の前で広げてみせた紙は、今日の食べ歩きの途中でツグミがトキヒサに貰っていた物。その時はよく分からなかったけど、後からそれが異世界のお金だと知った。
『……何その紙? なんか絵みたいなものが描いてあるけど』
『ふっふっふ。これぞ異世界のお金。こっちの世界で言うと五百デン分っす! ……まあ少し使っちゃったけど、まだ今日使える分でちょっとした贅沢なら出来るっすよ!』
『これがお金……なのですか? ……不思議』
ソーメがツグミからその紙を借りてジッと興味深く見つめる。私も最初紙のお金にちょっと驚いた。軽いから運びやすいと思うけど、ちょっと引っ張ったら破けてしまいそうで怖い。
『おおっ! よく分からないけど、それならお言葉に甘えていただいちゃおうかな! ちなみにどんなお菓子なの?』
『みんな大好きブ〇ックサンダー……と行きたい所なんっすけど、それはさっき出しちゃって今は出せないんすよね。なので……美味い・安い・腹持ちが良いと三拍子揃ったこのうま〇棒の出番っす!』
ツグミはそう言ってまた道具(タブレットというらしい)を弄ると、棒状の何かがたくさん詰まった袋を取り出した。
『とりあえずパーティー用の詰め合わせセットを出してみたっす! これだけ詰まってなんとお値段三百円! こっちで言う所の三十デンっすよ。さあさあお一つどうぞ!』
『これは……前の奴みたいに袋を破けば良いんだよね? よっ……と。いただきま~すっ!』
シーメは袋を破り、中の薄黄色い棒状の物に齧り付く。そして、
『……美味っ!? これメッチャ美味いね!』
『すごく、サクサクしてます』
シーメは目を輝かせる。次におそるおそる齧ったソーメも、その食感が癖になったみたいで目を閉じて口だけもぐもぐさせている。
『これだけあって三十デンって……一個一デンっ!? いや絶対もっと行くでしょっ!? 一個三十デンの間違いじゃないの?』
『いやホントに一個一デンっすよ! これぞ庶民の強い味方。安いから小腹が空いた時についつい買って食べちゃうんすよね』
ツグミも一つ齧りながら微妙に変な顔をしながらそう言う。トキヒサが前言っていたけど、ドヤ顔というものらしい。
『ありゃ!? セプトちゃんは食べないんすか?』
奴隷が主人を差し置いて勝手に食べるというのはどうにも抵抗がある。なので食べないでいると、ツグミから声をかけられた。
『私はいい。トキヒサの分を残しておかないと』
『ああ。なるほど……セプトちゃんは良い子っすね。でも沢山あるから大丈夫っすよ! どうぞどうぞっす! それにセンパイは下手に遠慮しない方が喜ぶんじゃないっすかね?』
『そうだよ。セプトちゃん。これ、美味しいよ!』
ツグミに加えてソーメも勧めてくる。……確かにトキヒサは、私は奴隷だというのに普通のヒトのように振る舞ってほしいようだった。なら、毒見も兼ねて一つだけ先に頂いても良いのかもしれない。
『分かった。じゃあ一つだけ貰うね』
そうして一つ分けてもらったうま〇棒は、名前の通りとても美味しかった。
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※小説家になろうにも掲載しています。
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